第1章『百代編・一子編』
サブエピソード15「女王様と心2」
夏休み前半。今日は川神学園の登校日である。
皆それぞれ、夏休みを満喫していた。旅行や部活、海水浴……過ごし方は様々で、どのクラスもそんな話題が殆どである。
そんな中、2−Sに不機嫌な態度で教室にいる生徒が1人。
―――そう、心である。心は自分の席へ座り、小指でトントンと机を叩きながら過ごしていた。しかも、珍しく今日は着物ではない。川神学園の制服を着用している。
「おや。不死川さん、今日は制服ですか?珍しいですね」
話しかけてきたのは冬馬であった。どういう心境の変化ですかと尋ねると、
「こ、此方の気分じゃ。たまには制服も良いなと思っての……ほ、ほっほっほ」
心はそう言って笑うのだった。笑うと言うよりはもう苦笑いに近い。
「そうでしたか……制服姿の不死川さんも、かわいいですよ」
と、冬馬はニッコリと笑って心の前から立ち去っていった。
「………」
好きで着ている訳ではない。心は自分の制服姿にうんざりしながら、溜息をつく。
心が制服を着ている理由。それは数日前の出来事がきっかけである。
数日前、不死川邸。
カーチャが心の一緒の部屋に過ごす事になってからというもの、心の予想していた通り、カーチャの天下となっていた。
心は夜な夜なアナスタシアに縛られ、服を脱がされては(といっても着物をはだけさせただけ)鞭打ちの毎日である。
そしてこの日の夜も、地獄の夜が始まっていた。
「あっ!?痛いっ、痛い!痛いのじゃ!?」
アナスタシアによって身体を逆さ吊りにされた心は、銅線による鞭打ちを受けている。しかもお尻を集中的に。
その滑稽な光景を優雅に、かつ愉しそうにカーチャは眺めていた。ふふ、と笑みをこぼしながら心に近づき、心の頬を指で撫で回す。
「随分いい目になってきたじゃない。やっぱり私の見込んだ通りね」
「こ……こんな事をしていられるのも今の内じゃ!ただで済むと思――――」
瞬間、カーチャは文句を垂れる心の頬を抓り上げた。
「口の聞き方」
「い……いらい、いらい。もうひわへ、ふぉさいまふぇんれひた……ひょおうひゃま」
涙目で訴える心。カーチャの前では敬語を使わなければならない。何で自分がこのような事を……と思うが、逆らえば更なるお仕置きが待っている。もう服従するしかなかった。
カーチャはそれでいいのよ、と心の頬から手を離す。
「うぅ…痛いものは痛いのじ……いえ痛いのです」
もうこんな事はやめてくれと、懇願する心。アナスタシアに叩かれる毎日は、耐えられない。しかし、そんな用件を軽々しく呑むようなカーチャではなかった。
「嘘ね。本当は叩かれて感じてるんでしょ?この変態」
「なっ……ち、ちが……」
ない。そんな事は断じてあり得ないと、心は首を横に振って否定する。
「――――ママ」
カーチャは指をパチンと鳴らす。すると、心の身体を縛っていたアナスタシアの銅線が解け、心は床へと落下する。
「いたた……」
ようやくアナスタシアから解放された心。お尻を摩りながら、助かった……と安堵する。同時に、切なさも感じていた。
(……!?な、何故此方がこのような気持ちに……)
心は激しく動揺した。この理不尽な境遇に切なさを感じるなどと……高貴な身分である自分に限ってある筈がない。
カーチャはそんな心を見て、くすくすと笑っていた。隠れていた心の本質を引き出し、徐々に従順になっていく瞬間こそが、カーチャにとって極上の快楽である。
「そろそろお前の聖乳(ソーマ)が欲しいわ」
カーチャは心の着物に手をかける。また脱がすつもりだ……心はひい、と叫び声を上げた。
聖乳……最初は意味がわからなかったが、用するに”乳を吸う2という事である。
叩かれては何度も吸われ、もう聖乳と聞いただけで身体が震え出すくらい、心にはトラウマとなっていた。
「ま、待つのじゃ!こ、こここ此方の心の、準備が……」
心は胸元を両手で覆い隠す。しかしカーチャはそういう態度を取るのね、とポケットから例の写真(心の凌辱セレクション)をこれ見よがしに見せつけた。それを出されては、従うしかない。
「うぅ………」
心は泣く泣く着物を脱ぎ、自分の胸をカーチャに差し出した。カーチャは心の小さな胸を散々弄んだ後、ゆっくりと口を近づける。
「―――――んっ!!」
自分の胸に、カーチャの唇が触れるのを感じ取る。身体を強張らせながら、心はこの時間が終わるまで必死に耐え続けた。
――――――――。
カーチャの聖乳タイムが終わり、心はぐったりとした表情で腰を落としていた。まるで魂ごと胸を吸われたように、放心している。
「…………」
カーチャが滞在し続けている限り、この夜が終わる事はない。心は正直、疲れ切っていた。
しかし何故だろう。この”非日常”が、満たされていると感じている自分がいる。
「――――心、明日から制服を着なさい」
カーチャの声に、放心していた心はようやく我に返る。
「………え?」
「学園の制服で登校しなさいって言ってるのよ」
「――――――」
制服を着用する……カーチャのその提案に、断固としてそれはできない相談だった。
学園に多額の金を払い、着物の着用を許されている心にとって、庶民と同じような服を着るなど耐えられるはずもない。
「な……何故じゃ!何故此方が制服を――――」
「言葉遣い」
「う……な、何故、制服を着なければならないのでしょうか?」
「決まってるでしょ。制服の方が脱がしやすいからよ」
何とも無茶苦茶な理由だった。心が着物を着ていると脱がしにくい、ただそれだけである。
制服を着れば庶民と同じような目で見られてしまう。不死川家としての威厳が損なわれる気がしてならなかった。流石の心も反論する。
「いや……嫌です。それだけはやめて欲しいのじゃ」
「主人が着なさいって言ってるのよ。言う事が聞けないの?」
「こ、此方は……制服を着る事だけは絶対に嫌なのじゃ!」
今まで散々カーチャにいいようにされてきたが、これだけは譲れない。心はぶるぶると身を震わせながら、カーチャを睨み付けた。
「………そう、よく分かったわ」
するとカーチャは何を思ったのか、ポケットから全ての写真を取り出す。まさかばら撒くつもりかと心は思ったが、カーチャの取った行動は意外なものだった。
「これはもう必要ないわね」
カーチャはその写真を、心の前に放り投げる。
「い………一体どういうつもりじゃ?」
「出ていくのよ。もう”何もしてあげない”し、指一本触れない。蔑む言葉もかけないわ」
強情な心に興味を失い、スーツケースを持って心の部屋から出て行こうとするカーチャ。心はただその姿をただ呆然と見ている。
「さようなら、心」
「あ……あ……」
カーチャが自分の前から消えていく。もうお仕置きをされなくて済むのに。これ以上カーチャの写真に怯えなくて済むはずなのに。
それなのにおかしい。どうしてこんなにも――――、
「ま――――待って、ください」
カーチャが対して、切ない思いをしてしまうのだろう。
「なに?」
カーチャが足を止め、心に振り返る。心は顔を真っ赤にしながら、カーチャに訴えかけた。
「……こ、に……て下さい」
「聞こえないわ」
「………ここに、いて、下さい」
自分でもよく分からない。何故こんな事を言ってしまったのだろう。心は自分のプライドを投げ捨て、カーチャに懇願していた。
その姿を見て、カーチャはにやりと笑う。まるでこうなる事を予想していたかのように。
「……頼み方が違うでしょ?私、頭の悪い子は嫌いよ」
「う……こ、ここに、此方を置いてください……カーチャ様」
心が初めて、カーチャに服従した瞬間だった。カーチャは満足したのか、心に歩み寄り、心の顎を手で持ち上げる。
「そうよ、分かってるじゃない。じゃあ私の言う事、ちゃんと聞けるわね?心」
制服を着て登校する事……もう一度心に命令するカーチャ。心はゆっくりと頷いた。
「はい……明日から制服を着ていきます……女王様」
――――――。
こんな経緯があり、心は今日から制服で登校する事になった。今思えば、あの時の自分に一言馬鹿と言ってやりたい。
「…………」
周囲の視線が気になる。制服で来ている……それだけで馬鹿にされているような気がして、心の苛立ちは徐々に増していった。
「――――――へえ、そうなんだ!」
「でね、アタシは……」
隣の2−Fのクラスからやたらと五月蝿い声が、自分のクラスに響く。忌々しい……心はギリギリと奥歯を噛み締めた。
(何故じゃ……何故此方がこのような不愉快な思いをしなくてはならないのじゃ!)
苛立ちが募っていく。思えば、サーシャがやってきてから不幸が続いている。
サーシャには負け、カーチャには弄ばれ、周りには馬鹿にされ……不運続きの日々。不死川の人間である自分が、こんな思いをするのはおかしい。有り得ない。
「―――――!」
とうとう怒りが爆発した心は机をバンッ!と勢いよく叩き、席から立ち上がった。周囲のクラスメイト達の視線が集まる。
(こうなったのも全部……全部あいつらのせいじゃ……!)
許せない……教室をズカズカと歩いて出て行く心。
その怒りの矛先は、2−Fのクラスへと向けられていた。