小説『聖痕のクェイサー×真剣で私に恋しなさい!  第1章:百代編・一子編』
作者:みおん/あるあじふ()

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第1章『百代編・一子編』



サブエピソード7「女王様と心1」


カーチャの地獄のような時間からようやく解放された心は、無事に自分の家――不死川邸へと帰宅した。


(うぅ……身体のあちこちが痛いのじゃ……)


アナスタシアに捕縛され、鞭打ちを受け、身体中……特にお尻の部分を集中して叩かれていた。身体が痛みで悲鳴を上げている。


『―――いいこと心。今日から放課後、毎日ここへ来なさい。もし来なかったら……分かってるわね?』


帰り際に言われたカーチャの言葉が蘇る。心は毎日来るように命令されていたのだった。


その場では頷くしかないと思った心だったが、当然行くわけがない。


(父上に言って、あの女狐を退学にさせてやるわ……ほっほっほ、此方を敵に回した事を後悔させてやるのじゃ)


心の中で静かに笑いながら、心は機嫌を取り戻しつつ、家の玄関を開ける。


「今帰ったのじゃ」


心が帰宅すると、何人もの侍女達が整列し、心を出迎えていた。


「お帰りなさいませ、心様。お荷物をお持ちいたします」


「うむ」


侍女の一人に荷物を渡し、部屋に向かう心。今日の事は忘れ、早く眠りにつこう……そう思った時、別の侍女に声を掛けられる。


「心様。お客様がお見えになっています」


「客じゃと?此方にか?」


「はい。あちらに」


侍女が客間のある部屋を指し示す。一体誰だろう、と心は首を傾げつつ客間へ向かう。


すると、客間の扉が勢いよく開き、不死川家を訪ねた“客”が姿を見せた。


「心お姉さま!!」


心の視界に飛び込んだのは、妖精のような容姿で、天使のような笑顔で出迎えるカーチャの姿だった。


カーチャは心に飛び込むように抱き付いて、嬉しそうに頬を擦りつけている。


「な、ななななななななななななななな………」


放課後の出来事が、フラッシュバックして心の脳内から蘇ってきた。


まだ夢を見ているのだろうか。もしくは帰る家を間違えたのだろうか。どの道、心の現実逃避である事に変わりはない。


心に抱きついている彼女は、間違いなくカーチャである。


「ど、どどどどどういう事じゃ!?何故お前がここにいるのじゃ!?」


錯乱しながら、侍女に説明を求める心。すると、代わりにカーチャが答えた。


「カーチャ、しばらくここでお世話になる事になったの。それまでずっと心お姉さまと一緒なの。だから、カーチャすっごく嬉しい!」


カーチャの笑顔が眩しい、というか恐ろしい。心は滞在の話など全く聞いていなかった。


それが真実というなら、カーチャと一つ屋根の下で暮らすことになる……考えただけでもおぞましい。


「心様。この方はロマノフ家の末裔、エカテリーナ=クラエ様でございます。大切なお客様ですので、決して粗相のないようにと、旦那様が申しておりました」


と、侍女が補足して説明する。


ロマノフ家―――ロシア帝国を統治していた皇室であると、心は世界史の授業で聞いた事があった。


その末裔こそが、カーチャである。こんな幼い少女が……信じられない。


(………ふふ)


カーチャの天使の笑みが、悪魔の笑みに切り替わる。勿論、それは心にしか見えていない。


今すぐにでもカーチャを追い出してしまいたかった。が、父親の客である以上それは絶対にできない。尊敬する親に対する裏切り行為だ。


「くっ……」


こうなってしまっては、心に決定権はない。心は渋々カーチャの滞在を認めるしかなかった。


「そ、そうか……此方も嬉しいのじゃ。ほ、ほっほっほ」


心にもない事を言う心。もうこの場で泣いてしまいたかった。


「……カーチャの部屋は用意できておるのか?」


「はい、すぐにご案内致します」


侍女に確認を取ると、カーチャは荷物を運ぶように指示を出した。


とりあえず、カーチャの機嫌だけは取っておこう。少しでも機嫌を損ねれば、被害を受けるのは確実に自分だ。


すると、カーチャが心の着物の袖を引っ張り、何やら照れ臭そうな表情を浮かべている。


「あ、あのね。心お姉さま……」


上目遣いで、何かを訴えるように心を見つめるカーチャ。何故だか、心にはもう嫌な予感しかしなかった。


「な、なんじゃ?」


「カーチャね、心お姉さまと一緒の部屋がいい。カーチャ一人じゃ寂しいし……怖い」


カーチャの要望に、心の背筋が凍りついた。カーチャと一緒に過ごす上に、同じ部屋で寝るなど、命がいくつあっても足りやしない。


(此方はお前と一緒にいる方が怖いのじゃ……!)


もし一緒の部屋になれば、カーチャの天下だ。それだけは避けたいと思った心は、必死になって阻止を試みる。


「そ、それなら心配いらないのじゃ。カーチャの部屋に侍女を側につけよう。それなら寂しく――」


――――ぎゅっ。


再び、カーチャが抱き付いてきた。すると、スカートのポケットから何かを取り出し、心にしか見えないように、“それ”をちらつかせた。


「なっ……!」


心は言葉を失った。


それは、心がアナスタシアに縛られ、鞭打ちされている時の写真だった。何時の間にか、カーチャに撮られていたらしい。


「………主人がお前の部屋に行ってあげるって言ってるのよ。それともいいのかしら?このあられもない姿をしたお前の写真を、学園中にばら撒いても」


心にしか聞こえないように、静かに囁くカーチャ。


「う……うぅ……」


脅迫され、心は何も言い返せなくなった。ここでカーチャの頼みを断れば、この写真が学園内にばら撒かれ、心の評判は一気に変態の域に堕ちるだろう。


つまりそれは、不死川家に泥を塗る事を意味する。そんな事態になれば学園中の笑い者にされ、おまけに2−Fの生徒達からは永遠にネタにされることは間違いない。


心にとって、とても耐え切れるものではなかった。


「………カーチャの荷物を此方の部屋まで持っていくのじゃ」


心は自分の部屋にカーチャを入れる事を選択し、侍女に指示をする。これも自分の名誉……不死川家の名誉を守る為なら、致し方ない。


「かしこまりました。では、エカテリーナ様のお荷物をお運び致します」


侍女は心とカーチャに一礼をすると、この場から立ち去っていく。心は侍女の姿を見送った後、再びカーチャに視線を戻した。カーチャは目を輝かせながら、ニッコリと笑顔を見せる。


「わああああ……ありがとう心お姉さま!お姉さまとなら、カーチャ寂しくない!」


無邪気に喜ぶカーチャだった。それとは対象に、心はガタガタと身体を震わせている。


この場に残っている侍女達には、微笑ましい光景に見える事だろう。だが、心には悪い夢としか思えなかった。


「早くカーチャを部屋まで連れていって……心お姉さま」


カーチャの声のトーンが低くなる。心は悟った、もう逃げ場はないのだと。


こうしてカーチャとの壮絶な一夜が、幕を開けようとしていた。

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