小説『ハーフ 【完結】』
作者:高岡みなみ(うつろぐ)

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 梅雨に入り、紫陽花が開き始めるとそろそろ前期試験が気になり始める。前期試験は後期に比べれば楽ではあるが、湿気や暑さに弱い聡美にとっては前期の方がきつい。冬の試験というのは気持ちも引き締まるが、夏の試験というのはどうしても弛み勝ちになってしまう。勉強をしなくてはいけないのは分かっているが、ついずるずると楽な方へ流されてしまう。聡美はこの日も玲子を夏物のバーゲンに誘った。

 聡美はTシャツやブラウスの山に腕を突っ込みながら言った。
「ねえ、玲子は夏休みはどうするの」
「去年と同じかな。七月いっぱいまでこっちでぶらぶらして、八月からは家の手伝いをして、九月からはこっちに戻るつもり。予定らしい予定はないわね。聡美どうするの」
「まだあまり考えてないんだけど、たぶん、ずっとこっちにいると思う。バイトでもしてようかな」
「家には帰らなくて大丈夫なの。まだお母さんたちは聡美の事知らないでしょう」
「うん。知らないと思う。でもさあ、まさかあなたの息子は男性をやめましたって言えないじゃない。かと言って、家にいる時だけ昔の真似をするのもいやだし」
「でも、いつかは本当の事を言わなきゃいけないんでしょ」
 その通りである。いつかは言わなくてはいけないし、避けて通れない事だと思うが、その反面、黙っていて済む事ならあえて触れたくはないと言う気持ちがある。
「それはそうなんだけど、別に今じゃなくてもいいじゃない。絶対、変な風に取るから」
「早い方がいいような気もするけど」
玲子は玲子なりに何とかしたいのだろう。
「と言うか、まだ自分でも自分がよく分かんないのよね」
「それってなんだか哲学的じゃない」
と、玲子はちゃかして言った。
「そんな大それたもんじゃないのよ。この間も、妹が来て、いろいろ話したけど、ほんとは何したいんだか、良く分かんないの。いくら髪を伸ばしても、いくら指輪したりピアス開けても、私ってこれでいいのかなあって、漠然と思っちゃう」
「聡美って考えようによっては何かすごい事してるよ。たった五ヵ月くらいでこんなに変われるんだもの」
「外見はずいぶん変わったと思うけど、これってすごいのかなあ」
「うん、すごいと思うよ。全く違う自分になるんでしょ。わたしは想像もできないなあ」
 玲子は、白地に派手なプリントのTシャツを手にしながら言った。聡美も何枚かのTシャツを手にして
「ねぇピアスもちょっと見たいんだけど」
と、言った。玲子は、
「はいはい。今日はとことんつきあうわよ」
と、答えた。

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