第70話〜愛と正義の使者、その名は・・〜
昴「よし、ここいらで休憩にしよう」
朱「はい」
俺は机の上の書簡を脇に寄せ、大きく伸びをする。
朱「お疲れ様です。すぐにお茶を用意しますね」
昴「悪いな」
朱里がお茶を準備するために部屋を後にしようとした時、部屋に新たな来客がやってきた。
桃「失礼しま〜す。あ、ご主人様も朱里ちゃんも休憩?」
昴「ああ。ちょうど一息付いたからな」
桃「ならさ、庭で紫苑さんがお茶を用意してるからご主人様も朱里ちゃんも一緒に行こ♪」
昴「そうなんだ。なら俺達も呼ばれようか、朱里」
朱「そうしましょう♪」
俺達は桃香に連れられ、庭へと向かった。
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桃「おーい、紫苑さーん、璃々ちゃーん!」
桃香が庭でお茶の準備をしている紫苑と璃々ちゃんに大きく手を振る。
紫「桃香様。ご主人様に朱里ちゃんもご一緒でしたか」
桃「えへへ〜、ご主人様達もちょうど休憩するみたいだったから誘っちゃった。大丈夫かな?」
紫「構いませんわ。誰か来るだろうと思って、茶器もお菓子も多目に用意しておきましたから」
桃「さっすが、紫苑さん。・・・んくっ、ああ、生き返るねぇ」
昴「んくっ、んくっ・・・ふぅ。やっぱり紫苑のお茶は美味いな」
紫「ふふっ。恐れ入りますわ」
お茶は自分で淹れてもいいけど、やはり紫苑が淹れてくれる方が美味いな。見たところお菓子も手作りみたいだしな。
璃「ねぇねぇごしゅじんさま、見て見て!」
昴「ん?」
璃「びびしきちょーがあくをうつ! かちょーかめん、すいさんっ!」
朱「ぶっ!」
突如朱里が飲んでいたお茶を吹き出した。
紫「あらあら、大丈夫? 朱里ちゃん」
紫苑が朱里の口元を拭いてやっている。
ところで今の・・。
昴「もしかして今の、華蝶仮面か?」
璃「うん! そうだよ!」
華蝶仮面。この成都に突如現れた謎の正義の味方、らしい。
朱「・・・」
そういや朱里は・・・気の毒に・・。
朱里に同情の眼差しを向けながらお茶をしていると・・。
鈴「たいへんなのだーーーーっ!」
朱「ぶっ!」
紫「どうしたの? 鈴々ちゃん」
鈴「あのね、街にチョウチョ仮面が現れたのだ!」
昴「ほぅ」
鈴「えっと、お姉ちゃんや璃々が見たいかなって思って」
桃「あ、見たい見たい!」
璃「ねぇ、おかあさん。見に行ってもいい?」
紫「そうねぇ、そういえば、お母さんもまだ見た事なかったわね」
昴「せっかくだ、皆で行こうか」
朱「あ、あの、ご主人様。まだお仕事が・・」
昴「そんなにないでしょ♪」
俺はそそくさと逃げようとする朱里を捕まえ、抱っこする。
昴「それじゃ朱里、逝こうか♪」
朱「うぅ・・」
俺は涙目の朱里を抱き抱えたまま鈴々の先導の元、華蝶仮面の発生場所に向かった。
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鈴々の後に付いて行くと、そこには既に人だかりが出来ていた。
昴「あれだな。それにしても、ひどい混みようだな」
例えるなら祭のような混雑ぶりだ。ただ祭と違って交通整理が出来てないからさらにひどい。
昴「皆、迷子にならないようにな・・おっ、やってるやってる」
ふと遠目で覗くとそこにはゴロツキ相手に戦いを繰り広げて華蝶仮面の姿があった。
華「悪の蓮花の咲くところ、正義の華蝶の姿あり! かよわき華を護るため、華蝶仮面、ただいま参上っ!」
華蝶仮面がお決まりの名乗りをあげた。
「てめぇ! 相変わらず小馬鹿にした格好しやがって! てめぇら、やっちまえ!」
「おおおーー!」
ゴロツキ達が華蝶仮面に一斉に襲いかかった。
紫「・・あの、ご主人様」
昴「まぁ、そこは言わなくていいよ」
紫「ああ、お気付きでしたか」
桃「おー! そこだー、がんばれーー!」
鈴「いけー! あっ、あぶないのだ!」
桃香と鈴々はかなりヒートアップしていた。
昴「鈴々、桃香が飛び出し過ぎないように注意しといてな」
鈴「分かったのだ!」
鈴々が桃香の前に出る。
紫「・・若干、気付いていない子達もいるのですわね」
昴「・・ああ」
あれで気付かない桃香に、あれでバレないと思っている・・・・星。この国は大丈夫かな・・。
紫「それにしても、今日は1人のようですわね」
昴「そうだな」
まぁ、1人は今演習に、もう1人は・・。
朱「・・・」
まっ、あの程度の数のゴロツキ相手なら1人で充分だろ。
華「はあ!」
「がはっ!」
「グフッ!」
華蝶仮面は自身の槍をもって次々と倒していく。やっぱりゴロツキ程度じゃ相手にならないな。そう思ったその時・・。
「くそっ!」
ゴロツキの1人が野次馬に近付いていき、
「動くな!」
「ひぃっ!」
野次馬の1番前にいた璃々ちゃんくらいの女の子に短刀を当て、人質にとった。
華「!?」
「それ以上近付くなよ」
華「くっ!」
華蝶仮面はとっさに助けようとしたが、その場にとどまった。
「へへっ、まずはその槍を捨てろ」
華「・・・」
カシャン!
華蝶仮面は持っていた槍を放る。
「さんざんコケにしやがって、すぐに礼をしてやる」
ゴロツキ達が華蝶仮面ににじり寄っていく。
まずいな、人質を取られた以上、星はろくに動けない。野次馬のせいで警備隊を入ってこれないみたいだし。挙げ句、紫苑も鈴々も得物を持ってきていない。・・・なら、俺が動くしかないな。ふむ、どうせなら・・。
俺は傍ではわわしている朱里から1枚の仮面を抜き取り・・。
昴「でゅわっ!」
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星side
星「くっ!」
私は身動きが取れないでいた。人質さえ、人質さえどうにか出来れば・・。ゴロツキ共が徐々に近付いてくる。
どうする・・。
必死に策を巡らせていると、
?「そこまでだ!」
星「!?」
ふと屋根を見上げるとそこには仮面を身に付けた1人の人物が。
「だ、誰だ!」
?「昴華蝶、推参っ!」
星「!?」
あれは! 髪型や声を変えているが、間違いない!
昴「はっ!」
昴華蝶は屋根から跳躍すると懐から何かを取りだし人質を取っていたゴロツキに投げつけた。
「あだっ!」
ゴロツキが苦悶の声をあげると持っていた短刀を手放した。
星「っ!? 今だ!」
私はすぐさま槍を拾い、ゴロツキに飛びかかり槍で突き飛ばす。
「ぎゃは!」
ゴロツキは大きく後ろに弾かれた。
すると、昴華蝶がすぐさま少女を抱え、安全な所まで運んだ。
昴「怪我はないか?」
「は、はい//」
少女が顔を赤らめ、頷く。
「よそ見してんじゃねぇ!」
ゴロツキの1人が剣を振り下ろす。
ギィン!!!
「なっ!」
なんと!
昴華蝶はその剣を受け止めた。それも一輪の花で。
昴「ふっ!」
「うぐっ!」
昴華蝶はゴロツキの眉間に花を投げ、見事花の先端が突き刺さった。
「「「「おおおーー!」」」」
辺りを囲う野次馬が歓声をあげる。
昴華蝶が私の元に歩み寄り・・。
昴「星華蝶、このゴロツキ達を片付けるぞ」
昴華蝶は指の間に花を挟み、こちらに片目を瞑り、合図すると構える。(何処から取り出したのだ)
星「うむ、それでは・・」
星・昴「行くぞ!」
・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・
そこからはこちらの優勢で、昴華蝶が投げ花で援護をし、私が槍で片付ける。あっという間にゴロツキ達を制圧した。
「「「「おおおーー!」」」」
再び野次馬から歓声があがった。
桃「キャアーー! 華蝶仮面様ー!」
鈴「格好良いのだ!」
璃「かちょーかめんさまー!」
朱「・・・(唖然)」
紫「・・・(唖然)」
その中でも桃香様達の声が一際目立っていた。
ふと見ると、野次馬を押し退け、警備隊がこちらへと向かって来ていた。
星「さて、我らはこの辺で退散致しましょう」
昴「うむ」
しかし、左右から警備隊と野次馬。残りは民家が。さて、どうしたものか・・。脱出方法を模索していると、昴華蝶が私の膝裏と背中に腕を回し、抱き上げた。
星「きゃっ!」
その後大きく跳躍し、屋根に昇ると、そのまま抱き上げたまま屋根づたいに跳躍を繰り返し、その場を離れた。
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昴side
俺は人気のない所まで移動した後、星を降ろした。
昴「ではな」
星「あ、主!」
星は何か俺に叫んだが俺はそれを聞かずもう一度跳躍し、その場を後にした。
その後、髪型を元に戻し、桃香達に合流した。桃香と鈴々と璃々はおおはしゃぎしており、朱里と紫苑は無言で俺を見つめていた。
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城に戻り、その日の残りの仕事を片付けると、俺は城壁へと登った。
昴「・・・」
今日は晴天で、月も星も良く見えていた。
石畳に寝そべりながら星を眺めていると・・。
星「おや、これは主ではありませんか」
昴「ん? あぁ、星か。どうしたんだ? こんな所に」
星「いえ、外が満天の星空故、それを肴に1献と思いまして。主もどうです?」
昴「そうだな、なら貰おうか」
俺は星から器を受け取った。
しばらく無言で飲んでいると。
昴「今日は災難だったな」
星「・・何の事でしょう?」
昴「まさか人質を取られるとはな。星華蝶?」
星「っ!? 何を・・」
昴「いや、もう俺にはバレてるから」
星「なんと・・。さすがは主。その洞察力にご慧眼、恐れ入ります」
いや、むしろ気付かない桃香や愛紗達に疑問を感じるんだが。
星「ならば、助太刀感謝致します。・・昴華蝶」
昴「・・・」
以前に涼州で完全変装した時、付き合いの浅い霞にすら見抜かれたぐらいだ。まっ、見抜かれるわな。
星「主も、あの仮面の魅力に取り憑かれたようで」
昴「いや違うから」
星「むっ」
星は少し、むっとした顔になった。
星「しかし、あれから月日が経ちましたな。我らが初めて出会ったあの日から」
昴「そうだな」
思えばこの外史に来て初めて会ったのが星だったな。
星「あの日、主の心に触れ、あなたこそが私が掲げる主だと直感致しました。あなたの正義の心に触れ、私は・・」
昴「待った」
俺は喋る星を止めた。
昴「俺を正義だと言ってくれるのは嬉しいが、俺はそんな良いものじゃない」
星「・・では何と」
昴「俺は正義じゃない。ただの悪さ」
星「!? 何をおっしゃいます。主が悪などと・・」
昴「乱世に王として生きてる以上、俺は正義じゃない。乱世に正義なんてものはないさ。言ってしまえば、戦争を起こした時点であるのは悪だけだ」
星「そんな事は! 主の行いで救われた者はたくさんいるではありませんか!」
昴「ああ。その犠牲になった者も大いにいるがな」
星「・・・」
昴「平和なんて者は多くの犠牲の元に成り立つものだ。その犠牲を強いているのが王だ。戦乱を終わらせる為に戦え、大切な者を守る為に戦え。聞こえはいいが、俺にはとてもそれが正義とは思えないな」
星「主・・」
昴「乱世の王なんて、どんなに着飾ったって、所詮は悪だよ」
星「・・主は後悔しているのですか?」
昴「後悔はない。後悔なんて、それは死んでいった者、殺していった者への侮辱でしかないからな。それに・・」
俺は器の酒を飲み干し・・。
昴「俺が役を降りたり、役を演じなかったとしても、結局は誰かが演じなければならない役だ。それなら、それを演じるのは俺でいい。俺で・・」
俺は器を置き、再び石畳に寝そべった。
星「・・・やはり、私の見る目は間違ってはいなかった」
昴「星?」
星「例え、主が正義でなくとも、主によって多くの者が救われている。主は、自分が正しいと思う道を真っ直ぐ突き進んでいる。それだけで仕えるに値する王です」
昴「・・買い被りだと思うんだがな」
星「ふっ、それを決めるのは主ではなく、我らですぞ。主と桃香様、そして我らで、いつか必ずこの乱世を治めましょう」
昴「・・そうだな」
俺は星を見た後、再び夜空に視線を移した。
星「ならば、我が忠誠の証、お受け取り下さい」
星は俺に覆い被さり、そして・・。
口付けをした。
昴「星//」
星「ふふっ、その反応、あの時から変わりませんな」
そう言って、星はいたずらっ子のような笑みを浮かべたのだった。
続く。