*注意:この小説では、原作では男の子であるギャスパー・ヴラディを女の子として書いてます。そういうのが嫌いな人は読まないことをお勧めします。
『もう一人の僧侶(ビショップ)』
次の日の放課後、リアス達グレモリー眷属は旧校舎一階に在る、通称『開かずの部屋』という、妙ちくりんな部屋の前に立っていた。何重にも『KEEPOUT!!』というテープが張り巡らされていて、中の様子は窺い知れない。しかも、一般人には分からないだろうがこのテープ、特殊な封印術式まで施されている。
「部長、もう一人の『僧侶(ビショップ)』ってのは化け物なんですか?」
じゃなければ、これだけの封印が施されている説明がつかない。夜明の問いにリアスは嘆息しながら首を振った。
「いいえ、そう言うわけじゃないわ。ただ、彼女の宿しているものが危険視されているからそれで」
封印されていたという訳だ。しかし、ライザー・フェニックスとのレーティングゲームでの勝利。コカビエル撃退のお陰でリアスの評価がかなり上がったので、現四大魔王がリアスの『僧侶(ビショップ)』の解放を許可されたようだ。昨夜、そのことを聞かされた夜明は頑張った甲斐があったと内心で小躍りしていた。しかし、
「こんだけ厳重に封印されるって、どんだけだよ」
四大魔王をして、これほどの封印を施させた眷属。果たして解放して良いのだろうかと頭を悩ませる夜明。リアスは一歩前に踏み出し、封印解除のための魔方陣を展開させる。
「一日中、ここに住んでいるんですよ。一応、深夜には封印が一時的に解除されて、旧校舎内を自由に動き回れるんですけど、中にいる子がそれを拒否しているんです」
衝撃の事実。もう一人の『僧侶(ビショップ)』は化け物だった上に引き篭もりだった。朱乃の説明に夜明は頭を抱えた。そんなニート予備軍と呼んでも過言でないような奴が、果たしてリアスの役に立つのだろうか? 夜明の内心を見透かしたように、腕組みをしていた太陽が話し始める。
「言っておくが、中にいる奴はグレモリー眷属の中で一番の稼ぎ頭なんだぞ。パソコンを介して契約を取っているんだ」
悪魔業界にまでデジタル化が及んでいたのか……! 科学の進歩に夜明は慄くばかりだった。そうこうしている内にリアスは封印処置されていた扉を開く。
「イヤァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!」
すると、部屋の中から絶叫と呼ぶに相応しい声が飛んできた。それも住宅街なら確実に警察が呼ばれるレベルの。ビックリして目をぱちくりさせる夜明。アーシアとゼノヴィアも、驚きで顔を見合わせている。三人が後ろを振り返ると、祐斗は苦笑を浮かべながら肩を竦め、小猫は静かにため息を吐いていた。扉の前に立つリアス、朱乃、太陽は特に慌てるでもなく、何事も無かったかのように部屋へと足を踏み入れた。
「御機嫌よう、元気そうで何よりよ」
『なななな、何ですかぁぁぁぁぁ!!!???』
中でのやり取りが聞こえてくる。中に住んでいるという奴の声は中性的だ。若干、キーが高いので女だと思われる。
「あらあら、もう封印は解けたんですよ? もう、お外に出ても大丈夫なの。私達と一緒に外に行きましょう」
『イヤですぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!! ここから出たくないです人に会いたくないですぅぅぅぅ!!!!!』
朱乃の優しい声にも拒絶の声が返ってくるだけ。最早、重症の域を超えている引き篭もりっぷりだ。意を決し、夜明は部屋の中に入っていく。カーテンが閉め切られたカーテンは薄暗い。しかし、中は意外にも清潔で、ぬいぐるみが置いてあるなどの可愛らしさもあった。ただ、その中でも異質を放つものが一つ。
「棺桶? 西洋式……ではなさそうだが」
夜明に続いて入ってきたゼノヴィアが部屋の隅にある、凝った装飾が施された漆黒の棺桶を見て感想を漏らす。更に部屋に踏み入ると、リアス達の姿が見えた。その向かい側には少し疲れた表情を浮べている太陽と、彼女の背に隠れるようにしがみ付いている金髪、赤目の美少女がいた。
「部長、こいつが例の」
夜明が訊ねると、リアスは小さく頷く。リアスの眷属、もう一人の『僧侶(ビショップ)』は相変わらず太陽の服の裾をぎゅっと握り締めながらプルプル震えている。
「と、ところでそちらの方達は誰なんですか?」
美少女は夜明とゼノヴィア、そして今、部屋の中に入ってきたアーシアを指差す。
「お前がここにいる間に増えた新しい眷属だよ。『兵士(ポーン)』の月光夜明、『騎士(ナイト)』のゼノヴィア。それとお前と同じ駒の『僧侶(ビショップ)』のアーシアだ」
ほれ、挨拶しな、と太陽に軽く背を叩かれるが、美少女はたくさん人が増えてるぅぅぅ! と怖がるだけだった。夜明とゼノヴィアは困ったように互いを見る。特に同じ駒であるアーシアは怖がられた事で若干涙目になっていた。
「お願いだから一緒に外に出ましょ。貴方はもう封印されなくて良いのよ?」
「イヤですぅぅぅぅぅ!!!!! 僕に外の世界なんて無理ですぅぅぅぅ!!!! どうせ、僕が外に出ていったって人様に迷惑をかけるだけだよぉぉぉぉぉ!!!!!!」
リアスの優しい声音にも泣き叫んで駄々を捏ねる始末。だんだん腹が立ってきたのか、夜明はゆらりと前に一歩踏み出す。
「さっきからぎゃあぎゃあうるせぇなおい。いい加減にしないとぶん殴って部屋の外に叩き出すぞ」
勿論、冗談だ。拳をバキボキと鳴らしながら夜明は美少女に手を伸ばす。太陽が夜明を止めようとするが、それよりも早く美少女が悲鳴を上げる。
「ひぃぃぃ!!!」
次の瞬間、夜明の視界はホワイトアウトした。すぐに夜明は意識を取り戻したが、ある違和感に気付く。さっきまで目の前にいた太陽と美少女が忽然と姿を消していたのだ。急いで視線を室内に走らせると、部屋の隅で太陽に抱き締められている美少女の姿を発見する。
「今のって……」
「何かされたのは確かだね」
夜明の後ろでアーシアとゼノヴィアが驚いている。他のメンバーはため息を吐くだけだった。三人は視線でリアスに説明を求める。
「彼女は精神が不安定になると、視界に映した全てのものを一定時間、停止させてしまうのよ。神器(セイグリッド・ギア)の力でね」
時間停止の神器(セイグリッド・ギア)。そんなものがあるのかと、三人は改めて美少女を見やる。太陽に抱きかかえられながら震えているその姿、どっからどう見ても気弱な美少女だった。
「彼女は神器(セイグリッド・ギア)を制御できないため、大公及び魔王様達の命でここに封印されていたんです」」
朱乃の説明に三人は納得顔で頷く。いくら視界に映ったものという縛りがあるとはいえ、物体の時間を止める能力は兇悪すぎる。コントロール出来ないなら尚のことだ。太陽はため息を吐き、少し泣きが入ってる美少女の頭を撫でながら三人を見た。
「こいつの名前はギャスパー・ヴラディ。見ての通りの女で、一応、駒王学園一年生だ。与えられている駒はアーシアと同じ『僧侶(ビショップ)』。そして、転生前は人間と吸血鬼(ヴァンパイア)のハーフだった奴だ」
「『停止結界の邪眼(フォービトゥン・バロール・ビュー)』、ですか」
それが彼女、ギャスパー・ヴラディの持つ神器(セイグリッド・ギア)の名だ。
「時間を止めるって、反則もいいとこじゃないですか」
お前が言うのか? 『英雄龍の翼(アンリミテッド・ブレイド)』を宿した者に皆、呆れの視線を向ける。軽く嘆息し、祐斗は夜明の頭を小突く。
「確かにギャスパーさんの能力も兇悪だけど、君のはそれの上を行くんだよ?」
言われてみれば確かに。ギャスパー最大の問題点はその『停止結界の邪眼(フォービトゥン・バロール・ビュー)』を制御できてないというところだ。そりゃ、封印されても文句言えんわな、と夜明は得心がいく。
「しっかし、そんなぶっ飛んだ神器(セイグリッド・ギア)を宿した奴、よく眷属に出来ましたね。駒一つで足りたんですか?」
夜明の問いにリアスは『悪魔の駒(イーヴィル・ピース)』の中に駒数個分の価値を持つ特異な『変異の駒(ミューテーション・ピース)』があることを説明する。
「成る程、だから一つで済んだのか」
しかも、ギャスパーの才能は眷族の中で、朱乃に次いで高いらしい。無意識の内に神器(セイグリッド・ギア)の力が高まっていき、将来的には禁手(バランス・ブレイカー)に至るとさえ言われている。しかも、由緒正しき吸血鬼の血を引いてる上に人間としての部分もあるので、人間の魔術さえも使える。オマケに彼女はデイウォーカーという、日中に活動できる特殊な吸血鬼なのだ。
「す、凄いんですね、ギャスパーさんって」
「だな……ただ、引き篭もり症と対人恐怖症が重なって、物の見事にプラマイゼロになってるがな」
感心するアーシアの隣ではゼノヴィアが辛辣な感想を漏らしていた。
「私からも質問があるんだが部長。何故、彼女は太陽に懐いているんだ?」
ゼノヴィアが指差す先、ソファーに腰かけている太陽にギャスパーがコバンザメよろしくくっ付いていた。さっきから、一向に離れる気配がない。リアスに代わって小猫がため息交じりに話す。
「……太陽先輩は私達の中でただ一人、ギャーちゃんの『停止結界の邪眼(フォービトゥン・バロール・ビュー)』の影響を受けないんです。だから、ギャーちゃんは太陽先輩に」
懐いてるのよ、とリアスが締め括る。自分の意思で発動することの出来ない、時間を停止させる神器(セイグリッド・ギア)。その影響を受けない太陽は彼女にとって、非常に貴重な存在なのだろう。
「じゃあ、私達も太陽さんと同じようにすれば」
「アーシアさん。部長がそれを試さなかったと思う?」
アーシアの言葉を祐斗が遮る。ある程度の想像はついていたが、様式美として夜明は太陽に訊ねた。
「太陽。どうやってギャスパーの『停止結界の邪眼(フォービトゥン・バロール・ビュー)』を弾き返したんだ?」
「気合と根性」
「「わぁ、凄く予想通りです」」
一字一句違わず、夜明とゼノヴィアの言葉が重なる。二人は無言無表情でハイタッチを交わす。確かにそれは無理ですね、とアーシアも強張った笑みを浮かべた。
「そう言えば部長、こいつって血を吸わないんですか? 吸血鬼なんでしょ?」
「吸血鬼とはいえ、彼女はハーフだからそこまで飢えている訳じゃないのよ。十日に一度、輸血パックから補給すれば事足りるの」
それに、と言葉を詰まらせながらリアスはギャスパーを見る。
「血なんて嫌いですぅぅぅぅ!!!! 生臭いのもイヤぁぁぁぁぁ!!!!!! レバーもらめぇぇぇ!!!!」
もう、輸血パックから補給すれば事足りるというレベルの話ではなかった。
「へたれか」
「あぁ、へたれだな」
「……へたれヴァンパイア」
夜明にゼノヴィアが同調し、小猫が止めを刺す。見事な連係プレイだった。ギャスパーは三人が虐めると太陽に泣きついている。その後、リアスは三すくみの会談のことで色々とやらなければいけないことがあるらしく、朱乃を伴って教室を出て行った。祐斗もサーゼクスから聖魔剣について聞かれるらしく、二人と一緒に部屋を退出する。残ったのは夜明、アーシア、ゼノヴィア、小猫、ギャスパー、そして太陽の六人だ。
「ま、そういう訳だ。お前等、あいつ等が戻ってくるまでにこいつのこと鍛えといてくれ」
言いながら太陽はギャスパーの首根っこを掴み、夜明の方へと放り投げる。慌てて夜明はギャスパーの小柄な体躯を受け止めた。ソファーから立ち上がり、太陽は腕を一閃させ、空間に裂け目を作り出す。
「んじゃお前等、ギャスパーのこと頼むぞ。私はこれからクレアと話ししてくっから」
じゃな、と返事を待たずに太陽は裂け目へと入り込む。裂け目は太陽を呑み込むと、数秒としない内に消えていった。
「相変わらず規格外だなあいつは……さて」
ギラリ、と夜明、ゼノヴィア、小猫の目が輝く。三人の視線が突き刺さり、ギャスパーは鋭く息を呑み込む。ゴキボキと首を捻り鳴らし、夜明は楽しそうに笑った。
「それじゃ、精々鍛えてやるとしますか」
「同感だ。このままでは眷属云々以前の問題だ。何、心配するな。小さい頃から相対してきたから吸血鬼の扱いには慣れている」
「……ギャーちゃん、いい加減外に出れるようにならなきゃ駄目」
「ヒィィィィィィィィィィィィ!!!!!!!!!!!!!!!」
ギャスパーの悲痛な悲鳴が響く中、自分だけはギャスパーの味方でいようと、健気にも決心するアーシアだった。
「ほら走れ。デイウォーカーなら日中、外に出ても何ら問題ないだろ」
「……ギャーちゃん。ニンニクを食べれば健康になれる」
「イヤァァァァァァァ!!!!!!!!! 太陽お姉様助けてぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!」
時は黄昏、場は旧校舎付近。目の前の光景に夜明はお茶(ペットボトル)を啜りながら一言。
「平和だねぇ」
「どこがですか!?」
のんびりとした雰囲気の夜明にアーシアの鋭いツッコミが炸裂する。二人の眼前では聖なるオーラを放ちながら輝いているデュランダルを振り回すゼノヴィア、両手にニンニクを握った小猫。そしてガチ泣きしているギャスパーが二人に追い掛けられていた。身の丈ほどもある大剣を片腕で振り回すゼノヴィアもシュールだが、両手ニンニクの小猫は更にその上をいっている。
『健全な精神は健全な肉体に宿る』
ことの発端はゼノヴィアのこの発言から始まる。早い話が、あんな旧校舎の一室に閉じ篭ってたら精神が腐っちまうぜ、少しでも運動して健康的に過ごそうぜ! と、とういうことだ。
「ふ、二人を止めましょう夜明さん! このままじゃギャスパーさんの体力が尽きる前に精神力が擦り切れちゃいます!!」
心優しいアーシアらしい台詞だ。そうねぇ〜、とペットボトルを空にし、夜明は懐に両手を入れながらやっとこ重い腰を上げる。
「そんじゃ、行くとするかねぇ」
彼が取り出したのは十字架と聖水……。
「ギャスパーさんに止めを刺す気なんですかぁ!!」
スパァン!! アーシアが何処からともなく取り出したハリセンが炸裂する。なはは、冗談冗談と夜明は笑っていた。頼むから真面目にやってください、とアーシア涙目。
「よぉー、随分楽しそうだな」
そこに生徒会の匙が登場。よぉ〜、と手を上げて夜明は匙を迎える。
「よっす。ちょっと会長から解放された眷属がいるって聞いたから、ちょっと見に来たぜ」
「耳の早いこって」
あいつだよ、と夜明はギャスパーを指差す。おぉ、あの子か、と頷いていた匙は豪快にデュランダルをぶん回すゼノヴィアに目を点にさせた。
「おいおい。伝説の聖剣をあんな豪快に振り回して大丈夫なのか、ゼノヴィア嬢?」
ただでさえ、ゼノヴィアはパワー重視。テクニックなんてものは母の腹の中に置いてきた、という表現がピッタリの人物なのだから。もし、まかり間違ってデュランダルの波動がギャスパーに当たったら……。匙の言いたいことを理解した夜明は大丈夫だろ、と苦笑いを浮べる。
「いくらゼヴィが力のコントロールが上手く出来ないからって、そこら辺のことはキチンと考えてる」
はず、と続けようとした夜明の真横を何かが猛スピードで通り過ぎ、旧校舎の一角を吹き飛ばした。
「「「……」」」
「あぁ〜、すまない。大丈夫かアーシア、夜明……それと生徒会の人」
ゼノヴィアは大して悪びれた様子も見せず、三人に謝罪する。彼女が振り下ろしたデュランダルの切っ先がめり込んだ地面からは大きな溝が走っていて、その溝は三人の真横を通り過ぎて旧校舎に直撃していた。
「……本当に大丈夫なのか?」
「……大丈夫、だと信じたいよなぁ」
嘆息しながら夜明はゼノヴィアが豪快に粉砕させた旧校舎を修理するためにアンリミテッド・ブレイドを展開させた。