第77話
side 平沢 憂
梓ちゃんが急に走ってどこかに行くから、純ちゃんとで梓ちゃんを追いかける。
「梓ちゃん、待って!」
梓ちゃんは私の声を聞いてピタッと止まる。一体どうしたんだろう。
「ちょっと、梓。今更恥ずかしがっているの?ただ『はいっ』て渡せばいいじゃん」
純ちゃんも梓ちゃんを説得しているけど、梓ちゃんはずっと俯いているの。
私も、『お姉ちゃん達は、きっと梓ちゃんのチョコを期待しているよ』と説得した。
梓ちゃんは、やっと顔を上げて口を開いたの。
「・・・そうじゃないんだ。先輩達は、もう卒業しちゃうんだな、て・・・そう思うと何だか・・・」
梓ちゃんは泣きそうな声で言うものだから、私達は『寂しいんだね・・・』と梓ちゃんを励ます。
「梓ちゃん、それでもちゃんと渡すんだよ。お姉ちゃんだって手伝ってくれたから」
「・・・そうだよね・・・」
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放課後。
私達は、軽音楽部の練習の為、音楽室に行き、お姉ちゃん達はムギさんが淹れてくれたお茶を嗜(たしな)んでいた。
梓ちゃんはまだ決心していなくてチョコを渡せずに困っていた。
「ムギちゃん、お菓子は?」
「それがね、今日は持ってこれなかったの。その代わり、梓ちゃんが持ってきたらしいの〜」
『え?』
私と梓ちゃんはムギさんの言葉に耳を疑う。どうして知っているんだろう・・・ぁ、お姉ちゃんだ。お姉ちゃんは優しい目で梓ちゃんを見ているから梓ちゃんの背中を押してくれたんだな。えへへ〜、やっぱりお姉ちゃんは優しいな。
「梓のチョコかー、楽しみだな」
「うん、私もだ」
梓ちゃんは真っ赤な顔をしてチョコが入っていた箱を開封して中身を取り出す。
「わぁ、チョコケーキだ♪」
ムギさんは、はしゃいでチョコケーキを見て、みんなに配る為、ケーキを食べやすい大きさに切り分けて、私達はそれを食べる事にしたんだ。すると・・・
『美味しい!』
みんなが美味しいと言ってくれたので、梓ちゃんは少しばかり照れちゃう。
「くすっ、良かったね。梓ちゃん」
私と梓ちゃんは見つめ合って笑い、チョコケーキを頬張って美味しく食べていたの。
「しかし、チョコケーキか。まさか・・・」
「へ!?いいえ、日頃の感謝と言いますか、何と言いますか・・・」
律さんの言葉にまた少しばかり照れる梓ちゃん。くすっ、素直じゃないな梓ちゃんは。
「そんな梓ちゃんにお返しのチョコだよ。早すぎるけど、ホワイトデーだね」
お姉ちゃんは制服の懐を漁ってチョコが入っている箱を梓ちゃんに渡す。
「あ、ありがとうございます。唯先輩」
「みんなも、どうぞどうぞ」
お姉ちゃんは皆さんにチョコを渡し、私にもチョコを渡してくれた。これ、大事に食べないとね。せっかくお姉ちゃんが作ってくれたんだからね。
「ん?雪だ・・・かなり降っているぞ」
澪さんは外を見て、外の状況を伝えたので私、梓ちゃん、律さんは窓に近づいてから外を見たの。
『わぁ・・・』
外はほぼ真っ白の世界となっていたので私達は感嘆の声を上げちゃった。だって、あちこち真っ白に染まっていたもん。
「すげぇ!トラックの荷台にあんなに積もっている!」
「わ、私も見る!」
「わ、私もっ!」
律さんの言葉により、ムギさん、澪さんが私達の近くに集まり外を眺めていた。お姉ちゃんも近づいて外を眺めたの。
すると、外にいた子が雪道で滑りそうになった。あ、危ないなー・・・はらはらしちゃったよ〜。
「あ、危なかったなー・・・あの子」
「あ、ああ。雪道だから道が凍ってすべ「だー!!それは禁句だってば!」あ、ごめん・・・」
澪さんの言葉を遮る律さん。そうだよね。受験生には『すべる』とか『落ちる』とか言ったら何かと不安になってしまうよね。
「ぷっ。あはははは♪」
『あははははっ』
ムギさんが笑った事で私達も釣られて笑っちゃった。いいよねこの、のんびりとした世界は。いかにも私達らしくて笑っちゃったんだ。
「いいですよね。このまったりとした感じが。私、楽しいです!」
「梓ちゃん・・・あったか、あったか、だよ。これが人の温もりだよ。みんなは心が温かいからこんなにも楽しくなるんだよ」
お姉ちゃんが私達を見渡して笑顔になって私達を抱きしめた。わぁ♪お姉ちゃん温かいな♪
『あははははっ。あったか、あったか♪』
私達は抱きしめ合いながら暖をとって、一緒に笑いあっていたんだ♪えへへ〜。
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side 平沢 唯
時は流れ、『私立翔南女子大学』の合格発表日。
俺達はまた電車に乗り、『私立翔南女子大学』の校門へ集まる。
澪は、緊張しすぎてガタガタと震えていた。お、落ち着けよ・・・
「だ、大丈夫・・・あの難問を間違えてなければっ!」
「み、澪ちゃん?きっと大丈夫だから。ね?」
紬によるフォローで少しは緊張を解(ほぐ)した澪。だが、まだ震えていた。
俺達はそんな澪を引っ張り、合格した受験生の番号が書かれた紙が掲示板へと足を運ぶ。
「よし、いっせーのせで見るぞ!いっせーーーの・・・」
『せっ!』
律の提案で俺達は一緒に掲示板に張られた合格した受験番号を睨み、睨み、睨みそしてーーーーー
『あ・・・あったーー!!!』
見事に全員合格した。良かったーー本当に良かったーー。
「み、みんなと一緒の大学だー!!」
「よ、良かったー!!」
「ゆ、夢みたい!!」
俺はすぐに憂、梓にメールで報告し、俺も『やったーー!』と喜びの一声。これでみんなと一緒にバカやって笑ったり、泣いたり、怒ったり、そしてまた笑ったり出来るんだな。と思うと胸が熱くなる。
「みんなおめでとう!!そして私もおめでとう!!」
俺は叫び、律、澪、紬と抱き合い嬉しさではしゃいでいたのだ。
俺達はいつまでも抱き合い喜びを分かち合ったのであったーーー。
ーーーーーー
ようやく合格したと分かり、のほほんとするある日の休日。
律の『聡が寂しがっているから、たまには来いよ』という事で律の家に訪問する事となった。
まだまだ寒いのでコートやら手袋やらで寒さを我慢して、律の家の前に来てチャイムを鳴らす。
ピンポーン〜♪
家から僅かに足音が聞こえ、玄関の扉が開かれた。
その家主である、律はいつも通りのカチューシャのデコ丸出しの姿で迎え入れたので、『お邪魔します』と言い律の家に上がってリビングへと移動。
「あ、唯お姉さん!こっちこっち!」
俺を見た瞬間、聡君は無邪気に笑い俺を手招きし、聡君の隣へと座る。聡君が『新しいゲームを買ったよ』と言うので少しテンションが上がった。うむ、なんだろうな。
「じゃーん。『海軍無双』だよ」
「え!?最新の奴だね!」
この『海軍無双』とは、ある漫画がものすごく人気になりアニメ化となり、コミックが1億部以上の売り上げを果たし、有名となったのだ。その原作の名は『ヴァンパース』で、主人公であるゾフィというキャラクターがひょんな事で天使の実という果実を食べ、ゴム人間となってしまったのだ。その変わり、カナヅチになってしまうというリスクを背負ってしまった。そんなゾフィは親代わりであるお爺さんが海軍にいる事を尊敬している事から海軍へと入り、悪さをする海賊を懲らしめる物語である。時には涙ありのいい漫画なのである。
「私、それ持っていないから詳しくないけどね・・・」
そう、俺は受験の為必至に勉強していたのだ。故に新しいゲームなんて買う余裕は無いのだ。だが、今は違う。俺は晴れて第一志望の大学に合格したから、ずっとのほほんと出来る訳である。
「へぇ、そうなんだ。でも、一緒にやろうよ。姉ちゃんはどうする?」
「私は見ているだけでいいよ。今日は何だか何もやる気が無いからな」
律はそう言っているのだが、聡と俺を遊ばせる為に遠慮しているっぽい。ま、別にいいのだがな。
とりあえず、QS3を起動させ『海軍無双』のデスクを入れる。新しく買ったゲームを起動する時のわくわく感が半端なく俺は『ふんすっ!』と気合を入れるほどに緊張していた。分かるよな?俺の気持ち。
「『ヴァンパース。海軍無双!』」
テレビにゲーム画面が表示され俺は『おお・・・』と感嘆の声を上げてしまった。
とりあえず、ストーリモードを選択してステージ選択へと移り適当なステージを選んでいく。
俺は原作の中で最も泣いたシーンがステージのチャプターに映っていたのでそれを躊躇(ためら)いも無く選ぶ。
「へぇ、そこか。やっていないからちょうどいいや」
聡君はそう呟いたが、俺は気にせず画面を睨み続ける。場面は、海に航海している最中に複数の海賊団達に襲われ、主人公であるゾフィ率いる海軍が戦う訳である。
「『ミッションスタート!』」
とりあえず、攻撃ボタンを連打する。すると・・・
「『うぉぉぉー!ゴムゴムのぉ、銃(ピストル)!』」
ゾフィの腕があら不思議。かなり伸びた。2mは伸びているゾフィの腕に俺は興奮した。すげぇ、伸びたよ。知っていた筈けど何だか感動するな・・・。
応援の海軍を呼ぶが、海軍は来ない。が、何とか海賊団を全滅させる。
しかし、海賊団達はゾフィ達海軍が乗っていた船をもう乗れられないように壊していたのだ。
「『よくも俺達の船を!あ!まだいたな!ゴムゴムのぉ、連射打(ガトリング)!』」
ゾフィは隠れていた海賊を滅多打ちにし、ようやく応援依頼を受けた海軍が来たのだ。
「『・・・もうその船は乗れないな・・・』」
「『何言ってんだよ!カティ!お前、船直せるだろ!?何とかしろよ!』」
ゾフィの同僚であるカティという人物は元船大工で海軍。だが、とある事件に巻き込まれ自分の体に機械を入れて自分を改造人間(サイボーグ)にしてしまった人物だ。今も傷ついた海軍の船を直しているらしい。
「『もう無茶ばかりしたんだから、もうそいつを眠らせろ』」
「『でもっ!!』」
「『ゾフィ!!目を覚ましやがれ!!』」
カティは嫌がるゾフィを一喝し、ゾフィは『・・・分ったよ・・・』と渋々納得し、カティから松明(たいまつ)を受け取り、点火するゾフィ。そして、船に一言を言う。
「『ごめんな・・・疲れたろ?もう、安らかに眠っていいからな・・・』」
船に火が引火し、ボオォォと勢いよく船が燃えていた。ここからだ、一番泣けるシーンだ。
「『・・・ごめんね・・・』」
「『え!?』」
何と、船から声が聞こえて来たのだ。それに驚きを隠せないゾフィ。何故なら、船には誰も乗っていない筈だからだ。
「『もっと、もっと乗せてあげられなくて、ごめんね』」
俺はコントローラをぎゅ、と握りしめ、そっと画面を見守る。
「『な、何言ってんだよ・・・』」
船の言葉に驚愕するゾフィ。だが、船はまだ言葉を放つ。
「『もっと、もっと君を乗せて航海させたかった。本当にごめんね』」
「『お、俺の方こそ、ごめん!!俺がお前をいろんな所にぶつけたし、それに!!』
」
「『いいんだよ。ボクは幸せだった。君に愛されて、ボクは本当に嬉しかった・・・今までありがとうね・・・』」
「『ぅ・・・うあぁあああぁああぁ!!』」
船は今までの感謝をゾフィに届けてくれた。ゾフィは大泣きして、船を完全に燃え尽きるのを最後まで泣きながら、ずっとずっと見守っていたのであった・・・
俺は、涙腺が爆発し、更に思考回路までショートしてしまった。
「ぐすっ、ええ話や・・・めっちゃ、ええ話でんがな・・・ワイはめっちゃ感動してるでぇ・・・」
「お前はどこの人だよ!でも、感動したなぁ・・・」
ゲームをして、感動するなんていいゲームじゃないか。俺は、泣きながらもゲームを続けていたのであったーーー。