小説『鬼畜の宴』
作者:ウィンダム()

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  そうですね、私としては被害者にとても関心を持っています。
  特に一連の音声録音についてですが、その内容の多く、というより殆どが、
  妄想障害に見られる諸症例とよく似ている、というか合致しているようですね。

流石にというか、思った通りというか、精神科医らしい見解を述べ始めている。

どうやらこの女医はなにも判っていないらしい。
実際に被害者に会って話してみれば判るが彼らは精神病ではない。
が、女医に話を振ったのは私である以上ここで話の腰を折るようなことをしても仕方がない。
ここはひとつ、精神科医のご高説を拝聴してみよう。

  妄想の症例と合致していると言いますと、例えばどのようことが?

私の問いに女医が答えるる

  ええ、音声記録を聞く限り、被害者は一様に身辺の異変を感じているということでずが、
  これは『関係妄想』の症例と一致しています。

  関係妄想? ほう・・・、といいますと?

  関係妄想とは簡単に言えば妄想障害の初期症状のようなもので、
  周囲の行動や言葉に過敏となっしまい、さらにそれを自己に関係して捉えてしまうことです。
  関係妄想が発症した場合、大抵の人はそれに動じてしまうことが多く、甚だしい場合、
  本格的な妄想にまで発展してしまい現実離れしていきます。

  ふぅん・・・、なるほど。

  それから、周囲が自分を『鵜の目鷹の目』で見たり、どこか『軽蔑』するような目で見たりとか、
  あるいは『反感』や『敵意』を感じるといった点についてですが、
  これは『被害妄想』に見られる症例とおなじです。
 
  被害妄想?

私は思わず声を上げてしまった。

被害妄想だって? 
この女医は私の取材報告を聞いていなかったのか?

現実の被害状況の話をしてきたのに、よくも被害妄想などと言えたものだ。
私は憤るものを感じながらも女医に話させる。

  それから待伏せや追跡についてですが、これも『被害妄想』に見られる症例と一致しています。
  また、盗聴や盗撮云々の話もでてきていますが、これなどは『注察妄想』の症例と一致していますね。
  それから興味深い点として、被害者の音声記録に飲み物や食べ物の味が変わるというお話が出てきます。
  これは『幻味』という幻覚症状と一致しています。
  それから室内に悪臭が漂うというお話も『幻臭』という症状と一致しています。
  こうしたなかでも極め付きは被害者の言う『思考盗聴』ですね。
  自分の考えていることが誰かに読み取られているとか、心の中を盗聴されているといったお話は、
  所謂『思考奪取』という自我意識の障害とまったく同じです。
  以上を勘案すると被害者とされている人々は総じて『統合失調症』の疑いが極めて濃厚と言えます。
  従って、被害者の方たちには是非一度病院で受診することをお勧めしたいですね。

  そうですか、被害者は統合失調ですか、フハハハハ。

思わず笑う私に女医は怪訝な顔を向ける。

  なにがおかしいのですか?

いささか気分を害したかのような女医に私は慌てて取り繕いながら話を進める。

  あ、いえ、これは失敬、別に笑うつもりはなかったのですが、その、なんというか、
  思った通りの見解というか・・・。

  思った通りの見解? そんなこと当たり前のことです、私は精神科医です。
  お話の中に既存の症例と一致するものがあれば、それに基づいて診断するだけです。

  そうですか、すると貴女は被害者が『病人』であると?

  ええ、その疑いが極めて濃厚です。

  そうですか・・・、しかし、待ち伏せや追跡と言ったことは実際にあることですよ。
  現にストーカーという変質者がいるわけですから。

すると女医は笑だす。

  ストーカー? でも、被害を訴えているのはいずれも男性ばかりですよね?

  ふむ、なるほど、しかし、これ見よがしに付け回す行為は『嫌がらせ』のひとつと考えられますし、
  それに秋葉原へ行けばわかりますが、実際に盗聴器が売られているし、
  ファイバースコープを応用したようなマイクロカメラも売られています。

  盗聴器だのマイクロカメラだのそうしたものについては、
  調査関係の人たちが業務で使用するというお話は聞いたことがありますが、
  『嫌がらせ』のようなことに使用するなど聞いたことありません。
  それに、そもそも『嫌がらせ』と言われるならば、誰がなんのために、
  そんな手間暇かけたような嫌がらせを行うのでしょうか?

  それは、カルトや企業が腹いせやリストラ目的でハラスメントを行っていると考えることかできます。

  カルト? カルトとは?

女医の問いに私は答える

  それについては、先ほどのプロジェクターでの説明報告や音声記録にもあったように某会のような・・・

と私が言いかけたところ女医は血相を変えるように、

  某会がカルトですって? 何を証拠にそんな根も葉もないことを!

妙に剥きになる女医に私は奇妙な印象を受ける。

なんなんだ、この女医は?

私は剥きになって否定する女医に怪訝になりながらも説明する。

  某会がカルトというのは諸外国からカルト指定されているためですよ、それだけではありません。
  過去の審議録についても某会の組織的付き纏いに関する質疑が記録されています。

するとこの女医、柳眉を逆立てるように、

  そんなこと為にするデマです、某会に対する妬みと嫉妬です!

はぁ? 妬みと嫉妬? 
なにを言ってるんだこの女医は?
私は諸外国のカルト指定や審議録の記録をデマ扱いする女医にさらに問いかける。

  そうですか? 仮に審議録が為にするデマであるとするなら、
  そんなデタラメことを元に議会に問題提起した議員は名誉棄損で訴訟沙汰になったはずです。
  ところがその質疑に関して訴訟が起こされたという記録はなにもない。
  つまりなにひとつ訴訟が起こされなかったということです、おかしいじゃないですか。

私は女医がどう答えるかに注目すると、女医はあっさりとこう言う。
 
  ほほほほほ、あまりにも馬鹿げているから相手にしなかっただけでしょう。

  相手にしないって、それはおかしいですよ。
  某会と言えばやたらと訴訟を起こすことで知らている。
  それに自前の弁護士を多数抱えている、というより、
  某会構成員に弁護士がたくさんいると言ったほうが適切です。
  そうした団体が、議会で嫌疑を投げつけた議員を相手にしないというのはどこか不自然ですね。
  これは裏を返せば・・・。

と私が言いかけたところ女医が口をはさみこむ。

  某会の訴訟云々をここで話してもしかたがないでしょう?
  そういうことは某会にお尋ねになられればよいことです。

なんだこの女医は?
都合が悪くなると論点すり替えで逃げていく。

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