「悔いなき人生を」 XI
思わぬ展開となった。娘の香織が兄の結婚式へ、母の出席を交渉すると買って出た。
妻が離婚届を出した時、俺は正直なにも言えなかった。
浮気して子供まで作り、おまけに家庭を顧みない俺だ。
いつかはそんな日が来てもおかしくないと思っていた。
それは全てに置いて自分に非があると思っていたからだ。
娘に以前言われたことがある。『お父さんは女心を何も分かってないんじゃないの』と
その意味が最近になって少し分かったような気もする。
あの時『俺が悪かったこれからはお前の為に尽くしから別れないでくれ』そう云うべきだったのか?
では己自身は妻に帰って来て欲しいと望んでいるか、そう問われれば妻が出て行くときは止める資格なしと
思っていた部分と、どうして亭主が頭を下げて引き止めなければならないのか。
そんな威信と云うかプライドがあったのかも知れない。今更プライドをかなぐり捨て頭を下げるのか?
自分への葛藤があった。
八戸で会った幸造夫婦をみていて刺激になった。夫婦っていいものだな。と
それから数日後、香織から電話があった。
兄の結婚式のことで母を交えて話し合いたいとの事だった。
俺はドキリとした。心の準備が……あの時の心境と似ている。妻へプロポーズをした時のことだ。
あの時ばかりヒヤヒヤしたものだ。断れられる可能性が60%と思っていたから本当に嬉しかった。
なのに一旦自分の妻へ納まってしまえば、釣った魚に餌はいらないとばかりに生きていた俺だ。
なんて傲慢で自己中心的な自分だったのだろう。
約束の日が来た。俺はいつになく早く起きた。
いつもの通りトーストにサラダと珈琲で朝食を済ませた。
その時、娘から電話が入った。
「ああ、お父さん。時間大丈夫? それでね落ち合う場所が変更になったのメモして」
なんと変更になった場所は、忘れもしない妻にプロポーズしたレストランだった。
変更されたレスランに着いたのは約束時間の5分前だった。
仕事柄かサラリーマンに取って時間を守る事が何よりも大事なことだった。
時間厳守そんな習性が今も変わっていない。
レストランを見渡しと既に香織と、久し振りに見る妻が席に座っていた。
妙な気分だ。見合い経験はないがそんな気分だった。ならば差し詰め娘が仲人といった処か?
娘は俺を見ると手を振った。妻はやや下を向き、俺に気づかないような素振りに見えた。
「はい、お父さん座って」
まさに娘が仲介人だ。二人だけにしたら何時間も言葉を交わさないのでないかと重苦しい雰囲気だ。
娘は自分の口元に手をあて、手の平を開いたり閉じたりした。
俺に何かを言いなさいと催促しているのだ。
つづく