第1章『百代編・一子編』
3話「対決」
ついに、サーシャと心の決闘の時間がやってきた。
学園の校庭には大勢の生徒達や教師が集まり、決闘の始まりを待っている。
その中には、ここぞとばかりに弁当を売って稼ごうとする者や賭けをする者、カメラで撮影をする者等、様々な人達でごった返している。
校庭はもはやイベント会場と化していた。
その大勢のギャラリーの中心に、対戦者―――サーシャと心がいる。
「逃げなかった事だけは褒めてやるのじゃ、アレクサンドル」
まるで自分の勝利を確信しているように、心は余裕の笑みを見せていた。一方のサーシャは無言のまま、心を睨み付けている。
もうすぐ二人の試合が始まろうとしていた。そんなサーシャの行く末を、心配そうに見守るまふゆと華。
「……とうとう始まっちゃったわね」
まふゆはサーシャの姿を眺めながら呟いた。
「そういや同じクラスの直江から聞いたんだけどよ。あの不死川心って奴、全国レベルの柔道の使い手なんだってよ。クェイサーの力を使わないっていっても、結構ヤバいんじゃないのか?」
華は念の為、クラスの人間から情報収集をしていた。
不死川心―――決闘を申し込むだけあって、戦闘スキルは高い。
「い、一応、私の聖乳ソーマを吸ってあるし……っていうか、勝たなかったら許さないんだから」
顔を真っ赤にしながら、胸を隠す仕草をするまふゆ。
決闘前、まふゆとサーシャの間でこんなやり取りをしていた。
――――誰もいない、2−Fの教室。
決闘まで後数分。サーシャはまふゆを呼び出した。
『まふゆ。念の為だ、お前の聖乳ソーマを吸わせてくれ』
『え……こ、ここで!?』
『お前が必要だ』
『う……わ、分かったわよ。その代わり、やるからには絶対に勝ちなさいよね』
そう言ってまふゆはワイシャツとベストをたくし上げ、ブラジャーを外す。
『да(当然だ)』
そしてサーシャはまふゆの胸にゆっくりと口を近づけて………。
『んっ……!?あっ、うっ……!!』
――――――――――。
サーシャの聖乳は既に補給済みだった。恥ずかしそうに話すまふゆを見て、華は思わず苦笑いした。
しばらくして、周囲にいた生徒達がざわめき始める。いよいよ決闘開始だ。
現れたのは威厳のある老人……川神学園学長の川神鉄心である。鉄心はサーシャと心の間に歩み寄った。
「これより川神学園伝統、決闘の儀を執り行う!」
鉄心の声が校庭中に響き渡り、校庭中から一気に歓声が上がる。
「と、その前にじゃ……アレクサンドリャ……ニコビチョ、言いにくい名前じゃのう」
サーシャの名前が言いにくいのか、髭を弄りながら苦笑いする鉄心。
「サーシャで構わん」
先に進まないので、サーシャは鉄心にそう促した。
「ふむ、そうか。ではサーシャよ、先程は挨拶が出来なくてすまんかったの。ワシは川神学園の学長を務める、川神鉄心じゃ」
鉄心は自己紹介を簡潔に終わらせると“また後程ゆっくりと話そう”と意味深な言葉を口にする。
鉄心は、サーシャ達の滞在先である川神院のトップであり、今回の任務の一件を知る重要中心人物だった。
「では、二人とも前へ出て、名乗りを上げるが良い!」
鉄心の掛け声と共に、サーシャと心が一歩前に出る。
「2−F、アレクサンドル=ニコラエビッチ=ヘル」
「2−S組、不死川心!」
心も名乗りを上げ、サーシャと対峙する。
「ワシが立ち会いのもと、決闘を許可する」
基本的な判定は、勝負がつくまでは何があっても止めない。ただし、勝負がついたにも関わらず攻撃を行えば、ワシが介入して戦闘を止めると鉄心が付け加えた。
「問題ない」
「心得たのじゃ」
サーシャと心は同意し、戦闘態勢に入る。
(……さて。アトスの秘蔵“致命者サーシャ”とやらがどれほどのものか、見せてもらうぞい)
鉄心はサーシャの戦いぶりを期待していた。派遣されたクェイサーがどれ程のものか、それを知る良い機会である。
「いざ尋常に、はじめいっ!!!」
鉄心の合図と同時に、サーシャVS心の決闘の火蓋が切って落とされた。
「いくぞっ!!」
「すぐ楽にしてやるのじゃ!」
互いに衝突し、体術のぶつかり合いが始まる。
近接戦闘は、心の必殺の間合い。心はサーシャの手を絡め取ろうと手を伸ばした。が、サーシャはそれを払い落し、蹴りで反撃する。
「ふん。当たらぬわ!」
ひらりと身を躱す心。二人とも隙を一切見せず、激しい攻防を続けている。
「すっげぇ……アレクサンドルの奴、あんな強かったのかよ」
観戦していた岳人が思わず声を漏らす。
岳人だけではない……観戦している人間の殆どが、ハイレベルな戦いを前に度肝を抜かれていた。
(一筋縄ではいかないか)
サーシャは反撃と防御を続けながら、心の力量を測っていた。
近接戦闘においては、サーシャも退けを取らない。だがそれ故、心に対して迂闊な真似はできなかった。関節技を一度でも食らえば、こちらが不利になる。
(だが――――それなら!!!)
サーシャは動きを変え、防御を捨てて攻撃に徹した。殴り、蹴りを雨のように浴びせ、怒涛の攻撃で心を攻め立てる。
「うっとおしいのじゃ!そらっ!!」
「――――――!!」
心はサーシャの腕を掴み、勢いよく背負い投げた。視界が反転し、空へと高く投げ飛ばされる。
しかしサーシャは空中で体制を整え、受け身を取ることなく着地に成功した。
「―――畳みかけてやるのじゃ!」
心の反撃は止まない。急接近して、サーシャに再び攻撃を仕掛ける。
「――――舐めるな!!」
サーシャは地面を強く蹴り上げた。周囲に砂埃を発生させると同時に、蹴り上げた砂が心の視界に舞い込む。
「ふん、甘いわ!」
心は視界に飛んできた砂を、扇で全て叩き落した。
心の切り札――鉄扇。飛び道具や武器から身を守るための手段で、常に携帯していた。つまり、心に真正面からの小細工は通用しないという事になる。
「ほっほっほ。此方にそのような小細工など通用せんのじゃ」
心は口元を扇子で隠しながら、サーシャを嘲笑った。
(あの扇……鉄か)
だが、それはサーシャにとって勝機だった。鉄の元素を自在に操るサーシャなら、あの鉄扇を利用しない手はない。
……クェイサーの力は使わないと決めているが、大鎌等の大きな武器を練成するわけではない。短剣程度の練成なら、許容範囲だ。
こんな所でクェイサーの力に頼る事になるとは……心を甘く見ていた自分を呪う。だが、サーシャは負けるつもりはない。
もう一度だけサーシャは地面を蹴り上げ、砂を心の視界に向けて飛ばした。
「何度やっても無駄無駄無駄なのじゃ」
同じように、鉄扇を広げて砂を叩き落す心。サーシャはその隙を狙い、鉄扇に手を伸ばした。だが、サーシャの動きに気付いた心は一歩退いて距離を取る。
「なるほどのぅ。此方の扇子を奪うという寸法か。所詮は猿の浅知恵じゃ―――――な!?」
そして心は気付いた。自分の持つ鉄扇の大きな異変に。
心の鉄扇は見事にひしゃげ、一部がごっそりと抉り取られていた。心は何が起きたのか理解が出来ず、冷静さを失っている。
「こ、こここここ此方の扇子が!?な、何がどうなっておるのじゃ!?」
その瞬間が、心の最大の隙だった。サーシャは心の背後に回り込み、腕を捻り上げて身動きを封じる。
そして―――、
「――――――まだ続けるか?」
心の首元には、鋭利な刃を持った短剣が突き付けられていた。心の鉄扇の一部を奪って、サーシャが練成した物だ。
「ひいいいいいいいぃぃぃぃいいいいい!?」
命の危険を感じ、心の血の気が一気に引いていく。心は恐怖で力が抜け落ち、地面に崩れ落ちた。
「そこまで!」
心が戦意を喪失したものと判断し、鉄心は右手を上げて、
「勝者、サーシャ!!」
サーシャの勝利を、高らかに宣言するのだった。