『決着』
「……っつぅ〜……」
最初に起き上がったのは夜明のほうだった。大きく肩で呼吸をし、唇の端からは血が流れ落ちているが、それでも己の脚でしっかりと立っている。
「おいおい、あの英雄龍、マジでヴァーリに勝ちやがったぞ」
「余所見してる暇があるのですか!?」
感心した様子で上空から夜明を見下ろしているアザゼルにカテレアが襲い掛かった。しかし、うぜぇの一言と共に放たれた極太の光に全身を焼かれながら吹き飛ばされる。
「しっかし弱いなおい。オーフィスの蛇を飲んでそれかよ」
これになるまでも無かったな、とアザゼルは『堕天龍の鎧(ダウン・フォール・ドラゴン・アナザー・アーマー)』を解除した。黄金の鎧が消え、ローブ姿に戻ったアザゼルは手元に残った宝玉に軽くキスする。
「アザゼル、どこまで私を馬鹿にすれば……」
「馬鹿にされるほど弱いお前が悪いんだろうが。人工神器(セイグリッド・ギア)の実験も出来たことだし、見逃してやるよ」
しっしっ、とアザゼルは欠片の興味も示さずにカテレアに手を振る。悔しさのあまり、カテレアは歯茎から血が出るほど歯を食いしばった。一瞬、自分の命と引き換えにアザゼルを殺そうかと考えたが、最後に残った僅かな理性が思い留まらせる。
「……アザゼル。私を生かしておいたこと、必ず後悔させます」
「それが出来るだけの実力を身につけてからテロを仕掛けろよ、ど三流」
カッ、とカテレアの足元に魔方陣が現れた。光を放つと共にカテレアの姿はそこから消えていた。アザゼルはさっきまでカテレアがいたところを一瞥し、夜明のもとへと降りていく。
「おい、大丈夫か英雄龍?」
「俺は、月光夜明、だ」
右眼窩から血を垂らしながら夜明はアザゼルを一睨み、すぐにヴァーリに視線を戻した。ピクリとも動かなかったヴァーリはゆっくりと起き上がる。
「……見事、だよ。月光、夜明……まさか、悪魔の天敵である光に龍殺し(ドラゴン・スレイヤー)を付加させるなんて……もし、さっきの光と龍殺し(ドラゴン・スレイヤー)が完璧なものだったら、俺は跡形も残さずに消えていただろうな」
しかし、今の夜明は未熟だ。光と龍殺し(ドラゴン・スレイヤー)を創造したとしても、それはヴァーリを殺しきるまでには至らなかった。
「だが、両方と欲張ったのがいけなかったな。俺を確実に殺すつもりなら、光か龍殺し(ドラゴン・スレイヤー)、どちらか一つを完璧にするべきだったな」
「……なら、お望みどおりにしてやるよ」
口元を拭い、夜明は右手に魔力を集中させる。集められた魔力はすぐさま紅の雷を放ちながら槍の形を成していった。ゲイ・ボルグを創造する夜明をヴァーリは嬉々とした笑みを浮かべて見ている。
「アルビオン、やはり月光夜明には白龍皇の『覇龍(ジャガーノート・ドライブ)』を見せる価値があるんじゃないか?」
『ヴァーリ、それは良い選択ではない。無闇に『覇龍(ジャガーノート・ドライブ)』を発動させてはブレイズハートの呪縛を開放、ひいては別次元に移動させられたドライグを完全に覚醒させかねない』
「願ったり叶ったりだ。『我、目覚めるは、覇の理に』」
『自重しろヴァーリ!!』
ヴァーリとアルビオンが何やら揉めているが、夜明はそんなことお構いなしでゲイ・ボルグを構えた。穂先には禍々しい魔力が揺らめき、付与された龍殺し(ドラゴン・スレイヤー)が危険な輝きを放っている。
「何をごちゃごちゃと言ってやがる! 『刺し穿つ(ゲイ)』」
不意に夜明の脚がガクンと崩れ落ちた。右手に握った魔槍も儚い音を立てて砕け散る。膝を突き、夜明は驚いたように己の右手を見下ろしていた。
「何を驚いてんだお前は。あんだけ無茶やった挙句にヴァーリから散々良いのを貰ったんだぞ? そうやって意識を保ってるほうが不思議だっつぅの」
呆れたようにアザゼルが言った。アザゼルの言葉を無視し、ここでヴァーリを逃してたまるかと夜明は残りカスのような魔力を捻り出そうとする。その時、何かが神速の速さで夜明とヴァーリの間に舞い降りてきた。三国志に出てくる武将の鎧のようなものを着込んだ男。
「ヴァーリ、迎えに来たんだぜぃ」
爽やかな雰囲気の男は気軽にヴァーリに声をかける。
「美候、何しにきた?」
「おいおい、それはねぇんじゃねぇか? こちとら相棒がピンチって聞いたから最高速でこの島国まで飛んできたんだぜぃ。それはそうと俺っちと一緒に帰ろうや。見たところ、三大勢力トップの暗殺には失敗したんだろ? カテレアもいねぇし」
美候と呼ばれた男に言われてから気づいたのか、ヴァーリは周囲を見回してから本当だな、と呟く。夜明は警戒を解かずに男に問うた。
「誰だ手前?」
「闘仙勝仏の末裔さ」
答えたのは本人ではなくアザゼルだった。聞き慣れない名前に夜明が疑問符を浮かべていると、今度はもっと分かり易い名を教えてくれた。
「そいつは孫悟空。西遊記で有名なクソ猿さ」
「……そりゃまた凄いのが出てきたな」
正確に言うなら孫悟空の力を受け継いだ猿の妖怪である。しかし、お前まで『禍の団(カオス・ブリゲード)』に入ってたとはな、とため息を吐くアザゼルに美候はケタけたと笑ってみせる。
「俺っちは仏になった初代とは違うんだぜぃ。自由気まま、自分勝手に生きていくのさ。俺は美候、よろしくな英雄龍」
気軽に挨拶されたので、反射的に夜明も頭を下げてしまう。美候は手元に出現させた棍を器用に回し、地面に突き刺した。すると美候とヴァーリの足元に黒い闇が広がり、二人の姿がずぶずぶと沈んでいく。
「待て、逃げるな……」
慌てて銀翼蒼星を創造して二人に攻撃を仕掛けようとするが、全身から力が抜け夜明は呻き声を上げながら膝を突いた。両手の銀翼蒼星も揺らめきながら消えてしまう。それでも尚、二人を追おうとする夜明の肩にアザゼルが手を置いた。
「止めとけ。それ以上無茶したら本当に死ぬぞお前。あのヴァーリをマジで撃退したんだ。それだけで大金星だ」
くそが! と激しく毒づく夜明にヴァーリは笑いかけた。
「旧魔王の血筋であり白龍皇でもある俺は忙しいんだ。敵は君たちだけじゃない……月光夜明、今度はもっと面白く、刺激的にやろう。お互いにもっと強くなって」
それだけ言い残し、ヴァーリの姿は完全に闇の中へと消えていった。
「おぉ、そっちも終わったか」
不意にメギメギと空間から嫌な音が聞こえてくる。夜明達が音のした方を向くと、空間に出来た裂け目から太陽が頭を出していた。顔の半分は血でべっとりと染まり、左腕は千切れかけていた。しかも、腹部には拳大の風穴が開いていて、軽く臓器が飛び出している。太陽の姿を見て悲鳴を上げるリアスとアーシア。夜明は慌てて倒れそうになる二人を支える。
「よぉ、死神。そっちもってことはお前の方も」
あぁ、と太陽はアザゼルに頷いてみせる。流石は一組織のトップというべきか、太陽の姿を見ても顔色一つ変えない。
「戦り合ってる途中でカテレアの妹、リベティア・レヴィアタンが出てきてな。そのまま全員とんずら〜、って感じだ。こっちにいた少佐とラファオールも一緒に消えたみたいだな」
言われてみれば確かに、少佐とラファオールの姿がどこにも見えない。ヴァーリと夜明がやり取りをしている間にこの場から離脱したのだろう。アザゼル、と太陽は表情を引き締めて彼を見た。
「連中、『ミレニアム』には『禍の団(カオス・ブリゲード)』以上に警戒しておけ。あいつらの強さは本物だ。私が本気で殺しにいっても、一人として殺せなかった」
「『深紅の死神(スカーレット・デスサイズ)』と恐れられるお前にそこまで言わせるか。分かった、サーゼクスとミカエルには俺から言っておく」
頼む、と言ってから太陽は何かを思い出したようにポンと手を打った。
「それから赤龍帝からの伝言もあるが、聞くか?」
少しの間、アザゼルは目を見開いていたが、はっきりと頷く。太陽は思い出しながらゆっくりと語り始める。
「『最初に謝っておきます、アザゼルおじさん。昔、色々と良くしてくれたことを仇で返すようでごめんなさい。父が死んでから、私は碌でもない連中に狙われてました。アザゼルおじさんも私のことを探してくれたんだろうけど、私を助けてくれたのは少佐でした。だから、私は少佐、仲間のために戦います。だから今度会う時は敵同士です』……だそうだ」
赤龍帝、ヴァンデュークの伝言を聞いたアザゼルは少しだけ無言を貫いていたが、やがてポツリポツリと独り言を呟くように話し始めた。
「あいつが、ルシフェルが死んだ時、俺は頼まれてたんだ。ヴァンを、娘を頼むってな……今まで見つけることが出来なかった上に敵って、あの世であいつにどの面下げて会えばいいんだろうな?」
自嘲気味に囁いてからアザゼルはゆっくりと片手で双眸を覆う。彼が泣いてることに周りの皆が気づくのは少し経ってからだった。
「生きてて……くれたか。良かった……本当に良かった……」
アザゼルを一人にしてやろう、と皆は互いに視線を交わし、その場から音を立てないように離れていった。その際に太陽は夜明と話していた。
「夜明、こいつは私の見立てだが……あの赤龍帝、白龍皇よりも強いぞ」
「っ! そうなのか?」
あくまでも私の見解だがな、と太陽は肩を竦める。それから太陽はじっと夜明を見つめた。居心地悪くなり、夜明が困ったように頭を掻いていると太陽は悪い悪い、と苦笑を浮かべる。
「お前は休んでろ。後のごたごたはサーゼクスとミカエルがやってくれるだろ」
異次元にいるだろうウォルターを回収するため、太陽は再び次元に裂け目を作り出した。裂け目に片脚を突っ込み、太陽はもう一度夜明を振り返る。
「白は力を、赤は絆を。そして英雄は義を……どいつもこいつも純粋で単純、それでいて愚直だな」
見てて飽きないな、と言い残し太陽は今度こそ裂け目の中に消えていった。
西暦二千××年七月、天界代表天使ミカエル、『神々の子を見張る者(グリゴリ)』総督アザゼル、冥界代表魔王サーゼクス・ルシファー。三大勢力各代表のもと、和平協定が調印された。今後、三大勢力間での争いはタブーとなり、本格的な協調体制へ。この協定は舞台の名前を取り『駒王協定』と呼ばれることになった。
「っつう訳でこれからお前らオカルト研究部の顧問をやることになった。アザゼル先生と呼びやがれ」
後日、グレモリー眷属の神器(セイグリッド・ギア)所有者を正しく成長させるという建前の元、アザゼルが駒王学園へとやってきた。
「何というか……激しい夏休みになりそうだな」
リアスと言い争うアザゼルを見ながら夜明はそんなことを思っていた。
駒王学園の終業式が終わり、本格的に夏休みに突入した日のことだ。夏休みに入るのだから、心機一転の意味もこめて部屋を掃除しようと夜明が考えていると、チャイムが鳴った。だれか来る予定も入っていなかったので夜明は首を傾げる。
「はいは〜い。今、行きますよっと」
玄関を開けた夜明が見たのは、
「こんにちわ♪」
「や、これから世話になるぞ」
大量の荷物を持った朱乃とゼノヴィアだった。何やら妙なデジャヴを感じる夜明。朱乃は夜明の姿を確認するなり、
「夜明くん♪」
いきなり夜明に抱きついた。いやそりゃもう本当に嬉しそうに。凍りつく夜明。頬を染めながら朱乃は夜明の胸に頬ずりする。
「お、お兄さまの提案で、朱乃とゼノヴィアもここに住むことになったのよ。後日、小猫やギャスパーも呼ぶ予定よ」
凄く遺憾そうな口調でリアスはとんでもないことを教えてくれた。そんな入んないですよ? とアイコンタクトする夜明にリアスは分かっていると頷く。
「そろそろここも手狭になってきたわね……決めたわ、すぐに改築しちゃいましょう」
(いや、改築しましょうって、ここマンション)
でも、俺の主だったら平然とやってのけるんだろうなぁ、と夜明は引き攣った笑みを浮かべながら思うのだった。
※ども、こんばんわ、サザンクロスでっす。こうして原作四巻が終わった訳ですが、何かカテレア生き残っちゃいました。うん、何でだろ。本当だったら太陽に一瞬で打ち殺される予定だったのに。それに『ミレニアム』側もほとんど戦闘出てこなかったし。まぁ、『ミレニアム』はこれからちょこちょこと出てくるので。
さて、それでは本題に。原作五巻に入る前に閑話的なものを一つ書こうと思ってます。夜明と誰の絡みがみたいですか? 次の中からお選びください。
1、リアス
2、朱乃
3、アーシア
4、小猫
5、ゼノヴィア
6、太陽
7、ギャスパー
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