『球技大会』
(木場のことは任せるって言われたってなぁ。俺にどうしろってんだよ)
夜明が嘆息したその時だ。カキーンと気持ちの良い快音がグラウンドに響いた。
「夜明〜、行ったわよ〜」
それと同時にリアスの声が飛んでくる。は? と顔を上げた夜明の視界に映ったのは急接近してくる白球……。メコッ、と非常にいい音を立てて白球は夜明の顔にめり込んだ。一、二歩ふらつき、夜明は大の字にどう、と倒れる。
「じ、人中にクリーンヒッツ……」
呻き声を上げながら夜明は顔から白球を引っこ抜く。鼻腔から鼻血が滝となって流れているが、駆け寄ってきたアーシアが治してくれたお陰でそれ以上血を流さずに済んだ。
「と、とりあえず地面にボールを落としてないからセーフですよね?」
「……そんな身を削るようなキャッチをしなくても」
ごもっとも。現在、彼らオカルト研究部は来週に控えた駒王学園球技大会に向け、旧校舎裏手にある広場で野球の特訓をしていた。文科系の部活なのに練習? とか思うかもしれないが、部活と名がつくものは例外なく参加しなければいけないのだ。そして、リアスは球技大会で勝つ気満々だ。
『ライザーとのレーティングゲームに負けたのが相当悔しかったんだろうな』
それで、負けず嫌いな性格に余計にブーストが入った、というのが太陽の言である。
「バッティング練習はここまで。次はノックよ!」
豪く気合が入っている。部長はこの手のイベントが大好きですからね、と何時の間にか夜明の隣りに立っていた朱乃は楽しそうに言った。二人の眼前ではリアスのノックしたボールを追いかけるアーシアの姿がある。
「次、祐斗! 行くわよ!」
リアスのバットがボールを天高く打ち上げる。お〜、と目でボールの軌道を追う夜明。ボールはそのまま木場のグローブにすっぽり収まる、かと思いきや。ボールが迫っているにも拘らず、木場はぽけーっとしながら俯き加減に突っ立っていた。
「祐斗。考え事をするのは一向に構わないが、今は練習に集中しろ」
「はい、すみません」
ボールが頭部に直撃する寸前、太陽が上手いことボールをキャッチしたので事なきを得た。一応は頭を下げる木場だが、その顔はやはり浮かない。夜明は先日太陽から聞いた聖剣エクスカリバーのことを思い返す。
(やっぱそのことが関係してるのかね。今度、エクスカリバーについてブレイズハートに聞いてみるか)
今は球技大会の練習に集中しようと気持ちを切り替えた夜明に微笑を浮かべた朱乃が話しかけてくる。
「ところで夜明くん、知ってます?」
「知ってますって、何をですか?」
「部長ってば最近、恋愛マニュアルの本を読み出したんですよ」
恋愛マニュアルですか! と驚きの表情を浮かべ夜明はバッターボックスに立っているリアスに視線を向けた。今は野球のマニュアルを読んでいる。へ〜、と頷きながら夜明は合宿の時、リアスがレーティングゲーム関連の本を読んでいたことを思い出す。
「まぁ、良いんじゃないですか? 部長だって年頃なんだし、そういう相手が出てきたとしてもおかしくは無いでしょうし」
年頃って、と朱乃は呆れ顔を作る。
「誰なのか気にならないんですか、部長の好きな人?」
「気にならないと言えば嘘になりますが、首を突っ込もうとは思いませんよ」
馬に蹴られて死にたくないので、と苦笑を浮かべる夜明をリアスが呼ぶ。うぃ〜っす、と返事をしながら歩いていく夜明の後ろ姿に朱乃は困った表情を浮かべた。
「あらあら、部長もアーシアちゃんも大変ね」
もっとも、自分も余り人のことを言えなくなってきているのだが。その事に気づき、朱乃は改めて困った表情を深めるのだ。
次の日の昼休み。昼ご飯を食べ終えた夜明はアーシアと一緒に部室に向かっていた。リアス、アーシアと同棲してるせいか、嫉妬に狂った松田、元浜を筆頭とした男子達が月光夜明は鬼畜だとか何とか根も葉もない噂を垂れ流しているが、本人は開き直っていた。既にアーシアと同棲してた時点で結構酷い事を言われてたので、ある程度免疫がついていたらしい。
「ちぃーっす……って、生徒会長?」
部室に入ろうと扉を開けたまま夜明は動きを止める。不審に思ったアーシアが夜明の脇から部室内を覗き込むと、ソファーに座る部員以外の生徒と目が合った。冷たく理路整然なんて言葉がぴったり合いそうな三年生、この駒王学園の生徒会長。支取蒼那、それが生徒会長殿の名前だ。
「部長、太陽が何かやらかしたんですか?」
「お前は私をどういう目で見てるんだ、夜明?」
ジト目で夜明を見る太陽だが、そう思われても仕方が無いというのが正直な感想だ。授業をバッくれるのは当たり前、例え授業に出ていたとしても眠たければ寝る。朝のSHRの時にふらっと学校を抜け出したと思えば、昼休みにひょっこり帰ってくる。とにかく、太陽はフリーダムな奴なのだ。
「なのに、テストでは毎回学年最高点を叩き出すんだから始末が悪い……」
だらしなく着崩した男子制服や馬鹿みたいに漢らしい性格、尋常じゃない強さや人間離れした美貌も相まって太陽は二大お姉様と呼ばれるリアスや朱乃に匹敵する人気を持っていた。ちなみにその次に人気なのは生徒会長である。
「何だ。リアス先輩、俺達のこと月光に話してなかったんですか? 悪魔同士、気付けないってのもおかしな話だけど」
と、生徒会関係者と思しき蒼那の付き添いがそんなことを言う。
「悪いな。俺、興味のない奴の面覚えられるほど記憶力無いし」
更に言うなら彼は人間である。付き添いの男子生徒は夜明の言い方にむっとした表情を作ったが、蒼那に目で制され押し黙った。
「部長。まさかとは思いますが、駒王学園の生徒会メンバーが悪魔だなんてことは」
「貴方の想像通りよ、夜明」
「彼女の本当の名前はソーナ・シトリー。上級悪魔シトリー家の次期当主ですわ」
リアスと朱乃の説明に夜明はわぉ、と驚いて見せた。こんな身近に悪魔がいたこともそうだが、何よりリアスと同じ上級悪魔が学園にいることにアーシアもビックリした表情を浮かべている。
「んで、今日は面合わせですか?」
夜明の問いに太陽がそんなとこだな、と頷いてみせる。うぃうぃと頷きながら夜明は蒼那、改めソーナに向き直った。
「リアス・グレモリーさまが『兵士(ポーン)』、月光夜明。以後、よろしく」
とてもじゃないが目上の人に対する挨拶ではない。僅かに頭を下げた夜明にソーナは驚きと不快をごちゃ混ぜにしたような表情を浮かべ、男子生徒は肩を怒らせて夜明に詰め寄った。
「手前、何だその挨拶は? 舐めてんのか!?」
「知るか。俺が敬意を払うのはリアス部長だけだ。それ以外の有象無象なんざ知ったこっちゃねぇ」
互いの胸倉を掴み、ガンを飛ばしあう。
「潰すぞ手前!」
「やれるもんならやってみろよ腰巾着」
本格的に殴り合いになりそうになる寸前、見かねた双方の主が待ったをかけた。ため息をつきながらソーナはリアスと視線を見合わせる。
「お互い、新しい子には苦労させられてるみたいね」
「みたいね」
苦笑を浮かべてリアスは頷く。
「匙元士郎だ。二年で会長の『兵士(ポーン)』をやってる」
「そうかよ」
心底興味無さそうに夜明は男子生徒、匙の言葉を聞き流した。神経を逆なでする夜明の行動に匙も限界寸前だ。
「手前……俺は駒四つ消費の『兵士(ポーン)』だぞ。最近悪魔になったばっかりだけど、お前なんかに負けるかよ」
「あっそ……ま、これから長い付き合いになるんだからそれなりに仲良くやってこうや」
両者、手を差し出し握手を交わす。匙は骨も砕けよとばかりに夜明の手を握っていたが、、当の本人は至って涼しい顔。逆に匙の手の方がメキメキと剣呑な音を立て始めた。
「この程度で『兵士(ポーン)』四つ分。これの二倍だと単純に考えると……そんな凄くない、俺?」
「夜明、いい加減やめとけ。お前らしくないぞ」
太陽に諌められ、夜明はへいへいと頷きながら匙の手を放す。確かに太陽の言うとおり、リアス以外の悪魔を主と仰ぐ『兵士(ポーン)』との出会いで柄にも無く対抗心を燃やしていたようだ。
「サジ、今の貴方では月光君には勝てません。あのフェニックスのライザーを倒したのも彼なんですから。伊達に『兵士(ポーン)』八つ分を消費してる訳ではないようね」
ソーナの言葉に匙は驚愕を顔に浮かべて夜明を見る。別に大したことじゃない、と言わんばかりに夜明は肩を竦めるだけ。お互いのルーキー紹介も終わり、その場はお開きとなった。
「リアス、球技大会が楽しみね」
「えぇ、本当に」
という台詞を残して。
「快晴快晴! 絶好の運動日和だな!」
「そうですね」
額に手をあて、澄み切った青空を見上げる夜明の隣りでアーシアは頷いた。球技大会当日、幸いと言うべきか、天気には恵まれた。体操服へと着替えた夜明とアーシアはクラスの皆と一緒にグラウンドの片隅で準備運動をしていた。
「しっかし、クラス対抗戦の種目が野球で良かったな。部長達との練習が活かせる」
「あぅ〜。私、結局一回もボールが取れませんでした〜」
ま、部長以上の球を打ってくる奴がいないことを祈ろうや、と涙目になっているアーシアを撫でていると、出場種目であるテニスを終えたリアスがこちらへと歩いてくるのが見えた。
「部長、お疲れ様です」
「ありがとう。それにしても悔しいわね。あそこでラケットのほうが壊れちゃうなんて」
リアスはテニスの決勝でソーナと戦った。ゲーム終盤でラケットが壊れてしまい同位優勝となったが、リアス的には白黒はっきり出来なかったのが悔しかったらしい。そこに小猫を連れた朱乃が歩いてくる。
「あら、どうしたの朱乃?」
「太陽さんがサッカーの試合に出ているので、もし良かったら皆で応援に行かないかと思いまして」
「……」
どうでもいいが、体操服の裾から覗くリアス達の太腿は夜明にとっては目の毒だ。四人の綺麗な脚線に引き寄せられそうになる目を片手で覆い、目のやり場を探して周囲を見ていた夜明はあることに気付く。
(……木場の奴、どこ行ったんだ?)
思えば、球技大会が始まる時から木場の姿を見ていない気がする。何か外せない用事でもあったのか? と考える夜明をリアスが呼ぶ。リアスの声に応え、夜明はサッカー場へと歩いていく四人の後を追った。
サッカー場。太陽の姿を見るために集まった生徒でごった返していた。夜明達は生徒の生垣を掻き分け、一番見易い場所へと進んだのだが……。
「……」
「……太陽先輩……」
「は、ははは……」
試合を見た途端、リアスは不機嫌な表情を作り、小猫は呆れ、アーシアは笑顔を引き攣らせいた。
「朱乃さん朱乃さん」
「何、夜明くん?」
「気のせいですかね? 太陽の奴、グラウンドのど真ん中で突っ立ったまま寝てるように見えるんですけど」
気のせいじゃないわよ、と答えながら朱乃は困ったように顔に手を当てる。夜明達が応援しに来た当の本人である夕暮太陽。周りで級友達がボールを追いかけてる中、器用に立ったまま寝ていた。ご丁寧に鼻提灯まで膨らませて。ちなみに試合は0対0の延長戦へともつれ込んでいる。
「あ、ボールが……」
小猫が声を出した瞬間、誰かが蹴ったボールが太陽の鼻面を直撃した。アーシアは反射的に両手で顔を覆う。
「た、太陽さんは大丈夫なんですか!?」
「大丈夫も何も、何事も無かったかのように直立不動で寝てやがる」
何て奴だ、と夜明は呆れとも尊敬ともつかない顔で太陽を見ていた。と、さっきから黙っていたリアスが前にいる夜明を押し退け、グラウンド中央で寝ている太陽に向かって思いっきり叫んだ。
「太陽ぉ!! まさか寝たまま何にもしない気じゃないでしょうね!? そんなことしたらただじゃおかないわよ!!」
「……うるせぇな」
級友が突こうが、ボールが直撃しようが目を覚ます気配の無かった太陽。リアスの声を聞いただけで瞼を持ち上げ、煩そうに声のした方を向く。そこにリアス以外の仲間達の姿を見つけ、げっと顔を顰めた。
「おいおい。何で朱乃だけじゃなくて夜明達までいるんだよ……」
ったく、と頭を掻きながら脚を屈伸させる。コキコキと首を捻り鳴らしながら太陽は軽い準備運動を始めた。
「流石に(眷属としての)後輩にダメダメなところを見せるのは嫌だから、な!!」
言い切ると同時に走り出す。ボールをキープしていた仲間が太陽が走り出したのを見るや、大きなパスを蹴った。太陽は走ったまま飛んできたボールを豊満すぎる胸で受け止め、膝で頭上に上げる。
「一丁派手に」
高々と打ち上げたボール目指してジャンプする。曲芸師でも無理なんじゃね? と思えるような動きで身体を反転させ、オーバーヘッドキックを決めた。ボールはそのままゴールに突き刺さり、ゴールを地面に押し倒す。
「っしゃあ!!」
太陽が着地すると同時に試合終了のホイッスル。クラスメイト達にもみくちゃにされながら太陽は夜明達に向かって親指を立てた。
「マジかよ、凄ぇな!!」
「太陽さん凄いですー!!」
柄にも無く夜明は興奮したように手を叩き、アーシアもその場でピョンピョン飛び跳ねていた。小猫も普段の面倒くさがりなイメージと違う動きを見せた太陽に目を丸くしている。リアスはそれでこそ太陽、と言いたげに腕を組み、朱乃もにこにこと笑みを浮かべていた。
その中に、木場の姿は無かった。