小説『聖痕のクェイサー×真剣で私に恋しなさい!  第1章:百代編・一子編』
作者:みおん/あるあじふ()

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第1章『百代編・一子編』



4話「日常の終わり、非日常の始まり」


激しい戦いの末、心に勝利したサーシャ。


「すっげぇ、不死川心に勝ったぞ!」


「アレクサンドル君、超カッコイ〜!!」


「ざまあみろ不死川!」


校庭にいる生徒達から歓声が上がる。生徒達の声は、サーシャ一色だった。体術は互角だったが、サーシャは傷一つ負っておらず、尚且つ心に身体的なダメージすら与えていない。


総合評価的に言えば、サーシャの圧勝だった。


「うぅ……何なのじゃ。一体何がどうなっておるのじゃ……」


心は未だに状況が飲み込めていなかった。地面に座り込み、泣きべそをかきながら無残に変形した鉄扇を見つめている。


「………」


勝者となったサーシャは無言のまま心に近づき、心の目を覗き込むようにしながらしゃがみ込んだ。


「ひっ……」


びくっと身体を震わせて、怯え切った表情でサーシャを見る心。


「………」


サーシャは表情一つ変えないまま心をじっと凝視する。そして次の瞬間、



……………。



右手を心の左胸に手を伸ばし、触れた。



―――――――。



校庭中――否、全ての時間が一瞬だけピタリと止まったような気がした。先程まで騒いでいた生徒達も急にしん、と静まり返っている。


「………あ」


心は自分の胸に置かれているサーシャの右手に視線を下ろす。


「………」


数秒間沈黙が続く。そして心は今の状況を理解し、ようやく我に返った。


「にょわああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」


胸を触られ、顔を真っ赤にしながらサーシャから後退りする。同時に、校庭中の生徒や教師達が騒ぎ始めた。特に男子生徒達が性的な意味で騒ぎ立てている。


「………」


サーシャは心の胸に触れた自分の右手を数秒間見た後、怯えている心を見下ろし、興味が失せたと言わんばかりの表情で、


『В вашей груди, сердце мое непоколебимое(お前の胸では、俺の心は震えない)』


ロシア語で心に吐き捨てた。心は言われた意味がよく分からず、近くにいた冬馬に翻訳を頼む。


「……葵君、アレクサンドルは何と言ったのじゃ?」


しかし、冬馬は言いにくそうに苦笑いを浮かべていた。聞かない方がいいですよと忠告するが、それでも心は知りたいと言って頷いた。


「“貴方の胸では、私の心は震えない”だそうです」


サーシャのロシア語を、丁寧に訳して伝える冬馬。心にはイマイチ意味が分からなかったが、とりあえず分かった事は明らかに貶されているという事だけだった。


「もう色々と悔しいのじゃ!うわ〜〜〜〜〜〜ん!!」


負けた挙句に侮辱を受け、それに耐え切れなくなった心はとうとう泣き出してしまった。


すると、まふゆと華がギャラリーを掻き分け、怒りを露わにしながらサーシャの前にやってきた。


「一体何考えてんのよ、アンタはっ!!!!」


まふゆは竹刀で、サーシャの頭を力一杯ぶっ叩いた。


「ここはミハイロフとは違うのよ!無闇に女の子のおっぱいを触らないの!っていうか、普通は私達の学園だろうと何だろうと基本的にアウトだから!!」


「吸ったわけじゃないから問題はない」


竹刀で叩かれた頭部を擦りながら、反省する様子もなくただ本心を述べるサーシャ。


「そういう問題じゃねぇだろ!ただでさえ目立ってるのに、これ以上問題起こすなよ!バカかよお前は!?」


流石の華もこれには激怒した。サーシャは後先考えずに直情的に行動する時がある事は知っていたが、今回のは取り返しがつかない。


「こりゃ!何と言う不埒な真似をするでおじゃる!」


まふゆ、華に続いて後からやってきたのは、顔の白い、まるで平安時代にでもいるような人相の教師―綾小路麻呂だった。


ちなみに麻呂に対してのまふゆと華の第一印象は、“うわ、何コイツ気持ち悪”である事は言うまでもない。


麻呂の言う事に対し、サーシャは反論する。


「勝ったのは俺だ。その俺が何をしようがお前には関係ない」


「だまりゃ!これは由々しき問題でおじゃる!アレクサンドルとやら、お前には処分を――」


「まあまあ綾小路先生、その辺にしておきなさい」


鉄心がこの場を納めようと、サーシャと麻呂の間に入って割り込んできた。しかし麻呂は納得がいかず、鉄心に抗議を求める。


「し、しかし学長……」


「いわゆる“かるちゃーしょっく”と言うやつじゃ。兎に角、この件はワシが一旦預かろう。後でサーシャにはキツク言っておくわい」


鉄心はそう言って、一先ずこの騒ぎを納めたのだった。これ以上揉めると家柄的にも厄介なので、学長がそう言うならと麻呂も身を引くことにした。


こうして決闘は終わり、生徒や教師達がそれぞれの教室へ戻っていく。決闘が終わってもサーシャの話題が消える事はなかった。


自分達の教室にはとてもではないが戻れない……そう思うまふゆと華だった。


そんな中、ガックリと肩を落とし、教室へと戻っていく心の後ろ姿を、カーチャは興味深そうに眺めていた。


(………決めたわ)


カーチャの口元が吊り上がる。まるで獲物を狩るような狡猾で扇情的な瞳。くすくすと静かに笑いながら、カーチャは校庭を去るのだった。




重い足取りで、教室へと戻るまふゆと華。サーシャは特に気にする様子もなく廊下を歩き、二人の先頭をきって2−Fへと向かう。


廊下からは、別のクラスの生徒達の視線を感じる。サーシャはある意味で有名人になった。今日から“おっぱいソムリエ”等と変な仇名を付けられても可笑しくはない。


(……ああ、入りづらいなぁ)


とうとう2−Fの教室に辿り着く。まふゆは大きく溜息をついた。


きっとドアを開けば、サーシャは女子生徒達の敵になっているだろう。どうフォローすればいいかまふゆと華は悩んでいたが、もうフォローのしようがないことは明らかだった。


そんな二人の気持ちを余所に、堂々と教室のドアを開けるサーシャ。教室のクラスメイト達が、一斉に視線をサーシャに向けた。そして、


「アレクサンドル、いやサーシャ!お前は最強だ、神と呼ばせてくれ!」


「なあなあサーシャ、どうやったらあんな風に堂々と掴めるんだ!?」


「頼む、俺にもその技を教えてくれよ!」


「不死川の胸、どんな感触だった!?」


男子生徒達の殆どがサーシャに集まってきた。サーシャの勝利よりも、公然の場で堂々と女性の胸を掴んだ英雄として崇められていた。


サーシャは返答に困り、群がる男子生徒を掻き分けてその場から脱出する。しかし、今度はサーシャの戦いぶりを見て目を輝かせているワン子とクリスが待ち構えていた。


「見たわよ!サーシャってめちゃくちゃ強かったのね!今度はあたしと勝負しなさい!」


「サーシャ。お前の強さ、しかと見せてもらったぞ。が、しかしだ。さっきの行為だけは頂けないな。今後は自粛しろ」


ワンコはサーシャに勝負をふっかけ、クリスはサーシャの戦闘能力を賞賛しつつ辛口のコメントをするのだった。


(面倒な事になった……)


自分の行いを今になって後悔するサーシャ。だがまふゆや華に助けを求めた所で、“自業自得よ”とあしらわれるのは目に見えている。


「あ、あの……アレクサンドル君。ううん、サーシャ君」


そんなサーシャを見ていた千花が話しかけてくる。決闘での出来事があったのか、少し態度が控えめだった。


この状況はまずいと思ったまふゆと華は、サーシャの前に出て千花に弁解を始める。


「あ、あのね千花ちゃん!あ、あれはなんていうかね……その、悪気があったわけじゃないの!」


「そ、そうなんだよ!こいつの癖って言うかさ……だから――――」


「―――よかったら、アタシのも触ってみる?」


千花から返ってきた言葉は批判でもなければ敵意でもなく、ただ純粋な好奇心だった。意外過ぎる返答を前に、まふゆと華、サーシャまでもが絶句していた。


「え、マジで!?スイーツの胸揉んでもいいのか!?」


千花の言葉を聞いて真っ先に反応したヨンパチが、興奮して息を荒げながら前に出てくる。


「誰がアンタみたいなエロザルに触れって言ったのよ!?アタシはサーシャ君に言ったの!」


ヨンパチを追い払い、千花は再びサーシャを見る。


「サーシャ君、アイツの胸を触った時……何て言うか、不思議と嫌らしさを感じなかったのよね。純粋っていうか」


だったら触ってもらうのもいいかな、と千花は顔を赤らめて、自分の胸をサーシャに近づけた。


「た、だだだだだだだだだだダメよサーシャ!い、い、いいくら相手がいいって言っても、ダメなものはダメなんだからね!!」


顔を真っ赤にしながらサーシャに注意するまふゆ。恥ずかしさからなのか、それともヤキモチなのか。気持ちが焦り、まふゆの頭の中はもうごちゃごちゃだった。


そんなまふゆの様子を見て、千花はくすっと笑う。


「な〜んてね、冗談冗談。まふゆっちも本気にしないの、こんなに顔真っ赤にしちゃって」


林檎のように赤く染まったまふゆの頬を、指先で突いてからかう千花。まふゆは「もう!」と、頬を膨らませた。


ともあれ、少なくとも千花達はサーシャの事を悪く思ってはいないようだった。それどころか、むしろサーシャを愛称で呼ぶ程親しみを持つようになっている。


これはこれで良かったのだろうと、まふゆはとりあえず安堵したのだった。


こうして、波乱の学園生活一日目は終わった。しかし、こうしている間にも正体不明の元素回路は、なおもどこかで出回り続けている。それを根絶しなければ、川神市に明日はないだろう。


守るべき人達が、ここにいる。だからこそ戦わなければならない。


この川神学園の生徒達――否。川神市の人々から、平和を取り戻すために。





放課後の事。


心は壊れた鉄扇を強く握り締めて、苛立ちながら廊下を歩いていた。


サーシャに敗北した挙句、その上胸まで触られ、終いにはサーシャにはお咎めなし。当然納得のいかない心は抗議を試みたが、学長権限により一時保留となった。


サーシャが留学生とはいえ、女性の胸を触る文化など聞いた事がない。


「悔しいのじゃ、悔しいのじゃ、悔しいのじゃ……」


負けたおかげで2−Fの生徒からは馬鹿にされ、サーシャに“震えない胸”(要するにがっかりおっぱい)という屈辱的な烙印を押され、プライドをズタズタにされた心は悔しさと怒りで満ちていた。


今度は絶対にリベンジしてやる……そんな事を考えながら歩いていると、


「にょわ!?」


「きゃっ!?」


廊下の曲がり角で、誰かと鉢合わせする。勢いよくぶつかり、心は豪快に尻餅をついた。


「いたた……どこを見ておるのじゃ!?」


ただでさえ苛立っているというのに、一体どこの無礼者だ……半分八つ当たりも含めて、心は怒鳴った。


「ご、ごめんなさい……」


ぶつかってきた相手はカーチャだった。カーチャも尻餅をついたのか、お尻を擦りながら、涙目かつ上目遣いで心を見上げていた。


(か、かかかかかかかかかかかかわゆいのじゃ………)


無垢な瞳で、まるで妖精のような可愛さに心は心を奪われた。立ち上がり、倒れているカーチャに手を貸す心。


「ま、まあ分かれば良いのじゃ……ところでお前、見かけない顔じゃのう」


「はい。私、聖ミハイロフ学園から転入してきました、1−Cのエカテリーナ=クラエといいます。“カーチャ”って呼んで下さい。お姉さま」


カーチャはスカートを広げ、礼儀正しく心に一礼する。礼儀作法も美しく、由緒正しい家に生まれたのだろうと心は理解した。


「此方は2−Sの不死川心。由緒ある不死川家の息女じゃ。覚えておくが良いぞ」


「はい、心お姉さま♪」


元気良く返事をして、心を敬うカーチャ。そんな素直で可愛いカーチャを、心はますます気に入ったのだった。


「あ、あの、心お姉さま。カーチャ、この学園の事がよく分からなくて……だから、心お姉さまに案内して欲しいの。ダメかな?」


上目遣いで、カーチャは心に眼差しを送る。


「良いぞ。カーチャがそこまで言うのであれば、此方が案内してやろう」


すぐに帰るつもりでいたが、カーチャに会ってすっかり機嫌を良くした心は、快く承諾した。


「本当?ありがとう、心お姉さま!」


カーチャは飛びきりの笑顔を浮かべて、心に抱き付いた。心の顔が慈愛に満ちていく。


心は早速カーチャの手を引き、学園を案内するのだった。




しばらく心とカーチャは学園中を一通り回った。放課後の学園内はあまり生徒がいない分、心は気が楽だった。


「〜♪」


可愛らしくくるくる回りながら廊下を楽しそうに歩き、無邪気にはしゃいでいるカーチャ。そのカーチャの姿を見て、心は和んでいた。


「……?ここは何の教室かしら」


廊下の片隅にある教室がカーチャの目に入る。カーチャは扉を開け、中へと入っていく。


「カーチャ。そこは物置じゃ。入っても何もないぞ?」


好奇心が旺盛な年頃なのだろう。心は肩を落としながらも、表情は笑っている。まるで自分に妹が出来たみたいで、嬉しく思っていた。


カーチャの後を追い、物置部屋に足を踏み入れる心。中は薄暗く、少し不気味だった。


カーチャの姿はまだ見えない。きっと隠れて自分を脅かそうとしているのだな、と心は思った。


が、その直後。


―――――ピシャッ!!


突然、物置部屋の扉が勢いよく閉まった。変に思った心は扉に手をかける。


「あ、開かないのじゃ……」


力強く扉を引くが、固く閉ざされたままでビクともしなかった。


薄暗く気味の悪い物置部屋に閉じ込められ、心に不安が生まれる。早くカーチャを見つけてこの部屋を出よう、そう思った時だった。


ギィ………。


心の背後から物音が聞こえる。カーチャだろうか、それとも……心は恐る恐る背後を振り返る。


「―――――――――――」


暗闇の奥で光る、二つの不気味な目。それは徐々に近づき、心の前に姿を現した。


「ひっ」


小さく悲鳴を上げる心。現れたのは赤一色に染められた大きな人形だった。


――――断罪天使、アナスタシア。


アナスタシアが心を見下ろすようにして立ち塞がっていた。


「ひいいいいいいいぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!?」


見たこともない化け物のようなアナスタシアの姿を前に、腰を抜かして後退りする心。しかし扉は閉ざされたままで、心に逃げ場はない。


アナタスタシアは沈黙したまま、心との距離をゆっくりと縮めていく。


「―――――медь(銅よ)」


一瞬、暗闇の奥から声が聞こえた。その声に反応するように、アナスタシアは両手を上げ、無数の銅線を心に向けて放つ。


「にょわ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?」


無数の銅線は心の身体に絡み付き、心を引っ張り上げて逆さ吊りにする。


「うわ〜〜〜〜ん!誰か、助けて……助けるのじゃ〜!!」


銅線は心の身体の自由を奪い、身動き一つできない。心の思考が恐怖に染まっていく。


すると、暗闇の奥――声のした方向から人影が心に歩み寄ってくる。


それはカーチャだった。カーチャ妖精のような笑顔とは打って変わり、鋭い目付きと、そしてサディスティックな表情を浮かべている。


心が放課後に出会ったカーチャとは、まるで別人だった。


「――――光栄に思いなさい。今日から私が、お前の主人になってあげる」


自ら主人を名乗り、心をまるで奴隷呼ばわりにするカーチャ。


「な、何をわけの分からぬ事を……そんな事より、さっさと降ろすのじゃ!!」


自由の利かない身体を揺さぶり、カーチャを睨み付けて抗議する心。しかし、返ってきたのはアナスタシアの銅線による痛烈な拷問だった。銅線をまるで鞭のように、心の身体に叩き付ける。


「い、痛い、痛い!痛いのじゃ!?」


「それが主人に対する口の聞き方かしら?“どうか降ろしてください、女王様”でしょ?」


まあ、降ろすつもりは無いけどねと付け加え、カーチャは嘲笑う。


「こ、こんな事をして、ただで済むと思うでないぞ!此方は由緒ある不死川家―――」


「お前がどんな身分だろうと、私の前ではただの雌犬よ」


動揺する様子もなく、カーチャはたった一言で一蹴する。サーシャと同じく、カーチャには家柄や名声は全く通用しなかった。


名門である不死川家―――自分の誇りが、一瞬にして崩されてしまった。


「まだ立場と言うものが理解できていないようね。主人に逆らったらどうなるか……じっくりとその身体に刻み込んであげるわ」


氷のように冷たい笑みを浮かべながら、カーチャは逆さ吊りにされた心の頬を撫でるように触る。


「ふふ……覚悟なさい」


そして心の耳元で、優しく、まるで誘惑するように囁いた。


あの無垢で可愛かったカーチャは幻だったのだろうか。今ここにいるカーチャが本物なら、今日という日を迎えた事を心は心底呪った。


悪夢ならすぐにでも覚めて欲しいと切に願いたい。が、この鞭打ちのような痛みは、紛れもない現実だと言う事を認識させる。


心の地獄のような放課後は、カーチャと言う女王の欲望が満たされるまで続くのであった。

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