小説『聖痕のクェイサー×真剣で私に恋しなさい!  第1章:百代編・一子編』
作者:みおん/あるあじふ()

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第1章『百代編・一子編』



19話「”牙”を剥く者」


校庭にギャラリーが集まり、その中央でワン子と心が向き合っていた。


「ほっほっほ。皆の前で辱めてやるのじゃ!」


心は自身に満ちた表情で、ワン子を見下している。


ワン子の力量は把握済みであった。川神の人間であっても血の繋がりはない。養子である事も知っている。規格外の戦闘力を持たない、一般クラスの人間だ。


それならば自分の柔術のレベルが確実に上である……実力も才能も、心は確信していた。


一方のワン子は、決闘を前に燃え上がっている――――と、ワン子を知る人間ならば誰もがそう思うだろう。


「…………」


だが、今のワン子にその闘志は感じられなかった。ただ静かに、決闘の時を待っている。


周囲にいるギャラリーがエールを送る中、しばらくして梅子が立会いの為、ワン子達の前へとやってきた。


「今日は学長が不在の為、この決闘は私が代理で立会わせてもらう」


梅子は向かい合う二人を見て、決闘の準備はいいか?と視線で合図を送る。二人は頷き、問題がない事を伝えた。


学長は未だ意識が戻らない。こんな時に決闘などしている場合かと、ふと思う梅子だったが、規則は守らなければならない。梅子は早速、決闘の儀を執り行う。


「二人ともへ出て名乗りを上げよ!」


梅子の合図に合わせて、両者一歩前へ出る。


「――――2−S組、不死川心!」


「――――2−F組、川神一子」


心は構え、ワン子は薙刀を持って静かに切っ先を向けた。戦闘体勢に入った事を確認した梅子は、早速決闘の合図を告げる。


「いざ尋常に――――はじめっ!」


梅子の合図と同時に、両者の激突が始まった。


「――――川神流奥義・蛇屠り!」


先手はワン子。心の足元を狙い、狩るように薙刀で鋭い一撃を繰り出す。


しかし、心は見え見えだと言わんばかりに攻撃を躱し、ワン子の右腕を掴み取る。


「投げ飛ばしてやるのじゃ!」


掴んだ右腕を引っ張り、ワン子の身体を背負い投げた。だがワン子は空中で体勢を立て直し、地面に着地する。


「休む暇など与えぬぞ!」


心の追い討ちがワン子を襲う。ワン子に反撃する暇も与えない程の、隙のない攻め手であった。


次に捕まれば関節技が来るだろう……ワン子は避けるのに精一杯で、徐々に後ろへと押されていく。


「そら、どうした!逃げてばかりでは張り合いがないぞ!」


「くっ―――!?」


自分のペースを掴んだ心は余裕の笑みすら浮かべ、ワン子を窮地へと追い詰めていく。ワン子は未だ反撃出来ず、心の攻撃を避けるばかりである。


その試合を見守っている大和達は、押されているワン子の様子を心配して見ていた。


「犬のやつ、随分と押されているな……」


「うん、正直まずい展開だね」


と、クリスと京。モロやガクト達も同じ思いだった。このままでは、ワン子が押し負けてしまうのは目に見えている。


しかし、そんな中でサーシャは腕を組み、ワン子の戦いぶりを冷静に観戦していた。


(違う……押されているわけじゃない)


何かが違う……これまで戦ってきた戦士としてのサーシャの勘が、そう告げている。


(あいつ、対戦相手を”弄んでいる”)


それが、サーシャの導き出した回答だった。ワン子は心に劣勢しているように見えるが、実は違う。逆に心を、まるで子供を相手にするかのように弄んでいたのである。


他の人間の目を誤魔化せても、サーシャの目にはそう写っていた。


「ほっほっほ、逃げてばかりで芸がないのう」


永遠と避け続けるワン子を挑発するように、心は笑う。ワン子は身動きが取れず、とてもではないが反撃できるような状況ではなかった。


「――――っ!!」


ワン子の動きが徐々に鈍っていく。これでは捕まるのも時間の問題。ワン子のスタミナが切れるのを待つばかりだ。


「やはり所詮は山猿。此方に一矢報いる事も出来ぬ、無能でしかないのじゃ!」


「――――――」


心がワン子に腕を伸ばそうとしたその時、それは起こった。


「――――!?」


心の動きが止まる。否、正確には”止められていた”。心の伸ばした腕が、逆にワン子によって捕らえられていたのである。


周囲のギャラリーも、まさかの形成逆転に騒然となっていた。


「――――また、無能って言ったわね」


ワン子は怒りを込めた鋭い眼光で睨みつけながら、掴んだ心の手首をギリギリと締め上げる。心は痛みに耐え、腕を振り解こうとするが……できない。


「―――アタシは」


手首を締める力が強くなる。今にも潰してしまいそうな程に。血の巡りをせき止められ、心の手が白くなっていく。


「―――その言葉が、一番嫌いなのよ」


ワン子は空いている腕に力を込め、


「奥義・黒蠍」


強烈な正拳を、心の身体に打ち込んだ。ワン子の拳は心の腹部にめり込み、内臓を抉り取るような一撃を与える。


「か――――はっ!?」


衝撃で胃液が逆流した。心は咽せながら打たれた腹を押さえ、地面に崩れ落ちそうになる。


「”休む暇”なんかないわよ」


ワン子は皮肉めいた言葉を心に差し向けながら、さらなる追撃を始めた。殴りと蹴りを連発し、心の体力を削っていく。心は防御する余地もなく、ただ攻撃を浴び続ける。それはもはや決闘ではなく、一方的な暴力にしか見えなかった。




一方、それを見ている百代は。


「―――――」


ワン子の戦いを、ただ黙って見ていた。


動きといい、スピードといい、確かにワン子の言っていた通り、驚異的な成長を遂げている。このままいけば、師範代クラスにまで上り詰める事ができるだろう。


だが同時に、百代は気づいてしまった。できる事なら気付きたくなかった事実に。




ワン子の攻撃は止まない。まるで機械のように、無表情のまま繰り返し打撃を入れ続ける。


このままでは殺されてしまう……心の本能がそう叫んでいた。


「ま、待て……待つのじゃ。此方は、不死川家……これ以上危害を加えれば……」


自らの危険を感じ取った心は、残る力を振り絞りワン子に言った。それはある意味で、降参の合図だった。心は負けましたと言いたくないが故に、回りくどい言い回しをする。


すると、ワン子はあっさりと攻撃を止めて、心と距離を取った。


「そう、わかった」


「わ……分かれば、よいのじゃ」


ワン子の攻撃が止むと、心はほっと胸を撫で下ろした――――、


「――――ぐっ!?」


その束の間、心の身体に強い衝撃が走る。まるで鈍器に殴りかかられたような衝撃だった。心の身体が勢いよく吹き飛んでいく。


「―――――」


ワン子は攻撃を止めたと思わせ、追撃で鋭い蹴りの一撃を放っていた。


「――――い、た……」


心は力なく地面に横たわっていた。制服も砂埃で汚れ、身も心もボロボロである。辛うじて蹴りを防いだ左腕に激しい痛みを訴えながら、右手で優しく摩った。


「――――え」


ふと、違和感を感じる心。痛む左腕に触れた瞬間、変な方向へ屈折している事に気づいた。


――――左腕の骨が、ぽっきりと折れ曲がっている。目で確認して始めて認識した。


折れたと知った心は次第に痛みが増し、さらに恐怖が思考を支配する。


「うっ……うぅ……ぐすっ」


痛みと恐怖で涙が止まらなくなり、ついに戦意を喪失した。梅子は心に戦う意思がないと判断すると、ワン子の勝利を高らかに告げる。


「勝者、川神かず―――――?」


決闘が終わり、梅子がワン子の勝利を宣言しようとした時だった。ワン子は倒れ伏せている心に、ゆっくりと歩み寄る。


「―――――」


心を見下ろすワン子の姿は、どこか冷め切っていた。自分が勝ったという事実など、どうでもいいように、つまらないという顔をしている。


何をする気だろうか……するとワン子は動けない心に対し、


「―――――うっ!?」


心の頭を、右足で思いっきり踏み付けた。ワン子の思いも寄らない行動に梅子が、周囲の生徒達が驚愕する。


ワン子は地面に押し付けるように、体重をかけて心の頭をぐりぐりと踏みにじった。そしてその冷め切った表情のまま、口を開く。


「――――地面に這いつくばる気分はどう?」


「い、いたぃ……やめ……」


啜り泣き、ワン子に許しを乞う心。もはや自分が受けている屈辱など、もうどうでもよかった。痛い、助けて欲しい……身も心も潰れかけ、立ち上がれない程に弱りきっている。


「やめろ川神!!もう勝負はついた!!」


梅子が怒鳴るように声を上げた。しかし、ワン子はやめるどころか梅子を睨みつけ、敵意を露わにしながら反抗する。


「うるさい!!先生は黙っててよ!!」


「なっ――――!?」


今まで見た事のないワン子の殺気立った態度に、思わず梅子は言葉を失った。


一体ワン子に何があったのだろう……審判を無視してまで反抗する事は、よっぽどの事がない限りあり得ない。


ワン子は心に視線を戻し、汚いものでも見るように見下ろしながら、尋問を続ける。


「アタシが無能なら、アンタはクズよ。何が不死川家よ、何が格よ。一人じゃ何もできないくせに。結局は名前だけじゃない」


「うっ……うぇぇ……う」


無能と言われ、自分の怨嗟を吐き捨てながら、ワン子心の頭に足を擦り付けた。


いつもなら泣いて”覚えておれー”とヘタレっぷりを見せる心。


しかし、今の心は本気で泣いている。ここにいる生徒達の誰もがそう思った。


すると、観客を掻き分け、大和―――ファミリーのメンバーと、忠勝までもがワン子の所へとやってくる。


「ちょっとやり過ぎじゃねぇのか、ワン子」


「一子、勝負はお前の勝ちだ。もう十分だろ」


いつになく、キャップの表情が真剣だった。忠勝も、大和も、京やクリス達も……ワン子のしている事に度が過ぎていると感じている。


ワン子に何があったのかは分からない。ただ、キャップ達のいう事なら、ワン子も少しは冷静になるだろう。


しかし、ワン子が大和達に対して言い放った言葉は、


「邪魔しないで」


氷のように冷たい一言だった。ファミリー一同、ワン子の態度に絶句する。まるで別人だった。だがそれで引き下がる大和達ではない。


「……か、一子さん。わわわ、私ごときがでしゃばるのも大変恐縮に思うのですが、これ以上は不死川さんが可哀想です。ですから、もう……」


『そうだぜー、敗者を辱めるのは勝者のすることじゃねーべよ。ワン公』


手の平に松風を乗せたまゆっちが、ワン子の前へ出てくる。


まゆっちもワン子の知らない一面に少し狼狽えていたが、同じファミリーとして、仲間として言わなければならない……そう思った。


そんなまゆっちに対し何を思ったのか、心から離れ、まゆっちに歩み寄る。


そして、ワン子はまゆっちの手の平の松風を、


「――――え」


片手で払いのけるようにして弾き飛ばした。そしてワン子は激情する。


「”私ごときが”……?馬鹿にしてるの!?」


「え……あ、私は……」


「アンタいっつもそうだよね!?何よ、楽しい?そうやって、下手に出て人を見下すのがそんなに楽しい!?ムカつくのよ、そういうの!!」


詰め寄るように、まゆっちを責め立てるワン子。まゆっちはとうとう何も言えなくなり、その場で泣き崩れてしまった。それがさらにワン子の激情を煽る。


「この、泣けばいいと思っ――――」


「――――やめないか、犬!」


まゆっちとワン子の間に入って仲裁するクリス。ワン子はクリスを睨みつけ、どきなさいよと目で訴えていた。


その目は黒く淀み、憎しみの色に染まっている……クリスにはそう見えた。ここにいるワン子は、本当にワン子なのだろうか――――そう錯覚をする程に。


「――――――ワン子」


周囲のギャラリーがさっと退いていく。その奥から、百代が歩み寄ってきた。するとワン子の態度が変わり、ニッコリと笑って百代に向かって走っていく。


「お姉さま!今の戦い見てた?すごいでしょ、アタシすっごく強くなったよ!」


「―――――」


ワン子の話を、百代はただ黙って聞いている。ワン子は嬉しさのあまり、永遠と話を続けていた。


百代に認められたいという、その一心で。


しばらくして、今まで黙っていた百代がようやく口を開いた。


「ワン子」


「何?お姉さま」


ワン子は百代の答えを、笑顔で待っている。しかし、それに対して百代は無表情のままだった。


そして、百代は静かに告げる。


「―――――ジジィをやったのは、お前か?」


「――――――」


その言葉に、大和達が、周囲が驚愕する。それはつまり、ワン子自身が川神院を襲った張本人だと疑っている事を意味していた。


七浜の帰り道で感じた禍々しい闘気と、今の戦いでワン子が形成逆転した瞬間に感じた闘気……二つの気が酷似している事。


そして極めつけは、マルギッテとの模擬戦闘で僅かに感じた黒い闘気。百代の中で全てが一致する。


一方、ワン子は苦笑いしながら、困った表情を浮かべていた。


「人聞きの悪い事言わないでよ、お姉さま……だって、じーちゃん」


そして、百代はもっとも聞きたくなかった言葉を、ワン子から告げられる事になる。


「―――――ちゃんと”生きてる”でしょ?」


百代を挑発するかのように、ワン子は笑う。川神院を襲ったのは自分であると。次の瞬間、


「ワン子ーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」


百代の理性が、弾け飛んだ。

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