小説『ハイスクールD×D 不屈の翼と英雄龍』
作者:サザンクロス()

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               『悩めるお年頃?』




「ぜぇ……ぜぇ……」

「あ、あの、大丈夫ですか夜明さん?」

心配そうに声をかけてくるアーシアに無問題(モーマンタイ)と夜明は笑顔で応える。その顔は滝のように流れる汗で輝いていた。その背に大量の荷物を括りつけ、小鳥が囀る山道を月光夜明はひーこら言いながら歩いていた。

「早くしなさい夜明殿。その調子では明日になっても別荘につきませんぞ」

先頭を歩くウォルターの声にどうにか返事をする。現在、夜明たちはライザーとのレーティングゲームのためにレベルアップを図ろうと、名も知れぬ山の奥にあるグレモリー家所有の別荘へと向かっていた。修行の一環として、夜明は女性陣全員の荷物を自主的に運んでいた。

「うむ、淑女(レディー)に荷運びをさせるなど紳士のやることではありませんからな」

と、ウォルターからお褒めの言葉を貰ったが、それを嬉しく思う余裕など夜明にはなかった。

「ぶ、部長さん方、一体この荷物には何が入ってるんですかい? 質量保存の法則的にありえない重さな気がするんですが……」

「気のせいよ」

そう返されてしまったらもう何も言えない。ぬおぉ、と夜明は鉛以上に重くなった両脚を動かして皆の後を追う。リアスの指示で両手足首につけた総重量二百キロの錘も夜明の行進速度を鈍らせるのに拍車をかけていた。それだけではない。

「ほれほれ、さっさと歩け。もう、皆の後姿が遥か彼方だぞ」

夜明の背の上に築かれた荷物の摩天楼の頂上に太陽が座っているのだ。林檎を丸齧りし、馬に鞭を振るように荷物をペチペチと叩く。前を歩いていた仲間たちの姿はない。何度もこちらを振り返っていたアーシアも見えなくなっていた。

「あ〜ぁ。こりゃ本格的に置いてかれたな。ま、私が道知ってるから何の問題も無いけどな」

「コヒュー、コヒュー。太陽、後どんくらいだ……?」

「そうさな。この調子だったらあと三十分ってくらいか……そう言えば、お前にまだ私の駒のことを教えてなかったな」

ふと、指についた林檎の果汁を舐め取りながら太陽は思いついたように顔を上げる。言われてみりゃ確かに、と夜明は脚を一歩一歩踏み出しながら荷物の上の太陽を見る。

「確か、『死神(デスサイズ)』だっけか?」

「あぁ。私だけに与えられた専用の駒だ」

レーティングゲームにおいて、駒の種類は六つある。

最弱の駒だが、プロモーションという爆発的な可能性を持った『兵士(ポーン)』。

高速移動を可能とする『騎士(ナイト)』。

馬鹿げた攻撃力と防御力を有した『戦車(ルーク)』。

他の駒達のサポートをする『僧侶(ビショップ)』

それら全ての駒の能力を有している『女王(クイーン)』。

そして全員を纏め上げる『王(キング)』。

そのどれにも該当しない『死神(デスサイズ)』。本来なら存在しないはずの、夕暮太陽、トワイライト=ヘルシングのみに与えられた駒。専用というからには余程強力な能力があるに違いないと夜明は思っていたが、太陽の口から出てきたのは全く予想だにしない内容のものだった。

「『死神(デスサイズ)』には何の特殊能力も無い。比喩表現なしに全ての駒に劣る最弱の駒だ」

「……はい?」

「いや、一つだけあるな……特殊能力と呼べるかどうか甚だ疑問だがな」

それは? 生唾を飲みながら訊ねる。

「私の能力を大幅に制限すること」

「意味ねぇじゃねぇか!!」

月光夜明、心からの叫びだ。

「ってか何だよその特殊能力? ほとんど嫌がらせの域じゃねぇか!」

「仕方ないだろ。そうでもしなければ私がレーティングゲームに参加出来ないんだから」

「どういうこった?」

面倒そうに太陽は語り始めた。自分が冥界において最強の悪魔と謳われていること、その力が魔王はおろか、神すらも脅かすほどのものだということ。

「だから、レーティングゲームに参加したけりゃ俺たちと同じ土俵まで降りてこんかい我ぇ……みたいな感じで弱体化を余儀なくされたって訳だ。強すぎるってのも考えもんだな」

ま、本来ならあり得ない十六体目の駒としてリアの眷属になったが、と太陽は自分の駒に関する話を締め括る。

「もっとも、どっかの誰かが八個も『兵士(ポーン)』の駒を消費したから十六体目の眷属になることは不可能になっちまったがな」

ジトーッとした目で見下ろしてくる太陽。夜明はあらぬ方向を見ながら口笛を吹く。

「お、そろそろ見えてきたな。あれが別荘だよ」

太陽が指差す先、そこには先に到着した仲間たちが待つ木造の別荘があった。













荷物を別荘内に置いた後、ジャージに着替え休む間もなく修行が開始される。勿論、両手足首の錘はつけたままだ。

レッスン1、木場との剣術修行

「ぜらあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

満身の力を込めて木刀を振り下ろす。木場は特に慌てる様子も無く夜明の一撃を回避、木刀の切っ先が地面に沈み土の欠片を爆散させた。

「一撃のモーションが大きすぎるよ!」

散弾のようにばら撒かれた土塊の中、小刻みな動きで夜明に接近した木場は鋭い突きを夜明の顎に叩き込んだ。一瞬、夜明の視界が暗転する。脚がぐらつく中、夜明は頬の肉を噛み千切って意識を鮮明にさせ、どうにか踏みとどまった。

「ならこいつでどうだぁぁぁ!!!」

口の中に広がる鉄の味を吐き出しながら空いた左手に木刀を創造する。お得意の二刀戦法で木場に喰らいつこうとするが、手足の錘が何テンポも夜明の動きを遅くしていた。

「やっぱり二刀流の方が慣れているね。一本の時よりもマシだけど、それでも無駄な動きが多いよ!」

連撃が夜明の全身に襲い掛かる。

「ま、だまだぁ!!!」


全身の痛みに耐えながら夜明は木刀を振り抜いた。




レッスン2、朱乃との魔力修行。

「ぐぬおぉぉぉぉ……」

「頑張ってください夜明くん。次で十四本目ですよ」

魔力訓練。夜明の場合、創造した武器の元は魔力なので武器を何本も同時に創り上げることが訓練となっていた。しかも、全部違う種類というお題付き。

「夜明くんの持ち味は瞬時に武器を変え、相手に間合いを幻惑させるところにあります。一瞬で同じ武具を何個も創るよりも、間が開いてもいいから違う種類の武器を出来るだけ短い間で創造できるようになりましょう」

と言うのが朱乃の弁。故に、今の夜明の周りには十数本の武具が無造作に転がっていた。一つとして同じ種類のものはない。更に盾やら手甲やらの防具も時折創造しているが武器よりも創るのが難しいらしく、維持できる時間はかなり短かった。

「できました!」

一方、夜明の隣りでは白いジャージのアーシアが掌にソフトボール大の魔力の塊を作り出していた。アーシアはそこから魔力を雷や炎、水に変える方法を朱乃から教わった。その光景を見ていた夜明はふとあることを思いつく。

「朱乃さん。俺の創造する武器って元は魔力なんですよね?」

「? はい」

「じゃあ(ゴニョゴニョゴニョゴニョ)……何て感じのこと、出来ませんかね?」

夜明の発想を聞いた朱乃は面白そうに笑顔を作った。

「それは面白そうですね。相手もまさかそんなことになるとは思わないでしょう」

そして夜明が与えられた課題はボールを創ること、そしてボールを内側から魔力で爆発させること。暫くの間、山中に間抜けな爆裂音が響き続けた。


更にその後、小猫との組み手、アーシアの座学、リアスのスパルタ身体作り、ウォルターとの模擬戦など、地獄すら生温く感じる修行が行われた。

「コヒュー……ハヒュー……ゼヒュー……」

「ぶ、部長さん! 夜明さんの呼吸が変なことになってます!」

「あら本当。錘を付けさせた上に無理をさせすぎたかしら?」

太陽を除く部員達で倒れこんでいる夜明の顔を心配そうに覗きこんでいると、ウォルターがどこから持ってきたのかバケツ一杯の水を夜明にぶちまけた。

「この程度でへばりなさるな夜明殿。男子たるもの、この程度の訓練笑って乗り越えて見せなさい」

鼻から入った水に咳き込みながらも、夜明は痙攣する腕を持ち上げて親指を立てる。

「……」

その光景を少し離れたところにある岩の上から見ていた太陽は微笑を浮かべ、ゴッドイーターの感覚を確かめるのだった。














「やっぱり動いた後のご飯は美味いなぁ……」

「……泣くほどのことですか?」

呆れた様な表情を作る小猫の問いに夜明は首が千切れそうな勢いで頷く。箸を止めずに食を進める一同を、料理を作った朱乃とウォルターは微笑ましそうに見ていた。

「美味い、美味い美味い! 食えば食うほど涙が……」

「摂取した傍から塩分と水分を消費するなよ」

苦笑を浮かべる太陽。テーブルの上にある料理には手を付けず、ゴッドイーターの調節に没頭していた。ちなみに修行を終える寸前、小猫が試し撃ちをしてみた。千メートル以上吹っ飛んだとだけ記しておく。

「太陽、食事中くらいその物騒な物を仕舞いなさいよ」

「あぁ、すまない。でも、出来るだけ早く私に馴染ませたいからな……」

流石にそこまではウォルターでも出来ないだろう。ゴッドイーターを異次元へと仕舞い、太陽はサラダを口にしながら傍にスタンばっているウォルターに問うた。

「ウォルター、夜明とアーシアはどんな感じだ?」

虚を突かれたように夜明とアーシアは手を止め、ウォルターに視線を注いだ。夜明と同じように自分へと視線を向けている皆を見渡してからウォルターは口を開く。

「そうですな。現時点では戦力になりません。しかし、お二方とも戦力になる段階まではいけるはずです。問題は残りの日数でお二人をどこまで伸ばせるかですな」

「そうですか……皆さんの足を引っ張らないように頑張ります。ね、夜明さん! 夜明さん?」

アーシアの声が聞こえてないのか、夜明はどこか陰のある表情を浮かべて己の手を見ていた。

「戦力にはなる……か」

「……」

誰にも聞こえないくらいに小さかったため息をリアスは聞き逃さなかった。














「夜明殿、何か悩みでもあるのですかな?」

「っ!?」

翌日。模擬戦の最中、ウォルターはそんなことを聞いてきた。図星を突かれ、動きが止まった夜明の腹部にウォルターの拳が炸裂する。

「いっつぁ……」

「今日はここまでにしておきましょう」

「ち、ちょっと待ってください。俺はまだやれます!」

夜明はまだ模擬戦の課題である『ウォルターに掠り傷を負わせる』をクリアしていなかった。それどころか、その場から一歩動かせてさえいない。胃の中身が逆流しそうになるのを抑えながら夜明は訴えるが、ウォルターはそれを一蹴する。

「これ以上はやっても無駄だと言ってるのですよ。夜明殿、悩みを溜め込むのは良い事ではありません。早々に吐き出してしまいなさい」

では、と軽く一礼して去っていくウォルターの後ろ姿を見送る。

「早々に吐き出せか……それが出来たら苦労しませんよ」

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