小説『聖痕のクェイサー×真剣で私に恋しなさい!  第1章:百代編・一子編』
作者:みおん/あるあじふ()

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第1章『百代編・一子編』



17話「悲劇の爪跡」


嘆き、憎しみ、妬み、蔑み。


ワン子の闘気に宿る様々な感情が、黒い咆哮となって鉄心達を襲う。


それはまるで、負の重圧。鉄心達は避ける術もなく、その咆哮に飲み込まれた――――。


瞬間、ワン子の放った闘気が暴発し、道場全体に凄まじい爆発を起こす。爆風が巻き起こり、砂埃が周囲を覆った。


―――――――。


やがて爆風が収まり、砂埃が消えていき、次第に視界が鮮明になっていく。


「―――――」


そこには、身体が壁にめり込んだ鉄心の姿があった。その側に、ルーの身体も横たわっている。


二人はワン子の星殺しの直撃を受けて重傷を負い、意識を失っていた。死んではいない。だが、二人の受けたダメージは深刻である。


「……はぁ、はぁ」


星殺しで相当の気力を使ったワン子は息を荒げ、鉄心達の倒れた姿を眺めていた。


川神院総代である鉄心と、師範代のルーを倒したという事実。ワン子にとってそれは大きな進歩だった。


これでまた百代に近付いた。だがワン子は笑わない。笑う必要がない。何故ならそれは、これもまた“小さな一歩”に過ぎないのだから。


(お姉さまの気だわ……)


百代の気を感じ取るワン子。徐々に気配が大きくなり、百代が川神院へ向かっているのだとすぐに理解した。


今の自分の置かれた状況を再確認する。鉄心とルー、そして修行僧達も意識を失っている。ワン子が倒したと悟られるのは、今の段階では都合が悪い。


隠れなければ……ワン子は気配を消し、野外道場から院内へと戻っていった。




「着いたわ」


七浜からバイクで直行した百代と麗は、ようやく川神院の前まで辿り着いた。正門には何人もの人集りが出来ていて、皆何事かと外から様子を伺っている。


百代と麗はヘルメットを外してバイクを降りると、人混みをかき分け、早速川神院の中へ入っていく。


「―――姉さん!」


「―――モモ先輩!」


途中で大和達と合流する。キャップやガクト達も川神院の異変を感じ取り、駆けつけていた。


「何があるか分からないわ。みんな気をつけて!」


麗と百代を先頭に、大和達は奥へと進み、異変が起きている野外道場で足を止める。


そこに広がっていたのは、想像を絶するような惨劇と呼べる程の光景だった。


「な……何だ、これは」


惨状を目の当たりにして、大和は言葉を失う。他のメンバーや麗も悪夢を見ているようで、むしろ夢ではないかと錯覚を覚えるくらいに。


修行僧達が、気を失って倒れている。道場の周囲も酷い有様で、まるで嵐にでもあったように荒れ果てていた。


「しっかりしてください!何があったんですか!?」


「おい、大丈夫か!?」


倒れている修行僧達に駆け寄り、介抱するまゆっちとキャップ。他のメンバーも修行僧達の介抱を始める。麗は携帯で病院に連絡し、救急車の手配を要請していた。


「…………」


この惨状に、何よりもショックを受けているのは百代だった。瞳孔を震わせ、言葉を失い、目の前で起きた現実を受け入れられずにいる。


自分の家が。大切な人たちが。そして道場の奥に……鉄心とルーの無残な姿があった。


「じじぃっ!!!」


百代は一目散に鉄心とルーの所に駆け寄った。壁にめり込んだ鉄心の身体を剥がし、何度も鉄心やルーに呼びかける。


「しっかりしろじじぃ、ルー師範代!何があった!?」


「「―――――」」


何度呼びかけても、鉄心とルーが目を開き、意識を取り戻す事はなかった。死んではいないようだが……身体の傷からして、重傷である事は見て取れる。


鉄心は誰かと戦っていた……が、鉄心を負かせる人間はそうはいない。


だが、今の百代にとってはどうでもいい事だった。大事な家族を傷付けられ……百代は守れなかった悔しさと悲しみに打ち拉がれ、項垂れていた。


「モモ先輩――――!」


百代の背後から声がする。駆け寄ってきたのはまふゆとユーリだった。ユーリ達もたった今到着し、サーシャ、華、カーチャに別れて状況を確認している最中であった。


だが百代は、まふゆの呼びかけに対して全く反応を示さない。身体を震わせ、気を失った鉄心の身体を、そっと横たわらせた。


百代の中の悲しみと悔しさが、次第に怒りへと変わっていく。鉄心やルー、そして修行僧達に手をかけた者への、抑えられない程の怒りが爆発する。


「……誰だ……一体誰がこんな事をした!?」


拳を地面に叩きつけ、百代は憤慨し、叫ぶ。やがて手をかけた者に対する殺意が芽生え始めた。


「くそ……くそ、くそくそ!!殺してやる!!出てこい!私が相手になってやる!」


百代の身体から闘気が溢れ出す。行き場のない怒りが、百代を復讐へと駆り立てていく。今にも暴走してしまいそうな程に。


「落ち着いてください、百代さん。今は鉄心さん達の救助を優先しましょう」


怒り狂う百代を、ユーリが制する。そのユーリの冷静な態度に、百代はさらに激情する。


「落ち着いてなんかいられるか!!!じじぃがやられたんだぞ!?それに川神院の修行僧達もだ!!」


今の百代は怒りで周りが見えていなかった。冷静さを失い、怒りに身を任せてしまっている。それだけ、鉄心達がかけがえのない存在なのだろう……自分の大切な家族なのだから。


「あれ……?」


ふと、まふゆは今になって気付く。もう一人、ここにいない人間……ワン子がいないという事に。


「そういえば、一子ちゃんは……!?」


ワン子がこの場所にいない。まふゆの言葉を聞き、百代の血の気が引いていく。冷静さが戻り、不安が百代の怒りを凍りつかせた。


この時間帯なら、ワン子は既に川神院へ戻っているはず。それなのに、ワン子の姿がない。百代の不安が焦りへと変わる。


「そうだ……ワン子はどこだ……ワン子ーーーーー!!」


じっとしていられなくなった百代は、ワン子の名前を叫びながら院内へと駆け込んでいった。続いてまふゆとユーリも後を追う。


百代は虱潰しに部屋中を駆け回り、がむしゃらに部屋の中を探す。


あの部屋も、この部屋も、まるで見つからない。一つ一つ部屋を探す度に、不安と焦りがどんどん大きくなっていく。


そして、最後の部屋に差し掛かった―――ワン子の部屋だ。ここにいなければ……百代は血眼になってワン子の姿、気配を探る。


「―――――?」


すると、ガタ……と押し入れから僅かに物音が聞こえた。百代は押し入れに視線を向ける。


「ワン子……?」


そこにいるのか、と小さく呼びかける。返事はない。だが、僅かに気を感じる。恐る恐る襖に近づき、そっと手をかけた。


もし、中に潜んでいる人間がワン子ではなく、川神院を襲った人物であったら……百代は迷う事なく拳を突き出しているだろう。もう自分を抑えられる自信がない。


しかし、ワン子であって欲しいという希望もある。どちらが出るか――――百代は勢いよく、押し入れの襖を開けた。


「ひっ……!」


小さく悲鳴が上がる。中にいたのはワン子だった。小さく座り込み、頭を両手で覆いながら蹲るようにして震えている。


「ワン、子………」


ワン子は無事であった。ワン子の姿を見て安堵し、力が抜け落ちて膝をつく百代。すると、百代の声に反応したワン子が顔を上げる。


「お姉………さま?」


震えた声で、百代を見上げるワン子。百代の瞳に涙が浮かび、ああと頷いて、ワン子の身体を引き寄せ抱き締めた。ワン子も涙を溢れさせ、百代にしがみついて泣き叫ぶ。


「お姉さま……ごめんなさい、アタシ、何もできなかった……」


「いい……いいんだワン子。お前だけでも、無事でよかった……!」


震えるワン子の頭を、優しく撫でる百代。よっぽど怖い思いをしたのだろう……ワン子の身体の震えがひしひしと伝わってくるのが分かる。


「じーちゃんが急に、危ないから隠れてなさいって……そしたら……じーちゃんとみんなが倒れてて、アタシ、怖くなって……」


「もう何も考えるな……お前は休め。後は私が何とかする」


よく頑張ったな、と百代。もう二度と離れる事のないように、ワンコの身体をずっと抱き締め続けていた。


しばらくして、追いついてきたまふゆとユーリがワン子の部屋を訪れる。


「……!!よかった、一子ちゃんが無事で……」


安堵の息を漏らすまふゆ。ユーリもワン子の無事を確認すると、部屋を後にして左耳に装着したインカムのスイッチに手をかけた。


「――――サーシャ君、聞こえますか?一子さんの無事を確認しました。そちらの状況は?」


サーシャに連絡を入れ、応答を待つユーリ。返事は直ぐに返ってきた。


『―――たった今、負傷者全員の搬送を確認した』


「ご苦労様です。では、引き続き調査を行って下さい。それと、もう一つお願いがあります」


『なんだ?』


「野外道場に武器の傷跡がないか、念入りに調べてもらえますか?」


『傷跡?』


そんなものを調べて何になるのか……そのサーシャの疑問に対し、ユーリはさらに続ける。


「院内の武器置き場が、何者かによって荒された形跡がありました」


百代の後を追う最中、武器置き場に目を止めたユーリは中へと入り、荒れ果てた現場を確認したという。


「少し調べてみたのですが……“ある武器”だけがありませんでした」


ある武器が、武器置き場から消えていた……ユーリはその武器の詳細をサーシャに告げる。


「彼女も注視しつつ、調査を進めてください」


と、再び命を下すユーリ。サーシャはしばらく無言だったが、


『да(了解)』


そう言って、ユーリとの通信を切るのだった。

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