小説『ハイスクールD×D 不屈の翼と英雄龍』
作者:サザンクロス()

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           『特訓しましょうそうしましょう』




「ほぉ〜、魔王眷属の悪魔達はここに集まってお遊戯してるのか」

旧校舎の修理をする夜明達に謎の声が話しかけてくる。振り返ると、そこには浴衣姿の、見覚えのある柄の悪そうな兄ちゃんが……。

「おいおい、誰かと思えば堕天使総督殿じゃねぇか」

というか、アザゼルその人だった。夜明は彼と面識があったので、すぐに誰なのか分かった。周りの仲間達はへぇ〜、とまじまじとアザゼルを見る。それから、

「「「「「アザゼルぅ!!!!!?????」」」」」

見事な二度見だった。まぁ、いきなり目の前に堕天使総督なんて大物が出てきたら誰だってそうなるだろう。寧ろ、いくら面識があるとはいえ、何時も通り飄々としていられる夜明の方が異常だ。ゼノヴィアがデュランダルの柄を異空間から呼び出しながらアーシアを護るように前に出る。小猫と匙も何時、戦闘になってもいいように構えていた。ギャスパーだけ、ちゃっかりどこかへと姿を消している。

「んな凄むなよ。別にこっちに戦闘の意思はねぇっての。というか、英雄龍単身ならともかく、お前等じゃ束になっても俺に勝てないって何となく分かってるだろ? ここには散歩で来たんだよ。ところで」

「聖魔剣ならここにはいないぜ。見たけりゃサーゼクスの旦那のところに殴り込みにでも行くんだな」

アザゼルの疑問に先回りして夜明は答えた。夜明の返答を聞いて、アザゼルは露骨に落胆の表情を作る。

「おいおいマジか、わざわざここまで来たっていうのに無駄足かよ。サーゼクスもタイミングの悪ぃ……しっかし」

そこでアザゼルは視線を夜明、それから匙へと向けた。その瞳に敵意や殺意といったものは映っていなかったが、匙は一歩後退り、夜明も僅かながら眉を顰めて身体に力を込める。

「『英雄龍の翼(アンリミテッド・ブレイド)』に『黒い龍脈(アブソーション・ライン)』か。いいねぇ、やっぱりドラゴン系の神器(セイグリッド・ギア)は面白い。宿主の感情次第で様々な姿に変化していく」

ふと、アザゼルは夜明達の方へと一歩進み出たが、ピタリと動きを止めた。いや、止められたと表現した方が正しい。肉眼では目視できないほどの魔力の糸が、数百本もアザゼルの身体を雁字搦めにしている。いきなりのことにアザゼルは勿論、夜明達も面食らっていた。

「(……俺が気配に気付かなかった上に力を込めても引き千切れない強度の魔力糸。ってことは)何だ、随分と物騒な護衛だな、『冥界最強の執事』さんよぉ?」

ほっほっほ、という小さな笑い声と共に何者かがいきなり夜明達とアザゼルの間に現れた。片眼鏡の執事姿の老魔、太陽の執事、ウォルター・C・ドルネーズその人だった。両手には白い手袋をはめ、それぞれの指先からはアザゼルを拘束しているだろう魔力糸が何十本も繋がっている。

「いえいえ、護衛等ではありませぬよ。私はただ、ライトお嬢様に仰せ付けられたことをやっていただけにございます。その報告に行く途中、ライトお嬢様のお仲間に手を出そうとする不埒輩を見つけたものなので」

『神の子を見張る者(グリゴリ)』の総督、アザゼルを不埒者扱い。この主従は主も執事もぶっ飛んでるな、と夜明は改めて痛感させられた。悪かった悪かった、とアザゼルは苦笑いする。目の前の老執事はおくびにも出していないが、その気になればアザゼルを一瞬でバラバラにすることが出来た。ウォルターの魔力糸はそれだけの威力を有しているのだ。

「別に手を出すつもりなんて無ぇよ。ただ、少しばかりドラゴン系神器(セイグリッド・ギア)を見たかっただけだ。何にもしやしねぇって」

ならば、とウォルターはアザゼルを解放する。内心で冷や汗を流していたアザゼルは軽く安堵の吐息を漏らす。

「聖魔剣使いがいねぇんじゃしょうがねぇ、出直すか。あぁ、それとそこで隠れている吸血鬼」

くるりと踵を返そうとしたアザゼルは茂みの一角を指差す。すると、茂みの一部がビクリと震える。あぁ、あそこにギャスパー隠れてるのか、と一瞬で分かった。

「手前の『停止結界の邪眼(フォービトゥン・バロール・ビュー)』。そいつはキチンと制御できてねぇと害悪になる代物だぜ? 五感から発動する神器(セイグリッド・ギア)は持ち主のキャパシティが足りてないと勝手に発動、最悪暴走するから危ないんだよ」

サーゼクスの神器(セイグリッド・ギア)に強い興味を持っているという言葉は伊達ではなかった。知らない事をつらつらと喋るアザゼルに夜明達は目を丸くする。

「何だよ、お前等はそんなことも知らねぇのか? って、悪魔側はそこまで神器(セイグリッド・ギア)のの研究が進んで無いんだっけか……おい、そこの」

「いっ、俺!?」

ていきなりアザゼルに指差され、匙は変な声を上げてしまう。匙の驚きを無視し、そうお前だとアザゼルは繰り返した。

「お前の『黒い龍脈(アブソーション・ライン)』を吸血鬼の『停止結界の邪眼(フォービトゥン・バロール・ビュー)』に接続してみろ。そうして余計な力を吸い取りながら発動させれば、暴走する危険性は減るぜ」

「そ、そんなこと出来るのか、俺の神器(セイグリッド・ギア)って?」

「ちったぁ自分の神器(セイグリッド・ギア)を理解しろ。お前の神器(セイグリッド・ギア)には五大龍王の一角、『黒邪の龍王(プリズン・ドラゴン)』ヴリトラが封じられてるんだぜ? 今のお前のスペックじゃ精々ライン一本が限度だろうが、お前が成長すればどんどん進化していくぜ、そいつは」

だからこそ、ドラゴン系神器(セイグリッド・ギア)は面白いんだよな〜、とアザゼルは神器(セイグリッドギア)研究者の一面を見せた。趣味と言ってる割にはガチで研究してんだな、と夜明はアザゼルに尊敬にも似た感心を覚える。

「ま、練習するなら俺の言った方法でやってみろ。すぐにとは言わないが、継続していけばそれなりに成果は出るはずだぜ?」

んじゃな、と今度こそアザゼルは学校敷地外へと歩いていく。アザゼルの姿が見えなくなると場の緊張が解け、ゼノヴィア達はやっと肩の力を緩めた。

「どう思います、ウォルターさん?」

勿論、アザゼルの言っていたことだ。夜明の質問にウォルターは顎に手を当てて考え込む。数秒後、

「恐らく、奴の言う通りの方法でやってみて問題ないかと。奴の神器(セイグリッド・ギア)への関心は異常です。高位神器(セイグリッド・ギア)、またその所有者を悪戯に傷つける事はないでしょう」

では、私はこれにて、と夜明達に一礼し、ウォルターは掻き消えるように去っていった。残された夜明達はとりあえずアザゼルのアドバイス通り、匙の『黒い龍脈(アブソーション・ライン)』をギャスパーの『停止結界の邪眼(フォービトゥン・バロール・ビュー)』に繋げ、余分な力を吸い取りながら修行を開始した。














まぁ、やってはみるものの最初から上手くいく訳もなく、ギャスパーは指定された以外の物も停止させてしまっていた。本来は夜明達が投げるバレーボールを停止させなくてはいけないのに、ふとした拍子に視線を誰かに移してその人の一部を停止させてしまったり。

「成る程。意識したり、精神が安定してれば、視界に映ったもの全部を片っ端から停止させることも無いわけだな」

そいつが分かっただけでも収穫だ、と夜明は停止されて動かない右腕を軽く叩きながら一人呟く。夜明と同じように右足を止められたゼノヴィアも真剣な表情を浮べていた。

「しかし、遠くから投げると意識が集中しないのか、私達を停止させてしまうことが多々あるな。夜明、ここは遠くから投げるよりも、近くから投げて、それを確実に止められるようにしたほうが良いんじゃないか?」

「止められるようになったら徐々に距離を開いたり、停止させるものを増やして、って訳だな。良いな、それでいくか」

漸く二人にかけられた停止の力が解除された。軽く腕や脚を振る二人の下に、小猫とアーシアに両腕を掴まれたギャスパーが連行されてくる。ギャスパーは間違えて誰かを停止させてしまう度に叫びながら謝罪し、どこかへと逃げてしまうのだ。こうして連れ戻すのも一苦労だった。現に今も両腕を二人に掴まれてもどこかへ逃げ出そうとしている。

「はぁ、こいつは……おいアーシア、小猫。ギャスパーを放してくれ」

夜明に言われ、二人はギャスパーの腕を放す。ギャスパーは脱兎の如く逃げ出そうとするが、それよりも早く夜明の両腕が伸び、彼女の顔を両手で挟んだ。

「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!! ごめんなさいごめんなさい!!!!!! お願いだからぶたないでぇぇぇぇぇ!!!!!!!」

「ギャスパー、俺の目を見ろ」

「停めちゃってごめんなさ……へ?」

怒るでも怒鳴るもでもなく、しっかりと伝わってくる声音にギャスパーは言われたとおり、夜明を見た。夜明は親指でギャスパーの目尻に浮かんでいる涙を拭い取りながら銀眼で赤い双眸を覗き込む。

「よく聞けギャスパー。俺は怒らない。お前に停止されようが怒らない。怒らないし、絶対にお前をぶったりはしない。だから、お前も逃げるな。逃げずに、神器(セイグリッド・ギア)を制御できない自分と向き合え。そして打ち勝つんだ、今の自分に」

「今の自分に、打ち勝つ……?」

あぁ、と夜明は頷く。

「いいか。封印され、旧校舎の一室に引き篭もっていたギャスパー・ヴラディは終わったんだ。今のお前はグレモリー眷属の『僧侶(ビショップ)』、ギャスパー・ヴラディなんだ。このまま引き篭もりを引きずって、自分を拾ってくれた部長に迷惑かけたいか?」

いや、です、とギャスパーは微かにだが、確かに首を振った。

「だったらなろうぜ、本物の『僧侶(ビショップ)』に。部長が、リアス・グレモリーが胸を張って、これが私の『僧侶(ビショップ)』だって言えるようにさ」

暫しの沈黙の後、ギャスパーは掠れた声で夜明に訊ねる。

「僕が……なれるんですか? 部長の『僧侶(ビショップ)』に? リアスお姉様の誇りに」

「実はな、俺にも目標があんだ。最強の『兵士(ポーン)』になるって目標が」

ギャスパーの顔を放し、ニッと人好きのする笑みを浮かべて夜明は手を差し出す。

「一緒に目指していこうぜ」

ギャスパーは夜明の手をちらちらと見ながら、怖々といった様子で手を握った。夜明の両手がギャスパーの小さな手を包む。一瞬、ギャスパーは身体を強張らせたが、すぐに身体から力を抜いて、はい! といい声で返事をした。満足そうに頷き、夜明は一同を振り返る。

「んじゃ、練習再開だ」







練習を再開してから一時間後、サンドイッチとお握りを作ったリアスが皆の様子を見に来た。ギャスパーは匙の『黒い龍脈(アブソーション・ライン)』に力を吸われて息が上がっている。夜明達もかなりの回数停止されたため、精神的にかなり疲れていた。

「どう、捗ってる?」

「部長。えぇ、まぁ。二十回に一度は自分の意思で成功させられるくらいには」

数にしてみるとそこまで凄くないかもしれないが、部屋から出てきた時の状態を考えると大きな前進だった。リアスは驚きに眉を上げながら一同を見回す。

「そう、アザゼルが……」

その後、休憩となり夜明達は各々、リアスが作ったサンドイッチやお握りに手を伸ばしていた。その際、夜明はアザゼルが接触してきたことを報告する。

「奴さんの目的は祐斗の『双覇の聖魔剣(ソード・オブ・ビトレイヤー)』だったみたいです。んで、その後にウォルターさんが来て」

「去り際にギャスパーの『停止結界の邪眼(フォービトゥン・バロール・ビュー)』についての助言をしてきたと……アザゼルが神器(セイグリッド・ギア)に造詣が深いという噂は本当だったようね。しかし、悪魔側に助言を与える余裕があるほど研究が進んでるのかしら?」

あいつならありえなくも無いんじゃないか? と内心で思う夜明だった。それに、太陽がウォルターに何をさせていたのかも気になる。もっとも、主であるリアスが太陽に全幅の信頼を寄せているのだから、それは夜明が首を突っ込むことではない。

「んじゃ、リアス先輩も戻ってきたことだし、俺は生徒会に戻るわ」

サンドイッチとお握りをそれぞれ一個食べてから匙は立ち上がった。夜明達は口々に礼を言う。

「いや、リアス先輩達にはコカビエルの時、会長の大切な学園を護ってくれた恩があるから、これくらいはして当然ですよ」

やはり、気持ちの良い人物だ。んじゃな、と匙は夜明に片手を上げて見せる。

「月光、後は頑張れや」

「おう。今度、お礼にお前の仕事でも手伝うよ」

匙を見送り、リアスは木陰で休んでるギャスパーに視線を向けた。

「ギャスパー、まだ行けるわね? 匙君に力を吸い出されたから力もいい感じに調整出来てるでしょ。ここからは私も付き合うわ」

「は、はいぃぃぃぃ、頑張りますぅぅぅぅ!!」

若干、まだ肩で息をしてるが、それでもギャスパーは空元気を振り絞って立ち上がる。正直、ここまでいい反応が返ってくるとは予想していなかったので、リアスは若干面食らう。

「ねぇ、ギャスパーってば何があったの? 「もう無理です、僕なんか特訓したって何にも出来ないんですぅぅぅ!!!」とかいって泣き出すと思ってたんだけど」

「あれを見れば一目瞭然だと思うが?」

若干、不機嫌になりながらゼノヴィアはギャスパーを指差す。見れば、

「よ、夜明先輩、特訓頑張りましょう!」

「豪く気合い入ってるなぁ、ギャスパー。うし、頑張りますか」

「は、はい!」

夜明に頭を撫でられ、嬉しそうに頬を染めているギャスパーの姿が。引き篭もりの上に対人恐怖症のダメダメな自分を励ましてくれて、真っ向正面から向き合ってくれる夜明の姿勢に惹かれたのだろう、というのがゼノヴィアの見解だった。

「またなの……またなのね!?」

「私が言えた義理でもないだろうが……節操が無さ過ぎるぞ、夜明」

「……」

プルプル震えるリアスの隣ではゼノヴィアが額に手を当ててため息を吐いていた。更にその後ろではアーシアが口をへの字に曲げ、涙目で夜明を睨んでいる。三者の予想通りな反応を見ながら小猫は一人呟く。

「……しょうもない」

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