第1章『百代編・一子編』
プロローグ‐まじこいside‐
関東の南に位置する政令指定都市、川神市。季節は夏。
江戸時代から栄えていて、武士の屋敷等、歴史的建造物が多い。
そんな歴史ある街の中に、川神学園はある。
その川神学園を繋ぐ、大きな橋が多馬大橋。橋の下には多馬川が流れ、喉かな風景が続いている。
また、個性豊かな生徒が多いことから、通称「変態の橋」と呼ばれていた。
その橋を渡り、川神学園へと向かう生徒たち一行、風間ファミリー。
ファミリーのリーダー風間翔一ことキャップ。参謀役・直江大和。
島津岳人、師岡卓也。川神一子、川神百代、椎名京に黛由紀江。そして、クリスティアーネ=フリードリヒ。
仲の良いグループで、何をするにも一緒。新しく参入したクリスもすっかり溶け込んでいた。
「ああ……突然空から美少女でも降ってこないだろうか」
と、唐突に空を仰ぎながら幻想を抱く百代。向かう所敵なし。百戦錬磨の武神。
「何言ってんだよモモ先輩は。美少女なんて周りにいくらでもいるじゃねーか。俺にも分けてほしいくらいだぜ……」
恨めしそうに溜息をつくガクト。現在告白連敗中である。
「ダメだ、やらんぞ。あれは全部私のものだ。悔しかったら奪い取ってみろ。はっはっは」
勝ち誇ったように、高らかに笑う百代。当然それは自殺行為なので手は出せない。
「くっそ〜……ああ、突然可憐な美少女(年上限定)が告白してこねぇかな〜」
「大丈夫。それは天と地が引っくり返ってもあり得ない」
ガクトにとどめの一言を入れる京。ガクトはしゅんと肩を落としたのだった。
何気ない会話に花を咲かせる風間ファミリー一行。いつもの光景。いつもの日常。
そして――――。
「……あれ?みんな、前見て」
師岡―――あだ名はモロ。モロが指差した先に、奴らはいた。
風間ファミリーに立ちはだかる、柄の悪い、黒の革ジャンとジーパンに身を包んだ輩が4人。
そう、百代に挑む挑戦者達だ。この橋では、百代に挑む者達が後を絶たない。
「川神百代。俺たちに出会った不幸を嘆くがいい」
不気味に笑う、スキンヘッドにサングラスをかけた男。その背後に、金髪に染めた不良が3人いた。
「何だお前。ハゲの兄弟か?道理で似てると思った」
「それ、似てる所は頭だけだからね」
すかさず突っ込みを入れるモロ。ちなみにハゲというのは2−Sの井上準の事である。
「呑気な顔をしているのも今のうちだぜ。俺たちはそこいらの人間とは訳が違う!」
不良Bが気味の悪い笑みを浮かべる。
「俺たちはクェイサー。元素を操る力を持つ能力者だ。俺は元素番号113番、俺の元素はウンウントリウム!」
不良Aがダガーを手に構える。
「俺は元素番号114番。俺の元素はウンウンクアジウム!」
不良Bがメリケンサックをはめた拳を振るう。
「俺は元素番号115番、俺の元素はウンウンペンチウム!」
不良Cが鉈を振りかざす。
「「「俺たち、化学のイケメン貴公子“ウンウン☆マイスリー”!!」」」
不良A・B・Cがそれぞれポーズを取って、呼び名を叫んだ。
「そして俺はヘリウム三兄弟、5番目の弟!」
脇にいたスキンヘッドが、とって付けたように自己紹介する。
…………………。
風間ファミリー全員、沈黙していた。
「おおっ!何かかっけえな!」
ただ一人、キャップを除いて。キャップは目を輝かせながら感動していた。
「どうした。恐怖で何も言えなくなったか?それは当――――」
「いや知らん」
不良達の渾身の自己紹介も虚しく、百代はあっさりとそう言い切ったのだった。
「な、何だと!?俺たちクェイサーを前にして驚きもしないとは………貴様、何者!?」
「知らんものは知らん。そもそもなんだ"くぇいさー"って。新しい芸人グループか何かか?おい大和、知ってるか?」
百代の側にいた大和に尋ねる。
「いや、全然。聞いたこともないね。みんなは知ってる?」
後ろにいるメンバーに聞いてみるも、全員首を横に振るだけだった。
「みんな知らないそうです。それと、もう少しセンスのいい芸人名にしたほうがいいですよ。ウンウンなんとかはちょっとね……」
と、大和。その返答にウンウン☆マイスリー一同の表情が歪む。
「何か一発屋芸人にいそうだよね。それに、三兄弟なのに5番目の弟って……」
「それにイケメンってほど美系でもねぇよな。ちなみに、イケメンってのは俺様みたいな人間の事を言うんだぜ」
「ガクトに言われたらおしまいだね」
モロ・ガクト・京の連携突っ込みが炸裂する。スキンヘッドの頭に血管が浮き上がった。
「貴様ら、さっきから聞いていればごちゃごちゃと!……まあいい、俺たちの力を見れば、そんな口は叩けなくなるだろうからな!」
スキンヘッドがファイティングポーズを取った。
「ここをお前の墓場にしてやるぜ、川神百代!」
「貴様を倒した後は、まずはそのけしからんおっぱいを晒してもらおう!」
「そして聖乳ソーマをたっぷりと吸わせてもらうぜ!」
不良3人組+スキンヘッドが一斉に飛びかかり、百代に向かって突進する。
「"そーま"?何だそりゃ……まあいいか、軽く遊んでやろう」
彼らの挑戦を受ける百代。だが百代は構えない。ただ向かってくる敵を待つのみ。
「「「「沈めぇーーーーーーーーーーーー!!!!」」」」
挑戦者達は勝利を確信していた。勝てる、と。だが彼らは知らない。百代の圧倒的な強さを。
そして次の瞬間。
―――――――――――――――――――――――。
戦いは、あっという間に終わっていた。
スキンヘッドと不良3人組は、ボロ雑巾のように転がっている。百代は傷一つ負っていない。
勝負は、百代の圧勝で終わった。
「ば…バカな……俺たちが、負けるはず……」
スキンヘッドが朦朧とする意識の中、今起きた現実を受け入れられずにいた。たった一人の小娘相手に、一瞬にして全滅するなど、信じられるはずがない。
「意外だ。私の攻撃を受けたヤツは大抵意識を失うんだが……お前、結構タフだな」
感心する百代だったが、突然ニヤッと笑みを浮かべた。スキンヘッドの背筋が凍りつく。本能が逃げろと警告しているが、戦闘によるダメージで体が動かない。
「褒美だ。眺めのいい場所に連れて行ってやる」
百代がニヤニヤしながら手をボキボキと鳴らし、スキンヘッドの胸倉を掴んだ。
「ひっ……ま、待て悪かった。今日の所は見逃しておいてやる。だから……」
「ん〜、聞こえないなぁ」
「だ、だから悪か―――」
「あ、そういや私のおっぱいがどうとかって言ってたよな」
「え、それは俺じゃ――」
「問答無用!そーーーら、飛んでいけ!」
命乞いも虚しく、百代はそのままスキンヘッドを空に向かって投げ飛ばした。スキンヘッドは断末魔と共に、空の彼方へと消えた。
「ほら、お前たちも置いていかれるぞ。そーーーれ!」
続いて不良3人組も投げ飛ばした。3人とも星になった。
「こうして、もも先輩に挑んだ芸人たちは、空へ旅立ちましたとさ」
しめくくる京。しかも彼らは最後まで芸人扱いだった。
「このやり取りもすっかり見慣れてしまったな」
「そうですね……」
『いやあ、慣れってのはコワいぜー』
クリスと黛由紀江ことまゆっち、そしてまゆっちの掌にいる馬のストラップ・松風。
最初は驚いていたが、今では日常の光景の一つとなっていた。百代に挑戦しては敗れ、空を飛ぶ者もいれば、川へ落ちる者もいる。
正式な試合であれば川神院へ運ばれ手当てを受けるのだが、最近は非公式で挑む者たちが多かった。
「流石はお姉さま!あたしも頑張らなくちゃ!」
熱心にダンベルでトレーニングをしているのは一子ことワン子。百代を目標に日々鍛錬に明け暮れている。
「そうかそうか。可愛いやつだな、お前は。なでなでしてやろう」
百代はワン子を抱き締め、頭を撫でる。ワン子は気持ちよさそうに甘えていた。
「それにしても、ここ最近変な人増えてない?」
この橋には変な人間、もとい格闘家等が多いのは元々だが、日に日に増えている気がする、とモロ。メンバー全員も薄々と感じていた。
「しかも、姉さんを倒そうとする輩ばかり。命知らずだね、可哀想に」
大和はやれやれと肩を落とす。
「おまけにどいつもこいつも弱過ぎて退屈凌ぎにもならないから困る。今日の連中も"くぇいさー"だの"そーま"だの訳が分からん」
百代は自分と対等に戦える人間と出会えず、満たされないでいた。
「こんな時は、弟を弄るに限るな♪」
咄嗟に大和を捕獲し、大和の頭を自分の胸に埋めさせる百代。
「ね、ねえさん苦しい……」
「ほ〜ら大和。私の"そーま"を吸え。なーんてな。はっはっは」
百代と大和はいつもこんな感じでじゃれ合っていた。一方的に弄られているのは大和なのだが。
「……おっ、そろそろ急がねぇと遅刻するぜ?みんな」
キャップが腕時計を見ながらメンバー全員に伝える。
「珍しいね。いつもならそんなこと言わないのに」
いつもは時間を気にせず、常にフリーダムなキャップには珍しい発言だ、と大和。
「なんか今日は、すっげぇ面白い事が起きそうな気がしてウズウズしてるんだよな!」
キャップはもう居ても立っても居られないくらい、テンションが高かった。
当然根拠はないが、こういう時のキャップの勘は良く当たる。というより外れた試しがない。
本人曰く、風の知らせだとか何とか。
「こうしちゃいられねぇぜ!早速教室までダッシュだ!ひゃっほーーー!」
言って、キャップは風のように走り出した。こうなるとキャップは誰にも止められない。
「あ、待てキャップ!」
クリスが続いてキャップを追いかける。
「む、クリに先を越されるわ!クリ、どっちが先に着くか勝負〜!」
ワン子が勝負勝負と連呼しながら走りだす。
「なんだかよく分かんねぇけど、俺たちも行こうぜ!」
「あ、待ってよ岳人!」
「皆さん、待ってください〜!」
『オラもいくぜ〜!』
ガクト、モロ、まゆっち、松風も後に続く。
「はっはっは。キャップは相変わらずだな〜、私も混ぜろ〜!」
百代もキャップ達を追いかけていく。
「みんな子供みたいに……しょーもない」
京はキャップ達には着いていかず、あくまでマイペースだった。
「私たちは大人だから、こうしてイチャイチャしながら愛を育む……大和、好き」
そしてあくまで大和に一途だった。大和の腕に絡み、身体を密着させてセックスアピール。
「おっと、遅刻したらやばいから俺も行かないと」
大和は京から逃げるように走り去って行く。
「ち、逃げられた。照れなくてもいいのに〜、もう、大和ったら可愛い♪」
京も大和の後を着いていく。どこまでも一途だった。
こうして、彼ら風間ファミリーのいつも通りの日常は、穏やかに始まりを告げた。
しかし、彼らはまだ知らない。これから起こる数多の出会いと、決して忘れることのできない、サーシャ達との物語を。