第1章『百代編・一子編』
サブエピソード4「女王(エンプレス)の来校」
サーシャ達が2−Fに転入した同時刻、カーチャも学園に到着し、転入先のクラスは1−Cに決定した。
サーシャと同様、飛び級で学園に転入という手筈になっている。
「初めまして。エカテリーナ=クラエといいます。“カーチャ”って、呼んで下さい♪」
カーチャはスカートを広げ、とびきりの笑顔でクラス全員に一礼する。
まるで妖精のようなその姿は、1−Cの男子生徒全員の目を釘付けにした。
女子生徒達もカーチャのあまりの可愛らしさに、思わず抱き締めたいという生徒もいれば、いけない妄想に走ろうとする生徒もいる。
転入して早々、カーチャは1−Cのアイドルの座を獲得した。
「凄いですね……あんなに小さいのに、飛び級で留学だなんて」
感心し、カーチャに尊敬の念を抱くまゆっち。
『何言ってんだよー。まゆっちだって成績優秀で、色々と頑張ってるじゃんかー』
携帯ストラップの松風が、まゆっちに励ましのエールを送る。と言っても実際に喋っているのはまゆっちなのだが。
そんな中、カーチャは松風と喋っているまゆっち(独り言)に視線を注いでいた。
(……ふーん)
ニヤリとカーチャの口元が吊り上がる。この瞬間、まゆっちが奴隷候補にあがった。
そして昼休みの時間。
昼食を食べ終えたまゆっちは、友人であるクラスメイト―大和田伊予と一緒にいた。
「というわけでイヨちゃん。私、カーチャさんに声をかけてみたいと思います」
カーチャと友達になるきっかけを作るため、意気込むまゆっち。まだ声すらかけていないのに、まゆっちは緊張して顔を強張らせていた。
ちなみにまゆっちの友達100人計画は、まだ続いている。
「落ち着いてまゆっち。ほら、深呼吸深呼吸」
『そうだぜー、まゆっち。ここで挫けたら前に進めねぇー』
私も一緒に声をかけるから、と伊予や松風も応援してくれていた。
「すー、はー、すー、はー……で、では、参ります!」
深呼吸して息を整え、まゆっちはカーチャのいる席へと足を運ぶ――――。
「――こんにちは、お姉さま方♪」
まゆっちの視線の先には、無垢な笑顔を浮かべたカーチャの姿があった。
突然のカーチャの訪問に、まゆっちの心臓が飛び跳ね、バクン、バクンと音を立てる。
「あ、あああ、えええっと、あのその……こここここここんにちは!!」
先に声をかけられて、緊張が極限までに達したまゆっち。辛うじて挨拶は返せたが、顔は強張ったままだった。
そんなまゆっちを見兼ねて、伊予が助け船を出す。
「こんにちは、カーチャちゃん。私は大和田伊予。こっちは黛由紀江。で、この子が松風、よろしくね」
『おう、よろしくなー』
「はい、よろしくお願いします。伊予お姉さま、由紀江お姉さま、松風♪」
カーチャは自己紹介の時のように、礼儀正しく一礼する。
(ほら、まゆっち)
伊予が肘でまゆっちの脇を突く。本当なら伊予が伝えれば済む話だが、それではまゆっちの為にならない。
『いけー、チャンスだまゆっちー。やるなら今しかねぇ。大人の階段を登るんだー!』
松風に後押しをされる。まゆっちは意を決して大きく息を吸い込み、カーチャに伝えた。
「あ……ああああの、わ、わわわわたしとお友達に――――」
「おい、聞いてくれ!転入してきた2−Fの留学生と、2−Sの不死川先輩が決闘だってよ!」
同じクラスの男子生徒が声を張り上げる。クラス全員が一斉に教室を飛び出し、決闘の場である校庭へ向かう。おかげで、まゆっちは言いそびれてしまった。
2−Fの留学生……それはサーシャの事だとカーチャはすぐに分かった。
(決闘……?はっ。鉄ジェレーザの奴、目立った行動はしないって言ったくせに、ほんとお子ちゃまね。ま、いいわ)
決闘のシステムはカーチャも知っている。いい退屈凌ぎになりそうだわと、心の中で笑った。
「カーチャ様、校庭へお連れ致します。行きましょう」
カーチャの前に現れたのは、男子生徒と女子生徒が数名。腕を後ろに組み、頭に『カーチャ様☆LOVE』と書かれた鉢巻きを巻いている。
カーチャのファンが増え、ついには親衛隊まで結成されていた。カーチャにとっては迷惑な話だが、今後役に立ちそうなので好きにやらせておく事にしている。
「ごめんなさい。カーチャ、呼ばれてるみたいだから行かなくちゃ」
カーチャはもう一度だけまゆっち達に一礼し、
『до свидания(またね)』
ロシア語で言う、「またね」と言って、親衛隊と一緒に教室を出て行った。
「うう……言いそびれてしまいました」
せっかく勇気を出したのに……まゆっちはガックリと肩を落とす。
『うわー……今のはさすがに切ねーよ、まゆっち』
同情する松風。
「だ、大丈夫だよまゆっち。まだチャンスはあるから」
元気を出して、とまゆっちの肩を叩く伊予。しかし、まゆっちのショックは大きかった。
「ほら、私達も決闘を見に行こうよ。何か面白そうだよ!」
まゆっちの手を引っ張る伊予。落ち込んでいても仕方ない…まゆっちは気持ちを切り替える。
(そうです……ここで諦めてはダメ。よし、頑張れ私!)
決闘が終わったら、もう一度カーチャに声をかけよう。その決意を胸に、まゆっちは伊予と共に教室を出て行くのだった。