第1章『百代編・一子編』
2話「波乱の幕開け」
その頃、2−F。
Fクラスの生徒達は、HRまでそれぞれ雑談しながら過ごしていた。
「でさ、チカリン。そいつがあの女と付き合ってた系で……」
「うんうん、それでそれで?」
チカリンこと小笠原千花と、羽黒黒子は恋愛絡みの話題で持ちきりだった。
「ねぇ、スグル。○○の新作どうだった?」
「地雷確定。あんなものはクソゲー以外の何物でもない。ストーリーも演出も××のパクリ。新作が聞いて呆れる」
オタクの大串スグルとモロはPCゲームの話で討論中。
「さっきの競争はあたしの勝ちだわ!負けを認めなさいよクリ!」
「いいや、僅かに自分の方が早かったぞ。負けを認めるのはお前だろう、犬!」
ワン子とクリスは登校途中での競争で、勝ち負けを言い争っていた。
皆それぞれ、他愛のない話に花を咲かせていた。変わらない、いつも通りのFクラスの日常である。
しばらくして、HRを知らせる予鈴のチャイムが鳴る。
「おーい、もうすぐウメ先生が来るぞー!」
Fクラスの生徒の一人が全員に告げる。すると今まで雑談していた生徒達は自分の席に戻り、何事もなかったかのように静まり返った。
梅子は厳しい。もしお喋りをしようものなら、鞭による教育的指導が待っている。
廊下からカツカツと厳めしい音が聞こえ、梅子が教室に入ってきた。
「起立!礼!」
委員長である甘粕真与の号令と共に、クラスの生徒達が元気よく挨拶をする。
「おはよう!着席して良し」
全員が着席すると、梅子は早速話を切り出した。
「朝のHRを始める」
いつものように、梅子のHRが始まった。
「突然だが、今日付けでこのクラスに転入する事になった生徒達がいる」
梅子の突然の朗報に、クラス全員がざわめき始めた。
「静粛に!」
梅子の鞭が床を叩き、ざわめきが一気に搔き消える。梅子は続けた。
「これから諸君に紹介しよう。よし、入っていいぞ」
梅子が教室の扉に向かって声をかけた。クラス全員の視線が扉に集中する。
「「し、失礼します!」」
扉がゆっくりと開く。最初に入ってきたのはまふゆと華。二人は緊張しながら、黒板に自分達の名前を書き、これからクラスメイトとなる生徒達に振り返った。
「あの、聖ミハイロフ学園から転校してきました、織部まふゆです。よ、よろしくお願いします!」
「お、同じく桂木華です。よろしくお願いします!」
まふゆと華が自己紹介を終えると、クラス中の生徒―特に男子が騒ぎ立て始めた。
「うおおっ、マジ可愛くね!?」
岳人が鼻の下を伸ばしながら、まふゆたちを見て興奮している。
「こりゃ嬉しいサプライズだぜ!あ、やべぇ、勃ってきた…」
福本育郎―通称ヨンパチは遠い目をしながら、はぁ、はぁと妄想に耽っていた。
「ふん、また女子が増えたか……」
不機嫌そうにまふゆ達を一瞥するスグル。反応は皆様々だったが、とりあえず歓迎はされていた。
「こら、静かしろ貴様らっ!」
また鞭を床に叩きつけ、ざわめきを鎮める梅子。このやり取りに馴染めるのだろうか……まふゆは少し不安になった。
「実はな、もう一人いる。織部と桂木と同じく、聖ミハイロフ学園からの転入生だ。アレクサンドル、入れ」
梅子がもう一度、教室の扉に向かって声を出す。
「………」
サーシャは無言で教室に入ってきた。クラス全員がサーシャを見て目を丸くする。
黒板に自分の名前を書き、緊張していないのか、表情を変えずに淡々と自分の名前を告げた。
「アレクサンドル=ニコラエビッチ=ヘルだ」
自己紹介を終えるサーシャ。変わって、梅子が代弁してサーシャの説明を始める。
「彼はロシアから飛び級で留学してきた実力のある生徒だ。勉強で分からない事があれば、彼に教えてもらうといい」
サーシャがよほど珍しいのか、クラス全員がサーシャに釘付けだった。
「急な話だが、みんな仲良くしてやってくれ。三人の席は先程伝えた場所の通りだ。以上、朝のHRを終了する」
HRが終わり、梅子がサーシャ達が席に座ったのを確認すると、教室を出て行った。
それと同時に、
「お…………男の子キターーーーーーーーーー!!!!!!!」
千花を筆頭に、一部の女子(殆ど)が歓声を上げた。一斉にクラス中の生徒達がサーシャ達によってたかる。
「ねぇねぇ、アレクサンドル君だっけ?あたしは千花。小笠原千花よ。チカリンって呼んでね♪」
「あたいは黒子。ってかアレクサンドル君、マジ美形〜。あ〜、ちょ〜抱かれてぇ」
「まふゆちゃん、彼氏は!?彼氏はいるの!?」
「桂木さん、よかったら川神市内を案内しようか!?」
Fクラスの生徒達に囲まれ、怒涛の質問攻めが始まり、戸惑うサーシャ達。
「こ、こら〜。3人とも困ってるじゃないですか!ここは順番に……」
真与が生徒達をまとめようと試みる。しかし誰もがサーシャ達に夢中で、その声は届かなかった。
その一方で、彼らを観察する大和とキャップ。
「な?だから言ったろ?面白い事が起きるってよ!」
キャップの勘は当たっていたが、今日まで転入生が来るという情報は一切なかった。大和はそれがそれが気がかりになっていた。
(……まあ、いいか。こういう事もたまにはあるさ)
深く詮索しても仕方がないので、大和はあまり気にしない事にした。
「まふゆちゃんは……80・56・84。華ちゃんは……79・54・79って所だな。なるほどなるほど……」
ヨンパチは距離を置いてまふゆと華の体型を観察し、スリーサイズを一瞬にして見抜いた。彼は女性の事になると、力を発揮する。
((うわ、何か寒気が……))
まふゆと華は悪寒を感じ取っていた。
その後もクラスメイトの質問攻めは1時限目の授業が始まるまで続き、初日早々、大変な思いをしたサーシャ達なのだった。
1時限目の授業終了のチャイムが鳴り、サーシャはすぐに教室から出ようと席を立ち上がる。これ以上質問攻めに合わないためだ。
「あ、待ってよアレクサンドル君!もっとお話し聞かせてよ〜!」
千花や他の女子達を無視し、サーシャは教室を後にした。
「…………」
教室を出たサーシャは壁にもたれかかり、疲れを吐き出すかのようにふぅと溜息を洩らす。
(……騒がしいクラスだ)
元々賑やかな雰囲気が嫌いなサーシャだが、ミハイロフに転入してからは徐々に慣れつつあった。
しかし、このクラスはそれ以上に賑やか過ぎる。任務が終わるまでの間、このクラスの生徒と付き合うのだと思うと先が思いやられる………と、サーシャは肩を落とす。
しばらく壁にもたれかかって休んでいると、生徒が数人、サーシャに近づいてきた。
「―――お前が例の転入生か?」
話しかけてきたのは、着物を着た女子生徒の不死川心。その隣には葵冬馬、井上準、榊原小雪と他数名。
全員、2−Sの生徒達である。次から次へと…サーシャはうんざりした。
「何の用だ」
「2−Fに転入してきた生徒がいると聞いたので、どんな方なのか気になりましてね……ああ、私は葵冬馬。2−S所属です」
冬馬が自己紹介を始める。1時限目の授業で、既に噂は流れていた。
「わ〜、銀髪だ。銀髪だ〜!」
まるで珍しい物でも見るかのように、小雪がサーシャをジロジロと観察し始めた。サーシャはあからさまに鬱陶しいという表情をする。
「こら、ユキ。困ってるからやめなさい……悪いな。こいつ、留学生があんまり珍しいもんだからはしゃいでんだよ」
準は詫びを入れながら、うーうー言いながら駄々を捏ねる小雪を連れ戻した。
「それにしてもお前、変わった奴じゃのう。飛び級で留学してきたと聞いたが、何故Fクラスなのじゃ?」
心の質問に対してサーシャは、
「俺がどこに行こうが俺の勝手だ。お前には関係ない」
心には目もくれず、淡々と答えた。そんなサーシャの態度が気に食わなかったのか、心は食ってかかる。
「生意気な奴じゃ。高貴な此方がわざわざ足を運んでやったというのに、随分と偉そうな態度じゃのう」
「お前を呼んだ覚えはない」
「ぐっ……お前、此方が誰だか分かっておるのか?」
「知ったことか。お前が誰だろうと興味はない」
「い、イラつくのじゃ〜!」
サーシャと心が言い争い(心が一方的に振った上、サーシャは全く相手にしていない)をしていると、戻ってこないサーシャが気になったまふゆと華が教室から出てくる。
「サーシャ、どうかしたの?」
「別にどうもしない」
と、サーシャ。まふゆと華は周囲の状況を確認する。どう見ても、何もないわけがなかった。
「なんじゃ、お前たちも転入生か。ふん、見るからに野蛮な顔立ちをしておるのう」
サーシャでは相手にされないと分かると、今度はまふゆと華に因縁を付け始めた。華は舌打ちをすると、心を睨み付ける。
「何だお前、やんのかよ?」
「おお〜。怖い怖い。これだから2−Fは野蛮な山猿が多くて困るのじゃ」
扇子を広げ、口元を隠しながら嘲笑う心。冬馬と準、小雪以外のSクラスの生徒達も小馬鹿にするように笑う。
(うわぁ、感じ悪……)
まふゆは嫌悪感を覚えた。するとまふゆ達に続いて、Fクラスの生徒達もぞろぞろと見物しにやってくる。
「関わらない方がいいよ、まふゆっち。あいつは2−Sの不死川心。学園中の嫌われ者よ」
心は名家に生まれたSクラスの生徒の一人。名家に生まれたが故、偏った選民思想を持ち、周囲の人間を庶民として見下す嫌な奴だと千花が話す。
もちろん心だけではない。2−Sの生徒達は皆2−Fを見下していて、Fクラスの殆どがよく思っていなかった。どうやら2−Sと2−Fは対立関係にあるらしい。
まふゆは、2−Sに志願しなくてよかったとホッと胸を撫で下ろした。
「2−Fの山猿どもがゾロゾロと……あ〜、嫌じゃ嫌じゃ。馬鹿がうつるわ」
ここぞとばかりに心は嫌味を放ち、2−Fから反感を買っている。
「言いたい事はそれだけか?馬鹿がうつるならさっさと失せろ」
黙っていたサーシャが顔を向けず、視線だけを心に向けて言い放った。
「ふん、身の程を弁えよ。此方は不死川家の息女。やんごとなき身分なのじゃ。たかが飛び級して留学したくらいでいい気になるでないわ」
2−Fの生徒に散々嫌味をぶつけて機嫌の良くなった心は、余裕の笑みすら浮かべ、サーシャを見下した。
そんな心の姿を見てまふゆと華は、
(なんか、昔の美由梨を思い出すわ……)
(なんか、昔の美由梨を思い出すぜ……)
同じ学園のクラスメイト―辻堂美由梨の事を思い出していた。今でもあの高笑いが聞こえているような気がする。
しかし、サーシャは心の言葉に動じることなく、
「――見苦しい。他人の威を借るしか能がないのか」
かつて、辻堂美由梨に放った言葉を口にした。
「な……なんじゃと!?」
思わず動揺を隠せない心。今の今まで、そんな事を言われたのは初めてだった。
「自分では靴一つ磨けない無能者が、偉そうな口を叩くな」
「……い、言っておくがの、2−Sに入ったのは、此方の実力じゃ!」
今のクラスに在籍しているのは家の銘柄だけではない、と心は言い張る。以外に努力家だった。
「お前のクラスには成績一つで威張るような連中しかいないのか。特進クラスが聞いて呆れる」
「な、なななななななな…………」
心はとうとう言葉を失い、そのまま黙ってしまった。プライドを傷つけられ、ショックを隠せないようだった。それも、相手が2−Fの生徒ならなおさらだ。これ以上の屈辱はない。
2−Fの生徒達から「いいぞー、アレクサンドル!」「もっと言ってやれ!」と、エールが送られた。
これ以上言い返してこないと分かると、サーシャは自分の教室へと戻っていく。
「……とうじゃ」
ふと、心が小さく呟いた。サーシャの足が止まる。
「何?」
「……決闘じゃ!此方はお前に決闘を申し込む!!!」
心は扇子をサーシャに突き付け、高らかに宣言した。
決闘―――学生の間でいざこざがあると、学生同士で戦って決着をつけるという、生徒の自主性・競争意識を尊重した川神学園独特のシステムである。
「ちょ、ちょっとサーシャ。まさか受けるの?もし受けたりしたら……」
まふゆが耳打ちする。当然、決闘を受ければさらに目立つ事になるだろう。ただでさえ留学生という理由で有名人扱いなのに、これ以上目立てば任務に差し支える可能性がある。
「くだらん。お前の相手をしている暇はない」
サーシャは申し出を拒否した。面倒を起こせば任務に影響が出る…当然の判断だった。
「なんじゃ、怖気づいたか?あれだけ威勢のいい事を言っておきながら、所詮は口だけじゃったか。ほっほっほ、とんだ腰抜けじゃのう」
心はサーシャを罵り、嘲笑う。他のSクラスの生徒達からも笑い声が聞こえる。
ここまで馬鹿にされては黙ってはいられない。流石のサーシャも頭に血が上り、心に振り返った。
『Вы можете либо дрожь?(お前は、震えた事があるか?)』
サーシャが感嘆してロシア語を口走り、心に敵意の眼差しを向ける。
「その決闘、受けて立つ!」
宣戦布告し、心との決闘を受理した。
「決まりじゃな。場所は校庭、時間は昼休みじゃ。逃げ出すでないぞ」
時間と場所を指定し、心とSクラス一行はサーシャ達の前から去っていき、自分達の教室へと戻っていった。
「おい、聞いたか?アレクサンドルと不死川が決闘だってよ!」
「マジかよ、こりゃ見物だぜ!」
「どっちが勝つんだろうね!」
「あたしはアレクサンドル君に勝ってほしいわ!」
決闘が決まり、2−Fの生徒達が盛り上がり始めた。これで、サーシャ達のことが一気に学園中に知れ渡る事になるだろう。
「お、おいサーシャ。いいのかよ!?」
心配そうに尋ねる華。しかし受けてしまった以上、もう後には退けない。
「クェイサーの力を使わなければ問題ない」
「そういう問題かよ……」
「目立たなければいいんだろう」
言って、サーシャは教室へ戻っていく。
「あの馬鹿……何考えてんのよ、もう」
予想だにしない事態が起きてしまったと、まふゆは肩を落とした。この決闘で任務に影響が出ない事を、ただ祈るしかない。
結局、勢い余って決闘をすることになったサーシャ。こんな調子で、無事に任務を終える事ができるのだろうか。
まふゆと華の不安は、さらに高まるばかりだった。
―――不死川心との決闘まで、後数時間。