第66話
夏期休暇が終わり、始業式。
講堂にて、校長の長ーい話を聞き流し、講堂入り口前で律、澪、紬と雑談していくと、キラキラと輝きながら梓は俺達の元へと近づく。
「先輩方!もうすぐ、学園祭ですね!」
そう、学園祭までもう少しなのだ。故に興奮するのは、当然だろうな。
「あ、お姉ちゃ〜ん」
憂はとてとてと、俺達の元へと向かい走る。
憂も学園祭のライブの話で大はしゃぎできゃっきゃっと賑やかムードをある知らせにより、ぶち壊しになる訳である。
「あ、その前にマラソン大会があるんだよなー・・・」
律は近くにあった掲示板を見ながら言う。
『風になれ。第一回マラソン大会のお知らせ』のビラだ。何か知らんが、教師と生徒会共の野望により今年から開催されるようで、近頃若い子供達が運動不足だと叫ばれているからだそうだ。
「走るのイヤだよ・・・」
「私も、ちょっと苦手かも」
俺、紬は嫌がっているが他のみんなも内心嫌がるだろうな。特に文化部の連中。
「そ、それより、学園祭ライブについてミーティングしませんか?」
梓の現実逃避による提案により、重い足取りで音楽室へと向かう。はぁ、本当に嫌だなぁ・・・めんどくさい。
ーーーーーーーーーー
適当にミーティングをして、解散となり、走るからスニーカーでも買おうかな、と憂と共に靴屋に出かけていたが・・・
「うーん・・・2850円か・・・ここでお小遣い使うのもアレだしなー・・・」
走る為に靴を買うというお金の余裕はあるけど、何だかもったいない気がする。
「お姉ちゃん。買わない事にする?」
ま、それがいいな。新しい靴よりも、慣れている靴の方が走りやすいかも知れないしな。
すると、車で買い物していた山中先生を発見し俺達を乗せ、我が家へと向かうようにしてくれた。
うむ、気が回るな。
「私ね。マラソン大会の為の買い物を頼まれて、ここに来たんだ」
山中先生の車には、餅や小豆、スポーツドリンク等たくさん詰め込んでいた。
「で、それで、ゴールした生徒達にお汁粉をあげるの」
お汁粉が景品みたいな感じか?生徒を食べ物で釣るなんて、教師なのか?あんた達は。
「あ、そうそう。コースの見回りとか、警察に申請とか、色々と私がやったわ」
何だ?自慢なのか?私は仕事出来ますよアピールか?少々イラッとしたな。
「うふふ。コースは非常に困難よ・・・商店街に行くから、可愛い物の洋服店とか、雑貨店とかそれを指を加えながら走っていくのが目に浮かぶわ」
別に指は加えないと思うぞ。
「そして甘ーいお菓子屋さんのショーウインドウをヨダレを垂らしながら見て走って、次に行くのは公園!」
ヨダレ垂らさないと思うぞ。
「何とそこには心臓破りの急な坂道!行くのも地獄、戻るのも地獄。まさにハートブレイク!自分との戦いに勝てるかしら?」
もうツッコミきれないぞ。
「で、田園地帯に行って、で、学校まで真っ直ぐってところね」
もう飽きちゃったよ、この人。あ、ツッコミをいれてしまった。
ーーーーーー
「ふぇ〜・・・何で今更マラソンなんて、するんだろ〜」
我が家に着いてリビングにあるソファーにぐだっと倒れる。
憂は『まぁ、まぁ』と俺をあやすように言ってくるので、仕方なく、渋々、一割ぐらい納得してやった。光栄に思えよ、教師共。
「はっ!雨が降れば中止にっ!」
マラソンが嫌で嫌で、思考回路がショートしてしまい、自分でも訳が分からず、無我夢中でてるてる坊主を作りまくった。
「お姉ちゃん?まさか、そのてるてる坊主を逆さまにして、雨を・・・」
憂は聡明だな。でも、コレで雨を降らせれるだろうか?
ーーーーーーーー
時は流れマラソン大会当日。
外は見事に快晴。学校をサボるという選択肢があるのだが、いかんせん、教師共の圧力により、サボったら全教科の宿題が2倍となるそうだ。病気やケガで出られない人の場合は、次学校に来た場合、放課後教室に残って与えられた課題を黙々とやらなければならない。
宿題なんて嫌だし、勉強は出来る方だけど、ずっとやるのは酷だ。故に、マラソン大会に参加した方がマシだ。という考えになってしまった。くそ、これが教師のやる事か。
で、学校に着いて、体操服へと着替え運動場に集まり、教師共のありがた迷惑なアドバイス等を聞き流し、生徒代表である和が選手宣誓みたいな事をやる。
「『ーー私達はスポーツマン精神に乗っ取り、正々堂々とーー』」
や、私、スポーツマンじゃないんですけどぉぉ!と、文化部の連中は心の中で思っているんだろうな。ま、俺もだけど。
渋々、スタート地点に立ってあげる事にして、仕方なく走ってあげる事にした。周りの女子達は、『一緒に走ろうね』ときゃっきゃっと、はしゃいでいるけど、何が楽しいかね。
閑話休題。スタートの合図であるホイッスルを鳴らし、適当に走っていく。
俺は、律、澪、紬と共に軽く走っていくが和は俺達に
「先に行ってるわね」
と次々と女子を走り抜いていく。何でそこまで、真面目になれるのかね。
仕方なく律、澪、紬と共に軽く走っていく。だらだらとした足取りでな。
ーーーーーーーー
「『いらっしゃいませ。何をお求めになりますか?』」
適当に走って、着いた場所はどこぞにある自販機の前に居る。俺は喋る自販機に興味津々だ。うーむ、時代は変わるんだなぁ。
「ゆ、唯。早く行こうよ」
澪は早く行きたくて、そわそわしているのだが、何故そんなに急(せ)かすんだ?
「あ、分かったぞ澪。ビリになるから目立って、恥ずかしいからだろ〜」
「うっ!」
律よ。お前は本当に澪の事を分かり切っているな。いいね、その信頼関係は。
「きっと周りの人達が『澪ちゃーん。頑張ってー』て励ましてくれるだろうなー。良かったなー。澪」
「う、うるさいっ!」
がんっ、と澪は律の頭を拳骨で叩き、律は『ぐぉぉ』と悶絶。コントだな。
しかし、本当にやる気が出ないので困っているところ、紬はある提案をしてくれる。
「じゃ、歌いながら走らない?リズムに合わせたら、気分が変わると思うの」
早速、俺達は『ふわふわタイム』を歌うのだが・・・
「君をみでるどはーどはドキドキぃ〜。ぜぇ、ぜぇ」
「揺れる想いはマシュ・・・ごほっ!」
もうぐたくだである。歌では無いただの唸(うな)り声だ。
紬は『じゃ、『ふでペン〜ボールペン』は?』と、ズレた発言をする。原因は曲のチョイスじゃないと思うぞ。
「ふっ、ふでペンふっ・・・へっくちっ!」
俺は何とも可愛らしいくしゃみをしてしまった。そんなくしゃみを聞いた紬は『わぁ〜♪』と自分の世界にトリップする。紬の考えている事は分からないな。
「んじゃ、心の中で歌うとかは?」
律の提案により、俺達は心の中で歌うのだが・・・
『・・・』
無言。無言なのである。空気が重く感じるぞ・・・ならば・・・
「ぁー疲れたー。あとは澪ちゃん達に任せたよー」
「や、チェックポイントはどうすんだよ。唯」
確かに。チェックポイントが存在し、そこには教師がいて俺達の事をチェックするのだ。故に、エスケープが出来ないのだ。歯痒い。
ーーーーーー
俺は律、澪、紬の後ろを走っていてある程度走っていたら・・・
がっ!
俺は何かに躓(つまず)いて、転ぶ。律達はそんな俺の存在を知らずに我先に先に進む。まぁ、転んだなんてダサいから俺は何も言わないようにした。
「わ、擦り剥いている・・・」
左足の膝の皮が擦り剥いていた。こんなもん唾(つば)で治るけどな。
が、立ったら足が痛い。唾程度じゃ、応急措置にもならないじゃないか。
俺は困り果て、呆然と立っていたら・・・
「あら唯ちゃん。どうしたの?」
なんと、一文字おばあちゃんだ。助かったな。なんとか、おばあちゃんにケガを報告し、おばあちゃんは『私の家に来なさい』という事で、ここからおばあちゃんの家が近いので少しの間の痛みは我慢できた。
ーーーーーー
「はい。終わったよ。唯ちゃん」
「ありがとうね。おばあちゃん」
おばあちゃんの家に着いて、消毒液とガーゼで応急措置をしてもらった。本当に優しいなおばあちゃん。
「あ、そうだ。栗羊羹(くりようかん)食べる?」
本当は急ぎたいところだが、断ったらおばあちゃんが困った顔になると思う・・・そんなおばあちゃんの顔は見たくないので俺は
「うん。食べるよ」
弾ける笑顔で言い、おばあちゃんはニコッという擬音が出そうな笑顔で『じゃ、お茶も用意しなきゃね』と奥の台所へと消えていった。
「・・・みんな私を探すだろうな・・・」
ぽつりと呟いた。やはり原作と同じ展開になるだろうか。俺を探して律、澪、紬、憂そしてその他、諸々(もろもろ)。
「はぁ・・・」
大切なおばあちゃんの為に俺のワガママで大切な友達が心配する・・・だが、ここで断ったらおばあちゃんが悲しむ・・・究極の二択だな。
「唯ちゃん。ゆっくりしてってね」
しかもゆっくりとしてと言ってきた・・・分かったよ。ゆっくり休憩でもしていくよ。