【 第2話 10歳から覚える陰陽術? 】
クラウスと木乃香の不思議な出会いから数年。
木乃香が10歳の誕生日を迎えた日の翌日。
麻帆良学園の女子寮の一室で木乃香とクラウスが向かい合って座っていた。
寮の部屋はもともと3人部屋で、木乃香の影の中に住んでいるクラウスを除くと、木乃香と同い年の|神楽坂 明日菜の二人で住んでいた。
現在もう一人の住人、明日菜は外出中で、部屋には二人しかいないので影から出てきたのだ。
「どうしたん?」
久々に影の外に出て姿を現したクラウスに木乃香が尋ねる。
「このかももう10歳だし、そろそろ話しておこうと思ってな」
「なにを?」
「このかの家系とか、現在の状況とかかな?」
「家系? 状況?」
クラウスの言葉の真意が分からずに木乃香は首を傾げた。
クラウスは困ったような、|やっぱり知らなかったのかという表情を浮かべた。
「これから先は、別のところで話すか」
「別のところ? どこか行くん?」
「ああ、魔法世界ってところで手に入れた|魔法具で【ダオライマ魔法球】と言うんだけどな」
「ダオライマ魔法球?」
「ああ、一度ダオライマ魔法球に入ればその中から24時間出る事はできないが、ダオライマ魔法球の中と今ここにいる外の時間は時の流れが違っていて、ダオライマ魔法球の一日はこの世界での一時間なんだ」
「う〜ん……、一日が二回あるって事なん?」
「そういう認識でいいよ。まあ、百聞は一見に|如かずだし、さっそく入ろうか」
クラウスは自分の影に手を入れ、木製の台座の上に乗せられた小さなソフトボールぐらいの大きさの球体を取り出して机の上に置いた。
球体の中には洋風の宮殿が建っていて、宮殿を中心に周りを水で囲うような作りをしていて、外側を透明なガラスで覆ったボトルシップのようなものだった。
「すごい作り困れとるんやな〜」
興味深そうに持上げてダオライマ魔法球を観察する木乃香。
「そろそろ入いるぞ〜」
「うんっ!」
クラウスは木乃香からダオライマ魔法球を返してもらい、木乃香がいつも使用している二段ベッドの一段目の枕もとに隠すように置き、ダオライマ魔法球にかけえていた鍵を解除し、自分と木乃香をダオライマ魔法球内へ転送した。
◆
木乃香が転送の光の後に見たものは、巨大な神殿と、周りに広がる海と青い空と太陽だった。
「すごい……」
まるでギリシア神話の中に迷い込んでしまったのかと錯覚してしまうほどの神秘的な建築物と景色に木乃香から自然と言葉が漏れた。
「すごい! ここってあのボールの中なんやろ!? あはは! さっき見たのとまったく同じやね!」
木乃香は楽しそうにはしゃぎながら神殿を観察する。
「そういや、このかは不思議とかが大好きだったな」
クラウスはやれやれと木乃香の後をついて歩き、神殿の内部を案内した。
それから三時間ほど神殿の内部を思う存分探検して疲れた木乃香と神殿の食堂でお茶飲んだ後、再び向かい合って座りあっていた。
「じゃあ、そろそろ話し始めるが……、このか、自分の家がどんな家なのか分かっているか?」
クラウスが話を切り出す。
「ウチの家って、神社とか剣術の道場とかをしてるんとちゃうん?」
「ああ、確かに神社の仕事も|神鳴流っていう剣術を教えていたりするけど、このかの家の本業は悪さをする悪霊や妖怪とかを退治する陰陽師家系なんだよ」
「陰陽師? あの映画とかで紙を飛ばしたりする。あの陰陽師なん?」
「ああ。このかの家はそういう集団の集まりの中でもかなり大きい関西呪術協会っていう組織で、このかのお父さんはその組織で一番偉いんだ」
「そうなんか……。でも、どうしていきなり話したん?」
「うん、まあ、色々と理由があるが、一番はこのかが狙われているからかな」
「ウ、ウチって狙われとるん!?」
クラウスの真剣な表情に事実だと悟って怯えだす木乃香を落ち着かせるように、クラウスは木乃香の手を握る。
「……ほんとに狙われとるん? な、なんでウチが狙われるん?」
恐る恐る尋ねる木乃香にクラウスはゆっくりと話し始めた。
「このかは関西呪術協会の一人娘だからね。このかを誘拐して無理矢理いう事をきかせて組織を自分の好きなように動かしたりしようとか考えてるんだろう」
「……ウ、ウチ……」
誰かに狙われているという恐怖に怯える木乃香の頭を撫でる。
「それにこのかを実家の西の関西から東の東京に送ったこともダメだったみたいだ」
「……じゃあ、なんでウチはここにおるん? なんで京都にいたらいかんかったん?」
「京都から麻帆良に来た理由はこのかのお父さんが、このかには魔法と関わらずに『普通』の暮らしを送って欲しかったからなんだよ」
「普通?」
不安で涙がこぼれ落ちる木乃香。
クラウスは取り出したハンカチで涙を優しく拭き取りながら優しく呟く。
「このか、社会には表と裏があって、楽しいだけではじゃなくて、悲しかったり酷い話が存在するんだ。このかのお父さんは『魔法』という普通の人生ではほとんど触れる事のないものに触れて人間の闇、悪いところとか酷いところに関わらなくするために、麻帆良学園っていう結界に守られ、護衛もたくさんいて、実家から遠い学校にこのかを通わせているんだ」
クラウスはさらに言葉を続ける。
「それにこのかには、魔法使いとしてすごい才能を秘めているようでね。その才能に嫉妬したり、魔法の世界に無理矢理引き込もうとしている人達、このかの中の大きな魔力が狙われたりしているんだよ」
「なんで……、ウチが……」
大粒の涙を流しながら体を震わせている木乃香をクラウスは抱きしめる。
優しく抱きしめて木乃香の背中を撫でる。
本当は親とかが教えた方がいいが、なにも知らずに狙われている事も、狙われている理由も知らないままというのは危険だし、可哀想だしな。
麻帆良学園にいる魔法先生とか魔法生徒とか言われる人間達が処理したと言っても、実際にここ数年で100回以上も木乃香を狙ったと思われる襲撃者や妖魔が現れているし、身近に専属の護衛も用意していないみたいだし、命に関わる状態になる前に、狙われているという意識と自衛する手段を身につけておかないと危ないからな。
幸いこの星には霊力の存在は確立されておらず、星に住む住人も主だった力は魔力で、ヴァンパイアが持つ魔力と似た力だし、このかの実家の書斎や大戦期中の魔法世界で各国の書物を読み漁り、複製本も作成しているし、今まで蓄えた知識もこの世界の魔法技術もあるから、このかに魔力の使い方を教える事が出来るからな。
知らない人間から狙われている現実を知った木乃香を抱きしめながらクラウスは今後について考えていた。
◆
木乃香がクラウスから現実を教えられてからすでに2週間が過ぎていた。
教えられてから3日ほど落ち込んでいた木乃香も今ではすっかり立ち直り、今では陰陽術の修行と魔法の修行に打ち込んでいた。
木乃香の修行は基本、木乃香の影に作った異界で行われている。
ダオライマ魔法球を使う方が練習場も広く、クラウスが完全模写した魔道書やアイテムなどが数多く存在し、一番環境が整っているのだが、一日を二日、三日と増やすのは、周りの人間より成長してしまったり、寿命が周りより少なくなったりと後々の困るので、修行は木乃香の影の中に創ったクラウスの部屋で、実技や大規模な術の練習を行う場合のみダオライマ魔法球を使用していた。
そして現在、ダオライマの神殿で木乃香に陰陽術師の護衛式紙、前衛を務める善鬼(前鬼)と護鬼(後鬼)の契約の仕方を教え、実際に契約しようという事になったのだが、木乃香がなかなか契約を始めようとしない。
「なあ、お兄ちゃん」
「どうした?」
木乃香に呼ばれて近づく。
「善鬼と護鬼って一生もんのパートナーなんやろ?」
契約用の用紙を指で弄りながら上目使いで木乃香が尋ねてきた。
「そうだ。善鬼と護鬼は一生付き添うパートナーだからきちんと相手を選んで決めないといけないんだ」
「そんならなぁ……、お兄ちゃんにウチのパートナーになって欲しいんよ……」
もじもじと呟く木乃香。
「パートナーかぁ……」
まあ、別にこのかなら構わないんだけど……。
「……ダメ?」
「……ああ、わかった、わかったよ。俺がこのかのパートナーになろう」
心が揺れているところに追い討ちをかけるように木乃香お得意の上目使い&ウルウルした瞳で見つめられたクラウスは、自分の負けだと手を上げて了承した。
「ほんまに!? ほんまになってくれるん!?」
嬉しそうに胸に抱きついてくる木乃香を受け止めて、クラウスは頷いた。
木乃香の前に跪き、契約を交わす。
「俺がこのかを守るよ。全力で……」
「えへへ……、これでずぅ〜っと一緒やね!」
契約が終わったクラウスが木乃香に向かって微笑むと、木乃香は嬉しそうに笑顔を浮かべてクラウスの首に手を回し、唇を交わした。
10歳児とは思えないスキンシップに驚きクラウスは苦笑を漏らした。