『拳を握れ、顔を上げよ!』
『リアス・グレモリーさまの『戦車(ルーク)』一名、『死神(デスサイズ)』一名、戦闘不能!』
「……」
無言で夜明は校庭のほうを振り返った。先ほど見えた黒い魔力のドーム。太陽の最後の一撃だったことは容易に想像できる。
「小猫まで巻き込んだのか……無茶しやがって」
後は任せろという意味を込め、運動場に向けて手を挙げる。運動場の端にある体育倉庫の影に身を隠しながら夜明は木場の登場を待った。今、木場は運動場にある部室棟を制圧している。
「そろそろ来ると思うんだがな」
夜明が囁くタイミングを見計らったようにグレイフィアがライザーの『兵士(ポーン)』二人が戦闘不能になったことを告げる。木場がやったのだと容易に想像できた。
「とりあえず、もう少し待ってれば木場と合流できるか」
ほっと息を吐き出す。その時、再びグレイフィアの声が聞こえてきた。その内容に夜明は目を見開いて驚愕する。
『リアス・グレモリーさまの『女王(クイーン)』一名、戦闘不能』
「っ!? あ、朱乃さん!?」
さっき、走ってきた方を振り返る。そこでは更地となった体育館跡で朱乃がライザーの『女王(クイーン)』と戦っているはずだ。そこに追い打ちをかけるような出来事が夜明を襲う。
ドガオォォォォンッッッ!!!!!!
背後で鼓膜を叩き破らんばかりの爆音が発生する。爆風に背中を押されながら夜明は部室棟に身体を向き直した。さっきまであった部室棟が瓦礫の山と化している。瓦礫の間に夜明は全身から煙を立ち上らせている木場の姿を見た。
「木場ぁ!!」
夜明の叫びに反応し、木場が視線を向けてくる。悔しそうに顔を歪めながら口を動かす。光に包まれ、その場から消えていった木場を見送りながら夜明は力の限り拳を握り締めた。
『リアス・グレモリーさまの『騎士(ナイト)』一名、戦闘不能』
「あぁ、分かってるさ木場。後は俺に任せとけ」
拳をぶつけ合わせ、夜明は部室棟を爆破させたライザーの『女王(クイーン)』に目を向ける。空に浮かんでいる『女王(クイーン)』は夜明に嘲笑を残し、新校舎の屋上のほうへと羽ばたいていった。逃がすかよ、と三対の翼を背中から展開させ、飛翔しようとするがある者によって阻まれた。
「……」
夜明は無言で自分へと殺気を叩き付けた相手を振り向く。
「グレモリーの『騎士(ナイト)』と戦えなかったのは残念だが、お前とやれるなら上等だ。あの時、『深紅の死神(スカーレット・デスサイズ)』に邪魔された決着、今ここでつけようじゃないか英雄龍!!」
剣を鞘から抜き放ちながら女騎士は嬉しそうに口元を歪める。ライザーが部室にやって来た際に夜明と剣をぶつけ合った眷属だ。
「(残ってる眷族から考えて、『騎士(ナイト)』だろうな)……馬鹿かお前。わざわざ殺気なんて叩きつけやがって。さっさと後ろからばっさり斬っちまえば良いのによ」
「悪いな。でも私は真っ向正面から戦うのが大好きなんだ」
呆れたように嘆息する夜明に女騎士は笑ってみせる。それから顔を引き締め、剣の切っ先を夜明に突きつけながら朗々とした声を張り上げた。
「私はライザーさまに仕える『騎士(ナイト)』、カーラマイン! いざ尋常に剣を交えようではないか英雄龍!」
ゆっくりと地面と水平に突き出した両手に銀翼蒼星を創造し、同じように夜明も名乗りを上げる。
「……その挑戦受けて立つ。リアス・グレモリーさまが『兵士(ポーン)』、推してま」
そこまで言ったところで再び派手な爆発音がフィールドに響き渡った。対峙していた二人は爆音の発生源である新校舎屋上に視線を向ける。ぶつかり合う炎の翼と黒の翼が視界に映った。
(部長……!)
「どうやら、我らの主も一騎打ちに入ったようだな。我々も戦うとしよう!」
「悪いが即行で終わらせてもらうぞ!!」
突っ込んできたカーラマインの振り下ろしを銀翼蒼星で迎撃する。反撃に移ろうとするが、それよりも速くカーラマインの次の攻撃が飛んできた。
(流石『騎士(ナイト)』、速いな!)
しかし、夜明とて負けていない。木場との剣の修行を思い出し、カーラマインの剣をかわし、弾く。
「この程度で終わってくれるなよ、月光夜明!」
「手前はさっさと終わってくれや!!」
一旦離れ、剣に炎を纏わせカーラマインが突っ込んでくる。カーラマインの動きに合わせて夜明は半身になって蒼星を構えた。炎の剣が振り下ろされ、蒼星が突き出される。炎の剣の切っ先は夜明の胸部分を浅く斬り、蒼星はカーラマインの頬を掠める。
「どうだ、切傷と火傷を同時に負った感想は!?」
「最悪に決まってんだろうが!」
脚を振り上げ、カーラマインの腹を蹴り飛ばす。自分も後ろに跳びながら転がっていくカーラマインと距離を取った。
(こいつ……剣の技量は木場とほぼ同等か……)
素早く起き上がるカーラマインを、傷口に唾を塗りながら夜明はそう評した。
(……銀翼蒼星だけじゃ勝てないか……)
脚に力を込め、夜明は前へと飛び出す。
「正面から向かってくるか、来い!!」
炎の剣を構え、カーラマインは夜明を迎撃する構えを見せた。走る途中、何を思ったのか夜明は銀翼蒼星を消した。その代わりに別の武器を創造し、カーラマインの間合い外から攻撃を叩き付ける。
「っ!?」
横に転がってカーラマインは辛うじて頭上からの一撃を避けた。小さく舌打ちし、夜明は槍と斧が一体となった長柄、ハルバートを構え、カーラマインを睨む。
「そんなもの、何処から……! そうか、この場で創造したのか!」
「言うまでも無いだろ」
穂先を煌かせ、夜明はカーラマインへ突進する。間合い外からの攻撃にカーラマインは防戦を余儀なくされた。突く、薙ぐなどハルバートを縦横無尽に振り回しながら夜明は踊るようにカーラマインを圧倒していく。
(落ち着け! 相手が変わった訳ではない、武器が変わっただけだ!)
防戦一方だったが、徐々に落ち着きを取り戻しカーラマインは冷静に夜明の動きを観察した。一見、嵐のように振り回されるハルバートに隙は無いように見えるが、小さいが確実につけ込める隙がある。
「(まだ……まだ……まだ……)そこ!!」
夜明がハルバートを大きく振り抜いた一瞬を狙ってカーラマインは懐へと飛び込む。長柄の夜明は超至近距離の攻撃に対応できない。カーラマインは腰に挿していた短剣を抜き放ち、夜明の喉下に切っ先を食い込ませようと手を伸ばす。
「そう来るだろうと思ってたさ」
あっさりとハルバートを放棄し、夜明は予め創造しておいた手甲を装備した拳をカーラマインに叩き込んだ。くの字に身体を折ったカーラマインの背に組んだ両手を打ち込み、倒れたところをサッカーボールキックで吹き飛ばす。
「がぁ!!」
地面の上を転がり、仰向けに倒れたカーラマインの視界に夜明の姿が映った。ハルバートを突き下ろすように構え、周囲に二十以上の武具を従えている。
「終わりだ!」
ハルバートの穂先がカーラマインの顔を捉えようとするが、寸前でカーラマインは首を捻って頭を貫かれるのを防いだ。まだ手に持っている短剣を馬乗りになっている夜明の脇腹に突き刺す。その痛みで集中が途切れたのか、カーラマインに切っ先を向けていた武具もてんでバラバラな方向へと落ちていく。
「くそっ……」
一瞬躊躇した後、夜明は血を吐き出しながらある言葉を呟く。壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)と。ハルバートが、二人の周りに落ちた武具が一斉に爆発する。爆炎が吹き上がり、黒煙と砂塵が二人を包んだ。
(じ、自分を巻き込むのを厭わずに爆破を使うなど正気か!?)
やがて、服の随所が焼け焦げたカーラマインが黒煙の中からノロノロと這い出てきた。爆発で鼓膜をやられたのか、周囲の音が全く聞こえない。
(これじゃ何も分からないではないか……どこだ、奴はどこに!?)
鼓膜が破られたので、何も聞こえない。なので、例え今の爆破で夜明が自滅したのだとしても、グレイフィアの声が聞こえないのでカーラマインには分からなかった。焦る気持ちを抑え、周囲を見回す。黒煙と砂塵で視界が遮られているが、何かが動く気配は無い。
(……自滅したのか?)
その時、空から赤光が煌き、カーラマインの胸を貫いた。
「赤原猟犬(フルンディング)」
『ライザー・フェニックスさまの『騎士(ナイト)』一名、戦闘不能』
赤く輝く矢に胸を貫かれ、カーラマインは血を吐き出しながら光に包まれ消えた。すぐにグレイフィアの声がカーラマイン脱落を告げる。『英雄龍の翼(アンリミテッド・ブレイド)』を展開させ、左手に弓を持った夜明が空から降りてくる。
「三翼で爆風を受け止めて空へと舞い上がり、その場からいなくなる事でカーラマインに自滅させたと思い込ませる。そこで弓矢による空からの狙撃。お見事ですわね……自分に与えられるダメージを度外視すればの話ですが」
呻き声を上げ、その場で膝をつく夜明。背後の声に振り返ると、ライザーの眷族と思しき少女が一人。
「手前は……」
「レイヴェル・フェニックス。ライザーお兄様の妹で『僧侶(ビショップ)』をやらせてもらってますわ」
ドレスを纏った少女、レイヴェルはペコリと一礼する。無言で銀翼蒼星を創り出した夜明にレイヴェルは片手を上げてみせた。
「これ以上戦うのは無意味ですわよ。どう考えても貴方達の負けですもの」
「そうかい」
目の前の相手には戦意が見られなかったので、夜明はライザーと戦っているリアスに加勢するため、新校舎へと身体を向けた。そんな夜明にレイヴェルはある物を見せる。
「フェニックスの涙。聞いたことありますわよね? 私達の涙はどんな傷でも癒す」
「成る程。そいつをお前等んとこの『女王(クイーン)』が持ってたのか」
「あら、何で分かりましたの?」
持ち主を当てられ、驚くレイヴェルに夜明は皮肉っぽい笑みを浮かべてみせる。
「そうでもなきゃ、あんな爆発女に朱乃さんが負けるとは思えねぇ」
再びレイヴェルに背を向け、今度こそ夜明は新校舎に向けて飛んでいった。背後でレイヴェルが何やら叫んでいるが、知ったこっちゃ無い。自分は立っている、戦う事ができる。ならば、やる事などただ一つだけだ。
「リアス、投了(リザイン)するんだ。これ以上は他の場所で見られている君のお父上にもサーゼクス様にも格好がつかないだろう。君はもう詰んでいる……チェックメイトだ」
諭すようにライザーは言うが、、リアスはただ瞳に戦意を燃やすだけだった。
「ふざけないでライザー! 詰んだ? 何を言ってるの、『王(キング)』である私は健在なのよ?」
不敵に笑って見せるが、その姿はボロボロだ。離れた場所ではアーシアがオロオロとしていて、ライザーの『女王(クイーン)』が見守っている。
「知ってるか、焼き鳥? 寝言は寝て言うから寝言なんだぜ?」
不意に無数の剣群がライザーへと降り注いだ。ライザー以外の全員が頭上を見上げると、三翼を広げた夜明が急降下してくるのが見えた。
「部長、遅れてすみませんでした」
リアスの前に降り立った夜明は粉塵の中に隠れたライザーから視線を外さずに銀翼蒼星を構える。既に『女王(クイーン)』にプロモーションしたのか、魔力が漲っている。
「ドラゴンの小僧か」
「手前に小僧呼ばわりされる筋合いはねぇよ焼き鳥」
粉塵の中から現れたライザーは身体の大部分が消し飛んでいた。ほとんど下半身だけしか残ってないが、残っている下半身から生まれた炎が形を成していってライザーは元の姿に戻る。
「は、流石は不死身ってとこか。アーシア、部長の回復頼む」
リアスを下がらせ、逆に夜明は一歩を踏み出す。
「ライザーさま、私が『兵士(ポーン)』の相手をしましょうか?」
「いや、いい。こいつは俺自身が潰すと決めているんだ」
「そうですか、では」
「きゃっ!」
『女王(クイーン)』は魔方陣の中にアーシアを閉じ込めた。
「アーシア! ……まぁいい。手前とその爆弾狂をぶちのめせばいいだけの話だ」
「出来もしないことを抜かすな。いらいらする」
「安心しろ。俺はそれ以上にお前の面にいらいらしてる」
軽口を叩き、夜明はライザーへと突貫していった。
ライザーの拳が夜明の顎を打ち抜いた。一瞬、視界が霞んだが夜明は踏みとどまって左手の蒼星をライザーに突き刺した。
「無駄だ」
大して痛がる様子も無く、ライザーは夜明の左腕を掴んだ。途端に夜明の左腕が嫌な臭いを放ちながら燃え始めた。苦痛に顔を歪めながら自分の左腕を切り落とす。驚いた表情を浮かべるライザーの首を銀翼で斬る。すぐに再生しようとするところを返す刀で斬る。しかし、ライザーは今だ健在だ。抉り抜くような一撃が夜明の腹に突き刺さる。
「げはぁ!!」
血を吐き出しながら吹っ飛び、夜明は地面へと叩きつけられた。霞んでいく視界の中、夜明は思った。
(あぁ、こりゃ勝てないわ)
不死身を甘く見すぎていた。斬っても刺しても再生を続けるライザー・フェニックス。何度となく殴られ、蹴られ吹き飛ばされた。精神はともかく、身体の方が限界を迎えようとしている。
(立て、立ってくれ。勝てるかどうか分からないけど、まだ戦えるだろ!)
震える身体をゆっくりと起こしていると、あるものが目に飛び込んできた。ボロボロになった自分を見て涙をボロボロと流しているアーシア、リアスの姿……。
(泣かし、ちゃったか……)
『このままでいいのか、奏者よ』
不意に誰かの声が耳に届いた。体内から聞こえる、尊大な少女の声。
『奏者、そなたはどうしたいのだ?』
(……た、い)
銀翼を支えにし、崩れ落ちそうになる身体を持ち上げる。足が痙攣している。それでも立ち上がり、ライザー・フェニックスを見据えた。
『聞こえぬぞ』
(部長のために……勝ちたい)
そして涙を止めなければならない。この手でライザー・フェニックスを倒し、勝利を捧げることで。
『奏者よ、勝ちたいのだな』
(あぁ、勝ちたいよ)
ライザーが火を放つ。文字通り、骨をも焼き尽くすだろう業火が夜明へと迫っていた。
(勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい!!! ……だからよぉ)
迫る炎の熱波を感じながら夜明は掠れる声を搾り出す。
「力貸してくれ英雄龍!!!」
「その願い、余が確かに感じ入った」
夜明を襲おうとしていた炎が爆散する。リアスとアーシア、ライザーとその『女王(クイーン)』が驚愕に顔を染める。炎が防がれたことに、何よりも聞き覚えのない者の声に。
「拳を握れ、顔を上げよ! この劇場にまだ幕は下りぬ!」
そう、何故なら、
「奏者よ! そなたの逆転劇はいま始まるのだから!!」
三対の翼を広げ、己の脚で立つ夜明。その傍らには露出の激しい蒼の派手なドレスを纏った金髪の少女がいた。背には夜明同様、蒼、白、蒼銀の翼を生やしている。その少女の名は、
「行くぞ、ブレイズハート!!」
英雄龍、ブレイズハート。