『聖剣計画、来客二名』
「……」
駒王学園旧校舎屋上。ザーッ、とバケツを引っくり返したように雨が降り注ぐ中、夜明は無言で鉛色の雲に覆われた空を見上げていた。身動ぎ一つせず空を見上げたまま、部室でのことを思い出す。球技大会に顔を出さなかった木場は部室にいた。特に何をするでもなく、ボケッとしながら。リアスは何故、球技大会に出なかったのかと問い詰めたが、木場は答えることなく部屋から出て行った。その際、夜明は木場とこんな遣り取りをした。
『何のために戦っているのか?』
間髪いれずに夜明はリアスのためだと答える。しかし、木場の答えは違った。
『僕は復讐のために生きている。聖剣エクスカリバー、それを破壊するのが僕の戦う意味だ』
「復讐のため、ね……ブレイズハート」
己が身体に宿った英雄の名を冠する龍に呼びかける。数秒と経たずに夜明の隣りに金髪蒼ドレスの美少女、ブレイズハートが現れた。
「何か用か、奏者よ?」
「エクスカリバーについて知ってることを教えて欲しい」
ふむ、と顎に手を当てブレイズハートは記憶の中からエクスカリバーに関する情報を引き抜き始めた。
「エクスカリバーか。余が知ってることは限られておるぞ。複数に砕けた後に七本のエクスカリバーが作られたとか、後は『聖剣計画』くらいだな」
「『聖剣計画』?」
「うむ。恐らく、あの魔剣使いは十中八九『聖剣計画』の犠牲者なのだろう」
ブレイズハートは夜明に『聖剣計画』の内容を要約して説明し始めた。
「どれ程前かは覚えてないが、キリスト教内で聖剣を扱える者を人為的に作り出そうという計画が発足したのだ」
「成る程、それで『聖剣計画』か……」
捻りのひの字も無いな、と呆れる夜明にブレイズハートは違いないと苦笑を浮かべる。
「話を戻すぞ。超大まかに説明すると、キリスト教は聖剣を扱える者を養成しようとした。しかし、聖剣を扱えるようになった者はいなかった。ここから先は分かるな?」
「『不良品』として処分されたってとこか……」
胸糞が悪そうに吐き捨てた夜明の脳裏にあることが過ぎる。木場の神器(セイグリッド・ギア)は『魔剣創造(ソード・バース)』。文字通り魔剣を創り出す神器(セイグリッド・ギア)だ。
「聖剣を扱うために養成された木場の能力は魔剣を創造すること。不良品として処分されかけた挙句が転生悪魔か……神様ってのはとことん捻くれてんな。なぁ、ブレイズハート。お前って砕ける前のエクスカリバーって見たことあるか?」
嫌な気持ちが胸の中に充満し始めた夜明は気持ちを切り替えようと、少し気になっていたことをブレイズハートに訊ねた。夜明の心の機微を察したのか、ブレイズハートは不自然な話題の転換に突っ込むことなく口を動かす。
「あぁ、見たぞ。あれは中々どうして凄いものだった……こうであって欲しいという万民の願いが鍛え上げた最強の幻想(ラスト・ファンタズム)。別名を『約束された勝利の剣』」
「『約束された勝利の剣』ねぇ、大層な名前だ」
「その名に恥じぬ聖剣だったぞ。黄金に輝く刀身から放たれる光の斬撃はオーフィス、グレートレッドの鱗を以ってしても防ぎ切れぬほどだ」
そりゃ凄い、とオーフィス、グレートレッドなるドラゴンのことは知らないがブレイズハートに相槌を打ちながらも、今度は別のことが気になり始めた夜明だった。目の前にいる彼女、即ち英雄龍ブレイズハートとは如何なドラゴンだったのか。夜明が知ってることと言えば、以前にグレイフィアが独り言のように呟いていた『二天龍の争いを止めた』ということだけだ。
「ブレイズハート。お前ってどんなドラゴンだったんだ?」
「……よくもまぁそんなにポンポンと疑問が涌いてくるものだな、奏者よ。まぁ、話すことは吝かではないが」
ちらと頭上を仰ぐ。鉛色の空は相変わらず土砂降りの雨を地上目掛けてぶち撒けている。
「屋内(なか)に戻らぬか? 余は大丈夫だが、奏者が風邪をひいてしまうぞ」
特に反対する理由も無かったので、夜明はブレイズハートの言うとおり旧校舎内へと戻っていった。
「それで余がどんなドラゴンだったのかという話であったな。一言で表すなら『お節介』だな」
部室に戻った夜明は向かいのソファーに座っているブレイズハートの話に耳を傾けていた。他の部員は既に帰宅しているので部室に二人以外の人影は無い。
「大昔に神と天使、悪魔、堕天使の三者が三つ巴の大戦争を起こしたのは知っているな?」
あぁ、と頷いて見せる。その話ならリアスと太陽から聞かされていた。
「当時のことは詳しく知らぬが、三者はそれぞれの種や理想のために死力を尽くして戦っていた……そこにいきなり馬鹿ドラゴン二体が派手な喧嘩を始めたのだ」
名を赤龍帝ドライグ、白龍皇アルビオン。彼の二体は神や魔王に匹敵し得るその強さを存分に発揮し、様々な種族が入り乱れる戦場を乱しに乱しまくった。当然、世界の覇権を巡って争っていた三者はいい顔をしない訳で。
「こちとら真剣に世界の覇権を巡って戦ってるのに己等は何をしとんじゃぁ! と三者は手を取り合って馬鹿二体を倒そうとした。すると馬鹿×二は決闘の邪魔をすんじゃねぇ! と見事に逆ギレして、喧嘩を続けながら三大勢力を返り討ちにしていった」
そして二天龍の余りに傍若無人な振る舞いを見かね、傍観を決め込んでいた一頭のドラゴンが立ち上がった。それこそが彼女、英雄龍ブレイズハートである。
「まぁ、自慢ではないがこう見えても余はドライグ、アルビオンに匹敵する力を持っていてな」
とか言ってるが、その表情は明らかにドヤ顔だった。胸を張って得意げに豊満な双山を揺らすブレイズハートを夜明は生暖かい目で見ていた。
「んで、お前の協力を得た三大勢力は無事に二天龍を打ち倒した、ってとこか?」
「正確には幾重にも切り刻んで魂を神器(セイグリッド・ギア)に封印したのだ。まぁ、その程度で奴等が争いを止めるわけも無く、宿った人間を媒介にして戦い続けているらしいな」
「そいつぁ筋金入りだな」
救いようの無い奴等よ、と肩を竦めるブレイズハート。ふぅん、と相槌を打ちながら再び夜明の中で新たなる疑問が浮かんだ。
「ちょっと待てよ。その流れで何でお前は馬鹿二天龍と同じように神器(セイグリッド・ギア)に封じられたんだ?」
「……」
途端にブレイズハートの表情が翳った。豪放磊落、傲岸不遜な雰囲気は鳴りを潜め、濡れた子犬のようにシュンとなっている。もしかしなくても地雷を踏み抜いたと確信した夜明は内心で青ざめていた。かける言葉を見つけられずに夜明が呻いていると、ブレイズハートは何かを振り払うように頭を強く振る。
「余を宿した身である以上、気になるのは当然であるな。よい、気にするな奏者よ」
あんな表情を見せられて気にしないでいられるほど、夜明の神経は太くなかった。表情に出さないでオロオロする夜明を尻目にブレイズハートは再び口を開く。
「二天龍を封印して心置きなく戦いを再開した三大勢力だが、ある懸念事項が残っていた……余だ」
三大勢力は二天龍に匹敵する力を持ったブレイズハートを恐れた。牙を剥かれる前に三大勢力は今一度手を組み、ブレイズハートを封印しにかかった。二天龍との戦いで疲弊しきっていたブレイズハートは碌な抵抗も出来ずに身体を切り刻まれ、二天龍同様に神器(セイグリッド・ギア)に封印された。
「仕方なきことよな。どの時代でも、どの種族からも力の塊であるドラゴンは恐れられていた。まして、それが二天龍に匹敵する強さを持っているなら尚更……」
夜明にではなく、自分に言い聞かせるようにブレイズハートは呟く。その声音には諦観の響きがあったが、表情は今にも泣き崩れそうなほどにぐしゃぐしゃだ。気付けば夜明はブレイズハートを抱き締めていた。無意識の内にテーブルを踏み越えていたらしい。
「……」
最初は驚きの表情を浮かべていたブレイズハートだったが、夜明に頭を撫でられている内に気持ち良さそうに目を細めていた。首筋に頭をグリグリ押し付けながら甘えるように鼻を鳴らす。
「奏者よ」
「ん?」
「余のことを恐れないで欲しい。余を宿した者達は大抵、余の力を恐れるか、余の力に溺れるかのどちらかだった」
「分かった。これからどうなっていくか分からないけど、楽しくやっていこうな、ブレイズハート」
夜明の腕の中でブレイズハートは何度も何度も頷くのだった。
ドラゴンの存在を散らす方法。それは高位の悪魔に吸い取って無力化してもらうことだ。方法は幾つかあるが、いっちゃん手っ取り早いのが本人の身体から直接吸い出す方法らしい。そして今日もまた、ドラゴンの存在を散らしてもらうために夜明は旧校舎の和室と化した一室へと足を運んでいた。
「……」
ドラゴンの存在を散らしてもらう方法。それが何とも言えず淫靡なものなので、純情な夜明はこの時が来る度に気恥ずかしさを感じて顔を赤くしていた。下は制服、上はYシャツ一枚という格好で夜明は畳の上に座り、朱乃を待っている。ちなみにドラゴンの存在を散らせることが出来るのは彼の周囲にリアス、太陽、朱乃しかいないため、三人はそれぞれローテーションして夜明の体内からドラゴンの存在を吸い取っていた。
「朱乃さん、まだかな」
待ち続けること数分、一向に朱乃がやってくる気配がない。手持ち無沙汰になった夜明が何やら術式めいた紋様やらを刻まれた室内を見回していると、扉が開いて白装束に着替えた朱乃が入ってきた。普段はポニーテールにしている艶やかな黒髪も、今はおろしている。
「それじゃ、始めましょうか」
「は、はい」
夜明の向かい側に座る朱乃。その姿は何故か水に濡れて白装束が薄く透けているが、夜明はそのことを突っ込まなかった。気恥ずかしさに頬を薄く染める夜明を朱乃はSっ気たっぷりの表情で見ている。
「夜明くん、右腕を出して」
言われたとおり、夜明は右腕を突き出す。ドラゴンの存在を散らす方法。それは身体からドラゴンの存在を吸い取ってもらうことだ。ちなみにこの方法、思春期の夜明には刺激が強くドラゴンの存在を吸い取ってもらっている間、夜明は終始顔を真っ赤にしていた。オマケに今、作業をしてくれている朱乃さん。指を吸うだけで良いのに、態々夜明の指に舌を絡ませたり、甘噛みしたりしてくる。
ちろ……。
「っ!」
現に今も朱乃は口に含んでいる夜明の人差し指を口内で舐め上げた。夜明が反射的に身体を竦める様を、朱乃は上目遣いで見つめる。その視線、本当に楽しそうだ。その後も朱乃は夜明の指を放そうとはせず、わざと卑猥な音を立てて夜明の反応を楽しんでいた。
「あの、朱乃さん。まだ終わらないんですかね?」
五分も経った頃、朱乃は完全に自分の役割を忘れて夜明の指を味わっていた。流石にいたたまれなくなり、夜明は朱乃に訊ねる。
「ごめんなさい。指から吸うと、どうしても時間がかかってしまうのよ」
ちゅぽん、と大きく音を立てながら朱乃は咥えていた夜明の指を放し、頬を上気させながら答えた。はぁ、と何ともいえない表情をしながら夜明はため息を吐く。
「あの、もうちょい手っ取り早く終わらせられる方法って無いんですか?」
何気ない夜明の質問。その質問を待ってましたと言わんばかりに朱乃は双眸を輝かせた。
「無いことはないけど……」
朱乃の含みを孕んだ声に夜明は思わず顔を上げる。夜明をちらちら横目で見ながら朱乃は焦らすようにそこから先を話さない。
「あるんですか?」
焦れた夜明が強い口調で訊ねると、朱乃は困ったような、それでいて心底楽しそうな表情を顔に浮かべた。
「あるにはあるのだけれど……それをやってしまうと私が部長に怒られちゃいますから」
「あるんならお願いしますよ。部長には黙っておくんで」
正直、これ以上延々と指を吸われては堪らない、と夜明はさっさと終わらせたい一心で朱乃に頼み込んだ。すると、朱乃は妖しく目を輝かせる。自分が仕掛けた罠にほいほいと迷い込んできた獲物を見るように……。
「言ったわね、夜明くん。もう、待ったは無しよ」
艶かしく唇を舐めながら朱乃が身体を押し付けるように擦り寄ってくる。ここに来て漸く警戒警報(アラート)が頭の中に鳴り響いた。顔を引き攣らせながら後ろに下がろうとするが、何時の間にか腰に回された朱乃の両腕がそれを許さない。
「あ、朱乃様?」
「夜明くん。指から吸い出すよりも効率良くドラゴンの存在を散らす方法、それはね……あっつ〜い、身体がとろけちゃいそうな口吸いよ」
口吸い。早い話が接吻である。目を丸くさせ、夜明は朱乃の言った事をオウム返しに繰り返す。
「KUTISUI?」
「Yes. Deep Kiss」
何かランクアップしていた。本格的に身の危険を感じた夜明は朱乃の拘束から逃れ、窓から逃げようとするが、
「逃・が・さ・な・い♪」
それよりも早く朱乃が放った小さな雷撃に打たれ、全身が麻痺して動けなくなる。畳の上にぶっ倒れ、痺れで動けない夜明を朱乃が優しく抱き起こす。
「あ、朱乃さん!? あなたそんなに俺とキスしたいのか!?」
「えぇ、とっても」
凄く良い笑顔だ。ゆっくりと近づいてくる朱乃の顔に夜明が観念したその時、
「夜明、朱乃。まだ終わら……」
ガラガラと扉が開いた。入ってきたのは美しい紅髪の持ち主、リアスだった。数秒、リアスは室内の光景に唖然とするが、すぐに眦を厳しくし、全身から紅のオーラを放ちながら朱乃を睨む。うわぁ、凄いデジャヴ、と夜明は視線を遠くする。
「朱乃。これはどういうこと?」
「うふふ、このやりとりも二度目ね。大したことではないわよリアス。ただ、夜明くんと熱い熱いヴェーゼを交わそうと」
ヴェーゼ、の部分でリアスの身体から溢れ出していたオーラが一気に密度を増した。相当ど頭に来ているのか、世紀末救世主伝説に出てくる主人公のように指をコキコキと鳴らしている。
「朱乃……貴方とは一度本気で話し合わないとね」
「どれだけ話し合っても何も変わらないと思うわよ、リアス。あの時の、フェニックスと戦ってる時の夜明くんを見たらどんな女だって、ねぇ」
堕ちちゃうわよ。言外に囁かれた朱乃の言葉にリアスもそれは認めると首肯した。でも、それとこれとは話が別、と戦闘態勢を解かなかった。
「夜明は私のよ!」
「うふふ、主の男を奪うというのも一興ね」
ぶつかり合う滅びの魔力と雷。それが夜明が意識を失う前に見た最後の光景だった。
「アーシア。俺、女性恐怖症になりそうだぜ……」
「よ、夜明さん! 何があったんですか!?」
帰り道、魂が抜けたようにふにゃふにゃの夜明を健気にもアーシアが支えていた。夜明を巡るリアスと朱乃の決闘は途中で様子を見にきた太陽の鉄拳によって無事に収束した。旧校舎を吹き飛ばしかけた二人は現在、正座で太陽とウォルターから説教を受けている。この二人とリアスが一緒に帰ってないのもそれが原因だ。
「あぁ、漸く精神が安定してきた……アーシア、お前は俺の天使だよ(精神安定剤的な意味で)」
「えぇ! て、天使だなんてそんな……///」
夜明の台詞にアーシアは白い肌を朱に染める。転生して悪魔となった彼女を天使とはこれ如何に? という無粋な突っ込みは無しの方向で。その後、アーシアと手を繋ぎながら帰った夜明。自宅のマンションに帰ってくると、ある違和感に気付く。
「……」
「? 夜明さん、どうし」
アーシアの唇に指を添えて静かにさせる。金属製のドアに耳を押し当て、中の状況を確認する。
(人数は……二人。泥棒か何かか?)
考えても埒が明かない、と夜明はアーシアを下がらせ、周囲に誰もいない事を確認してから蒼星銀翼を創造した。肩の力を抜いて深呼吸、ドアを蹴り破って中へと飛び込んだ。そのままリビングへと突撃すると、二人の女性がビックリ仰天した様子で固まっていた。
「おらぁ、不審者! 今ならボコボコにするだけで済ましてやるから神妙にしやが……」
一気に捲くし立てたところで夜明は目の前の二人の片割れに見覚えがあることに気付く。二人して白いローブを纏っている。キリスト教会の関係者だ。逆に唖然とする夜明に、驚きから抜けた女性の一人が複雑そうな笑みで話しかけてきた。
「久しぶり、夜明くん。お互い、見ない間に随分と変わっちゃったわね」
かつての幼馴染、紫藤イリナは意味深な言葉と笑顔を夜明に向けていた。