小説『2対1』
作者:カノン()

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ホームルームが終わり、教室が一気にざわめき出す。
俺のクラスはもう既に全員が部活の引退試合を終えている。だから、「今日ゲーセン行かない?」とか言う、女子の声がちらほら聞こえてくる。

しかし俺は、今日は気になるドラマの再放送があるから、できれば早く帰りたかった。

「泰斗ぉ〜!バスケ公園行くよぉ!」

俺のところに、桃音が笑顔でやってくる。俺は呆れる。
……まったく、罪な笑顔だ。

桃音の笑顔は、朝からの『今日はドラマを見るぞ!』と言う決心を一瞬で掻き消してきた。
どうも、桃音の笑顔は断れないというか、何故かついて行きたくなる。そんな、魅惑的笑顔。

「しゃーない。今日こそはお前にシュート数で勝つ!1on1はまだやらないがな!」
「ふっふっ。なかなか利口ね。ウチに勝てないことくらいは、サルでもわかるみたいね」
「むっきー!言ったな!今日こそ勝つからなー!てか、その前にバスケ公園に行くまでの競争で勝つ!」
「あっずるーい!」

俺は、一つでも多くの勝ちを収めるために、勝手に競争を作る。そして、フライングでスタートダッシュ。勿論、桃音は二番手でスタート。
正直、バスケの県選抜だった桃音は俺よりも足が速い。だから、姑息な手を使わなければ勝つのは難しい。

俺は『サル』と呼ばれている由縁である、逃げ足の速さと小さな体と狡賢い悪知恵を生かして、廊下で屯っている三年生をスイスイと越えて行く。

「伊達にサルと呼ばれてないわね……。でも、ウチだって負けないわよ!」

さっきも言ったが流石は県選抜。ディフェンスを抜く要領でさっきまでのスタートのリードは殆どないに等しくなった。
さらに、持ち前の負けん気が結構怖い。こうなると俺のちょっとやそっとの罠じゃなかなか勝てない。

結局微妙なリードのまま玄関へ……

仕方ない……こうなったら……。

「あっ……下駄箱の上に、NBAの特別観戦席のチケットが」
「えっ!?ど、どこ!」

桃音はポジション・ガードの由縁、小さな体でピョンピョンと跳ねる。
……ちょっと罪悪感はあるが、チャンスだ!

大急ぎで使い古した、シンプルなランシューを履いて、全速力で駆け出す。
桃音は、見た目を重視したお洒落なハイカットスニーカー。一方俺は、昔の陸上部で履いてたランシュー。

さらに、俺の独自探検で発見した学校から、バスケ公園までの最短ルート。段差や階段、ぬかるみなどまるで、障害物レースのようなルート。
が、その障害もいつもここを通ってる、俺にとっては直線コースのようなもの。

俺は迷うことなく、このルートを選ぶ。
……これは完璧、勝った!

と、ガッツポーズで走っていると、住宅街の一角の茶色い一軒家の前にいる、見慣れたシルエットの人物が視界に入る。

「あれは……姫野さん?」
そう。シルエットの正体は、中くらいの背丈とお姉さま体型で絶好なプロポーション。桃音に見習ってほしい中三とは思えない大人な雰囲気と、金縁眼鏡が特徴的な姫野さん。

いつも、俺ら二人がバスケ公園に行くときには既に、いつもの木のベンチで本を読んでいるし、家の話なんて聞いたこともなかったので、姫野さんがここにいるのはかなり想定外だった。

ちょっと気になったので、姫野さんの家を外から覗いてみることに。
こちらに気付いてないらしく、姫野さんは振り向くことなく家の玄関のドアを開ける。


「……えっ?」


俺は驚きで、開いた口が閉まらなくなる。
ドアの先は、何もないただただ暗闇。その暗闇に姫野さんは溶け込んでいった。

勿論最初は恐怖だった。しかし、俺の恐怖心より、持ち前の好奇心が圧倒的に上を行っていた。


「何かファンタジック♪……お邪魔しまーす!」

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