小説『聖女ドラゴンヴァルキリー』
作者:BALU−R(スクエニVS俺)

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第五話
悲しみの青き聖女

今日も今日とて喫茶店「鳥羽兎」のお手伝いをする志穂。
(お客さん、いないけどね…)
一緒に働いているアルバイトのルリという子があくびをしながら呟いた。
「掃除もやったし、食材のチェックも終わったし…早くお客さんでもこないかなー。」
とそこで、奥にいたコーチが出てきて言った。
「ねっ、田合剣?ルリちゃん?新しいメニューが出来たのだけどどう?」
志穂は聞いた。
「どんなのですか?」
「最近、辛いの流行っているじゃない?だからねっ、ハンバーグにラー油を入れてみたんだけど。」
ルリがため息をつく。
「拒否権はないんでしょうね…」
コーチは胸をはって言った。
「もちろんねっ!」
「だったら、どう?とか聞かないでください。」
志穂がツッコミを入れる。
二人はまず、一口食べてみる。
「っつ、辛〜!」
ルリ叫んでが席を立つ。
志穂は黙々と食べ続ける。
コーチはそんな志穂に聞いた。
「人を選ぶのかなぁ…ねぇ、志穂は美味しい?」
「不味いです。辛いだけです。お客さんには出さない方がいいです。」
そこへ勢いよく扉が開いて香矢が店に入ってきて騒いだ。
「ビッグニュース!ビッグニューっス!あ、おあようございます!」
「静かに入ってきなさいよねっ。」
コーチがジロリと睨んで言った。
「およよ、何っスかこの空気は?それよりも志穂さん、大変なことっスよこれは!」
トイレからルリが出てきて香矢に気付いて言った。
「あっ、もう香矢と交代の時間なの?じゃあ、あがりますね」
「ルリっち、お疲れっス!」
「お疲れ。そのハンバーグ、香矢が食べておいてね。」
ルリはそそくさと出ていった。
「おぉ、ルリっちのおごりっスか?では遠慮なくモグモグ…って辛ぁっ!」
「あ〜もう、早く本題に入るねっ!」
コーチが痺れを切らして言った。
「いや、その前にトイレ行くついでに着替えてきなさい!ねっ!!」
「ヒーヒー、いってきまっス!」
香矢もトイレに駆け込んでいった。
ふと見ると志穂はまだハンバーグをモグモグと食べていた。
コーチは再び聞いた。
「…ねぇ、それ気にいった?」
「全然です。」

「…ねぇ、それでビッグニュースって?」
戻ってきた香矢にコーチが問いかける。
「むぁだ、口の中がヒリヒリと…そうそう!志穂さんの事がネットの一部で噂になってるんっスよ!!」
志穂は顔をしかめて言った。
「…えぇー。」
「あり、あんまり嬉しくなさそうっスね、志穂さん。」
「…そりゃあ、噂にはなりたくないよねぇ?」
コーチも顔をしかめる。
「いやいやいあ、イイ意味でっスよ?」
とノートパソコンを見せる。
そこには
魔女からの人類の救世主?
とか
僕らのヒロイン!
とかそういうコメントが並んでいた。
香矢が嬉しそうに言った。
「いやあ、こないだの事件で逃げ延びた人たちがネットに書いたのがきっかけなんでしょうけど…それを見た魔女事件に興味がある人達が都市伝説に…あっイイ意味でっスよ?しちゃったみたいで。ほら、ファンサイトまで出来てるんっスよ?」
香矢が他のページを開く。
チラっとお気に入りに「えろ」とかいうフォルダが見えたが志穂は見なかった事にした。
開いたページは
聖女ドラゴンヴァルキリーを応援するページ
というタイトルだった。
聞きなれない単語に香矢が説明を始めた。
「あっ、聖女ドラゴンヴァルキリーってのはネットで定着した志穂さんの通り名っスね。」
コーチも身を乗り出して聞いた。
「ヴァルキリーってのは、戦乙女って意味でしょ。ドラゴンていうのはどこから来たんだねっ?」
「あぁ、志穂さんが戦う時に羽根と尻尾が生えてくるっしょ?シルエットにするとアニメとかに出てくるドラゴンみたいになるそっスよ。こないだの事件の時の洞窟暗かったから、炎で照らされた影の方が印象に残ったんじゃないっスか?」
志穂は香矢にわからいようにため息をついて聞いた。
「…この聖女っていうのは何ですか?」
「魔女の対義語みたいなもんじゃないっスか?」
もう一度ため息をつく。
(本当は、魔女と同じ存在なのに…)
そんな志穂の様子に気付かずに香矢が言った。
「いやー、これで志穂さんもメジャーデビューっスね!あっ、これからはドラゴンヴァルキリーさんって呼んだ方がいいっスか?」
「…好きにしてください。」
「いや、そこは否定してくださいよ〜、正体が一般ピーポーにもばれちゃうっスよ!ヒロインのお約束っスよ!!」
いつの間にかコーヒーを淹れていたコーチが二人にそれを出し言った。
「まぁ、あんまり正体はバレない方がいいかもねっ。それで他の魔女に目をつけられるのもねぇ…」
(確かに、コーチや香矢さんの身にも危険が及ぶかも…)
志穂の心配をよそに、香矢が唐突に話題を変えた。
「そういや、また魔女事件っぽいのを見つけたんっスけど…」
「こないだの蟻地獄村みたいに魔女の罠じゃないでしょうねぇ?」
「いや、今度はそんなんじゃないっスよ!…多分。しかもこの近くで起きてるんっすよ。」
「この辺て結構危ない地域なのねぇ…」
「そういやー、この喫茶店も狙われましたっスね。あっ、志穂さんがさらわれたり警察の汚職なんかも入れたらもっとか。」
「皮肉で言ったの!ねぇ、そう同じ街ばかり事件が起きるわけないでしょ!?」
「案外、この近くに悪の秘密組織があるとか…」
「ねぇ、自分の基地の近くでばかり事件を起こす組織があるか!」
「あっ、その発想はなかったっス」
「…話を続けてください。」
志穂がコーチと香矢の漫才に突っ込む。
「そうそう、1か月に一回、15日になると深夜にこの辺を歩いている女性が1人、必ず神隠しにあってるんスよ。」
「15日に必ずですか?」
「そ。でも、警察はガン無視。魔女っぽでしょ?」
毎月、人が行方不明になるのに警察が無視…
しかも、この辺の警察は内部に魔女がいる…
これは信憑性が高い?
志穂は言った。
「調べてみましょう。」
カレンダーを見ると今日は15日だった。

「…一人で良かったのですけど。」
志穂はコーチと香矢の3人で深夜の街を歩いていた。
コーチが言った。
「ねぇ、未成年者だけで夜の街を歩かせるのは危ないでしょ?」
「…私は普通の人間じゃありません。コーチ達の方が危ないですよ。」
「そりゃあ本当はねっ。でも、見た目は小学五年生でしょう?警察とかに補導されないためには保護者の付き添いが必要でしょう?」
「…それはまぁ…」
「っても、これが魔女事件なら警察はいないはずっスけどね。」
香矢が余計な事を言うのでコーチに睨まれる。
その手にはデジカメがあるのに志穂が気付いて言った。
「…香矢さん、そのデジカメで何を撮るつもりですか?」
「いやー、ドラゴンヴァルキリー様の雄姿を記録に残さないといけないと思って…」
「別にいいですけど…変な事に使わないでくださいよ?」
「変な事って…ウヒヒヒ…」
「焼きますよ?」
「ヒっ!?志穂さんがそれ言うと洒落に聞こえないっスよ!?」
「もう、夜遅いんだから少し静かにしなさいよねっ?近所迷惑でしょ。」
コーチが香矢をたしなめる。
ふと遠くで女性がうずくまっていた。
「ちょっと見てくるねっ?」
コーチが駆け寄る。
「ねぇ、大丈夫ですか?」
相手の女性…中年ぐらいだろうか?少し震えながら口を動かした。
「カ…」
「カ?」
「カラダ…アタラしいカラダがホしい!」
女性の体から草が生えてきた。
その先端には顔のようなものがあった。
「おマエのカラダをヨこせ!」
草がコーチの体めがけてせまってきた。
瞬間。
ガキン!
いつの間にか変身していた志穂の剣が草の魔女からコーチを守った。
「ちょ、魔女っ子の最大の見せ場である変身シーンを誰も見てないところでさりげなくやらないでくださいっスよ!!」
香矢がデジカメ片手にギャーギャー騒ぐ。
「おマエ、ナニモノ?」
草に取りつかれた人間の体が起こされていく。
「犬魔女を倒したのもお前か?」
人間の体の方が口を開く。
どうやら人間の体の方で喋れば流暢な日本語になるようだ。
(それよりも…)
その顔には見覚えがあった。
志穂の家の…
隣の家の…
ずっと住んでいるはずなのに知らないおばさん。
その人だった。
志穂は言った。
「やっぱり、あなたも魔女だったのね。」
「!私を知っているのか!?」
相手は志穂の事に気付いていないようだ。
そして相手の魔女は叫んだ。
「まさか!犬魔女はお前が倒したのか!!」
「ええ、そうよ…あなたに追い返された後にね…」
「くっ、お前が犬魔女を倒したりするから、私は自分の力で新しい宿主を探さなければならなくなったんだぞ!どうしてくれる!!」
「もう、そんな事やめなさい!」
志穂が剣を構える。
「トチュトチュトチュ!?」
思わず、背中の草が唸る。
だが、志穂は剣を降ろした。
(宿主!?それじゃ、この体の部分は普通の人間って事!?)
その動きを魔女は見逃さなかった。
そして人間の体が口を開いた。
「む!?もしや人間は攻撃できないのか!?ドラゴンヴァルキリー、恐れるに足らず!」
持っていたバッグに隠していた警棒を取り出して魔女は言った。
「この警棒には電気が通っている…機械の体であるお前は電気に弱いはずだ!!」
どうやら、相手が自分と同じ存在である事に気付いたようだ。
ブンブン警棒を振り回しながら近づいてくる。
香矢とコーチが言った。
「まずいっスよー。正義の味方ゆえの弱点っスよ!」
「ねぇ田合剣!その操っている草の部分だけを切り取れないか!?」
その言葉に草の部分がくわっとコーチ達の方を向き叫んだ。
「そんなコトをしてみろ!こいつはシぬんだぞ!!」
(何か…何か手はないの!?)
後ずさりながら考えていると背中にコツンと何かが当たった。
壁だ。
「終わりだ。」
「オわりだ。」
魔女の人間の体と草の部分が同時に喋った。
しかし、警棒を振り回す腕がピタっと止まった。
「トチュトチュ…」
何か苦しんでいるようだ。
「ジカンギレだ…しかし、ドラゴンヴァルキリーのジャクテンはワかった!ツギはコロす!!」
草型の魔女は逃げて行った。
香矢とコーチが志穂に駆け寄ってきて言った。
「いや〜、逃げ足が速いのも悪役のお約束っスね〜。」
「ねぇ、大丈夫か田合剣?」
志穂はうなずいて言った。
「はい、コーチ。それよりもあいつを追わないと…」
コーチは腕を組んで言った。
「しかしねぇ、お前あいつと戦えんだろ?」
「いいえ、あいつは時間切れと言って去って行きました。それに、最初にコーチを見たときに苦しそうに新しい体って言っていました…おそらく人間の体に寄生してその養分を吸って生きていると思うのです。」
「はー冬虫夏草みたいな奴っスね。」
香矢が変な感心をする。
志穂は続けて言った。
「多分、新しい宿主を探しに逃げたのだと思います…だからこそ、新しい宿主に乗り換える瞬間を押さえれば…」
コーチは言った。
「しかしねぇ、どこに行ったか分かるのか?」
「あいつと最初に会った場所があります。そこに行ってみます。」
「なるほど、ピンチになるとアジトに戻りたくなるのが悪役の心理っスもんね!」
香矢の言葉を聞き終わる前に志穂は、空を飛んで行った。
「でも、追いつく前に宿主見つけられたらどうするっすか?」
「その前に追いつく事を祈るしかないね…」
ドラゴンヴァルキリーの飛ぶ姿を見送りながら、そんな事を二人は話した。
(あいつと最初に会った場所…それは私のアパート…!)

志穂が以前に住んでいたアパートの前に一人の女性が立っていた。
彼女の名前は夜葉寺院 一美(やはじいん かずみ)。
以前、志穂がコーチの家に行くか彼女の家に行くか迷ったその人…
つまり、志穂の理解者である。
彼女は心配していた。
自分の娘の親友の事を。
母親を知らないその子に優しくしていたのは同情だったのかは、自分でも分からない。
(でも、あの子にも母親の愛情を知って欲しかったから…)
その子が学校に来なくなったと娘から聞いてすぐにその子の家にきた。
扉の表札は白紙…
普通に考えれば夜逃げでもしたのかもしれない。
(でも、胸騒ぎがするのよね…)
志穂はお父さんと一緒なのだろうか?
もしかしたら置いて行かれたのではないか?
帰る家をなくして困っているのではないか?
(もしも、そうなら…)
自分の家に迎えなくては。
そう思って、いなくなってからほぼ毎日ここに通っていた。
もしかしたら玄関の前で座って泣いているのではないかと思い。
(でも、今日もいないか…)
ため息をついて自分の家に戻ろうと思った時に。
何かが近づいてくる音が聞こえた。

志穂はかつて自分が住んでいた家に着いた。
(人気のないのが幸いかな…)
あの事件以来、何故かこの辺から人はいなくなってしまった。
まぁ、魔女達が自分の住処にするために何かしたのだろう。
しかし、誰かがいた。
その姿に見覚えがあった。
「…ともちゃんのおばさん!」
その懐かしい姿に嬉しくなった志穂は変身を解き、駆け寄った。
近くまでくるとその足元に巨大な干物のようなものがあった。
魚ではなく、人間の…
(…まさか。)
最悪の予感がする。
「…運が良かった。」
ともちゃんのおばさんは喋りだした。
「逃げるのに必死で自分のねぐらまで来たのはいいが、ここには人間なんていないんだった。しかし、こいつはここにいた。何故かは知らないが。」
その背中から先ほどの冬虫夏草魔女が顔を出す。
志穂は呟いた。
「そんな、おばさん…」
その言葉におばさんはニヤリと笑い言った。
「ほう、この人間はお前の知り合いか。これは好都合。」
そして前の宿主が握っていた電気警棒を取り出して言った。
「犬魔女のかたき…は別にどうでも良いが、あいつがいなくなったおかげで宿主探しに苦労をしている。その恨みぐらいは晴らさせてもらうぞ。」
先ほどのように警棒を振り回してくる。
親友の母親の姿で。
志穂は言った。
「やめて…おばさん…」
「攻撃できまい?変身できまい?だってこの体はおばさんだもんな!!」
無抵抗の志穂は警棒でぶたれ、その衝撃で吹き飛ばされた。
機械の体は電気に弱い…
その言葉通り、志穂の体にはダメージがあった。
冬虫夏草魔女はおばさんの体で喋り続けた。
「さぁて、バラバラにしてやろうか?ここでつぶしておけば我ら魔女を脅かすものはあらわれまい。…いや、新しい宿主にするのもいいかもな。最も、魔女を宿主にするのは試した事ないから出来ないかもしれんがな!」
「…やめて…おばさん…」
(志穂ちゃん)
はっと志穂は顔を上げる。
しかし、目の前にいるのは邪悪に笑い背中に魔女を乗せたおばさんだけだった。
(志穂ちゃん)
また聞こえた。間違いない。
「おばさん?無事なの?」
その言葉に冬虫夏草魔女は言った。
「無事なわけねぇだろ!こいつはもう私の操り人形なんだよ!!」
再び警棒で殴られ吹き飛ばされる志穂。
(志穂ちゃん…お願い。)
確かに聞こえる。
(殺して…)
「何を言っているの!」
「あぁ?」
誰と話してるんだという顔で冬虫夏草魔女は言った。
(これ以上、私の体で志穂ちゃんが傷つけられるところは見たくないの…お願い…)
「嫌よ!嫌々!!」
(気にしないで…私はもう死んでいると思って…分かるでしょ?もう助からないの…)
「そんなのって…ないよ…」
(お願い…こいつを…私を殺して…!)
再びせまってくる警棒をかわし、志穂はおばさんの体に蹴りを入れた。
「ぐぇ!?」
よろめく魔女。
「何をする?」
「分かったよ…」
志穂は十字架を握りしめて言った。
おばさんはニヤリと笑い言った。
「攻撃する気か?できるわけがない!」
「できるよ…したくないけど…できるの!!」
志穂は十字架を引き千切った。
志穂の体は金色に輝いたが、
「トチュトチュ!?」
いつもと少し違った。
十字架は柄の宝石が青いものになり
服は青く
スカートはひざぐらいの短さ
胸は平らに
なった。
「サキホドとチガうスガタだと!?」
思わず、本体の方で喋る冬虫夏草魔女。
「えぇ、そうよ…大好きな人をこの手で…そんな悲しい思いが私をこの姿にしたのよ…」
志穂は剣を構えた。
剣先から出てきたのは炎ではなく水。
水が蛇のようにおばさんと魔女の体を巻いていく。
「トチュトチュ!?ナンだこんなミズぐらい!!」
警棒ではらおうとしたが警棒は水を通り抜けるだけであった。
「無駄よ。水に物理的な攻撃は通用しないわ。」
いつの間にか後ろに回ってきた志穂が言った。
そして動けなくなった冬虫夏草魔女の体を掴み、おばさんの体から引きはがそうとした。
「!!ヤめろ!ワスれたのか!ワタシをカラダからヒきハがすとヤドヌシになったニンゲンはシぬんだぞ!いいか、このニンゲンがシぬんだぞ!!」
「だけど…」
志穂は静かに目を閉じた。
「だけど、アンタも死ぬのでしょう!?」

雨が降ってきた。
戦いが終わり、残ったのは
青き悲しみの戦士と
冬虫夏草魔女の死骸と
親友の母親の亡骸
それだけだった。

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