『初陣 神器の能力』
ニ、三日ほど時は進み、表向きの部活を終えた夜明は帰路についていた。契約の方はというと、相変わらずの駄目駄目である。先日も、ほとんど無償に近い形で契約を果たし、雀の涙ほどの代価を貰って部室に戻ってリアスにこっ酷く叱られた。しかし彼は反省しない。何故なら彼は月光夜明だから。
『悪魔にはとことん向いてないね、月光君って』
『根が善良なんだろ』
部室を出る時の木馬と太陽との会話を思い出し、夜明は頭を掻く。さっさと帰ろうと足を速めようとすると、何やら後ろに妙な気配を感じた。不審に思って首だけを曲げて振り返る。
「シスター?」
夜明の後方数メートル。そこで一人のシスターがうろちょろしていた。何でこんな所にシスターが? と思いながら夜明はあっちへ行ったりこっちへ行ったりしているシスターを眺め続ける。
「はうわ!」
何に足をとられたのか、シスターは盛大にすっ転んだ。慌てて起き上がろうとするも、また転んでしまう。見ていられなくなり、夜明は両手を広げて頭から道路に突っ伏しているシスターに歩み寄った。
「おい、大丈夫か?」
「あうぅ。何故、何も無い所で転んだのでしょうか?」
「俺が知る訳ねぇだろ」
当然である。シスターを助け起こそうと手を差し出す夜明。シスターは礼を言いながら夜明の手を取り立ち上がった。すると、俄かに強い風が吹いてシスターが被っていたヴェールを飛ばした。あ、とシスターが手を伸ばす。しかし届かない。
(しゃあない)
軽く膝を曲げ、脚をバネにして跳躍する。風に舞い上げられる前にヴェールをキャッチし、空中で一回転してから着地した。
「ほらよ」
振り返りながらヴェールを差し出す。ヴェールの中で束ねていたであろう金髪を風に靡かせながらシスターは夜明とヴェールをグリーンの双眸で交互に見ていた。
「いらねぇのか?」
「へ? あ、いえ、いります! あ、ありがとうございます!!」
「ほらよ……って、こいつが喋ってるのって英語じゃねぇか?」
ヴェールを渡しながら夜明は無意識の内に英語を話していた自分に感謝するのだった。ヴェールを被り直したシスター。恐る恐るといった感じで夜明に問いかける。
「あの、失礼ですが英語を話せるのですか?」
「ん? まぁ、昔ちょっと色々あってな。そん時に覚えた。んで、そう言うお宅はそんな馬鹿でかい旅行鞄引っさげてどこ行くんだ?」
夜明はシスターが傍らに置いている大きな旅行鞄を指差す。
「あぁ、これはですね。私、この町の教会に赴任する事になりまして。貴方もこの街の方ですよね? これからよろしくお願いします」
「あぁ、よろしく」
教会なんてこの街にあったか? と考える夜明だったが、街の外れに教会と思しき古い建物があったことを思い出した。
「(でも、あそこって今でも使われてるのか? ま、シスターが赴任するんだから使われてるんだろ)んで、教会に行くはずのお前はこんな所で何してるんだ? 言っておくが、教会があるのは真逆の方向だぞ」
「えぇ、やっぱりそうだったんですか!? うぅ、おかしいと思ったんです。歩けど歩けど教会は見えないし。やっぱり私、迷子になってたんですね……教会の場所を教えてくださってありがとうございます」
ペコリと頭を下げ、シスターは夜明に背を向けて歩いていった。何故だろうか。このシスターが再び道に迷うのを、夜明は確信のレベルで予感していた。
(いや、でもまさかな)
そう思ってた矢先、
「きゃうん!」
シスターが転んだ。ため息を吐き、夜明は再び倒れたシスターに歩み寄ると首根っこを掴んでさっさと起き上がらせた。
「あうぅ。重ね重ねありがとうございます」
「もういい。お前は一人で歩くな。教会には俺が連れて行ってやる」
夜明の申し出にシスターの顔が輝く。
「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!」
これも主の導き。主よありがとうございます、と胸の前で手を組んで祈っているシスターを無視し、夜明は旅行鞄を掴んでさっさと歩いていった。数秒後、待ってくださーい! とシスターの涙声が空へと響くのだった。
教会へと向かう際、二人は公園で泣いている子供を見つけた。母も一緒にいるようだったので、夜明は無視してそのまま教会へと向かおうとしたが、シスターは公園の中へと入っていった。シスターがいないのに気付き、夜明が急いで公園へと戻ってみると、シスターが緑色の光で子供の怪我を直していた。
(ありゃ神器(セイグリッド・ギア)か?)
ありがとう! と元気良く礼を言う子供と頭を下げる母親。日本語が分からないシスターはキョトンとした表情で二人の後ろ姿を見送っていた。
「礼だよ、今のは。一つ聞きたいんだがお前、その力……」
「あ、この力ですか? 神様から頂いた治癒の力です」
素敵なものなんですよ、と微笑むシスターだが、その表情はどこか悲しげだった。それ以上は何も聞かず、夜明はシスターを連れて教会へと向かう。歩くこと数分、二人は教会の前へと辿り着いた。
「ここです! ここで間違いないです!」
地図が描かれたメモと場所を照らし合わせ、シスターは安堵のため息を吐く。シスターを教会に送り届けると言う目的を果たしたので、夜明はさっさと家に帰ることにした。
「んじゃ、俺はこれで」
「あ、待ってください! お礼をまだ」
「礼が欲しくて案内した訳じゃねぇ。気にするな」
でも、と困ったような表情を浮かべるシスター。ここまで善良な奴も珍しいな、と思いながら夜明は首だけを曲げてシスターを振り返る。
「夜明だ」
「え?」
「月光夜明。それが俺の名前。夜明でいいぜ。お前は?」
「私はアーシア・アルジェントと言います。アーシアって呼んでください!」
笑顔で答えてくれたアーシアに微笑で返しながら夜明は片手を上げる。
「それじゃ、縁があったらまた会おうぜ、アーシア」
「はい! 夜明さん、また会いましょうね!」
教会の前でアーシアは夜明の姿が見えなくなるまでずっと手を振り続けていた。教会が見えなくなった辺りで夜明は歩みを止め、思考に耽った。
(公園で子供の怪我を治した時に見たあの輝き。ありゃどう考えても神器(セイグリッド・ギア)のもんだ……あいつも堕天使に襲われたりなんてしないよな?)
そこまで考えたところで、夜明は自分の考えが徒労だったことに気付く。
「って、いくら堕天使でも神に仕えている者を手にかける訳ねぇか」
心配して損した、と伸びをしながら夜明は今度こそ家路へとついた。
その日の夜、アーシアを教会に案内した事を話したらまたリアスに叱られた。叱られたとは言うが、どっちかというと諭してるような部分が大きい。
「教会は私達にとって敵地。踏み込めばそれだけで神側と悪魔側の問題に発展する場合もあるわ。今回は貴方の厚意を向こうが素直に受け止めてくれたみたいだけど、本当ならいつ天使の光の槍が降ってきてもおかしくなかったのよ」
「ってこたぁ、俺は無意識の内にデッドオアアライブを体験したことになるのか?」
「そういうことになるわね」
改めて背筋に冷たいものを覚える夜明だった。しかし、俺人間ですけどね? と呟くとリアスのデコピンが飛んできた。
「そんなこと向こうには関係ないのよ。悪魔と関わっていると言うだけでも許しがたいのに、貴方は人の身でありながら私の眷属として動いている。ある意味、最も連中が許せない部類に入るんじゃないかしら?」
「何てこったい……」
わざとらしくポーズを取り、夜明は盛大に嘆いてみせる。本当にそう思ってるのか? という太陽の問いに全然、と肩を竦めて見せた。
「降りかかる火の粉は払う。そんだけさ」
「勇ましいな。だが、今後は教会に関わらないほうがいい。特に『悪魔祓い(エクソシスト)』にはな。連中、それなりに強いからな」
太陽の言葉にふぅん、と頷いていると、朱乃が扉の前に立っていた。
「朱乃、どうかしたの?」
「大公からはぐれ悪魔討伐の依頼が届きました」
朱乃は少しだけ顔を曇らせながらそう答えた。
はぐれ悪魔。そういう存在がいるらしい。爵位持ちの悪魔に下僕にしてもらった悪魔が主人を裏切る、もしくは殺す事で極稀に起こるそうだ。悪魔の力は強大。故にそういう連中が暴れ回って被害を出す前に始末して欲しいという依頼が届くのだそうだ。はぐれ悪魔に関しては悪魔、天使、堕天使、立場問わず取るべき行動は決まっている。
見敵即殺。
リアスに連れられ、太陽を筆頭にグレモリーの眷属達ははぐれ悪魔が夜な夜な人を取って喰らっているという廃屋へとやって来た。周囲を薄暗い森林に囲まれた、如何にもな感じの場所である。戦闘中、役に立たないと判断された夜明は悪魔の闘いを見ながらリアスから悪魔の駒(イーヴィル・ピース)と呼ばれるレーティングゲームについて説明を受けていた。
「はぁ〜、成る程ね〜……ん?」
眼前では悪魔同士の血で血を洗わんとする壮絶な戦いが繰り広げられている。しかし、あることが引っかかり夜明は目の前の戦いに集中できずにいた。
(……何かいやがる)
確信とも呼べる勘で判断した夜明はそっとその場を離れた。幸いと言うべきなのか、リアス達ははぐれ悪魔を潰すのに集中していて夜明が離れた事に気付かなかった。小走り程度の速さで歩くこと数分、夜明は少し開けた場所に出た。
「……いやがるんだろ? こそこそしてないで出てこいよ」
夜の闇へと言い放つ。何の動きもない。俄かに全身の毛が総毛立ち、夜明は考えるよりも先に頭を伏せた。頭上数ミリを槍が飛来し、夜明の目の前にある樹に直撃し爆散させる。ゆっくりと振り返ると、はぐれ悪魔であろう存在がそこにいた。
「おぉ、初めて悪魔らしい悪魔に遭遇したな」
「何故、私に気付いた? 私のステルスは悪魔に対して完璧に発動していたのに……」
ライオンの頭部分を引っこ抜き、代わりに女性の上半身を打ち込んだような異形がそこにいた。大きさは五メートルはあろうかという巨躯である。
「悪魔に対して? もしかしてお前のステルスって悪魔にしか効果ない?」
「だが、悪魔に対しては絶大な効果を発揮する。それが何故……」
「あぁ、そりゃ簡単だ」
さっき、はぐれ悪魔が投げた槍を拾いながら夜明は答える。
「俺が人間だからだ」
「……ならば人間。お前は何しにここに来た?」
はぐれ悪魔の問いに夜明は笑みを浮かべて応じてやった。
「そんなのお前をぶっ倒すために決まってるだろ」
「舐めるなぁ人間!!」
突進してくるはぐれ悪魔。地響きを上げて目の前に迫り来る巨躯を無視し、夜明は手の中で槍をくるくると回す。
「こいつはあんまりしっくりこないな。返す」
無造作に槍をはぐれ悪魔に投げ返す。狙ってやったのかは定かではないが、槍は上手いこと目潰しの役割を果たした。槍が双眸を直撃し、はぐれ悪魔は僅かに動きを止めた。その一瞬を逃すほど月光夜明という男は甘い人間ではない。
「身体は翼で出来ている」
神器(セイグリッド・ギア)発動。夜明の背中から三対の翼、不屈の翼が飛び出す。それと同時にはぐれ悪魔の身体が前に傾いた。夜明がどこからともなく取り出した二本の直剣で前肢を切り落としたのだ。
「が、ぎゃああああ「騒ぐな」がぼぉ!!」
痛みに叫び声を上げようとするはぐれ悪魔の口に直剣を投げ刺して黙らせる。もがくはぐれ悪魔の胴体部分に鍔元まで直剣を突き刺す。そのまま不屈の翼を羽ばたかせ、上昇力を利用してはぐれ悪魔を胴体から頭まで真っ二つに切り上げた。
「おぉ、グロテスク」
空中で一回転し、体勢を整えた夜明ははぐれ悪魔を見てそんな感想を漏らした。胴体から頭頂部に至るまでの傷口から血と一緒に内臓が噴き出している。前肢を斬られた事も相まって、はぐれ悪魔の周囲は血の海と化していた。
「恨みはないが、情けをかける理由も無い」
はぐれ悪魔の血で濡れた直剣を血振りし、空いた手に弓を顕現させる。そのまま直剣を矢のように番え、弦を限界まで引き絞る。
「じゃあな」
何ら躊躇することもなく、夜明は直剣を放った。直剣は大気を切り裂きながら飛翔、はぐれ悪魔の身体を貫通。胃一瞬遅れてはぐれ悪魔の身体から血が噴き出す。暫くの間、夜明は空中で待機していた。はぐれ悪魔が動く気配は無い。それどころか、生きてる気配も感じられない。
「ふぅ、こんなもんか。にしても弱かったな。悪魔ってのは皆こんなに弱いのか? ……いや、こいつが手前の主を裏切るような狗だったからこんなに弱かったんだろうな」
不屈の翼を消し、はぐれ悪魔の血の海に触れないようにしながら夜明は地面に着地する。
(俺の神器(セイグリッド・ギア)の力……物を創造する力)
両手に落としていた視線をはぐれ悪魔の頭部分に向ける。さっき、黙らせるために口に刺した直剣は弓を顕現させた時に消えてしまっている。
「今のところ、しっかりした武器を同時に作り出せるのは二つが限度か……これから頑張んないとな」
とりあえず、今はリアス達を呼ぶのが先決だと、夜明は来た道を戻っていった。