〜第5話 Side 一誠〜
Side 一誠
表向きの部活を終えて、俺は家路についていた。
「はぁ・・・・・」
ため息が出る。今日も部長は微妙な表情だった。契約は二度連続で破談。しかし、高評価の俺。
部長も前代未聞の出来事の連続に困惑していた。訳の分からない事ばかりですみません。
(俺の依頼人は変態ばかりなのだろうか?)
「あはは、兵藤くんはそういう感じの人に選ばれる魔力があるんだろうね」
木場の言葉が思い起こされる。俺は変態の依頼人なのに対して、木場の野郎は美人のお姉さんによく呼ばれるらしい。クソッ! イケメンなんて死ねばいいんだ! 木場めぇぇぇぇ! お姉さんを俺にもよこせぇぇぇ!!
「はわうっ!」
そんなことを考えていると後方から突然声が聞こえた、何かが道路に転がるような音と女性の声。振り向くと、シスターさんが転がっていた。
手を大きく広げて、顔から道路に突っ伏している。実に間抜けな転び方だ。こんな転び方をする人を俺は今まで見たことがない。ある意味ですごいと思う。きっと彼女には転ぶ才能がある。
「・・・・・・だ、大丈夫ですか?」
俺はおそるおそるシスターに近づいて、起き上がれるように手を差し出す。
「あうぅ。なんで転んでしまうんでしょうか・・・・・・? ああ、すみません。ありがとうございますぅ」
声からして若いな。俺と同い年ぐらい?
手を引いて起き上がらせる。その拍子にかぶっていた、ヴェールが落ちた。
金の長髪が零れ、あらわになる。ストレートのブロンドが夕日に照らされて光っていた。
(――――っ!)
思わず心を奪われる。目の前のシスターの緑の瞳があまりにも綺麗で引き込まれそうだった。しばらく、見入ってしまう。
「あ、あの・・・・・どうかしたんですか・・・・・?」
訝しげな表情でシスターは俺の顔を覗き込んできた。
「あ、ご、ごめん。えっと・・・・・」
言葉が続かない。て言うか、顔を覗き込んできているから、顔が近いよ!
(それにしても見とれていたなんて言えるわけねぇ・・・・・・)
つーかこの子・・・・・、俺の理想の女の子像(金髪美少女版)そのままなんだけど!
(まさか・・・・・これが、フラグかっ! ・・・・・・なんてな。そんなわけないか)
とりあえず、落ちているヴェールを拾い、パンパンと軽くはたいてシスターに渡した。そこで、片にかけている旅行鞄が目に入る。
「旅行なの?」
シスターに質問するが彼女は首を横に振った。
「いえ、旅行ではないんです。実はこの町の教会に赴任することとなりまして・・・・・あなたもこの町の方なのですね。これからよろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げるシスター。
人事異動ってことだろうか? 宗教も大変なんだな。詳しくは知らないけど。
「この町に来てから困ってたんです。・・・・・・私って、日本語うまくしゃべれないので・・・・・・道に迷ったんですけど、言葉が通じなくて・・・・・」
困った表情でシスターは胸元で手を合わせる。
(なるほど。この人は日本語はしゃべれないのか・・・・・・。しかし、俺と言葉が通じるのは部長の言っていた悪魔の力か)
悪魔になると音声言語限定だが自動で翻訳してくれるらしい。そんなわけで俺はインターナショナルな高校生になっていた。渚がこれを聞いて羨ましがっていた。まあ、音声言語のみなので話すことはできるが書いたり読んだりはできないんだけどな。
「ああっと・・・・・・俺、教会なら知ってるかも。良ければ案内しようか?」
確か、町はずれに古びた教会があった気がする。・・・・・・しかし、あそこってまだ使われていたのか。とっくの昔に、使われなくなったと思っていたぞ。
「ほ、本当ですか! あ、ありがとうございますぅぅ! これも主のお導きのおかげですね!」
涙を浮かべながら、俺に微笑むシスター。ここに来るまで、おそらくいろんな人に声をかけたのだろうが、英語だったので苦労したのだろう。しかし、本当にかわいい子だな。だけどこの子の胸元で光るロザリオを見ると最大級の拒否反応を覚えてしまう。
(そうだよな。俺、悪魔だもん。聖なるものは天敵だからな)
でも、困っている女の子は放っておけないので、俺はシスターの手を引いて教会へ向かった。
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教会へ行く途中で、公園を横切る。近道だ。
「うわぁぁぁぁん」
その時子供の声が聞こえてきた。
「大丈夫、としくん」
お母さんがついているから、大丈夫だろう。転んだだけっぽいし。俺はそう思って、先を急ごうとした。
「おいおい」
しかし、シスターは子供の傍へ向かっていた。
「大丈夫? 男の子ならこのぐらいで泣いてはダメですよ」
シスターが子供の頭を撫でる。言葉は通じてないだろうが、その表情は優しさに満ち溢れていた。
そして、シスターは自身の手を、怪我をしている部分に当てる。すると、シスターの手から淡い緑色の光が発せられ、子供の怪我を照らす。
光に照らされるとみるみる、子供の怪我は消えていった。
(|神器か)
特定の人に宿る規格外の力。なんとなくそれだと感じた。あの光を見てから左腕が疼く。関係ないとは言い切れない。
しばらくすると、子供の怪我はきれいさっぱり消えた。お母さんがきょとんとしている。
「はい、傷はなくなりましたよ。もう大丈夫」
シスターは子供の頭を一撫ですると、俺のほうへ顔を向ける。
「すみません。つい」
彼女は下を出して、小さく笑う。きょとんとしていたお母さんは、頭を下げると子供を連れてそそくさと立ち去った。訳の分からない力を見て、恐怖を抱いたのかもしれない。そう考えるとちょっと彼女がかわいそうだった。
「ありがとう! お姉ちゃん」
子供の感謝の声が聞こえた。
「ありがとう、お姉ちゃん。だって」
俺が通訳してあげると、彼女はうれしそうに微笑んだ。
「その力・・・・・」
「はい。治癒の力です。神様からいただいた素敵な物なんですよ」
微笑んだ彼女だったが、どこか寂しげである。苦労しているような影が見えたような気がした。素敵なものって言っていたがどこか無理していたように感じる。
そこで、会話は途切れ再び教会へ向かって歩き出す。
公園から数分進んだ先に古ぼけた教会が見えた。近づくたびにぞくぞくと悪寒が走る。やはり悪魔にとって居心地のいい場所ではない。
「あ、ここです! よかったぁ」
地図の書かれたメモと照らせ合わせながら、シスターが安堵の息を吐いた。
(ここにはあまり長く居たくないな、悪寒がヤバイ。日も暮れてきたしさっさと帰ろう)
美少女シスターとの別れはつらいが、俺は悪魔だ。本来関わることはありえない。
「じゃあ、俺はこれで」
「待ってください!」
別れを告げて立ち去ろうとした俺をシスターが止める。
「お礼をしたいんですが・・・・・」
「いや、俺急いでいるんで」
「・・・・・・でも、それでは」
お礼にお茶ぐらいと彼女は思ってるのだろうが、ここでのお茶は危険すぎる。悪魔初心者の俺はすぐに死んでしまうだろう。
「俺は兵藤一誠。周りからはイッセーって呼ばれてるから、イッセーでいいよ。で、キミの名前は?」
俺が名乗ると笑顔で答えてくれた。
「私はアーシア・アルジェントと言います! アーシアと呼んでください!」
「じゃあ、シスターアーシア。また会えたらいいね」
「はい! いっせーさん、必ずまたお会いしましょう!」
ぺこりと頭を深々と下げるアーシア。俺も手を振って別れを告げる。彼女は俺が見えなくなるまで見守ってくれていた。彼女が本当にいい子なんだって理解できた。
そして、これが俺と彼女の出会いだった。
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「二度と教会に近づいちゃだめよ」
その日の夜。俺は部長に強く念を押されていた。部長の表情はいつになく険しい。
「教会は私たち悪魔にとって敵地。踏み込んだだけでも神側と悪魔側の間で問題になるわ。天使たちの光の槍がいつ飛んできてもおかしくなかったのよ?」
・・・・・・・・・マジですか? そんなに俺ってば危険な状況だったのか。
「教会関係者に関わってはダメよ。特に|悪魔祓いは悪魔の仇敵。神の祝福を受けた彼らの力は私たちを滅ぼせるほどよ」
紅の髪を揺らしながら、部長は青い双眸で俺を直視してくる。かなりの迫力。それだけ真剣だってことが分かった。
「は、はい」
「人間としての死は悪魔への転生で免れるけど、悪魔祓い受けた悪魔は完全に消滅する。
無に帰すの。」
無。何もないってことか。正直よくわからない。
反応に困る俺を見て、部長は少し申し訳なさそうに首を振った。
「ごめんなさい。少し熱くなりすぎたわ。とにかく、今後は気をつけてちょうだい」
「はい」
「お説教は終わりましたか?」
「おわっ」
いつの間にか俺の後ろに朱乃さんが立っていた。いつものニコニコ顔だ。そして、渚。驚いた俺のことを笑うな!
「朱乃、どうかしたの?」
部長の問いに朱乃さんが少しだけ顔を曇らせた。
「大公からはぐれ悪魔の討伐の依頼が届きましたわ」
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最終的に、はぐれ悪魔の討伐は無事終了。そこで、悪魔の歴史や|悪魔の駒について部長から、話を聞いた。木場は|騎士、小猫ちゃんは|戦車、朱乃さんは|女王だった。朱乃さんが正直恐かったです。
残るのは、|兵士か|僧侶。
(俺は|僧侶だよな・・・・・・。きっと、たぶん、おそらく、maybe・・・)
まあ、結果的には俺が部長から告げられたのは|僧侶なわけがなく、一番下っ端|兵士のだった。
「い、一番下っ端・・・・・・」
出世街道は遠い、遠すぎる! 思わずorzとなってしまった。
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