小説『ハーフ 【完結】』
作者:高岡みなみ(うつろぐ)

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 翌日の朝はゆっくりと起きた。時計に目をやると十時を回っていた。一時からの試験までにはまだたっぷりと時間がある。昨夜は、目が冴えてしまい、遅くまで机に向かっていた。ベッドにもぐり込んでもあれこれと考えてしまい、寝つくまでに時間がかかった。今朝はゆっくり目覚めたのに、頭に霞がかかったようにぼんやりしていた。聡美は冷蔵庫から麦茶を出し、一口含んでから、シャワーを浴びた。汗を流すと少しはさっぱりした。
 テレビをつけコーヒーをいれ、トマトを切って、トーストとスクランブルエッグの食事をとった。テレビは主婦向けのテレビショッピングを流している。試験がなければこのままぼんやりと過ごしたい気分だった。今日を乗り切れば試験も終わるのに、ほとんどやる気がしなかった。昨夜の奈津美からの電話でやる気が飛んでしまった。玲子は今頃、最後の試験を受けているのだろう。窓の外はむせかえるような空気なんだろうな、と思うと気持ちが憂鬱になる。ベランダの朝顔の花もすでに萎み始めているのがレースのカーテン越しに見える。いつまでもぐずぐずしていても仕方がない。食事を済ませると、聡美はだらけた自分を吹っ切るように出掛ける用意をし始めた。洋服ダンスを引き出しから、派手なプリントのTシャツと、ふわっとしたマキシ丈のスカート取り出し、黒の野球帽にサングラス。UVのファンデーションを薄く塗りのばし、ピンクの口紅を引き、リュックにノートや、学生証などを無造作に突っ込み、素足をデッキシューズに突っ込んで玄関のドアを一気に開け外に出た。息が詰まるような熱気が聡美を包んだ。(やめちゃおうかな)と、一瞬思ったが、せっかく勉強してきたのだからと、自分を勇気づけて、駅に続く坂道に向かっていった。聡美は肌に突き刺さるような道路の照り返しの中をできるだけ日陰を選んで歩いていった。

 教室には試験開始よりずいぶんと早く着いた。リュックを開くとテキストを忘れてきた事に気づいた。今更テキストを見ても大して変わるものではないが、持ってこなかった事自体が、ショックだった。今朝はよほど気が抜けていたんだろう。筆記具や学生証を忘れてこなかっただけでもましだ、と思えばなんて事はない。辛うじて持ってきたノートを最初から見直しているうちに、次第に、学生の数も増えてきた。試験開始直前には、もう空席はほとんどなかった。授業の時の倍以上の学生が試験には出席していた。(そんなに簡単な試験なのかなあ)と思い、回りを見渡すと、多くの学生が同じノートのコピーを持っている事に気がついた。きっといいノートが出回ったんだろう、と思うと、少し悔しい気がした。(私は真面目に授業に出て自分のノートで試験を受けるのに、普段授業に出ていないで試験の時だけ、どこかから調達したノートの一夜漬けで試験に望むなんて許せない)と、やり場のない困惑と腹立たしさを感じた。いつもの聡美ならあまり気にかからない事が今日は妙に心に刺さった。聡美は自分の心のバランスが崩れている事を感じた。
 試験その物はノートだけではAはとれないような内容だった。周囲の学生も途中で退室する者が多かった。聡美は真面目に授業に出ていたにもかかわらず、かなり苦労した。授業では触れていない部分も出題されていた。聡美は終了のベルと同時に疲れが一気に出た。きつい試験だった。

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