小説『聖痕のクェイサー×真剣で私に恋しなさい!  第1章:百代編・一子編』
作者:みおん/あるあじふ()

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第1章『百代編・一子編』



8話「失ったもの」


川神百代が敗北した……その噂は、学園中に知れ渡った。


ビッグ・マムとの決闘後、百代は救護班に運ばれた。現在は保健室で眠り、傷が癒えるのを静かに待っている。


勁を打ち込まれ、封じられた瞬間回復も徐々に機能し始め、戦いの傷跡も完治しつつあった。


ただ、心に受けた傷跡は未だに消える事なく、今も百代を戒め続けている。


『――――お前は戦う時点で、既に心が負けているんだよ』


ビッグ・マムに言われたあの言葉が、百代の頭の中で繰り返し再生される。心の弱さ……百代は薄々とは気づいていた。


だが、こうして向き合わなければならない日が来ようとは思わず、どうしたらいいか答えを出せずにいるのだった。


(戦いの………理由……)


今まで考えた事もなかった自分が戦う“意味”を、天井を仰ぎながら自分自身に問う。当然、答えは返ってこなかった。


戦いたいから戦う。本能のままに戦い続けてきた百代。それは理由ではないと否定され、始めて自分の戦いの在り方を再認識する。


やはり、それでも答えは出ない。考える度に、まるで出口のない迷路に迷い込んだように、百代の思考は深い溝へと落ちていくのだった。


「―――目、覚めたみたいだね」


ベッドの周囲を覆っていたカーテンが開き、女性―――ここの保険医であろう人物が顔を出す。


「貴方は……?」


「アタシは及川麗うらら。聖ミハイロフ学園から臨時で赴任した保険医だ。よろしく」


グラマーな身体に、私服の上に白衣を着込んだ女性の名前は、及川麗。聖ミハイロフ学園の保険医で、川神院で出会ったユーリと同様、サーシャ達の保護者的存在である。


「私は、いつからここで?」


「ざっと3時間ってとこ。それにしても随分と怪我の回復が早いじゃない。若いっていいわね」


そう言って、麗は部屋の窓を開ける。ポケットからライターとタバコを取り出し、外を眺めながら喫煙を始めた。


「――――――あ」


百代はふと、ベッドの横に飾ってある花に視線がいく。花だけではない、お菓子や手紙が沢山置かれている。


「あんたが寝てる間に、ファンの子達が来て置いていったよ」


モテモテだね、と麗は笑う。百代を心配したファンの生徒達がお見舞いに来てくれていた。


純粋に嬉しいと感じた百代だが、今の心境ではあまり喜べなかった。喜べないというよりは、虚ろで何も感じないという方が正しい。


……しばらくして、保健室の扉が開く音が聞こえ、生徒達数人が入ってきた。


「お、本命が来たか」


麗はタバコをやめて、彼らを出迎える。


やってきたのは大和、キャップ、モロに岳人。ワン子、京。そしてクリスとまゆっち。


いつもの風間ファミリーのメンツだった。


「姉さん、具合はどう?それと、これ差し入れ」


大和はお土産の入った袋を百代に渡す。中に入っていたのは、百代の好物の桃だった。


「ふ……さすが私の舎弟だ。気が利いてるな」


嬉しそうに受け取って笑う百代だったが、どこか活力を感じなかった。


まるで何かが抜けてしまったように、百代としての存在感が欠けているように感じる。


「凄かったよ、モモ先輩。あんな戦い始めて見たよ」


モロは負けた事はあえて言わず、当たり障りのない話題を振る。しかし百代は気を遣われていると察したのか、思わず苦笑いした。


「わざわざ気遣う必要はないぞモロ。私は負けたんだ、はっきりとそう言ってくれたほうがいい」


「あ、いや。僕は……」


口籠ってしまい、狼狽えてしまうモロ。気まずい空気が流れ始める。すると、ここぞと言わんばかりにキャップがフォローを入れた。


「モモ先輩らしくないぜ?一回や二回負けたくらいで、そんなくよくよすんなって」


「……そうか。そうだったな……」


素っ気ない返事で返す百代。キャップなりに励ましてくれているのだろう。百代は気持ちは嬉しく思ったが、それでも気持ちは晴れない。


負けた事に関してはあまり気にはしていなかった。ただ、ビッグ・マムに言われた言葉がどうしても心にしこりを残している。


「モモ先輩。ど、どうか気を落とさずに……」


『そうだー、まだまだ人生これからだぜー』


まゆっちと松風も元気を出すように声をかけてくれている。クリスやガクト、京も気持ちは同じだった。


しかし、今の百代には耳から耳へと抜けていくだけ。どんな励ましの言葉も響かない。


「た、確かに負けたけど、それでもお姉さまはすごいわ!アタシなんか手も足も出なかったし……」


ワン子は百代を賞賛するが、その顔には影が射していた。やはり、百代が負けてしまった事がショックなのだろう。


自分の目指すべき人が敗れてしまった……それでもワン子は姉であり、目標である百代が好きだった。その気持ちが、痛いほど大和達に伝わる。


「はっはっは、ワン子は可愛いな。さすが自慢の妹だ」


そう言って百代は窓の外を眺め始める。そんな百代の表情には覇気がなく、例えるなら魂の抜けた人形のように、虚無に沈んでいた。


「なあ……みんな」


ぼそっと百代が大和達に呟く。視線を向けず、窓の外をひたすら眺めながら。


「私は今まで……なんのために戦っていたんだろうな」


その百代らしからぬ台詞に、大和達は言葉を失った。何て答えればいいのか……もう返す言葉もない。


すると、大和達の様子が気になった麗が顔を出す。


「もう少しで授業の時間だ。お前たちもそろそろ教室に戻れ」


次の授業の時間まで後数分。大和達は仕方なく保健室を後にすることにした。


「じゃあ姉さん……また来るから」


大和達は百代に手を振ると、それぞれの教室にへ戻っていく。百代はその後ろ姿を、声もかけずに見送っている。


「……さて、百代ちゃんはこれからどうする?身体の方はだいぶ良くなったし、授業には出れると思うけど、まだここにいる?」


再び喫煙を始め、麗は壁に寄りかかりながら百代に尋ねる。


次の授業はなんだったかと、思考を巡らせる百代。しかし、こんな気持ちでは授業に身が入らないだろう。状態はどうあれ、どの道勉強する気が起きないのは変わらない。


「もう少し、休みます」


「そう、分かった。ま、気の済むまでココにいなさい」


そう言って麗はカーテンを閉めると、自分の机へと戻っていった。


(…………)


身体を倒し、天井を見上げる百代。自分の中の答えを探すように、ただ天井を眺めている。


未だに心は晴れない。百代はしばらく、自分自身に問い続けていた。


―――自分が戦い続ける本当の理由、そしてその意味を。

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