『堕天使のトップ』
(……ここは、どこだ?)
月光夜明が目を開いてみると、そこには異次元と呼ぶに相応しい光景が広がっていた。地面はおろか、空も境界も何もない灰色の世界。宙には大小様々な大きさの歯車が浮かんでいる。異世界へと放り込まれた夜明は一人ポツンと立っていた。
「何だって俺はこんなとこに……?」
「それについては私が説明してあげるよ」
投げかけられた声に振り返ると、そこには一人の眼鏡美少女が立っていた。名をアトラス・I(イリス)・エジソン。英雄龍最強の力、『創世』を発現した最強の四人である『四世』の一人。夜明に初めて話しかけた歴代英雄龍でもある。や、とエジソンは笑顔で夜明に手を振った。
「エジソン……お前が俺をここに呼んだのか?」
「そ。まぁ、立ち話もなんだから座ってよ」
エジソンは傍らに椅子二脚を創造する。椅子に腰を下ろし、二人は改めて向かい合った。
「まずは自己紹介から。私はアトラス・I(イリス)・エジソン。名前から気付いてると思うけど、かの『発明王』、トーマス・アルバ・エジソンの妹だよ」
「エジソンって妹がいたのか? 知らなかったなぁ……」
「そりゃそうだよ。私、兄さんと違って悪魔や霊なんかのオカルト的な方向の発明をしてたから。一族の恥だって追放されちゃったんだよ」
ケラケラと笑いながらエジソンは自分がオカルト的な発明を続けた結果、『悪魔の発明』という渾名をつけられたことを夜明に話す。そいつは筋金入りだ、と夜明は乾いた笑みを浮かべた。
「ま、私の身の上話は置いといて、今回君をここに呼んだのはあることを話すためなんだ」
「あること? というか、ブレイズハートは……って寝てたか」
夜明はすぐに同じベットの上でブレイズハートがすやすや寝てることを思い出す。ちなみにリアスやアーシアも仲良く同じベットで寝ていた。寝苦しいったらない、と夜明は心中で愚痴る。
「それで、俺を呼んだ理由って?」
「その前に私の目的を話さないとね」
そう前置いて、エジソンはブレイズハートに話して聞かせたことを夜明に打ち明けた。ほぇ〜、と驚きながらも夜明は口を挟まずにエジソンの話を最後まで聞いた。
「世界を創造した四人が俺に力を貸す、か……想像がつかないな。エジソン。そうなった場合ってどうなるんだ?」
「予測不可能だね。だからこそ面白いんじゃない!」
眼鏡の奥にある瞳をキラキラと輝かせ、エジソンは子供のように屈託の無い笑みを浮かべる。何ともいえない表情を浮べて夜明は頭を掻いた。正直言って、『英雄龍の翼(アンリミテッド・ブレイド)』に目覚めたばかりの自分にこんなことを話されても実感が涌かない。そもそも、夜明は『創世』はおろか、禁手(バランス・ブレイカー)にすら目覚めてないのだ。
「大丈夫だよ。君はすぐに『禁手(バランス・ブレイカー)』に至るよ。『創世』を発現するのだってそう遠い話じゃない」
夜明の考えていることを見透かしたようにエジソンは断言する。何でそんなことが言えるんだ、という夜明の問いにエジソンは歴代の英雄龍が神器(セイグリッド・ギア)を創造する域に至るのに長い時間がかかることを話した。
「どんなに早くても神器(セイグリッド・ギア)を創造するのには目覚めてから一ヶ月くらい修行しないと無理なんだ。なのに、君は目覚めて数日でその域に至った! これはアーシア・アルジェントが殺された怒りで神器(セイグリッド・ギア)にブーストがかかったことがあったとしても異常なことだよ」
ピッ、とエジソンは夜明の顔を指差してはっきりと宣言した。
「君は私を含めた『四世』と比べても遜色ないほどの才能を持っている英雄龍だよ」
そんなことを言われても実感が涌かず、夜明は困ったように頭へと手をやるだけだった。ま、今は禁手(バランス・ブレイカー)に至るのが最優先事項だね、とエジソンは薄目で夜明を見る。
「これからは白龍皇と戦う事も視野に入れておかなきゃいけないんだし、強くなるに越した事は無いよ」
そしてまだ見ぬ赤龍帝との戦いも。エジソンの言葉に夜明は大きく頷く。現状、夜明は白龍皇よりも遥かに弱い。今よりも少しでも強くならなければいけないのだ。
「とりあえず、君は禁手(バランス・ブレイカー)に耐えられるだけの身体を作っといてちょうだい。私はその間、ブレイズハートと一緒に他の『四世』達を説得してくるから」
頷きながら夜明はエジソン以外の『四世』がどのような人物なのかを訊ねようとしたが、突如として猛烈な睡魔が襲ってきて口を開けなかった。
「あ、そろそろ現実時間では朝かな。それじゃ、準備が出来たら呼ぶよ。夜明、私の次に君が会うのは……」
視界の中でエジソンが口を動かす。聞こえた名前をしっかりと記憶に刻み込んでから、夜明は眠りへと落ちていった。
「『征服王』イスカンダル、か……」
「古代マケドニア王国の王か」
太陽の言葉に夜明は頷く。時は深夜、場所は部室。悪魔のお仕事へと向かう前の会話だ。夜明は昨晩見た夢を仲間達全員に話して聞かせたのだ。
「イスカンダル、ですか?」
「その名でピンとこないなら、アレキサンダー大王といえば良いかな? 世界征服に王手をかけていたといわれるほどの英傑だったようだが」
首を傾げるアーシアにゼノヴィアが説明している。本当に仲良くなったな、この二人、と夜明が考えていると、横から小猫がイスカンダルについて記された本を差し出してきた。礼を言いながら夜明は本を受け取り、ページをぱらぱらと捲った。
「何々〜……ゼウスに送られるはずだった神牛を手前のものにした。随分とぶっ飛んだことやってんだな、俺の先輩」
「『神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)』だね。二頭の飛蹄雷牛(ゴッド・ブル)が引く戦車(チャリオット)は地面はおろか、天空すら走破すると言われた騎乗型神器(セイグリッド・ギア)」
「神に送られるはずだった神牛が引く戦車かぁ〜。凄ぇ勢いだったんだろうなぁ」
祐斗の言葉に夜明はそんな感想を漏らしていた。
「……そんな凄い人が協力、それ以前に説得に応じてくれるんですか?」
「そこら辺はエジソンとブレイズハートに任せるしかないだろ。とりあえず、俺は目の前の仕事に専念させてもらうさ」
隣にちょこんと座っていた小猫の頭をポフポフと撫で、夜明は立ち上がる。リアスと朱乃が転送用の魔方陣の準備を整えたのだ。んじゃ、行ってきます、と夜明はリアスに頭を下げ、夜明は転送用の光に包まれ、部室から消えた。
「よー、悪魔くん。今日も悪いなぁ」
仕事ですから、と返しながら夜明は自分を召喚した人物を見やる。相手は黒い髪の悪そうな風貌。祐斗並み、いや、それ以上に顔立ちが整っている。ワイルドなイケメンという表現がぴったりだろうか。最近、夜明は目の前の人物に連日召喚されていた。理由は語らないが、この人物は夜明のことをいたく気に入ったらしい。
「んで、今日はどんなご用件で? また釣りに行くってんなら付き合いますが?」
先日、呼び出された時、近所の釣りスポットで釣った魚の数を競い合った時のことを思い出しながら夜明は釣り竿を創造して見せた。その先日は二十四時間経営のゲームセンターで色々なゲームで対戦した。何でそんなことをするために悪魔を呼んだんだ? と思うことは多々あったが、夜明は目の前の人物がそこまで嫌いではなかった。
「いや、今日は昼間に買ったレースゲームに付き合ってもらおうと思ってな。一人でやっても良いんだが、それだと少し寂しいからな」
「成る程。独り身の悲しいところですね」
夜明の軽口に依頼主はうるせぃ、と僅かに口を尖らせた。夜明はくすくすと笑いを堪えながら床に座った依頼主の隣に胡坐をかいた。既にゲームはテレビにセットされている。
「ほれ、コントローラー。しっかし、日本ってのは凄いな。時間潰しのアイテムが多くて退屈しない」
「自給率に反比例するかのように日本はその手の技術が突出してますからねぇ」
そんなことをしている内にゲームがスタートした。依頼主が初心者、夜明がこの手の娯楽を余りやらないという事もあり、最初は何ともグダグダとした展開になっていたが、徐々に慣れてきた二人はプロのゲーマー顔負けのデットヒートを画面の中で演じていた。
「うおぉぉぉ!! ここで赤コウラだ!!」
「何の! ゲームのプログラム上あり得ない動きでコウラを回避! そのままダッシュでショートカットだ!!」
「悪魔くん、貴様このゲームやり込んでいるな!?」
アホなやり取りをしながらレースはついに最終トラックへ。深夜であるにも関わらずヒートアップした二人は近所迷惑を考えないでレースに熱中していた(この依頼主が住んでいるのは一般的なマンションなのだ)。二人が操作しいていた車は同時にゴールへと飛び込んだ。
「引き分けか。どうだ悪魔くん、もう一勝負?」
「構わないっすよ。いや、どうせなら」
夜明は瞬時に『英雄龍の翼(アンリミテッド・ブレイド)』を展開し、それと同時に銀翼蒼星を創造して構えた。
「俺はこっちでもいいぜ。堕天使総督、アザゼル殿?」
依頼主は一瞬、驚いたような表情を浮べたが、すぐに笑みを浮かべ始めた。その背から漆黒の翼が十二枚広がる。
「気付いてたのか、俺が堕天使、それもトップだと。その上で確かな勝算を持って挑んでくるとは……成る程、ヴァーリが興味を抱くだけの事はある」
にっと笑い、依頼主、アザゼルは手を差し出した。
「必要は無いと思うが、一応自己紹介しておく。俺はアザゼル。堕天使のトップをやってる。よろしくな、英雄龍の月光夜明」