小説『「悔いなき人生を」』
作者:ドリーム(ドリーム王国)

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 今更どう言い訳しても妻は受け入れないだろう。互いに言い分もあるだろうが、それを言い出せばキリがない。
 今はただ良く尽くしてくれたと感謝するしかない。この浅井洋輔という男に30年も我慢してくたれのだから。
 いや少なくても恋愛結婚なのだから最初からいやいや一緒に住んでいる筈もない。子供が生まれた時は
少なくても幸せであった筈だ。でも途中から妻をないがしろにした事は妻への裏切り行為であった。

 妻は何故、引き止めないのと思っているのだろうか? 女心? もしそうならそれは違う。浮気を省いても
引き止められなかったのが本当の理由だ。家に入ればただのデクの棒と同じような俺だ。妻を喜ばす術を
知らない。妻と旅行したのだって子供達が小学生の頃、三度ほどあっただけだ。たまの休みはゴルフか仕事
関係で飲みに出掛けるようなことばかり。ただそれも全部仕事がらみの付き合いなのだ。
 それによってお得意の信頼を得ると思っていた。それではプライベートの時間がないではないか?
 いつの間にか仕事が人生そのものになっていた。まさに会社に命を奉げた男だった。妻が理解出来る訳が
ないだろう。 俺が悪かった出て行かないでくれと言える訳もないのだ。

 此処に引っ越してまだ1ヶ月だ。6畳二間と5畳程度のダイニングキッチンのポロアパートで、そんな事を
考えていた。窓を開けると目の前に建築中のスカイツリーが見える。時折だが工事の音も聞こえてくる程の
距離だ。
 不思議なことに何時間でも見ていても飽きない。暇人の俺には最高の場所でもある。
 急に一人暮らしになって食事もままならない毎日だが、見かねたのか娘の香織が、たまに食事を作るに
来てくれる。その香織は過去の過ちには一切触れなかった。
 後ろめたい気持ちはあるが、親子関係が最低限は維持されているのが嬉しい。

 長男の孝之は仕事の関係で静岡に住んでいる。孝之は今年で30歳になるがまだ独身である。
 娘の香織は26歳で独身だが、二人ともしっかりしていて特に心配も要らないが俺達の離婚に関しては
とやかく言わなかったのが不思議であった。
 もしかしたら妻の早苗から、離婚について子供達と話し合っていたのかも知れない。
 つまり準備万端のうえでの離婚だったのだろうか。子供達は中立でどちらが良いとか悪いとかは言わない。
もう大人だからだろうか? 立派に育った子供達は妻の育児と教育の賜物だろう。

 しかし一日がこんなに長いとは思わなかった。会社勤めしている時は時間が足りないほど動き周っていた
ものだが、今では朝8時に起きてパンを焼いて目玉焼きを作って食べ、新聞を読むのが習慣となっている。
 目玉焼きの作り方だって娘ら教わったものだ。次はご飯の炊き方を教えてくれるとか。
 仕事人間の俺には、家庭では何も出来ない幼児と同じような今の俺が情けない。
 妻とは離婚したが課題も残されている。二人が結婚する時、母である妻はどうするのだろうか?

 自分の非を認めながらも心の奥底では未練が残っているが、妻にすがりつく様な姿は見せたくなかった。
 これも重役として勤めたプライドなのだろうか? いやもう今は無職で初老の男、プライドを捨てろともう一人
の自分が脳裏に働きかけている。
 
つづく

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