小説『誠の時代に』
作者:真田尚孝()

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とりあえず他愛もない話をしながら京の町を一通り廻り終え、屯所に戻ると入口の門に怪しい男が立っている。

誰が見ても怪しすぎるその男は、入口の門に張り付いて中の様子を伺っている。


「なんだぁ?あの男は……」


白昼堂々と不審な行動をしている男に、左之さんは呆れたような視線を送っている。


「こんな真っ昼間から……しかも壬生浪士組の屯所に……何か捕まえるまでもない気がするけど、そうもいかないよな」


俺は溜め息をついて左之さんや隊士達と共に、その男に近付いていった。
こんなゼロセンチの距離でこんな大人数で近付いてるのに、この男は全く気付いている素振りもなく中を除いてる。

アホかコイツは。鈍すぎて声も出ないわ。
なんって……呆れていると、左之さんが男の耳にフウッと息を吹き掛けた。


な・に・し・て・く・れ・て・ん・の?


息を吹き掛けられた男は、全身をフルリっと震わせて変な声をあげた。


「あひっん……」


……気持ち悪い。
ちょっと左之さん、貴方がやった張本人だろ?
膝をついて吐く真似してる場合じゃないだろうが。


ったく……バカなことばっかりしやがって。
俺はとりあえず未だに耳を押さえて地べたの上で悶える男のなりを見る。

刀は差してない。あんまり汚い格好ではないな……長州とかの人ならわさわざ捕まりに来ました、的な行動はしないよな。


「あんた……ここで何をしているんだ?」


取り敢えず声を掛けてみると、男はハッとしたように地面から立ち上がり、俺の方を見る。
そしてニッコリと愛想笑いを浮かべると、脱兎の如く駆け出した、否、逃げ出した。


待てっ!!と隊士達が追いかけようとしたが、それを左之さんが止めた。
まぁあんなのを一々追いかけてたら、他の事できないしね。

まぁ土方さんには報告しとくか。

入ろうぜぇ、と呑気な声を掛けて隊士を連れて左之さんは屯所の中に消えていった。
お気楽な奴。

どうせ左之さんは土方さんへの報告を後回しにするだろうから、俺1人で行ってこよう。
玄関で足を拭き、浪士組のシンボルとも言える羽織を脱いで報告をしに向かう。

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