『決着』
太陽の発砲。夜明の乱入で会場は蜂の巣を突いたような騒ぎになっていた。
「しかし、ドラゴン対フェニックスか。端から見りゃ、こっちが悪役だな」
「パーティーを邪魔してる時点で悪役も何もないと思うわよ」
違いない! と朱乃の言葉に太陽は大笑いする。
「さっさと決めろ夜明。私はこのスーツってのが死ぬほど嫌いなんだ」
魔王、サーゼクス・ルシファーが用意した余興としてライザーと戦う事になった夜明。勝った時の代価として、夜明はリアスを返すようサーゼクスに要求した。
「お前の能力はすでに全て割れている。武具を創造していく神器(セイグリッド・ギア)『英雄龍の翼(アンリミテッド・ブレイド)』で、創造した神器(セイグリッド・ギア)を鎧として纏う新しい能力も発見したそうだな」
「能書きはいい、来いよ」
炎の翼を広げるライザー。対し、夜明は二振りの大剣を創造する。神器(セイグリッド・ギア)でもない、特に目立った部分の無いありふれた大剣だ。しかし、ライザーには分かった。
(あれは、やばいな)
彼の中にあるフェニックスの不死の力が叫んでいる。あの大剣には絶対に斬られてはならないと。そして不死からの警告を無視し、ライザーは敗北への一歩を踏み出すことになる。
「フェニックスと謳われた我が力に敗北はありえん!!!」
炎が放たれる。骨すらも灰にする業火。眼前に迫る炎の波に夜明は無造作に大剣を横薙に振った。それだけで炎は掻き消えるように大剣へと吸い込まれていった。予想もしなかったことに誰しもが驚愕する。静かに大剣を下ろしながら夜明はリアスを見た。
「部長、俺はここで誓います。もう、貴方を泣かせません。だから、安心して見てて下さい、俺の戦い」
再びライザーに視線を戻し、夜明は三翼を羽ばたかせて一気呵成に突っ込んだ。炎を吸収されて唖然としてたライザーは一瞬反応が遅れ、夜明の一太刀を浴びた。
「学習能力のない奴だ、そんな攻撃、何度やっても無駄」
しかし、ライザーの傷口から溢れたのは炎ではなく血だった。驚くライザーに夜明は更なる一撃を加える。身体から力が抜け、膝をつくライザーを蹴り飛ばす。
「慢心が過ぎたな、焼き鳥。この大剣にはな、『不死殺し』と『吸魔』の力が与えられている! お前の天敵とも呼べる力さ」
『不死殺し』、文字通り不死の力を持つものに対して絶大な力を発揮する力。『吸魔』、相手の能力を吸い取り、武器の持ち主に与える力。不完全ではあるが、夜明はこの二つの力をあるものを代償に手にしていた。
「『吸魔』で俺の再生能力を吸収し、『不死殺し』でダメージを与えたというのか……!」
「吸収って言ったって俺が力不足だから剣に封印するだけしか出来ないけどな。『不死殺し』だって本当はお前を一撃で屠れるだけの威力があるってのに……自分の力の無さが恨めしいぜ」
「しかし解せん。貴様、何故この力をゲームの時に使わなかった!?」
「使わなかったんじゃない、使えなかったんだよ。だが、あることで『不死殺し』と『吸魔』を扱えるだけの力を得た!」
あること? ライザーの疑問には答えず、夜明は黙って自分の影を指差した。夜明の足下から伸びているのは翼を生やした人間のものではなく、攻撃的なフォルムのある生物……。ライザーは表情を引き攣らせながら恐怖が宿った目で夜明を見る。
「翼に宿るドラゴンに己の存在を支払ったのか!?」
「おうよ! 今の俺は人間とドラゴン、酷くギリギリな状態で存在している生物らしいぜ!」
何かしらのショックで人間とドラゴンの均衡を失えば、夜明は人間とドラゴンの中間という身の毛もよだつようなおぞましい存在へと変貌するだろう。それすら恐れずにドラゴンへ存在を売った夜明にライザーは畏怖の念すら抱いた。
「正気か貴様!?」
「知るかんなこと!!」
夜明の拳がライザーの頬を貫く。『不死殺し』でダメージを与えられた上に『吸魔』で再生能力を何割か奪われたライザーは夜明の一撃に大きくよろめいた。
「イカれているからこその迷い無い攻撃……俺は初めて相手に対して畏怖というものを覚えた。だからこそ全力でお前を倒す!!」
ライザーの翼が今まで以上に燃え上がった。夜明も三翼を広げて迎え撃つ体勢を作る。
「今まで散々能力に頼りきってた奴の全力なんて薄っぺらいもんが、俺に通用するかよぉぉぉぉ!!!」
龍のオーラを纏った大剣と燃え盛るライザーの拳が激突する。眩い閃光が会場を埋め尽くし、衝撃が空間を震わせた。光が晴れると、夜明とライザーが至近距離で睨みあっていた。夜明は大剣でライザーの胸を刺し貫き、ライザーは夜明の喉を万力のような力で掴んでいる。
「ごぼ……面白い。俺が『不死殺し』で倒れるのが先かお前が燃え尽きるのが先か! 比べてみるかリアスの『兵士(ポーン)』!!」
「はっ、んなことする必要はねぇよ」
鼻で笑いながら夜明はライザーを逃がさないようにタキシードの襟を掴む。肉が焼けようが骨が灰にされようが、絶対に離さないという意志がその手にはあった。
「身体は翼で出来ている……!」
ライザーの胸を貫いていた大剣が消え失せる。その代わり、数十本の武具が二人を囲むように現れた。『不死殺し』の能力を与えられた武具の切っ先が鋭い光を放ちながら二人を捉える。夜明が何をする心算か理解したライザーは顔を蒼白にさせた。にやっと笑みを浮かべながら夜明はライザーの襟を掴んでいるのとは反対の手を上げる。
「数十発もの『不死殺し』の爆発。耐えられるか!?」
夜明の振り下ろしに呼応し、全ての武具が二人目掛けて殺到する。腕が、胸が、脚が、胴体が全身余すところなく二人の身体を剣群が貫き穿つ。全身を襲う激痛に耐えながら夜明は血と一緒に言葉を吐き出した。
「ブロークン……ファンタ、ズム!!」
世界から音が消えたと思わせるほどの轟音。会場にいる全員の網膜に爆煙と火柱が焼き付けられる。黒煙の中を何かが飛び、どちゃっと嫌な音を立てて床に落ちた。黒煙が晴れてそれの正体が何か分かった時、誰もが例外無く言葉を失った。あの剛毅な太陽ですらも顔を青ざめさせている。
「〜……〜……いっ……てぇ……〜」
蚊の鳴く音にすら劣る声を出す夜明、胸から下が無くなっていた。爆発に食い千切られた傷口からは脊髄や臓器が顔を覗かせ、血を噴水のように溢れさせている。
「「「「「夜明(先輩)(さん)(くん)!!!!!!」」」」」
仲間達の悲鳴交じりの声が届く。大丈夫だ、と震える腕を持ち上げ、夜明はゆっくりと胸から下の身体を創造していった。牛の歩み並にノロノロと創造されていく夜明の身体。時折、血を吐き出しながらも夜明は確実に身体を創っていった。
「あぁ〜、死ぬかと思った」
創造した身体の感覚を確かめるようにゆっくりと立ち上がる。ぐっぱっと手を握ったり開いたりしてみるが、これといった違和感は感じられない。
(これって凄く効率の良い自爆攻撃なんじゃね?)
と考えてみたが、二度とやりたくないというのが正直な感想だ。血を失いすぎたのか、意識が遠のき身体がふらつく。踏み出す足も覚束ない。しかし、倒れることなく夜明はライザーに歩み寄った。夜明の自殺としかいいようのない攻撃に恐怖したのか、腰を抜かして訳が分からない、理解できないとぶつぶつ呟いていた。『吸魔』の効果が薄れたのか身体はキチンと再生している。
「ま、待て! 分かっているのか! この婚約は悪魔の未来のために必要なことなんだぞ!」
後退りながら必死で逃げようとするライザーの胸倉を掴み、引きずり上げて頭突きを顔面に突き刺して黙らせる。
「知るか。お前みてぇないけ好かない奴と部長がくっつかなきゃどうこうなるような未来なんて滅べ」
ライザーの言葉をばっさりと斬り捨て、夜明は手甲を装備させた右手を拳の形にする。勿論、手甲には『不死殺し』の力が。
「こいつは部長を泣かせちまったことに腸が煮えくり返ってる俺の八つ当たりだ……お返しなら何時でももらってやる。今はこいつを受け取れぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!」
力の限り握り締めた右拳がライザーの顔面を捉えた。ライザーは吹っ飛び、床の上を何回も転がって動かなくなる。夜明は小さく、だが力強くガッツポーズを作った。
ぐらっと傾いた夜明の身体を誰かが支える。夜明の腕を掴みながら太陽は呆れたような怒りたいような複雑そうな顔をしていた。
「お前、ウォルターから私の伝言を聞いてないのか?」
「いや、聞いた」
「その上であの蛮行をやったと……」
お前って奴は。今度こそ呆れ切った表情を浮かべて太陽は天井を仰ぐ。
「はぁ……まぁいい。最後まで主人公やって来い」
太陽に背中を押され、夜明はリアスへと歩み寄った。途中、ライザーの妹が前に飛び込んできたが、夜明の一睨みで気圧されてしまう。ライザーの妹の横を通り過ぎ、リアスの前に立った夜明は笑みを浮かべながら手を差し出す。
「部長、帰りましょう」
「夜明……」
リアスの手を取り、次に夜明はリアスの隣りにいる紅髪の人物に目を向けた。リアスの父である。
「部長は返してもらいます」
ただそれだけを告げる。何も言わず、リアスの父は目を瞑るだけだった。深々と一礼し、夜明は懐からグレイフィアに渡された紙を取り出す。裏側に描かれた魔方陣を見ると、眩い光を放ち始めた。光が薄れると、そこには一匹の鷲と獅子を足して二で割ったような動物が。
「確か、グリフォンっつったか?」
この際、この動物のことはどうでもいいと夜明は背に乗り、リアスを引き上げて前へと座らせる。二人が座ったのを確認すると、グリフォンは一鳴きして夜明がぶち破って入ってきた天井の穴目掛け急上昇していく。
「先に帰ってるぜぇ!!」
太陽たちに一声残し、夜明はリアスの手を握りながら冥界の紫色の空へと飛び出していった。
「ったく、世話かけさせやがって」
首をコキコキと鳴らし、太陽はライザーの父へと視線を向けた。
「フェニックスの爺さん。差し出がましいことを言うが、お宅んとこの三男坊、能力に頼りすぎだ。自分自身を鍛えさせる事をお勧めするよ」
耳が痛そうに苦笑するフェニックス卿。続いて、太陽はグレモリー卿へと向き直った。
「グレモリーの旦那。あんたはもう少しリアのことを考えろ。私も純潔の悪魔がどれだけ貴重かは重々理解してるが、娘の意思を無視してまで重要視するものではないはずだ」
んじゃな、と背を向けようとする太陽に待てとグレモリー卿。
「娘は、リアスは今幸せか?」
「自分で聞けよんなこと。あいつは今の自分を心の底から楽しんでるみたいだ……夜明が来てからは特にな」
そのまま振り返ることなく、太陽はウォルターと仲間達を引き連れて会場から出て行った。
「馬鹿ね」
「あはは、反論できない……」
困ったように頭を掻く夜明の頬にそっと手が添えられる。
「あんなボロボロになって、身体の半分を失うなんて」
「部長のためですから。俺、幾らでも頑張っちゃいますよ」
ニッと笑いながら力瘤を作ってみせた。しかし、リアスの表情は晴れない。夜明の胸に手を押し当て、悲哀に満ちた目を瞑る。
「存在をドラゴンに売って力を得たのね?」
「えぇ。結構お得でしたよ。別に見た目が変わる訳でもないし、よっぽどの事がない限り人間とドラゴンの成れの果てにもならないって」
しかし、夜明がこれから生きていく世界はそのよっぽどが何度でも起こる世界なのだ。沈痛そうに表情を顰めるリアスの目を夜明は真剣な眼差しで覗き込む。
「笑ってください、部長。俺はそのために命を懸けました。部長を笑顔にするためだったら、俺は何度でも戦います。命を懸けても、存在を懸けてでも……」
そこまで言ったところで夜明の唇がリアスの唇によって塞がれる。首に腕を回され、逃れられないようにされる中、夜明は完全に固まっていた。五分ほどそのままの状態を維持した後、リアスは夜明から唇を離した。
「私のファーストキス。日本の女の子は大切にするのよね?」
「……」
ポクポクポクチーン。夜明は固まったままグリフォンの上からずり落ち、真っ逆さまに地上へと落ちていく。
「全く、世話のかかる奏者だ」
落ちていきそうになったが、落ちる寸前に現れたブレイズハートが夜明の脚を掴んで事なきを得た。あ、と口を開いたリアスを一睨みし、ブレイズハートは無言で夜明をグリフォンの背に引きずり上げる。
「良いか愚物、覚えておけ。「眷族を信じる」、「誰よりも気高くある」。これが『王(キング)』の勤めだ……次は失望させてくれるなよ」
一方的に言い残し、ブレイズハートは夜明の中へと姿を消した。
「『王(キング)』の勤め……か」
ブレイズハートの言葉を噛み締め、リアスは胸に手を当てる。取り敢えず、今は夜明が落ちないようにするのが先決だとリアスは夜明の頭を膝の上に置いた。
「……ありがとう」
「同居人が増えたよ!!」
「やったねよっちゃん!」
「どこがじゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
雄叫びを上げる夜明。ひぅ、っと身体を竦ませるアーシアに謝りつつ、新たに増えた同居人、リアス・グレモリーの荷物を一生懸命に運ぶその姿、女には一生頭が上がらないだろう。
「ってか部長。何故にいきなり俺のところに引越しに?」
「下僕との交流を深めたいのよ」
とのことなので、夜明には何も言えなかった。ちなみにドラゴンと人間の中間という非常に中途半端になった夜明の存在だが、リアス、朱乃、太陽の三人が方法を見つけてくれたお陰でどうにかなった。数日おきに夜明の身体からドラゴンの存在を散らす作業をしなければならないらしいが、リアスを取り戻せたのだから安い取引といえるだろう。
(まさかとは思うが、この調子で朱乃さんや小猫、太陽までここに来たりしないだろうな?)
無意識にフラグを建てながら夜明はリアスの指示に従って荷物を運び続けるのだった。