小説『「悔いなき人生を」』
作者:ドリーム(ドリーム王国)

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  「悔いなき人生を」?

 今夜の宿は八戸と決めた。何年ぶりかだが縁のある町である。
 本当は海の見える宿に泊まりたかったが、観光ガイドに載っているのは市内のビジネスホテルだった。
 特に高級ホテルというものはなく、大きなビジネスホテルが沢山あった。
 嬉しいのは料金が驚く安く、最低料金は2000円〜3000円程度で平均5000円で朝食付きが主流のようだ。。
 パソコンも一泊800円で貸してくれる。勿論夕食はないが、市内に出れば郷土料理にありつける。

 ホテルに入りシャワーを浴びてから市内に繰り出した。
 ホテルでくれた食事処のガイドブックをみて、小奇麗な店に入った。
 豊富な魚介類が沢山盛られた刺身やB級ご当地グルメ 料理で有名な(せんべい汁)を食べた。
 そんな時だ、隣の席にいる初老の男が声を掛けてきた。
 「あんたは旅行者かい? わしゃあ漁師をしているんだがどうだい魚は旨いかい」
 年の頃は俺より上に見えたが、体は漁師ならしく逞しいが、笑った顔に飾りがなく好感が持てた。
 「うーん旨いねぇ。なんと云っても新鮮味がある。それに安くてこんなに量が多い」
 「そうじゃろう、そうじゃろう。なにせ此処に収めている魚は殆ど俺と息子が獲ったもんじゃ」
 「本当ですか? そりゃあ凄い。もう長くやっているんですか」
 「まあな俺は三代目で物心がついた時には、舟の上にいたよ。最近は息子が後を継いでいるが」

 なんとも人なつこっい漁師だ。
 ついつい話が弾んで二時間も一緒に飲みながら語り合った。
 「そうかい、仕事仕事でかあちゃんに逃げられたんかい。気の毒にのう」
 「仕方がないすっよ。身から出たサビですから」
 「そんで何かい、かあちゃんがこの八戸出身だって?」
 「まぁそう言うことです」
 「まさか寄りを戻そうと思って来たとか?」
 「そんなんじゃありませんよ。つい旅の途中で昔見た漁り火を思い出しましてね」

 「漁り火かぁ、あの頃とは違ってイカはそれほど獲れなくなったが俺の所なら見れるよ」
 「ほんとですか? じゃあ家は海の近くで」
 「当たり前だんべぇ漁師が海の近くじゃなくてどうする。ハッハハ」
 すっかり意気投合した漁師こと、斉藤幸造なる男の家に明日泊まることになった。
 翌日、幸造がビズネスホテルに魚の匂いがする軽トラックで迎えに来た。
 向かった場所は町外れにある鮫町という、なんか怖い地名の場所だった。
 北の海は荒々しいく海の色は青より黒に近い色だった。

 「さあさあ入った入った遠慮はいらんぞ」
 本当に海の目の前だった。案内された家の中でも波の音が聞こえてくる。
 家族は妻と子供二人いるらしいが長男は漁師の四代目で今日は舟で漁に行ってるそうだ。
 その長男の嫁と二人の孫で6人家族だそうで、いわば幸造は半分隠居状態であった。
 幸造の妻と嫁が暖かく迎えいれてくれた。

 「どうも初めまして、昨夜知り合ったばかりで斉藤さんのお言葉に甘えてつい来てしまいました」
 「よういらしたでぇ、うちの人は陸に上がって寂しかったのか、昨夜は帰って来て貴方さまの事が気にいって
本当にご機嫌でねぇ、今朝は早く起きて。そわそわして迎えに行ったんですよ。逆に迷惑じゃないかね」
 「とんでもない。久し振りに心が通い合い、なんか昔の友達と再会した気分になりましたよ」
 「そうですかい、そりゃあよう御座いましたなす」
 
 その夜は幸造の息子を交えて鍋料理を囲み、まるで竜宮城に来たような気分になった。
 約束通り、ほろ酔い気分で幸造と妻、長男と嫁とで、真っ黒な海に浮かび上がる漁り火をみた。
 なんとも幻想的であり、そして30数年前に妻と見た光景がダブった。
 忘れていた家庭が此処にはあった。それも昨日知り合ったばかりなのに、何年も前からの友人のように
安らぐ思いがした。都会では考えられない、人なつこっさと東北人特有の心の温かさを感じた。

つづく

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