「悔いなき人生を」 XII
こうなると妻と俺はまるで子供だ。娘が音頭をとってくれないと何も進まない。
「:げ……げ……んきか」
それがやっとだった。
やや下を向き視線を逸らして妻に、娘が妻の袖を引っ張る。
「……はい。なんとか」
まったく会話になっていない。呆れた娘が仕方なく誘い水をくれた。
「あのね。お母さん。お兄ちゃんの結婚式何を着て行くつもり?」
娘は勝手に妻の出席を決めてしまった。妻は『そ、そうね。香織と一緒に決めるわ』と言った。
「あ! それとね。二週間後なんだけど双方の両親を交えて挨拶しようと言う事に決まったからね」
もう香織の独壇場だ。俺と妻の意見なんか聞きもしないで勝手に決めてしまったらしい。
妻と俺は反対する理由もなく、娘の意見に同意する事になった。更に香織は拍車を掛ける。
「そうそう、お母さん田舎のおばあちゃん入院しるんだよね。なんでもお父さんが見舞いに行ったそうよ」
「え! 本当なの」
「ああ、少し自分なり考える事もあって旅に出たんだ。最初は北海道に行く予定だったんだが、つい八戸の魚が
美味いのを思い出して途中下車し、魚が美味い店に入って斉藤幸造さんと云う人と意気投合してしまい、なん
と、その幸造さんの奥さんが、お前と同級生だって言うじゃないか、それで義母さんが入院していると聞き見舞い
に行った訳なんだ。前の日はお前が見せてくれた漁り火がなんとも懐かしく感動してさ……」
「そうなの。ありがとうございます。以外だったわ。貴方にそんな一面があったなんて」
娘はニヤッと笑った。やっと誘い水が流れたのを見届けると。
「ああ! 思い出した友達と約束してたんだ。じゃ後は二人宜しくね」
呆気に取られる俺達を残して香織は消えてしまった。
残された俺達は暫らく口を閉ざしていたが、折角の娘の好意を無にしてはいけないと俺は妻に語り掛けた。
「香織も立派に育ったなぁ。これもお前の教育の賜物かも知れないな」
「どうしたの貴方? そんな言葉を聞くの初めてよ」
妻はクスッと笑った。この笑顔は何年ぶりだろう。二人の間に笑顔なんて考えてみると消えていた。
「いや俺はハッキリお前に謝ったこともなかった。お前が離婚を切り出し時に何故止めなかったのか後悔も
している。ただ詫びて済む問題じゃないと割り切り過ぎたのかも知れないが」
「…………」
妻はなにも言わなかった。返事の代わり涙が零れ落ちるのが見えた。
つづく