小説『誠の時代に』
作者:真田尚孝()

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「……照れるでない……フフフフフフフフフフフフ……」

「「んぎゃぁぁぁぁあっ!!」」


恐怖を抑え付けていたダム決壊。
烝が俺の背中にしがみついた状態のまま、悲鳴をあげて近藤さんの部屋を飛び出した。
近藤さんに挨拶してないけど今はそれ所ではない。


「……待て……何故逃げるのだ……?フフフ……」


ええええええ!?
一君追いかけて来てるぅぅぅ!!

更に恐怖感か増し、俺は背中に烝という重りがあるのにも関わらず、凄まじいスピードで屯所内を駆け抜けて行く。


ピロリン♪


廁前の廊下の角を曲がった所で、この緊張感ある場に相応しくないポップな音が響いた。
何の音?

足を動かしながらチラリと後ろを見ると、いつの間にか俺の携帯を取り出した烝が追ってくる一君をムービーで録画しているではないか。
あの音は撮影開始の音だったのね……


烝はだっこちゃん人形と同じような原理で俺の背中にへばりついている。片手でしがみつきながら器用にカメラを回している。

っていうか烝、お前部屋に置いてあった俺の携帯をいつの間に持ち出したぁぁぁぁあ!!


「……烝……人が必死に一君から逃げてるって言うのに、君は一体何をしてるのかな?」


走りながらで我ながらよく出たと思う。生優しい声……。


俺の変化に気付いていない烝が、少し楽しそうに答えてきた。


「あ、勇作……最初は怖かったんけどな、なんや知らん……段々この状況がおもろーなってきてな?折角『むぅびぃ』の使い方も覚えたんやし、これは撮らんとって思ってな?」


ふぅん……そうなんだ……。


「……で、その携帯は俺が部屋に置いておいたと思ったんだけど、何で烝が持ってるの?俺、しまっといた筈なんだけど気のせい?」

「わいが朝勇作の部屋行ったら、机の上に放ったらかしてあったさかい持っときといた……わっ!?」


烝がそこまで言うや否や、俺は烝が俺にしがみついていた足と手を叩き落とした。
それにより完全に気を抜いていた烝は意図も簡単に、俺の背中から落下した。


「痛たたた……何すんのん!?勇作!!はっ!!斉藤さんが来た!!勇作っ!!早くおんぶっ!!……!?」


ゆっくりと自分の方を向いたまま後ろへ下がっていく俺に気付いた烝は、言葉を失っていた。


「ま、まさかわいを見捨てる気やないよな……勇作……?」


助けを乞い、目をウルウルとさせて俺に手を伸ばしている似非(エセ)ワンコ烝。
俺がニヤリと黒い笑みを浮かべると、その表情は途端に絶望の色へと変わった。


「……勝手に人の物を許可なく持ち出し……更には人が必死に逃げてるのに、その背中で楽しんでるような奴を誰が助けると思う……?」


俺の言葉に言うべき言葉を理解したのか、ハッとする烝。そして今度は本当に涙を滝のように流し始めた。


「わ、悪かった!!わいが全部全部悪かった!!せやからわいを連れて逃げてぇな!!」


どこの昼ドラ?駆け落ちするわけじゃないんだから、その台詞はおかしい。
俺が取り敢えずニッコリと烝に笑ってやると、烝は希望の光が暗雲の中から射した!!みたいな顔をした。

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