小説『織斑一夏の無限の可能性』
作者:赤鬼()

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Episode26.75:未だに主人公の出番はない......(笑)―さらにおまけ―






*◇*◇*◇*◇*◇*◇*


月末に学年別トーナメント開催を控えたある日の放課後、学生寮のとある一室で、一人の少女が作業にいそしんでいた。最新式の空間投影式のキーボードを自在に操り、次々にデータを処理していく。

長方形のレンズの眼鏡の奥の瞳はどこか虚ろ気で、ディスプレイに映し出されるデータを見詰めるその様はどこか人を寄せ付けない雰囲気を発している。

少女の名前は更識簪(さらしきかんざし)。1年4組の専用機持ちであり、日本代表候補生である。

彼女が取り組んでいるのは自身に与えられた専用IS〈打鉄弐式〉の組み立てである。

本来、ISの製造は企業が行うものであるが、彼女の場合、製造元である倉持技研が世界で一人だけのIS操縦者である織斑一夏の専用IS〈白式〉の開発を優先させた所為で彼女の専用IS〈打鉄弐式〉の開発は滞ってしまった。

つまり、専用機持ちにも関わらず、現在まで専用機がないのである。

その事もあって、彼女は織斑一夏に対して、いい感情は持っていない。寧ろ恨んでいるくらいである。

そして少女が一人で専用ISを用意するもう一つの要因として、彼女の姉、更識楯無(さらしきたてなし)の存在があった。

彼女の姉はIS学園の2年生であり、生徒会長でもある。そして学園唯一の代表IS操縦者である。

姉は昔から優秀だった。幼い頃から姉の背を見ながら生きてきた。勉学、武道はもちろんのこと、IS作成までやってのけてしまった。

そんな姉を周囲は褒め称えた。何をしても優秀な姉、そんな姉の周りには人が集まっていく。

姉を陽とすれば、少女は陰のような存在。

更識楯無という燦然と光り輝くものが周りにいれば、その光は身近なものに色濃い影を作り出した。

更識簪の周りには、姉の光によっていつも影ができていた。

更識簪という名を覆い隠す、”更識楯無の妹”という影が―――。

だから少女はその強い劣等感を消したいがために自身のISを独力で開発しようとしていた。

誰の手も借りずに―――。

たった一人で―――。




【簪side】


―――私は、一人でもやれる。

これまで誰も”更識簪”という私を見てくれなかった。

いつも遥か先をいく姉に追い付こうとして必死に努力しても、這いつくばっても諦めずに進んでも、誰も私を、”更識簪”という私を見てくれなかった。


―――流石は楯無さんの妹ね―――


かけられる言葉はそんな言葉ばかり。誰もが私を、”更識楯無の妹”として見ていた。

どれだけ努力しても、日本代表候補生になった今も、いつまで経っても私はあの人の妹という付属品としてだけしか見られなかった。

それがこの先も続いていく、そう思うと悔しくて堪らなかった。

ただ、私は褒め称えてほしかったわけじゃない、ただ私を、私という存在を周囲に認めさせたかった。

そんな時である。自身のISの開発が遅れていると聞いたのは。

チャンスだ、と思った。

姉が自身のISを開発したように、私も自分の手でISを完成させれば、私を認めさせられるかもしれない―――そう思ったのだ。

だから製造元である倉持技研に問い合わせ、自身のIS〈打鉄弐式〉を自身の手で完成させる事にしたのだ。

ISを自身の手で組み上げる―――言葉にするのは簡単だが、実際に成し遂げるのは難しい事だ。

それでも私は諦めたくなかった。


―――これを成し遂げて、私は漸く”更識簪”になれる。


私は姉のような天才ではない。でも、いつまでも”更識楯無の妹”としてしか見られない現実に耐えられなかった。だから、私は必死に〈打鉄弐式〉を一人で完成させる。

”更識簪”としての存在を確立させるために―――。

私は高速で流れるデータの羅列に目を通していると、いつの間にやら、外の景色はすでに暗闇に包まれていた。

集中していると時間が経つのは本当に早い。作業を始めたのは3時くらいだったのに、既に窓から覗く外の景色は暗闇に包まれていたのだ。

ふと机の片隅に置かれた時計に視線を向けると、時計の針は8時を指していた。

晩御飯どうしようかな......そう思っていると、ドアがコンコンとノックされた。


「誰?」


「かんちゃーん、入ってもいい〜?」


この間延びした声は布仏本音だ。私の幼馴染であり、私専属の付き人である。どうせ、この子も姉の差し金で私に近付いているに過ぎない。だから普段は突き放した態度を取り、遠ざけようとしているのだが、凝りもせず毎日のように私につきまとっている。

最近では、一緒に月末に開催される学年別トーナメントに参加しようと誘ってくるのだ。

基本、私はまだ専用機が用意できていないという理由で今回のトーナメントに出場する気はない、と彼女の誘いを断っているのだが、彼女はどうやらまだ諦めていないらしい。


―――今日こそ、はっきりと断ろう。


そう思い、彼女が部屋に入るのを了承する。


「......どうぞ」


私の声に反応して、部屋に入ってくる布仏本音。彼女はもう既に制服からいつのもの着ぐるみに着替えている。

いつも思うが、ふざけた格好だ。しかし、こんなふざけた格好をしている彼女だが、実は巨乳だ。着ぐるみの上からでもふっくらとした胸の膨らみを見ると、自身の胸の貧弱さに劣等感を感じる。

今、目の前にいる彼女にしても、姉や姉に付き従っている彼女の姉、布仏虚(のほとけうつほ)も皆、巨乳である。

しかし、目の前の彼女、布仏本音はそんな事もお構いなしに私に対して、ニコニコ笑顔を振りまいてくる。


「かんちゃん、晩御飯まだでしょ? 学食でおにぎりとか買ってきたから一緒に食べよ?」


そう言って目の前におにぎりやおかず数点にお茶が差し出される。


「......ありがと」


「いえいえ、どういたしまして」


お昼から何も食べていなかったから、取り合えず受け取る事にした。私は黙々と食事を続けるが、本音は終始ニコニコしている。彼女はいつもこのような表情をしているので何を考えているのか分からない。


「ところでトーナメントの件、考えてくれたかな?」


まだ本音は諦めていなかったらしい。私にトーナメント参加を促してくる。


「まだISが完成してないから無理......」


「でもでも〜、もうほとんどできてる状態でしょ〜?」


そう、本音が言うように〈打鉄弐式〉は既にほぼ組み上がっている状態だ。

従来の安定した性能を誇る防御型である打鉄と違い、機動性を重視した仕様に組み上げられており、スカートアーマーは機動性を重視した独立ウィングスカートに換装され、腕部装甲もよりスマートなラインへと変化していて、格闘戦における運動性を活かす構造になっている。

肩部ユニットはシールドではなく、大型のウィングスラスターが一つに、小型の補佐ジェットブースターが前後2基搭載する事により、第三世代にも劣らぬ機体速度を有している。

装備面においても、八連装ミサイルポッド〈山嵐〉、速射荷電粒子砲〈春雷〉が2門、近接武装として対複合装甲用超振動薙刀〈夢現〉とリヴァイヴの汎用性を参考に全距離対応型に組み上げられている。

ただ、ほとんど一人で仕上げた為に調整が未だに甘く、まだまだ改良の余地がある。


「それなら〜、私が手伝って―――」


「いい」


本音が手伝いを申し出る前に私はその言葉を遮った。

本音の手を借りたくない。

これは私一人が成し遂げる事が重要なのだ。


「そっか......」


断られたのがショックだったのか、目に見えて肩を落とす本音に悪い気がするが、このISは自分一人だけの力で組み上げたかった。それだけは譲れない。


「これは私一人だけで成し遂げたいの。だから、ごめんなさい」


「ううん、気にしないで〜」


「......でも、どうして毎日のように私にトーナメント参加を促してくるの? 私は断ったはず」


そう、本音は毎日のようにトーナメント参加を私に促してくるのだ。何度も断っているのに、毎日毎日、私にトーナメント参加の話を持ち掛けてくる。


「うん、かんちゃんの存在を〜、認めさせるチャンスなんだもん〜」


本音の言った言葉が一瞬、理解できなかった。


「かんちゃん、ずっと〜悩んでるみたいだけど〜、私にとって〜、かんちゃんは〜かんちゃんだから。生徒会長の妹かもしれないけど〜、更識簪は更識簪。だから今度のトーナメントで〜、かんちゃんが〜ここまでやれるんだって〜、皆にも証明したいの〜」


物心つく頃から一緒だった本音。

でも、私にとって本音は布仏家の次女で代々更識家に使えている家系の出。だから姉の差し金で私に付きまとっているものだと思っていた。

でも、本音は私の悩みを、誰にも言えなかった私の陰を、理解していた。


「かんちゃん〜、トーナメントに出ようよ〜。で、皆をあっと言わしちゃおう?」


目の前にはニコニコ笑顔を振りまいてくる本音が私の手を取る。

その笑顔に私はもう観念するしかなかった。

確かに本音が言うように今回のトーナメント出場は、”更識簪”としての存在を周囲に認めさせるいい機会かもしれない。

トーナメントは月末だ。それまでに〈打鉄弐式〉の調整は終わらせられる。


「......分かった。出る」


「おぉー、じゃあ、一緒に優勝目指して頑張ろうね〜」




*◇*◇*◇*◇*◇*◇*


「全学年、トーナメント出場者が決定しました」


『生徒会室』とプレートを掲げられた扉の奥、薄暗い部屋の中で三人の女がテーブルを囲んでいる。二人が席に着き、中央の一人は立っていた。

テーブルの上には出場者の資料が置かれている。その内の二枚の資料を中央に立つ少女が手に取る。


「織斑一夏に、更識簪......あの子も出場するのね」


「はい、簪お嬢様の専用機もほぼ完成しているそうです」


「そう......」


窓の外を眺めながら席に着く一人の少女からの報告を聞いていた中央に立つ少女は、くるりと身を翻す。


「ふふふ、今年の学年別トーナメントは面白い事になりそうね」


振り返った少女の笑みを浮かべる。冷徹なる女王のように、見るものを魅了して止まない、そんな笑みを浮かべていた。

その笑みを見た二人の少女は心の中である事を思っていた。


―――また生徒会長の悪い癖が出た、と。


二人の少女の前に立つ生徒会長、更識楯無は裏工作を実行する暗部に対する対暗部用暗部「更識家」の十七代目当主であり、明瞭快活で文武両道。さらにはIS学園の生徒でありながら自由国籍権を持ち、在学生で唯一の現役の代表者である。

肉弾戦・IS戦の双方ともに自他共に認める学園最強の存在なのだ。

そんな完璧超人のような更識楯無だが、困った事に容赦なく他者を振り回しつつ飄々とした言動で周囲の人間を自分のペースに引き込むという悪い癖を持っている。

この悪い癖がなければ、完璧なのに―――と思う二人だが、決して口には出さない。

何故なら口にしたら最後―――、めんどくさい展開になるからだ。

二人は確信する。

今年の学年別トーナメントはひどい事になる、と―――。


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