「悔いなき人生を」?
一晩で失礼するつもりだったが、幸造がもっと泊まっていってくれと引き止められた。
いくらなんでも前日に知り合って意気投合したとしても、甘え過ぎであると夕方にハ失礼するつもりだったが。
「浅井さん、いや洋輔さんと呼ばせてくれ。俺はもう少しあんたと話をしたいんだ。急ぐ旅でなかったら頼む
から暫らく泊まって行ってくれ」
両手を合わせて哀願する幸造に戸惑った。そんな夫の姿を見た幸造の妻も是非ともと頼むのだった。
「私からもお願いします。この人は浅井さんを余程気に入ったようで、この数十年見た事がないような喜び
ようで私も嬉しくて……」
妙な事になった。60才過ぎて男から惚れられた?
つい酒のせいか互いに身の上話をする羽目になった。
幸造は生まれた時から漁師の息子で育ったのは聞いている。結婚は見合いだそうだ。
幸造夫婦の話を聞くと親の言われるまま、お互いに気に入ったとか言うよりも運命だと決めたそうだ。
それでも今では家族仲良く暮らしている。まもなく3人目の孫が生まれるとかで幸せそのものだ。
その話を聞いた時に、俺は恋愛なのに別れてしまった。好き同士で一緒になったのじゃないのか?
恋愛結婚は必ずしも、幸せになるとは限らない事を思い知らされた。
「ほんでもって奥さんは八戸の何処の生まれだんべぇ」
「えっとねぇ……確か海辺で波の音が聞こえるほど近い所に家があったと思いました。かね……なんとか」
「なんでぇ奥さんの生まれ故郷も忘れたんかい、それって金浜じゃないか」
「あっそうそう、そんな名前でした」
「なんだぁすぐ隣じゃないか。ほんで旧姓はなんてぇんだい」
「野沢ですが」
すると幸造の妻が、知っているらしくびっくりした顔をした。
「もしかして下の名前は早苗さんじゃないですか」
「えっ奥さんご存知なんですか」
「高校の同級生ですよ。確か東京に出て結婚したと聞いてましたが、まさかその旦那さんだったなんて」
「本当ですか? いやあ離婚したのでは合わせる顔もありませんがね」
まったく世の中って不思議なものだ。いくら妻の地元だってこうも偶然に知り合うとは。
「まあ人はそれぞれですから誰が悪いとかじゃ……でも野沢さんとこのお婆ちゃん入院してるんですよ」
「そうなんですか、結婚当初は何かと世話になった義母ですから知らん顔も出来ないかなぁ」
すると幸造が口を挟んだ。
「なぁに離婚したって互いに憎みあって別れた訳じゃないなら、世話になった人だもの見舞いもいいんじゃない」
「まぁそうですね。暇を持て余しているし、お詫びを兼ねてお見舞いに行ってみますか」
「そうかい、なら明日一緒に行くべぇか。光江お前病院知ってるよな」
翌日、幸造夫妻と一緒に病院に向かった。
つづく