第1章『百代編・一子編』
サブエピソード5「川神院にて」
関東三山の一つ―――それが川神院。
厄除けの寺院として名高い有名な寺であり、サーシャ達の滞在場所である。
また鍛錬場所としても使われているため、住み込みで訓練をしている修行僧も多い。
初日目の学園生活を終えて、川神院を訪れたサーシャ、まふゆ、華は鉄心に挨拶をする。
「よく来てくれたのう。では、改めて挨拶をするぞい。ワシがこの川神院の代表を務める、川神鉄心じゃ」
「ワタシはここの師範代を努める、ルー・イーです。ようこそ、川神院へ」
鉄心の隣にいるのは、ルー・イー。川神院の師範代である。
サーシャ達は川神院の修行僧に部屋まで案内され、荷物を置いて再び鉄心のいる部屋へと赴いた。
「――――あれ?サーシャにまふゆ、それに華も!?」
廊下を歩いている途中で、ワン子と遭遇した。ワン子は養子で、川神院で引き取られてここで暮らしている。
どうしてここにいるのか疑問に思っているワン子に、まふゆが理由を説明する。
「私たち、しばらくの間ここでお世話になることになったの。よろしくね、一子ちゃん」
「そうなんだ。うん、よろしく!……じゃあじーちゃんの言ってた大切なお客さんって、サーシャたちのことだったのね」
ワン子は嬉しそうに、サーシャ達をマジマジと見る。鉄心から話は聞いていたようだが、深い事情までは知らないだろう。
また鬱陶しい奴が来たと、サーシャは目を逸らした。
「そう言う事なら、いつでも勝負ができるわね!あ、ちなみにあたしのことは“ワン子”でいいわ」
明るく、エネルギッシュなワン子の姿。一緒にいるだけで元気を与えてくれるような存在。
こういう人間は嫌いではない。サーシャはワン子に視線を戻した。
「生半可な覚悟で俺に勝てると思うなよ、ワン子」
「望むところだわ、負けないわよサーシャ!」
サーシャとワン子はライバル視し、火花を散らす。お互いに認め合い、そんな二人を見てまふゆと華は笑う。微笑ましい光景だった。
「……あ、あたしそろそろ行かなくちゃ!」
ワン子はこの後、日課である走り込みのトレーニングに行くらしい。サーシャ達にまたねと手を振って、廊下を駆けていった。
「一子ちゃんって、努力家だね」
ワン子の後ろ姿を見送るまふゆ。ワン子の直向きな姿勢を、今の自分自身と重ねていた。
「――――ああ、私の自慢の妹だからな」
突然、三人の背後から声をかけられる。まふゆと華はびくっと身体を震わせ、振り返るとそこには百代の姿があった。いつからいたのだろう、全く気配を感じなかった。
「あ、えっと……あなたは?」
「川神百代だ。3−Fに所属している」
百代はまふゆたちより一つ上の先輩――上級生だった。まふゆ達も会釈して自己紹介をする。
「織部まふゆです。よろしくお願いします、百代先輩」
「桂木華です。どうも……」
「モモ先輩でいい。まふゆに、華か……二人とも可愛いな。どうだ、今夜私の部屋に来ないか?私とイイ事をしよう」
ニヤッと笑いながら、まふゆと華の肩を抱き寄せる百代。冗談で(?)言っているつもりだろうが、それでも何とも言えない複雑な気持ちになる二人である。
(うわ、おっきい胸………)
百代の大きな胸に目がいく。豊満かつ名前の如く桃のような胸に、思わず見惚れてしまうまふゆ。燈(とも)といい勝負かもしれない。
「…………」
当然、サーシャも百代の胸に興味を抱いていた。
確かめたい……心の時と同じように、百代の胸に手を伸ばすサーシャ。
が、
「――――おっと」
さっきまでまふゆと華の後ろにいた百代が突然姿を消したと思いきや、サーシャの背後に回り込んで腕を掴んでいた。
「そう簡単には触らせないぞ?サーシャ」
まるでずっとそこにいたかのように、百代は平然とサーシャの背後にいる。
(迅い……!いつの間に!?)
見えないどころか、気づくことすらできなかった。勿論、驚いていたのはサーシャだけではない。まふゆと華も一瞬の出来事に唖然とする。
「お前の戦い、全部見せてもらった。今度は私と勝負しろ」
サーシャの戦いを見て、闘争本能を刺激された百代はサーシャに興味を持っていた。
ただ純粋に強者を求めるという百代の闘気が、サーシャの身体を駆け巡る。
(こいつ……強い!)
サーシャは感じ取っていた。百代の異常なまでの強さを。その強さは、今まで戦ってきたアデプトの使徒とは比較にならない程だ。
クェイサーでもなければ軍人でもない、ただの女子生徒である。サーシャは戦慄した。
「……道理で来るのが遅いと思っとったら、モモ。お前が引き止めておったんじゃな?」
サーシャ達がいつまで経っても来ないので、心配した鉄心が迎えにやってきた。
「じじい、私を今すぐサーシャと戦わせてくれ」
「ならん。これからサーシャ達と話があるんでの、お前は部屋に戻っていなさい」
百代は不満そうに顔を顰めるが、しばらく悩んだ末、分かったよと素っ気ない返事をして、サーシャの腕から手を離した。
しかしその強者に飢えた瞳は、諦めてはいない。百代とはどんな形であれ、戦う事になるだろうとサーシャは理解する。
「まあ、いいさ。だが、いずれは私と戦ってもらう」
「構わん。俺は負けるつもりはない」
「いい返事だ。お前と死合う日が待ち遠しいぞ、サーシャ」
満足そうに笑いながら、百代はサーシャ達の前から去っていく。そんな百代の様子を見て、鉄心は重い溜息をついた。
「全く、仕方のないやつじゃのう………」
百代の戦いに対する執着心は、鉄心の悩みの種であった。戦っていないと生きている気がしないとまで言う始末。何か大きな趣味でも持っていれば……と、つくづく思う。
「あ、あの……あの人は一体?」
百代の事が気になった華が鉄心に尋ねた。
「ん?ああ、あれはワシの孫じゃ。まあ、ああいう奴じゃが、仲良くしてやってくれ」
そう言って、鉄心は苦笑いする。
「……さて。ここで長話もなんじゃから、そろそろワシの部屋に行こうかの」
鉄心が部屋へ来るように促す。これから、任務についての詳しい話を聞かなければならない。サーシャ達は鉄心と共に歩きだした。
(川神、百代……)
サーシャは百代が去っていった廊下を振り返る。
百代の戦闘能力は計り知れない。少なくとも、本気で戦わなければ勝てない相手である事は確かだ。
武神―――川神百代。その圧倒的なまでの存在感は、サーシャの心を“震わせて”いた。