「まじめな質問です」
「電話に出てる」
「まじめな質問なんですってば」
「療養中だよ」
「療養してどうするんですか」
「社会復帰」
「社会復帰してどうするんですか」
「え」
彼女が本当にまじめな質問をしているということに、このときはじめて気づいた。
「例えば、また同じ業界で働きたいんですか」
「無理だろ。病歴素直に話したら誰も使おうとは思わないよ」
「そうじゃなくて、田中さんがどうしたいかです。どんな生き方をしたいのか。何
かやりたい仕事があるんですか。アナルオナニー以外に」
「最後のはよく聞こえなかったけど、仕事じゃないよね、それ」
「療養ってリラックスして身体を休めるんですよね。リラックスって、あるがまま
の自分でいるってことですよね」
「……はい」
「だったら……そういうことですよ」
結局最後は言葉を濁した。オナニーの話なのか仕事の話なのかもよくわからない。
「でも、ほんとにおめでとう。よかったね」
「ありがとうございます。そう言ってもらいたかったんです」
彼女が満足したことだけはわかったので、電話を切った。
しばらくの間、彼女が言わなかったことについて考えていた。
仕事はしたい。したい、というかしなければ生きていけない。
でも、そう、社会復帰して心からやりたい何か、というのはないのだ。金が欲し
いとすら思っていない。
酒を飲みたいわけでもナンパをしたいわけでもないのだ。みんな、アナルオナニ
ーと同程度の興味しかない。
絵を描きたい。それで食べていきたいというのではなく、ただ、絵を描きたい。
どんな生き方をしたいか、と問われたら、それが答えになってしまう。
あくまでそれは希望であって、現実問題としてそんな道を選べるわけはないのだが、
それでもそれが、確かな答えだった。