小説『聖女ドラゴンヴァルキリー』
作者:BALU−R(スクエニVS俺)

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第三話
黒い復讐者

志穂は警察署を後にして迷っていた。
父親は生きている…
しかし、手掛かりはない…
それ以上に一度どこかで落ち着きたかった。
疲れを知らない体だが、心は疲れていた。
どこかで誰かに相談したい…そんな欲求にも駆られた。
相談できる相手…
親戚もなく、人づきあいが下手なため友達が少ない彼女であった。
(…ともちゃん?)
親友の名前が思いついた。
自慢の茶髪が腰までくる長さの女の子。
ちょっとエッチだけど(そういえば小さい頃にやたらとスカートをめくってくるから履かなくなったんだっけ。)明るく友達の多いともちゃん。
正反対な性格だが、2人とも片親だったためか気があった。
(それに、ともちゃんのおばさん…)
ともちゃんは小さい頃父親を事故で亡くし母子家庭だった。
母親を知らない志穂の事情を知ってか知らずか遊びに行くと色々と構ってくれた。
(後は、コーチ…)
田鍋 千枝(たなべ ちえ)26歳の女性。
冒頭に登場した陸上クラブのコーチである。
本業は教師ではなく喫茶店を経営している。
(ここからならコーチの喫茶店が近いな…)
「今度遊びに来てよねっ!」と言われ教えてもらった住所を思い出す。
一刻も早く誰かと話したい志穂はコーチの喫茶店に向かった。
この選択が自分と親友の運命を決める事になるとは知らずに…

コーチが経営する喫茶店「鳥羽兎」についた。
店の外観は兎、兎、兎…兎のキャラクターだらけだった。
(…コーチのイメージと違う。)
練習中は鬼と呼ばれ、練習後は帰りに甘いものをおごってくれる…
そんなまじめなイメージが揺らいだ。
ガチャっとドアが開き、中から箒を持った店員が出てくる。
…うさ耳バンドを装備したメイドだ。
(店、間違えたのかな。)
うさ耳メイドがこちらに気付き言った。
「ごめんね、もう閉店なの。」
「あの、コーチ…」
と思わず志穂は言ってしまった。
「ああ!店長のクラブの子ね!店長ぉ〜クラブの子が来ていますよ〜。」
パタパタと走る音がしてコーチが出てきた。
店長と呼ばれたコーチもうさ耳であった…
志穂の中のコーチ像が音を立てて崩れた。
「田合剣!?ねぇ、一体何があったの?学校には無断欠席しているって言われたし…」
コーチのその言葉で志穂は我に返った。
「とにかく話を…あっ、ルリちゃん掃除終わったらそのまま帰ってもいいわよ。ねっ、今日はミーティングなしね。」
「はーい。」
と答えるとうさ耳メイドは玄関の掃除をはじめた。

志穂はコーチにこれまで起きた事を説明した。
しかし、自分の体の事だけは話せなかった。
魔女からうまく逃げ出した、という事にした。
「大変だったね…」
自分で淹れたコーヒーを口にしながらコーチは言った。
「信じてくれるのですか?」
「実を言うとねっ、魔女が起こしたと思える人知を超えた事件の事は知っていたの。」
えっと驚く志穂にコーチは続けて言った。
「さっき店先にいた子とは別のバイトのからなんだけど…田鶴木 香矢(たずき かや)ちゃんって言うんだけど、彼女がインターネットでそういう事件調べていてね。よく、教えてくれるの。「これは人間には無理っスよ〜」ってねっ。最初は半信半疑だったけど、持ってくる事件がどれもリアルでねぇ。ねっ、おまけに真面目なあなたの話でしょ?これは信じるしかないかなーと。」
「ありがとうございます!」
(やっぱりこの人に相談してよかった…)
志穂は安心した。
コーチは聞いた。
「ねっ、これからどうするの?」
「お父さんを探します。」
「ねっ、手掛かりはあるの?」
なかった。
しかし…
(今、インターネットで事件を調べているって…)
志穂は聞いた。
「あの、かやちゃんって子を紹介してもらえますか!?魔女の事件を調べればお父さんの行方も…」
「まぁまぁ、落ち着きなさいな。ねっ?今夜はもう遅いし。田合剣、泊るところは?」
自宅は空き家と化していた。
沈んだ顔を見せた志穂にコーチは言った。
「どうせ、明日になれば香矢ちゃんも店に来るんだし。泊って行きな、ねっ?」
志穂の体は食事も睡眠も必要ないし、汗をかかないから入浴の必要もないから泊る必要はないのだが言った。
「では、お言葉に甘えさせていただきます。」
その後、落とす垢もないのに入浴し、摂る必要のない食事をし、布団に入って寝たフリをするのであった。
(人間のフリをするロボット。かな。私…)
かつて人間であった魔女は思った。

翌日。
香矢のシフトは夕方…一番最後であった。
そのため志穂は店内で漫画を読みながら待っていた。
(しかし、うさ耳メイドカフェの割には…思ったより客層は普通なのね。)
たまに女性客が店員に「可愛い〜」とか言うぐらいで、みんな普通に食事や雑談をして帰って行った。
客足がなくなり店内がガラっとしたあたりで香矢のシフトの時間になった。
しかし、香矢は来なかった。
「まぁ、サボる子じゃないけど遅刻は多いからねっ?いない間は店長がなんとかしとくよ。」
と言い、コーチは他の店員を帰らせた。
この時間は客が少ないから店員は1人で良いらしい。
志穂は嫌な予感がしてきた。
「あの…香矢さんってどこから通ってるんですか?」
「ん?確か学校から直接こっちにきてるはずだけどねっ?」
学校の住所と香矢の容姿を聞くと「ちょっと探してきます。」と言い残し、鳥羽兎を後にした。
走りながら志穂の脳裏をよぎったのは。
魔女事件を追って行方不明になったお父さん。
口封じに殺されたお父さんの同僚。
そして、香矢さんは魔女事件の事を調べている。
(まさか、まさか…)
香矢の学校に向かう道の途中で声をかけられた。
「うぉーい、そこ行く素敵なお譲さん。ちょっち助けてくれんかね?」
声の方を向くとポニテールの女子高生がどぶにはまっていた。
志穂は聞いた。
「…何やっているのですか。」
「いやね、この狭い道をトラックがやってきたんでね華麗に避けたはずがザブンですよ。どぶの蓋が開いてるなんてお天道様だって思いもよるまい。いやはや、お尻が大きいのも考え物だね〜。」
(何言っているのこの人…)
おっさんのような口調をしながら香矢は続けて言った。
「時に少女よ、そんなに急いでどうしたのかね?」
「…私には志穂って名前があります。いや、それよりも香矢さん、あなたを探していたのです。」
「およよ、もしやあちきに一目惚れ?」
「何でそうなるのですか!…魔女事件の事を調べているってコーチ…鳥羽兎の店長に聞いて。」
それを聞いて香矢はニヤリと不敵に笑い言った。
「お譲…じゃなくて志穂さんでしたね。とっておきの最新情報、ありますよ〜。名付けてメイド喫茶襲撃事件!!」
ギクリと志穂はした。
香矢は志穂の表情に気付かずに続けて言った。
「何とみんなの憩いの場、メイド喫茶の店長さんが殺される事件が最近多発しているようなのです!しかもこの近くで!まぁ、新聞には「メイド喫茶の店長が〜」なんて書きませんが。」
「ちょっと待って!それじゃコーチも狙われているのでは…」
「むー、うちはバニーメイド喫茶だから関係ないんでない?」
その言葉を最後まで聞く前に志穂は店に引き返して走っていた。
「ちょちょちょ!あちきは!!」
どぶにはまった女子高生をそのままにして。

店に入ると皿の割れる音がした。
「化け物!どこから入ったんだよ!!」
コーチの怒号が響いた。
「カサカサ…めいどキッサなんてあるからワタシにカレシができないのよ。めいどなんてホロべばいい。」
コーチはゴキブリの化け物に襲われていた。
「あっ、田合剣!逃げなさい!!」
コーチは志穂に気付いて叫んだ。
「コーチこそ逃げてください!!」
志穂はコーチをかばうように前に立った。
「カサカサ…ジャマしないでよ。」
「止めて!こんな事をしたって彼氏なんかできないよ!」
「カサカサ…それはもういいの。だって、」
表情はないがニヤリと笑った気がした。
「ニンゲンコロすのタノしいもん。」
魔女の体が志穂に覆いかぶさってきた。
志穂はコーチを抱きかかえてそれを避けた。
「カサ!?…」
驚くゴキブリ魔女に志穂は言った。
「全ては良心を失う脳改造が悪いのかもしれない。でも…」
志穂は胸の十字架をブチンともぎ取った
「あなたのした事は許せない!!」
途端に十字架と志穂の体が光り輝いた。
志穂は赤い戦う姿に再びなる。
「田合剣!?」
コーチは驚き声をあげるが志穂は振り向かないで言った。
「コーチ、下がっていてください。炎は自分の体のように操れるから巻き込んだりはしないと思うけど…」
志穂は剣を構えた。
剣先から炎が噴き出し、ゴキブリ魔女を包み込む。
「カサカサ…!カサカサ…!」
ゴキブリ魔女は消し炭になった。
コーチの視界に残るのは志穂のみ。
「田合剣…お前…」
志穂は元の姿に戻り店を出て行こうとした。
「待ちなさい、田合剣!」
「見たでしょコーチ!私はもう人間じゃないのです…あいつらと同じ…化け物なのですよ!!」
コーチは、はっとさっきの言葉を思い出す。
「化け物!どこから入ったんだよ!!」
志穂に向けて言った言葉ではないが…
それは志穂の事も指した言葉であった。
「待ちなさい、田合剣。ねっ?」
再びコーチは言った。
今度は静かに。
「あなた、今泣いているでしょ。」
志穂はコーチの方を振り向いた。
「コーチ、私はもう涙を流せない体なのですよ。泣くわけないですよ。」
と言ったがコーチは頭をブンブンと振り言った。
「でも、泣いている。」
コーチは志穂の顔をじっと見た。
「行き先のない迷子の顔をしている。」
そして言った。
「ここにいなさい。ねっ。」
志穂は嬉しかったが…やはり泣けなかった。
そんな志穂を見てコーチが泣いた。
まるで代わりに泣くように。

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