小説『織斑一夏の無限の可能性』
作者:赤鬼()

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Episode16:ラウラの闇




【ラウラside】


目の前で行われた模擬戦に言葉を無くしてしまった。

―――想定外。ここの教師が弱くない事は理解した。しかし奴の強さは予想していたものとは違った。

どういう事だ? あれだけの強さを有しながら、むざむざ誘拐され、教官の二度目の優勝を邪魔したというのか、奴は? 分からない。理解できない。

しかし勝てない相手ではない。

そう怖れる必要などどこにもないのだ、今の私の力に及ばない。

ラウラ・ボーデヴィッヒ。それが私の名前であり、識別上の記号。一番最初につけられた記号は―――遺伝子強化試験体C−0037。

人工合成された遺伝子から作られ、鉄の子宮から生まれた。

物心つく頃には武器を手に取っていた。

幼少時に与えられたオモチャは人を殺すための銃火器。

平和な国で子供が習う教育というものは、私にとっては如何にして人体を攻撃するかという知識、敵軍に打撃を如何に効果的な打撃を与えるかという戦略というものでしか教えてもらえなかった。

それが日常であり、普通だと信じて疑わなかった。格闘を覚え、銃火器の扱いを習い、各種兵器の操縦方法を体得した。

私は優秀だった。性能面において、最高レベルを記録し続けた。

そんな私に転換期が訪れる。―――そう、世界最強の兵器『IS』が現れた事で世界へ一変したのだ。

現存する兵器を無効化する程の力を持つIS。そのISは当初、私を拒絶した。

適性向上のために行われた処置『ヴォーダン・オージェ』によって異変が生まれてしまったのだ。

疑似ハイパーセンサーとも呼ぶべきもの―――『ヴォーダン・オージェ』は、脳への視覚信号伝達の爆発的な速度向上と、超高速戦闘状況下における動体反射の強化を目的とした、肉眼へのナノマシン移植処理の事を指す。そしてまた、その処置を施した目の事を『越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)』と呼ぶ。

危険性もなく、理論上では不適合も起きる筈がなかった。しかし、この処置で私の左目は金色へと変質し、常に稼働状態のままカットできない制御不能へと陥った。

そして、この事で私は部隊の中でもIS訓練においても後れを取る事になってしまった。

トップの座から転落した私を待っていたのは、部隊員からの嘲笑と侮蔑、そして『出来損ない』の烙印だった。

そう私は深い闇の底へと転がり落ちていった。そんな私を救い出してくれたのが、教官―――織斑千冬だったのだ。私にとって深い闇の底で初めて目にした光。


『ここ最近の成績は振るわないようだが、なに心配するな。一ヶ月で部隊内最強の地位へと戻れるだろう。なにせ、私が教えるのだからな』


その言葉の通り、私は一ヶ月で部隊内最強の地位へと返り咲いた。私だけに特別訓練を課したわけではない。教官が言われた事を、一語一句違わずに忠実に実行しただけ。

もう自分を疎んでいた部隊員も気になる事はなかった。それよりもずっと、強烈に、深く、あの人に―――憧れた。

それから私は教官が帰国するまでの半年間、時間を見付けては話しに行った。話しに行った、というのはただの口実だったかもしれない。

ただ、純粋にあの人の傍にいたかった。あの人を傍で見ていたかった。

そんなあの人の強さを純粋に知りたいという衝動から、ある日訊いてみた。―――何故、教官はそこまで強いのですか? ―――と。

その時、あの鬼のように厳しくも凛々しい表情が僅かに優しげな表情に変わったのは。


『私には弟がいる。あいつを見ていると、分かる時がある。強さとは、どういうものなのか、その先に何があるのかをな』


この日初めて、あの人が言った事が理解できなかった。


『そうだな。いつか日本に来る事があるなら会ってみるといい、......あぁ、だが一つ忠告しておくぞ。あいつに―――』


初めて見る、あの人の優しい笑み、気恥ずかしそうな表情。でも、それは違う。あなたは強く、凛々しく、堂々としているのが、あなただ。

だから―――許せない。教官にそんな表情をさせる存在が。

そんな風に教官を変えてしまう弟、それを認められない。認めるわけにはいかない。

私は―――織斑一夏の存在を認めない。




*◇*◇*◇*◇*◇*◇*


【一夏side】


「一夏って......本当にIS初心者?」


今の山田先生との模擬戦を見て、俺が初心者だというのが疑わしくなったらしいシャルルが俺に訊いてきた。


「あぁ、本格的にISを始めたのは、この学園に入学してからだぞ」


「本当に?」


「本当ですわよ。一夏様はこの学園に入学してから、本格的にIS操縦を始めましたの。もちろん、放課後はイギリス代表候補生である、このわたくしが、IS操縦の訓練を行っておりますが」


うん、いつも通り、『わたくしが』を強調してくるな。


「ふ、ふざけるなっ! この私だって、訓練に付き合っているっ。それに一夏に教えてくれと頼まれたのはこの私だっ!」


「何言ってんのよっ! 一夏が成長している要因は同じ近接格闘型の、このあたしが、訓練に付き合ってるからでしょっ!」


「あははは......そ、そうなんだ......」


箒に、鈴まで、登場。そのまま、三人で睨み合う。まさに三国志のような状況だな......さしずめ、魏のセシリア、蜀の箒、呉の鈴っていった所か? ほら、見ろ、シャルルが三人の勢いに押され、引きつった笑いをしているじゃないか。


バシーンッ! バシーンッ! バシーンッ!


「うるさいぞ、お前達。授業の進行の妨げをするな」


千冬姉―――呂布の登場です。


ギロリッ!


「な、な、な、何も変な事は考えていませんっ!」


背筋を正し、身の潔白を訴えるも、無情にも俺に出席簿アタックは炸裂したのであった―――。


「専用機持ちは織斑、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、凰だな。では八人グループになって実習を行う。各グループリーダーは専用機持ちがやる事。いいな? では分かれろ」


ぱんぱんと手を叩いて、千冬姉がみんなの意識を切り替え、指示を出すや否や、俺とシャルルに一気に二クラス分の女子が詰め寄ってくる。


「織斑君、一緒に頑張ろう!」


「わかんないところ教えて〜」


「デュノア君の操縦技術を見たいなぁ」


「ね、ね、私もいいよね? 同じグループに入れて!」


その状況を見かねたのか、あるいは自らの浅慮に嫌気が差したのか、千冬姉は面倒くさそうに額を指で押さえながら低い声で新しい指示を告げる。


「この馬鹿者共が......。出席番号順に一人ずつ各グループに入れ! 順番はさっき言った通りだ。次にもたつくようなら今日はISを背負ってグラウンド100周させるからな!」


呂布再来―――その圧倒的なまでの覇気にのまれたのか、女子は無駄口を出す事無く、即座に各グループへと分かれていった。


「えーと、いいですか、みなさん。これから訓練機を一班一体取りに来て下さい。数は『打鉄』が三機、『リヴァイヴ』が二機です。好きな方を班で決めて下さいね。あ、早い者勝ちですよ!」


さて、俺の班は『打鉄』か。俺の班には箒もいるし、使い慣れた機体の方がいいだろう。


「織斑君、ISの操縦教えてっ」


「ああーん、このIS重ーい。私、箸よりも重いもの持った事なーい」


「実戦訓練の基本はツーマンセルよね。じゃあ、織斑君、組みましょう」


「ねぇねぇ、専用機ってやっぱいい感じ? いいなー、羨ましいなー」


十代女子の行動力や恐るべし! あっという間に取り囲まれてしまいました。箒は箒でぶすっとした顔で睨みつけてくるし。

しかし、ISスーツを着た女子の集団に迫られるのは、目のやり場に困ったりする。だって、ボディーラインがこんなにはっきりと出てるんだ。いくら見慣れてきたとはいえ、集団はキツいものがある。

鎮まれ! 俺の性的衝動(リビドー)っ!


「.............」


「箒? どうした?」


無言で俺の傍に来る箒。


ギュゥゥゥゥゥゥ!


「いってぇっ! って、ほ、箒さん?」


思い切り足を踏まれた。しかも踵で。


「何を鼻の下を伸ばしている?」


「い、いや、そんな事はないぞ?」


箒とはあの件以来、お互い恥ずかしくて、今の今までまともに会話を交わしてなかった。


「......全くさっきの模擬戦の時はあんなにかっこよかったのに......」


「え?」


「な、なんでもないっ! それよりも早く実習を始めるぞ」


「あ、あぁ......」


顔を赤らめながら箒はそっぽを向いて、スタスタ歩いていく。それにしても、箒の件もそうだし、セシリアや鈴も以前よりもずっと意識するようになった。

前までは幼馴染としてしか思っていなかった相手を異性として感じる。まぁ、取り合えず授業に集中集中。モタモタしてたら千冬姉の出席簿アタックが炸裂しかねん。


「それじゃあ、出席番号順にISの装着と起動、その後歩行までやろう。一番目は―――」




【清香side】


キタ! 私の出番、やっとキターーー!

もうモブとは言わせない。私の名前は相川清香。憧れの織斑君にアタックする絶好のチャンス、見逃す筈がないっ!


「はいはいはーいっ!」


織斑君はIS学園の中でも希少な男という存在。デュノア君という男の子が転校してきたけど、やっぱり私のタイプは織斑君なのだ。


「出席番号一番! 相川清香! ハンドボール部! 趣味はスポーツ観戦とジョギングだよ!」


「お、おう。ていうか何故、自己紹介を......?」


織斑君を狙ってるのは篠ノ之さんやオルコットさんだけじゃないって事は分かってもらわなくちゃ。

若干、引きつった顔をしてる気もするけど、気にしない気にしない。


「よろしくお願いしますっ!」


そのまま深く礼をし右手を差し出す。さぁ、織斑君。私の手を取って。今すぐに取ってっ。


「えっと......?」


「あぁ、ずるい!」


「私も!」


「第一印象から決めてました!」


織斑君が一瞬戸惑ったの隙を狙って、同じ班の女子一同が私に続け、とばかりに深く礼をし右手を差し出していく。

ちぃっ! このハイエナ共め!

しかし、だがしかーし! こういうのは一番最初に行動を起こした方が相手に深く印象付けられる。二番煎じなど所詮、二番煎じでしかないのだっ。


「あ、あのな? どういう状況かよく分からないんだが―――」


織斑君は未だに困惑気味だ。


「「「お願いします」」」


別の班であるデュノア君の班からも私達と同じような状況なのか、デュノア君に向けて深く礼をし右手を差し出している女子達が視界に映る。


スパーン!


「「「いったぁっっ!」」」


見事なハモリ悲鳴が聞こえ、チラッとデュノア君の班を見ると、鬼の形相をした織斑先生がいた。そのまま、その班は織斑先生が指導する形になったみたいだ。

さて、と。

実習に真面目に取り組むとしよう。うん、そうしよう。

でも、今ので少しは私という存在を織斑君に主張できた筈っ!

女の園に希少な男っ! この私のスクールライフをバラ色に染め上げる為にも私は絶対に織斑君を犯......じゃなくて、落としてみせるっ!




【一夏side】


ゾクゾクゾクッ!

な、なんだ、このプレッシャーはっ!

背筋から襲うプレッシャーにキョロキョロと辺りを見回してみると、ハンターの目をした数匹の女生徒がいた。

しかもその視線の先は......俺だ......は、ははは。

しかしこのままモタモタしてたら、千冬姉の雷が落ちる事だろう。と、取り合えず実習を始めなきゃ......。

「そ、それじゃあ、出席番号順にISの装着と起動、歩行までやろう。えっと、あ、相川さん? ISには何回か乗ったよな?」


ふぅ、あまりのプレッシャーにどもってしまった。かっこ悪い......。


「いやん、相川さんなんて呼び方は嫌。き・よ・か・で」


「え、で、でも......」


「き よ か」


有無をも言わせぬプレッシャーに思わず、笑顔が引き攣ってしまう。箒さん箒さん、その人を殺しかねない視線は止めて下さい。今回、俺は何もしていない。む、無実だ......。


「じゃ、じゃぁ、清香さん。は、始めようか」


「ぶーーー。さん付けはいらないんだけどなぁ〜、まぁ、今回はこれで許してあげる」


「は、は、ははは......」


もう渇いた笑いしか出てこない......恐くて箒の方にも視線を向けられない......。




*◇*◇*◇*◇*◇*◇*



そして、相川さんは慣れない操縦でISを装着し歩行している。


「そうそう、上手い上手い。じゃあ、止まってみて」


「はぁーい。よ、っと......」


「よし、じゃあ、次の人に交代だ」


「ふぅ〜、緊張したぁ〜」


IS学園に通う生徒でも専用機持ちでない限り、訓練機の数に限りがある為、全員が全員、IS操縦に慣れているわけじゃない。

しかも一年のこの時期だ。クラスの女子達はまだISに乗り始めたばかり、車の運転とかバイクの運転とか慣れないうちは緊張するもの。それはISでも同じだ。


「次は誰?」


「......私だ」


殺意の波動に身を包んだ箒が現れた。今なら一瞬のうちに滅殺されるかもしれないほどの雰囲気に思わず、たじろいでしまう。

取り合えず、さっさと難を逃れたいがために早く終わらせてしまおう、と考えてる時に問題は起こった。

相川さん、じゃなかった清香さんのISを装着解除した時に気付かなかった俺も悪かったのだが―――


「これじゃあ、コクピットに届かないんだが......」


そう、自分が専用機持ちだからすっかり忘れていたのだが、訓練機を使う場合は装着解除時に絶対にしゃがまないといけないのだ。立ったままISの装着解除をすると、当たり前だがISは立ったままの状態になる。


「あー、コクピットが高い位置で固定されてしまった状態ですね。それじゃあ仕方がないので織斑君が乗せてあげてください」


途方に暮れてると、山田先生が助言してくれた。


「......え?」


「な、なに?」


「「「えぇぇぇーーーっ!」」」


俺、箒、そして同じ班の女子全員が山田先生の言った事に驚く。


「だって、それが一番楽ですし。織斑君、白式を出してください」


「わ、わかりました」


取り合えず、山田先生の指示に従い、白式を展開、装着する。


「じゃあ、篠ノ之さんを抱えてコクピットまで運んであげてください」


「はい?」


「は、運ぶ......のか? 私を......」


「「「えぇぇぇーーーっ!」」」


さっきまでの殺意の波動が鳴りを潜め、今度は顔を赤面させる箒。


「ISは飛べますから、安全にコクピットまで人を運ぶのに向いています」


いや、でも、さすがに俺は男だ。授業中に女子を抱っこするのはまずいんじゃないか? そもそも、ナイスプロポーションな箒を抱っこ?

や、ヤバいぞ。俺......健全な男子である俺にそれはさすがにキツイ......。

対する山田先生はニコニコ笑顔で生徒に助言できた事を嬉しく思ってるのだろう。その笑顔は反論を許さないといった感じだ。

くっ! 仕方ない! このまま授業の進行を遅らせるわけにはいかんっ。

我が煩悩よ去れ! 織斑一夏、お前は今から賢者になるのだっ!

よしっ!


「じゃ、じゃあ、箒。ずれ落ちないように気を付けろ」


「ふわ、あ......」


「「「あぁぁぁーーーっ!」」」


そう告げてから箒の身体を抱っこする。瞬間、甘い香りが俺の鼻腔をくすぐる。心臓が破裂しそうな程にドキドキする。体温も上がってきてるんじゃないか、俺。

しかも俺を想ってくれてる相手だ。意識しないわけがない。

くっ! 我が煩悩よ去れ!

俺は賢者、俺は賢者、俺は賢者、俺は賢者、俺は賢者。

腕の中の箒は幸せそうな笑顔をしており、一瞬ドキッとしてしまった。

くそ、可愛いじゃないか......。

誤魔化すように視線を巡らせてみると、セシリアと鈴の色を無くした、レイプ目というやつか、その目で俺達を見ていた。しかもブツブツ何か言ってるようだ......。


......見なかった事にしよう。


そのまま打鉄のコクピットまで箒を運ぶ。そして箒は俺の手から離れ、打鉄にさっと乗り込む。


「一夏」


「なんだ?」


「そ、その、だな。今日の昼は予定があったりするのか?」


平静を装ってはいるが、その声は何時もより僅かに高く、どこかしら不安を含んでいるように感じられた。


「いや、特にはないぞ」


「そ、そうか!」


俺が昼に何も予定がなかったのが嬉しかったのか、その表情がぱぁっと華やぐ。そして、コホンと咳払いをし、表情を戻す。


「で、では、たまには昼食を一緒に取らないか?」


「ん? あぁ、いいぜ」


俺の言葉がそんなに嬉しかったのか、箒は「そうか、そうか」とウンウン頷きながら幸せそうな表情をしてた。その様子がどうにも子供っぽくて、いつもの凛とした箒とは違った魅力が感じられる。

箒も女の子なんだな。




*◇*◇*◇*◇*◇*◇*


「聞こえたわね?」


「聞こえましたわ」


ISのコアはそれぞれが相互情報交換のためのデータ通信ネットワークを持っている。専用機を持つ一夏の声はコア・ネットワークを通して、鈴とセシリアにも箒との会話が聞かれてしまっていた。


「ふふふ、箒さん。抜け駆けはさせませんわよ」


「取り合えず、抱っこの件は別として、箒だけにいい思いはさせないわよ」


セシリア、鈴共に黒いオーラを放つその様に同じ班のクラスメイトは誰も近付けなかったという......



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