小説『BL漫画家の鈴木さん』
作者:ルーフウオーカー()

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 どうにか自力で家に帰って、何時間か横になっていた。眠っていたのかどうか
はっきりしない。気がつくと夜中になっていた。
 灯りをつける。
 高校卒業まで暮らした部屋は、父の趣味の道具――釣りやゴルフや登山の道具
があふれかえっていた。札幌で暮らしたアパートは十二帖のワンルームだったか
ら、落差は大きい。ただでさえ狭い部屋が実際以上に狭く思えた。六帖の床は布
団を敷くにもやっとの有様で、壁も雑多なものが立てかけられて、ほとんど隙間
がない。だが、そのときになって初めて気づいた。そこだけ空けられた西側の壁
の中央に、田中が中学生のときに描いた絵が掛けられているのだ。道のコンクー
ルで佳作を取ったものだ。ただの画用紙に水彩で描いたものなのに、わざわざ額
装までしてあった。

 住んでいた頃はこんなのはなかった。父か母が勝手にやったことだろう。
 彼らはこんなものでも誇らしいのか。懐かしさよりも恥ずかしい気持ちのほう
が強かった。今見ると、いかにも佳作という出来なのだ。とうてい入選するよう
な作品ではなかった。
 個性的に見えるが、特別な才能は感じられない。
 普通のことが普通にできないから変わっているように見えるだけで、センスや
発想に跳びぬけたものがあるわけではなかったのだ。人と話し、知識と技術を身
につけるにつれ、田中の絵はどんどん普通になっていき、やがて個性的にも見え
なくなった。
 今まで描いてきた絵をとりだし、改めて眺めてみた。
 どれを見ても、他の誰かの描いた何かを思い出させ、そしてオリジナルよりも
確実に見劣りがした。

「つまりは、才能だ」
 ため息をつくような思いで、そうつぶやいた。
 そのときだった。
「田中さん、褒めてください」
 鈴木さんから電話が来た。
「はい?」
「いいから私を褒めてください」
「えーと、可愛い声してるよね?」
「そそ、そ、そういうことではなくてですね」
「……おめでとう?」
「はい! ありがとうございます」
 そのまま切られそうな勢いだったのであわてて呼び止めた。
「何、なに? 何があったの」
「あんまり言いたくありません」
「鈴木さんが何を言っているのかさっぱりわからないよ」
「私がマンガ描いているのは知ってますよね」
「ああ、同人誌っていうの?」
「それが今度、商業誌にですね、コンビニに売ってるような本に掲載されること
が決まったんです」
「それはいいことじゃない。どうしてそこで声を潜めて早口になるの」
「そんなことより田中さん」
「はい」
「感想を聞かせてください」
「は?」
「私がプレゼントしたエネマグラの使い心地についてです」
「そこは声を潜めて言ってよ鈴木さん」
「使用中の姿を動画で送ってくれるだけでもいいんです」
「使ってないよ。使える環境じゃないし、使いたいとも思ってない」
「じゃあ、田中さんは今何して生きてるんですか」
「なんでそんなに飛躍するの!」

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