『夏休み! 旅行先は……冥界?』
夏である。タオルケット一枚でも寝苦しい日々がやってきた。高校生活も夏休みへと突入、学業に追われる学生達がバイトを入れたり旅行に行ったりと各々の過ごし方を送る中、月光夜明は
「す〜……す〜……」
「うにゅぅ〜、よあけしゃん〜」
何時も通り、リアスとアーシアに挟まれ、川の字になって寝ていた。不思議なことに寝苦しさは全く感じない。二人と一緒に寝ることに慣れてしまった己に夜明は軽く引いていた。
「というか、この二人も自分のベットで寝てくれないかなぁ。自分の部屋があるだろうに」
小さくため息を吐いたその時、タオルケットの中に何やら妙な感触が。僅かに上体を起こしてみると、そこには膨らみが二つ。勿論、リアスとアーシアのものじゃない。二つの膨らみが胸の辺りまで来た時点で夜明はタオルケットを軽く持ち上げた。
「うふふ、お早う夜明くん」
「夜明、お早う」
「何してんですか朱乃さん、それにゼヴィ……」
黒い長髪と蒼髪の美少女、朱乃とゼノヴィアがタオルケットの中からこんにちわ。凄く柔らかくてすべすべした何かが触れているが、リアスとアーシアで慣れてしまったため特に夜明は慌てなかった。朱乃は普段のポニーテールではなく、黒髪をおろしている。着ている寝巻きは浴衣だ。若干肌蹴ているのは狙ってのことだろう。
一方のゼノヴィアはタンクトップにパンツという刺激的な格好だった。普段からそれで寝てるのか? と問えば首肯が返ってくる。二人は夜明の首もとに顔を摺り寄せた。
「と〜ちゃく♪」
「ん〜、良い匂いだ……朱乃副部長、もう少しそっちに寄ってくれないか?」
夜明そっちのけでやいのやいのと始める二人。夜明は力なくへらへらと笑うだけだった。不意に首筋にキスされる。うぉっ!? と驚きながら見てみると、朱乃がどSの表情を浮べていた。今度はゼノヴィアが舌を這わせてくる。
「あらら、ゼノヴィアちゃんったら大胆」
「朱乃副部長には敵わないさ」
バチバチと火花を散らせる二人。人のベットの上で何してるのこの人達? と思わないでもなかったが、それを口にするほど夜明は心の狭い男ではない。二人の好きなようにさせることに。
「朱乃、ゼノヴィア。あなた達、何をしてるの? いつの間に部屋に入ってきたの?」
殺気を纏った横槍が入ってくる。視線を向ければ超絶不機嫌のリアスが半眼で朱乃とゼノヴィアを睨んでいた。またこの展開か、と諦観の表情を浮べる夜明。朱乃とゼノヴィアは特に怯む様子も見せずにリアスに朝の挨拶をする。
「見ての通り、スキンシップですわ。独りで寝るベットは寂しいから、私の夜明くんに慰めてもらおうと思って」
「うん、夜明と一緒に寝たくてな。部長とアーシアだけ一緒に寝られるなんてずるいではないか」
軽く頬を膨らませているゼノヴィアの言葉はともかく、艶然とした表情を浮べる朱乃の台詞にリアスは完全にキレたようで、眉をきつく吊り上げた。
「『私の』? 朱乃、あなた何時から夜明の主になったの?」
「主じゃなくて先輩ですわ。先輩が後輩を可愛がるのは当然でしょう?」
バチバチ、と今度はリアスと朱乃の視線がぶつかり合う。
「先輩……そう、そう来るのね。ここは私にとっての聖域、絶対の癒しの空間なの。アーシアはともかく、それ以外の者は誰一人としていれたくないわ!」
リアスの一言に朱乃は小さく笑む。
「凄い独占欲ね……私に夜明くんを取られるのが怖いのかしら?」
「……一度、あなたとは話し合わないといけないわね」
O☆HA☆NA☆SIですね、分かります。夜明の予想通り、リアスと朱乃は枕でポフポフと互いを叩き始める。滅びの魔力と雷をぶつけ合ったプールでの喧嘩を思い出すと、枕の叩き合いはとても可愛らしかった。
「うにゅぅ、もう朝ですか……」
アーシアが寝ぼけ眼を擦って起きた。もうちょっと寝てていいぞ、と頭をポフポフと撫でてやる。
「じゃあ、よあけしゃんに抱っこしてもらいながらねましゅ〜」
「それじゃ私もそうさせてもらうか」
右側にアーシア、左側にゼノヴィアが抱きついてくる。アーシアはそのまま眠ったが、ゼノヴィアは寝る様子など一切見せずに夜明の腕に抱きついて頬ずりしていた。彼らの横では二大お姉さまの枕投げ合戦が激化している。
「だいたいね、朱乃は私の大事なものにすぐ触ろうとするから嫌なのよ!!」
「少しくらいいいじゃない! リアスは本当にケチだわ!!」
「この家だって改築したばかりなのに朱乃の好きにはさせないんだから!!」
「ちょっと待ってください。今なんて言いました部長?」
非常に聞き捨てなら無い台詞に夜明は思わず語気を激しくしてリアスに問うた。しかし彼の言葉は届いてないようで、年相応の顔と声でリアスは朱乃との枕投げを続けている。
「サーゼクス様は眷属の皆と仲良く暮らしなさいとおっしゃってたわ!!」
「ここは私と夜明の家なの!! お兄さまも朱乃も私と夜明の間の邪魔ばかりしてもうイヤ!!」
最早、主の威厳も先輩の貫禄もない喧嘩だった。このままでは埒が明かないと、夜明は抱きついているアーシアとゼノヴィアを抱きかかえて外にベットから飛び降りる。今までリアスと朱乃のやり取りに集中していたので気付かなかったが、よくよく見るとベットが何時ものよりも何倍もでかくなっていた。それに伴い部屋も巨大化、置かれている家具も豪勢なものと化している。
「おいおい、何じゃこりゃ!?」
「何を驚いているんだ? ってそうか、よくよく見ると色々と変わっているな」
変わりすぎだ!! とゼノヴィアに叫びながら夜明は倍以上に広くなった廊下を疾走する。マンション暮らしではありえない、上下の階へと続く階段があった。数階分の階段を三段飛ばしで駆け下り、恐ろしく広くなった玄関から飛び出してマンションの全容を見る。
「劇的ビフォーアフタああああああああっっっっ!!!!!!!!????????」
そこにあったはずのマンションは綺麗さっぱりと消え、八階建ての馬鹿でかい屋敷が出来ていた。芝生が敷き詰められた庭には噴水まである。
「部長がリフォームしたそうだぞ。グレモリー家の力をフルに活用したそうだ」
きっと、ご家族もノリノリだったんだろうな、とゼノヴィアの呟きを右から左に受け流し、ただ夜明は唖然として豪邸と化したマンションを見上げる。
「ちなみに地下もあるそうだぞ」
「地下まで!?」
「あぁ。地上の階は主に居住区、地下はプールやシアタールーム、とにかく色々とあるみたいだ」
最早、ハリウッドスターが住むような代物となっていた。ふぅ〜、とため息を吐く夜明。既に驚きからは醒めたのか、その表情は何時も通りだった。
「とりあえず、飯にするか」
「そうだな」
「冥界に帰る、ですか?」
朝食を終えて自室でのんびりしていた夜明にリアスは頷いて見せた。夜明の部屋にはグレモリー眷属の面子が私服姿で集まっている。同居しているメンバーは各々ラフな格好、遊びに来た祐斗や小猫、ギャスパーと太陽も思い思いの格好をしていた。結構な人数がいるにも関わらず、夜明の部屋は余裕のスペースがあった。
「夏休みだし、故郷に帰るのよ。毎年の恒例行事、みたいなものね」
ふ〜ん、と夜明は頷く。夜明には故郷というものが無いのでリアスの気持ちは分からなかったが、そういうものなんだろうな、と勝手に自分の中で納得した。
「そうですか。ま、ゆっくりしてきて下さい。こっちはこっちで修行やら色々やっておくんで」
「何を言ってるの? あなたやアーシアも来るのよ?」
はい? と夜明とアーシアは目を丸くする。リアスは苦笑しながら眷属なのだから、主と一緒に冥界に帰るのは当然の事だと言った。
「そういうわけでもうすぐ皆で冥界に行くわ。かなり長い期間向こうに滞在するから、相応の準備をしておいてちょうだい」
修行やその他諸々の行事は冥界で行うそうだ。まさか人間として生きている間に死者の魂が辿り着く冥界に行く事になろうとは。
(人生ってのは分からねぇもんだなぁ)
「難しい顔しなさんな。冥界って言ったって、人間界(こっち)と変わりねぇよ。空が紫色で海が無い。後、住んでる連中が人間じゃなくて悪魔、くらいのもんだ」
夜明のベットの上に寝そべった太陽がケタケタと笑う。彼女の服装は眷属達の中でもかなりぶっ飛んでいて上はへそが出るほど丈の短いシャツ、下はホットパンツと過激だった。目のやり場に困り、夜明は顔を片手で覆う。
「そうだ。夜明、冥界に行ったら私とデートしましょう。時間がとれるか分からないけど」
「で、デートですか? そりゃ誘っていただけるんなら喜んでお供しますが」
「あらあら。なら私は夜明くんとお部屋で過ごそうかしら? 部長にも出来ないようなエッチなことでもしながら」
自分の胸の辺りを指でなぞる朱乃。夜明は顔を真っ赤にさせながら朱乃のニコニコフェイスから視線を逸らした。
「ダメよ」
「いやよ」
朝の時と同じ様に視線をぶつけ合わせる両者。また二人を宥める仕事が始まった、と夜明が内心でため息をつきながら立ち上がろうとすると、誰かが部屋の中に入ってくる気配が。
「俺も冥界に行くぜ」
「「「「「「っ!?」」」」」」
何時の間か席の一角に黒髪のイケメン男がいた。オカルト研究部の顧問にして『神々の子を見張る物(グリゴリ)』の総督、アザゼルだ。夜明と太陽以外は部屋に入ってきたことすら気付いていなかったらしく、驚きに目を瞠っている。
「どこから入ってきたの?」
「ふっつうに玄関からだろ」
目をパチクリさせているリアスに太陽が答える。気配すら感じなかった、と祐斗は率直に述べた。
「そりゃただの修行不足だろ。俺がここの敷居跨いだ時点で気付いてたのは太陽だけか? 夜明も俺が部屋に入るまでは気配を感じなかったみたいだしな。それよりも冥界に帰るんだろ? 俺も行くぜ」
お前等の『先生』だからな、とアザゼルは嘯く。実際、アザゼルはちゃんと先生の役割を果たしていた。神器(セイグリッド・ギア)の使い方は勿論、今後の方針や力の使い方も彼はしっかりと教え子達に叩き込んでいる。
「冥界でのスケジュールはと……リアスの里帰りに当主に眷属の紹介。その後に若手悪魔の顔合わせ、それに修行か。俺は俺でサーゼクス達との会合……面倒くせぇな」
本気で面倒くさそうだ。ため息の大きさが真実味を如実に表している。そんなこんなで冥界への旅行が決定した。
(冥界に旅行か。じじいに言ったら死ぬほど羨ましがるだろうな)
くすくす、と笑いながら旅行鞄を探そうと立ち上がった夜明にエジソンが語りかけてきた。
〔夜明。当分の間、私、精神世界の臆に引っ込んでるから受け答えは出来ないよ〕
(引っ込むって、何でだよ?)
君の武器を創るためさ、とエジソンは返した。
(武器って、俺には銀翼と蒼星があるんだが)
〔確かにあの二つは使い慣れてるだけあってどの武器よりもしっかりと創造できてるよ? でも、あの二つは白龍皇に通用しなかったじゃん〕
そうだ。ヴァーリとの戦闘での最終局面、夜明は銀翼でヴァーリの拳を迎え撃ち、そして競り負けた。銀翼に龍殺し(ドラゴン・スレイヤー)を纏わせていたにも関わらず、だ。
〔これから君が飛び込もうとしてる世界は今の白龍皇よりも強い奴がごろごろいる世界だよ? 少しでも強くならなくちゃ。はっきり言って、銀翼蒼星だけじゃ近い内に殺されちゃうよ〕
それは嫌だな、と夜明は小さく呟く。エジソンはその武器を創るのにかなりの時間がかかると言った。
〔ま、修行が終わる頃までには創り上げとくよ。ちなみに私が創ろうとしてる武器の最低使用条件は君が禁手(バランス・ブレイカー)に至ってる事だから。頑張ってね♪〕
これから忙しくなるぞ〜、と気合いを入れながらエジソンは精神世界の奥底へと沈んでいった。夜明はゆっくりと拳を握り締める。考えるのは現白龍皇ヴァーリ、そしてこらから立ちはだかるだろう赤龍帝、ヴァンデューク・ルシフェル。この二人以外にも強敵はたくさんいるだろう。
「強く、ならないとな」