第93話
初めての海外旅行で初めての野外ライブを大成功を収めた俺達は、もう公園には用がないので一旦、紬の別荘へと帰り、1階フロアのリビングらしき場所で打ち上げ兼昼食を行っていた。
俺達はそれぞれフッカフカのソファーに腰を下ろし、各自飲み物が入ったグラスを持つ。
律は立ち上がり、乾杯のあいさつを行うようで、その顔にはニヤけている笑顔が張り付いている。
「大成功ということで、かんぱーい!」
『かんぱーい!』
もちろん、飲み物は酒ではなくお茶だ。それに、机の上にはお菓子がたくさんある。俺は食べてもなぜか太らないが、ほかの連中はどうなんだろうか?いや、女性に太るとか体重とか言ってはセクハラになってしまうので、心の中に置いていく。
「いや〜、緊張したな〜!なんせ、人通りが多いところでのバンドだからな〜」
「ホントだよ。はぁ、もうあんなのはヤだな」
「まぁまぁ澪ちゃん。とりあえず食べる?」
澪はかなり参ってしまっているが、律や紬に任せておいて・・・俺はなんだか眠気が襲ってくる・・・。
「憂、かなり上達してるね・・・。ひょっとしたら私より上手いのかも。でも、負けないからね」
「へ?!そ、そうなの?!えへへ〜。ありがとう、梓ちゃん」
憂と梓はまだまだ興奮しているが・・・もう限界だ。眠い・・・今何時だ・・・や、どうでもいいや・・・俺はゆっくりと目を閉じ、静かに寝息をついた・・・。
「お姉ちゃんも歌上手だったね、ってあれ?お姉ちゃん?寝てるの?」
「えっ、寝てるのか?仕方ないなー、唯の奴。まぁ、疲れているからな。色々」
「ああ。いろんな事がありすぎて、身体が追い付いていないだけだろう。今は寝かせておけ」
「ふふ♪幸せそうな顔♪」
「ですね。見ているこっちまで幸せになりそうですよ」
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side 平沢 憂
お姉ちゃんが寝てしまったので、布団をかけてあげて、私達はお風呂の準備や夕食の準備をして、この海外旅行を最後どうやって過ごすかを皆さんと1階フロアにある和室っぽい部屋で話し合っているの。
「海外なのに和室か・・・矛盾してるな」
「やっぱり、変かな?日本が好きだから」
律さんは眉を顰(しか)めながら部屋を見渡して、どうも日本らしくて落ち着いてしまうようです。
「よし、最後は・・・花火で締めくくろう。異論は認めん!」
「や、少しくらいは認めてやれよ。律」
花火は夏場だからこそいいんだと思うんだけど、寒い時期・地域は空気が澄んでいて花火の色は美しいと、ムギさんの情報で私達は興奮気味で賛成してしまいました。本当に楽しみだな。
「えっと、花火はどこにあります?ムギ先輩」
「うふふ、慌てん坊さんね梓ちゃん!そう言うと思って・・・じゃ〜ん♪ここに用意してました〜」
ムギさんは目をキラキラさせて、待ってましたと言わんばかりの笑顔で手には線香花火や手持ち花火がたくさん入っている袋を高々に上げ、私達に見せたの。やっぱり、楽しみで仕方がない!
「楽しみ〜」
「あ、あとね、今とても面白いことを思いついたの〜」
ムギさんは何かを思いついたようで、私達はムギさんの話を聞くことにするけど・・・
「え?!でも、バレるんじゃないか?」
ムギさんの話はお姉ちゃんにある事をしようと言ってくるの。
「楽しそうだなムギ!やってやろうぜ。で?どうするんだ?」
「それはね♪それはね♪・・・ゴニョゴニョ」
「お♪いいね♪それ。みんなー!私の話を聞けー!」
澪さんや梓ちゃんには興奮気味のムギさんと律さんを止められないのを悟って『はぁ』と溜息を吐いて仕方なさそうにムギさんの話を聞くことにしたの。う〜ん、私もやらなきゃダメなの?
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side 平沢 唯
目が覚めた。どうやら疲れ切って眠ってしまったらしい。何時間眠り続けていたかは不明なのだが、俺の身体には布団を被されていたのだ。俺の周りには誰もいないので風呂とか夕食とかの準備をしているだろうなと確信がない推理をしながらも、寝ぼけながら頭の回転を正常に回復させようと専念させようとする。
とりあえず、その場に立ち上がり、『う〜んっ!』と言いながら両手を上げ背を伸ばし腰の骨がコキっ、という音がしたのだが、骨は折れていないし、ぎっくり腰にはなっていない事を察知でき、安心のあまりに『ふあぁ〜』と大きな口を開け欠伸を一つ発動。
『ぅぅぅぅ・・・』
何故か女性の唸り声がおどろおどろしく聞こえてくる。俺達軽音楽部以外の女性はこの家には居ないのでただの幻聴だと自己完結し、というか幻聴が聞こえた時点で耳鼻科に直行すべきなのだが、とりあえずみんなを探そうとするのだが・・・
『・・・ぁぁ・・・』
女性は弱弱しく震えるような声で寂しそうに伝えてくる。もう間違いない・・・この別荘に幽霊がいるのか・・・?いや、ある意味俺も幽霊らしき存在なのだが、これを口にしたら電波なイタイ奴と勘違いされる恐れがあるのでそっと胸にしまっておく。
『キャーー!』
二階のフロアから澪の叫びが聞こえてきたので何事かと俺は二階フロアへとダッシュし、声がしてきたであろう部屋に向かおうとする。
二階フロアのとある部屋の前で、澪・紬・梓・憂そして何故か鍵の束を持っている執事が勢揃いで俺を見ている。な、なんだんだ?!
「ど、どうしたの?何かあった?」
執事まで何故かいることに混乱するが、そういえば律はどうしたんだ?一向に姿は現さないのだが・・・
紬が前に出て、表情がこの世の終わりみたいな顔をするが・・・いったい、なんなんだ!
「あ、あのね・・・りっちゃんが・・・倒れているの。どうやら気絶しちゃったみたいで・・・」
「な!?え!?」
律が倒れているだと!?一体なんで!?俺の頭は完全に混乱し、もう何が何だか分からない状態なのだ。
俺も、部屋の中の様子を見たのだが・・・
「り・・・つ・・・ちゃん?」
律は部屋の中心地で床にうつ伏せの状態で寝ている。そして、律は鍵らしきものを持っているのだ。まさか・・・
「あ、あのさ。あの律ちゃんの持っている鍵ってこの部屋の?」
「ええ。そうよ。私が貸したの。この部屋の鍵はりっちゃんが持っているのと、斉藤が持っているマスターキーの2つだけなの」
紬が言うには状況はこうだ。律が一人で何かをしたい為、紬に鍵を借りて部屋に鍵をかけて籠(こも)って何かをしていたらしい。しばらく時間が経っても律が現れないので心配した澪や紬が律が入っている部屋を何度もノックしていたのだが、全然返事が返ってこなかったらしい。
嫌な予感がよぎったのか、紬は執事にマスターキーを持ってくるようにと指示を送り、執事が来て鍵を開け部屋を覗くと・・・
※□はベッドの意味。
ベランダ
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□ □
壁 鍵律 壁
□ □
[ーー−−]
↑入口
こんな感じだったという。外に窓があるが、窓には鍵が閉まっている。まさかとは思うけど、はしゃぎすぎて足を滑らして頭部を強打して気を失ったとかはないだろうな・・・。
それならば仰向けにもうつ伏せにでも倒れることができるので、説明がつく。
「先ほど、このお方の頭部を失礼ながら拝見させていただきましたが・・・後頭部にたんこぶらしき打撲の跡を発見いたしました。額には傷ひとつありません」
執事はとんでもない発言をした!傷は後頭部だと?前述の足を滑らせ前向きに倒れるという推理は外れたのだ。だが、後頭部ならば律の状態は仰向けの状態のはずなのにうつ伏せに倒れているのだ。ということは・・・
「・・・え?じゃ、なんで?壁とかに頭をぶつけて・・・それで?」
梓は首を傾げながら、律の行動を推理するのだが・・・それは無いだろう。何故ならば・・・
「そのような事はありませんでしょうね。このお方は部屋の真ん中に倒れていらっしゃった。仮に何らかの拍子に勢いよく後ろ向きで壁に突進して頭をぶつけたとしても、部屋の真ん中には倒れるはずはありません。壁の近くに倒れている筈ですから」
執事は、ものすごい推理を発揮してこの場の全員を納得させる。というか執事って頭良すぎるだろ・・・。だが、律はどうやって気絶したのだろうか・・・。
「・・・鍵は律が持っている・・・執事さんの持っている鍵以外は無い・・・?部屋とベランダの鍵は閉まっていた・・・?どういうことだ・・・?」
「お、お姉ちゃん?」
「・・・と、なると・・・完全な密室・・・?なら、犯人がいるってことか・・・?でも、なんでわざわざ密室に・・・?」
「ゆ、唯っ!ど、どうしたんだ!いきなり独り言言って!」
「へ?!なんか言ってた?!」
かなり集中していてまさか独り言を呟いていた。どういういった口調で喋っていたか自分でも分からなかったのだが、なにかまずいことでも呟いてしまっていたのであろうか。ううむ、あんまり気を詰めないでおこう。
「とりあえず、りっちゃんをベッドに寝かせておくね。斉藤、お願い」
「了解いたしました」
執事は律をお姫様抱っこをしベッドの方へ移動し律を移動させるのだが、若干律の体がぴくりと動いた気がしたような・・・いや、そっとしておこう。それよりも・・・
「で、律ちゃんは何をするって言って、部屋に閉じこもっていたの?」
「さ、さぁ、私にも教えてくれなくて・・・な?ムギ」
「え、ええ。そ、そうね」
俺の質問に何故か全員視線があちらこちらに移動させる。だが・・・なにかがおかしい。みんなの様子が・・・。
「あ、あの・・・律さんが目を覚ました時に事情を聞けばいいんじゃないですか?」
「そ・・・そうだよな。ということで、とりあえず律が目を覚ましてから・・・」
憂と澪は紬をチラチラと視線を向けながら言葉を選ぶように喋っているのがいちいち気になるのだが・・・そんな言葉を聞いた紬はというと・・・
「いいえ!今、この場ではっきりさせましょう!りっちゃんの頭を殴って気絶させた犯人はこの中にいるのです!」
『なっ!!?』
紬の仰天な発言に一同は驚きを隠せないでいる。紬の目が輝いているのは、俺には手に取るように分かっているんだが・・・どうも引っかかる・・・
「この謎を解いてみせるわ!琴吹家の名にかけて!」
まるで自分の家系が探偵職みたいな言い回しで各自のアリバイを紬は目を輝かせて聞いていたのだが・・・。みんなにはちゃんとしたアリバイが証明していた。ただし、俺以外はな・・・
「と、いうことは・・・唯ちゃんが?」
「お、お姉ちゃんがそんな事する訳はありませんよ!」
「お、落ち着いてっ・・・憂」
・・・やはり、おかしい・・・どこだ??どこで何をひっかかせているんだ??
俺は今までない集中力で俺が起きた瞬間から今までの言動を一言一句逃さず思い出させようとしている・・・どこだ??どこなんだ??
『あ、あのね・・・りっちゃんが・・・倒れているの。どうやら気絶しちゃったみたいで・・・』
『この部屋の鍵はりっちゃんが持っているのと、斉藤が持っているマスターキーの2つだけなの』
『このお方の頭部を失礼ながら拝見させていただきましたが・・・後頭部にたんこぶらしき打撲の跡を発見いたしました。額には傷ひとつありません』
『りっちゃんの頭を殴って気絶させた犯人はこの中にいるのです!』
・・・!!そうか!そういうことだったんだ!なるほど・・・犯人は・・・っ!
俺は某少年探偵漫画の主人公みたいな圧倒的な閃きを発揮し、謎は解けた。しかも、わざわざ犯人は口を滑らせたので、簡単に謎は解けた。
俺は真相を見破ることができたので口元がにやりとする程、表情が柔らくなった。
「わ、唯?どうしたんだ?急にニヤニヤしだして」
「もう謎は解けたよ。」
『!!?』
俺の発言に一同は驚き、俺の顔を一同に見る。それはそうだろう、真相を見抜いただなんていうもんだからな・・・
俺は今でもニヤついた顔で口を開き・・・
「ーーーー犯人はーーーー」