【降りるのは誰か】
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ぼくは今、黒崎さんと電車に乗っている。先程電話で呼び出され、夜の街に繰り出すことになったのだが、目的地まであと一時間くらいかかるらしい。
そろそろ疲れてきたので座りたい……もとい、黒崎さんに座らせてあげたい。
といっても、席が空いているわけではないので、ぼくに出来ることは一つだ。
降りそうな人の前に陣取る。そしてさりげなく黒崎さんに席を進める。
さて、次に空くのはどの席だろうか。吊り革に捕まりながら周囲を見渡す。
今は夜の8時。となれば当然スーツを着た社会人が多い。しかもこの時間帯……彼等は間違いなく帰宅途中だ。
そして電車のドアの上、路線図と停車駅の表を見る。次の駅は乗り換えが多い……よし、いける。
「ゆーくん、何きょろきょろしてるの?」
「いや、こっちの吊り革に捕まろう」
ぼくは黒崎さんを連れて、本を読んでいるスーツのおじさんの前に着た。
このおじさんは二駅くらい前から本から目を離して周囲の状況を気にしている。つまり降りる駅が近いということだ。
数分後、間もなく到着という社内アナウンスが流れた。それと同時におじさんが本に栞を挟んで閉じた。
と、良くみるとおじさんの隣に座っていた金髪のお兄さんもゲーム機の電源を切って降りる準備をしていた。これならぼくも座れる。
電車が次の駅に着いた。スーツのおじさんと金髪のお兄さんは電車が止まる前に立ち上がり、ぼくたちの前に二人分の座席が残った。
「黒崎さん座――」
「乗り換えだよ。ゆーくん」
あれ、乗り換え?
「言わなかったっけ? ここから乗り換えで後一時間」
……そんな話ぼくは聞いてませんが。
結局、ぼくは座席に座れなかった。