『冥界いいとこ、一度はおい……で?』
「まず、第一に私の名前が本名じゃないってことは知ってるよな?」
太陽の確認に一同頷いた。太陽がトワイライト=ヘルシングと呼ばれてるのを何度か耳にしたことがあるし、リアスも彼女のことをライトと呼んだりしていたからそのことは暗黙の承知よなっていた。その上で太陽は言葉を続ける。
「私はトワイライト=ヘルシングの名を捨ててる。でも、正確には剥奪されたんだ」
ヘルシング家の爵位や領地の大半と共に。あることが理由で、太陽はヘルシングの家名を名乗る事を禁じられた。本人は一切気にしてないが、爵位や領地を取り上げられるなんて余程のことだ。彼女は一体何をやらかしたのだろうか?
「全ての原因は私の遺伝子提供者……父であるアーカード=ヘルシングさ」
そう前置き、太陽は話していった。
「お前等、大昔に悪魔と天使、堕天使。三つ巴の大戦争があったのは知ってるよな?」
一同、首肯する。
「その大戦争の終盤辺りでな、一度だけ悪魔側が劣勢になった時期があった」
天使と堕天使はこぞって、三つ巴の一角を滅ぼさんと悪魔を攻め立てた。完全に押し込まれた悪魔達はじりじりと削られていった。そこに一人の悪魔が戦場に出てくる。当時『魔神』、『第五の魔王』と敵はおろか味方からすらも恐れられ、最強最悪と言われた悪魔、アーカード=ヘルシングだ。
「クソ親父、アーカード=ヘルシングは強かった、本当に強かった」
目の前に海原のように広がる天使と堕天使の軍勢に臆するどころか、笑みすら浮かべて単身で挑み、愛銃ジャッカルを駆使してその悉くを屠っていった。アーカードに殺された天使、堕天使の数は数百万を超える。
「待てよ太陽。それとヘルシングの名が剥奪されたこととどういう関係があるんだよ?」
この話だけを聞いていると、アーカード=ヘルシングは悪魔達の窮地を救った英雄ということになる。それがどうヘルシングの没落に繋がるのかが夜明には分からなかった。話しは最後まで聞け、と太陽は軽く手を持ち上げる。
「ま、確かにそれだけならクソ親父は悪魔を救った英雄として祭り上げられてただろうな……あれさえなければ」
あれ? 太陽はにっ、と口元に歪な笑みを浮かべた。
「クソ親父はな、戦場にいた全ての動く者を殺していった」
文字通り、全てを皆殺しに。その中には味方であるはずの悪魔も含まれている。現代に純潔悪魔の数が少ないのはアーカードの同族殺しが大いに影響していた。
「何で、太陽さんのお父様はそんなことを……?」
同じ戦場に立っていた同族を殺しつくしたアーカードの心理が理解できないのか、アーシアは戸惑いを隠せずに零していた。そりゃ、ヘルシングの血が関わってるのさ、と太陽は胸糞悪そうに鼻を鳴らす。
「とにかく、ヘルシングの血を引いた連中は須らく闘争というのが大好きなんだよ。私も人のことは言えないがな。クソ親父は歴代のヘルシングの中でも本能とも言うべき闘争への渇望が大きかった」
詰まる所、アーカードは自分の闘争相手である天使や堕天使を減らす同族を敵と見なしたのだ。そして敵諸共、視界に映る動くものを片っ端から殺していった。
「それに、ヘルシングの力も忌諱される大きな要因になってる」
ヘルシングの力? 首を傾げる夜明達に太陽はゆっくりと右手を床と水平になるように持ち上げて見せる。瞬間、夜明達の背筋に怖気が走った。長くざらざらする舌に背筋を舐めあげられたような感覚。太陽が何をしようとしているか分かっているリアスと朱乃も不快感に顔を顰めている。
「これがヘルシングの力だ」
太陽の身体からどす黒い何かが溢れ出ていた。魔力やその類のものではない。そんな生易しいものじゃない、もっとおぞましい何か。あえて形容するなら底なしの闇、深淵とでも言えばいいのだろうか? その闇の中で何かが動く。
「「ひぅっ!!」」
その何かを見極めようと目を凝らしていたアーシアとギャスパーが恐怖に息を呑み、間にいる夜明にしがみついた。神の使徒として数々の異形を仕留めてきたゼノヴィア、リアスの眷属として様々な悪魔と相対してきた祐斗と小猫さえも顔を真っ青にさせている。夜明も眼球を吐き出さんばかりに目を見開いていた。それは目だった。太陽の周囲に広がった闇の奥で、無数の眼球が獲物を捜し求めるようにギョロギョロと動いている。
「何、だよ、それ……」
辛うじて、夜明はそれだけを搾り出す。耳を澄ませてみると、歯をガチガチと打ち鳴らし、何か羽ばたくような生物的な音が聞こえた。太陽は自嘲的な笑みを浮かべて腕を下ろす。瞬時に闇は音も無く消えていった。
「ヘルシングの血を引く者は体内に今みたいな碌でもない連中を飼っててな。こいつらを使役し、敵対者を喰らわせる。こいつらに喰われた連中は死なない。生きた屍として、ヘルシングの兵として未来永劫、主の意思に従って戦い続けさせられる」
ヘルシングが喰らい、従えさせられる者の数は数億に達するとさえ言われている。現にアーカード=ヘルシングも封印される直前の戦いで数億の死兵を使役して戦っていた。
「この力からヘルシングは同族からすら忌み嫌われた……言っておくが、私はこの力を一度も使ったこと無いからな」
太陽が悪魔の中で規格外の力を発揮できるのも、本来は喰らった相手を従えるための力を己の力として使っているからだ。で、どこまで話したっけ? と太陽は顎に指を当てる。
「そうそう、クソ親父が同族諸共敵を皆殺しにしたところまでだったな。クソ親父の活躍、というか蹂躙のお陰で悪魔は滅びずに済んだ」
その数を減らした事に変りは無いが。かくして戦争は終わりを告げ、世界は一時的に安息を得た。だが、アーカードは満足していなかった。己の渇望の赴くままに、冥界から外へと飛び出した。狙いは外部に存在する神話体系。
「当時のクソ親父は本当に無茶苦茶だったらしくてな。近くにある神話体系に片っ端から戦いを挑んでは滅ぼし、次の神話体系に向かってったんだと」
このままアーカードをのさばらせておけば世界の均衡が大きく崩れてしまうと危惧した当時、まだ生き残っていた魔王はアーカードの討滅を決意、冥界の全勢力を以ってアーカードに戦いを挑んだ。
「でもま、ものの見事に返り討ちにあったらしいけどな。その後、また懲りずにクソ親父をぶっ殺そうと躍起になってるところに、世界中の神々が協力してきたんだと」
自分のところの神話体系を滅ぼされたら大変だと、当時の神々は形振り構わずにアーカードを滅ぼす事を優先した。この場で当時のことを一番知ってるのはあんたなんじゃないか? と太陽はアザゼルを見やる。無言でアザゼルは肩を竦めた。
「当時の俺達は戦争で負った痛手を回復することに集中してたからな。遠巻きにしか戦いを見たことないが……あれよりも凄惨な光景を見たことが無いな、俺は」
戦いの様子は神々の黄昏(ラグナロク)や世界最終戦争(アルマゲドン)、黙示録(アポカリプス)すら超えていた。そう言えば、とゼノヴィアが額に手を持っていく。
「ヴァチカンにいたころ、そんな感じの絵を見たことがあったような……」
無限ともいえる食屍鬼(グール)のようなものの群れを引き連れた一人の悪魔。それと対峙する世界各地の神話体系から飛び出してきた神々の連合。どこからどう見ても、変人が妄想のままに描いたような絵だったので記憶の隅においやっていたが。
「まさか、実際の話だったのか……」
「ほんの一握りだけどその戦いの事を知ってる人間もいたらしいからな。絵くらい残ってても不思議は無いだろ」
数年にも及ぶ戦いの末、アーカードは冥界のヘルシング領の一角に封印された。
「世界中の神々が協力したのに封印しか出来なかったって……どんだけ強いんだよ」
「伊達に『魔神』とか『第五の魔王』なんて呼ばれてたわけじゃないからな。冥界史上、オーフィスと対等に渡り合える唯一の存在とまで言われてたくらいだからな」
「最早何も言えねぇ……ちょっと待て太陽。お前の親父さんってその戦いの後に封印されたんだよな?」
「あぁ。世界各地に存在するありとあらゆる封印術式で雁字搦めにしてな」
「じゃあ、何でお前が産まれたんだ?」
この台詞だけ聞いたら非常に失礼だが、夜明の疑問は当然と言えた。アーカードが封印されているのなら、夜明達と同年代の太陽は生まれていないはず。まさか封印される前にこさえ、今の今まで冷凍保存されてた訳ではないはずだ。あぁ、と太陽は何でもないことのように答える。
「あのクソ親父、自分がいつ死んでも大丈夫なように自分の分体残してたんだよ。そいつの種から生まれたのが私ってわけ」
今は残ったヘルシング領の奥に引き篭もっているそうな。このことが原因でヘルシング家は没落、爵位と領地を剥奪され、家名も地に堕ちた。
「これが私が『同族殺し』、『ヘルシング』と憎悪される理由さ」
最後にやれやれだ、とため息を吐きながら太陽は肩を竦める。
「それって、太陽さんは何もしてないじゃないですか……なのに、顔も知らない色々な方達から憎まれるなんて」
「そんなもんさ。冥界にいる悪魔の大半にとって、私は同族を虐殺したあのアーカードの娘だからな」
それだけで憎悪するには十分過ぎる。太陽は達観したような表情を浮べていたが、すぐに明るいものへと切り替えた。
「ってか、私にはリアやお前等がいるしな。別に気にしてないさ!」
はっはっは! と豪快に笑う太陽。そこに虚勢やから元気は含まれていなかった。と、そこにタイミングを計ったようにグレイフィアが現れる。
「皆様、温泉のご用意が出来ました」
「冥界に来たのに和風の温泉に入ることになるとは夢にも思わなんだ……」
「グレモリー卿の趣味なんじゃないかな?」
グレモリー邸の一角にひっそりとある和風の温泉。中は洋風なのに何故風呂だけ和風? と思うところが無いわけではないが、気持ち良いので気にしないことに。
「しっかし冥界、地獄で温泉に浸かるかぁ……一瞬で釜茹で地獄に早変わり、なんてことないだろうな?」
「流石にそれは無いよ」
夜明の心配を祐斗はケタケタと笑う。ポン、と頭の上に畳んだタオルを置き、唇まで湯に沈む。
(あぁ〜、癒される〜)
「考えが爺臭ぇな」
頭の中を読まないで下さい、と夜明はアザゼルを軽く睨んだ。当の堕天使総督は悪びれる様子も無く、湯に浮べた盆の上に置いたお猪口を手酌している。はぁ、とため息を吐く夜明の耳に隣の女湯の声が聞こえてきた。
『太陽……前から聞きたかったんだけど、どうやればそんなに大きくなるの?』
『あ? どうやればって別に。普通に過ごしてたらこうなったぞ。ヘルシングの女には胸がでかくなる呪いでもかかってるのか? 前例が無いから分からないが。というかリア、お前も結構でかくなってないか? 原因はあいつか、あいつなのか? ん〜?』
『ち、ちょっと太陽、触り方が卑猥よ……んぅ!』
『んがっはっは、良いではないか良いではないか〜。んがっはっは』
『ふふ、まるで悪代官様ね。太陽、私も混ぜてちょうだい』
『朱乃まで……うぅん!』
『うぇっへっへ、良い声で啼くじゃねぇか姉ちゃん。ここが良いのか? ここが良いのか? そう言えば朱乃、お前も大きくなってないか?』
『見せたい相手が出来たせいかしらね。うふふ』
『あうぅ、皆さん大胆ですぅ〜……』
『大きなスイカとメロンと桃が揺れてるぅぅ〜』
『アーシア、ギャスパー。好きな人に触られると胸は大きくなるみたいだぞ。大きくしたいのなら、夜明にもん』
『『わああああ!!!!!!』』
続いてお湯の中で暴れたと思われる派手な水音が聞こえてくる。自分の名前が聞こえたような気がしたが、夜明は何も言わないで首筋まで真っ赤にしながら湯の中に潜っていた。そこにニヤニヤ笑いを浮べたアザゼルが近寄ってくる。
「何だ? お前、向こうが気になるのか?」
「へ? いや、そう言う訳じゃ……」
口をモゴモゴさせる夜明。アザゼルは分かってるぞ、という風にうんうんと頷いている。
「分かってる、俺は分かってるぞ夜明。何も言うな」
こうしたいんだろ? と夜明の腕をむんずと掴む。はい? と戸惑う夜明にアザゼルはいやらしい笑みを浮かべて見せた。
「女湯に行きたいんだろぉぉぉぉぉ!!!!!」
「違ぁぁぁぁぁぁぁぁうっっっっっ!!!!!」
ブォン!! と夜明は天高く投げ飛ばされる。ぬおおおっ! と空中で必死に体勢を立て直そうとする夜明の視界の中、男湯の端っこで敬礼している祐斗の姿が見えた。
「祐斗手前ぇ、んなことしてる暇あったら先生のこと止めろぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!」
叫んでる間に夜明は柵を飛び越え、女湯へと落下していく。空中でリアス達と視線がかち合った。
(あれ? 普通に『英雄龍の翼(アンリミテッド・ブレイド)』展開させて飛べば良かったんじゃね?)
と、思った次の瞬間、夜明は頭から女湯へと落下した。派手な水柱が立ち上がり、リアス達の頭上にお湯の雨が降り注ぐ。ばしゃばしゃと派手に水飛沫が飛び、夜明が湯の中から飛び出してきた。激しく咳き込み、すぐさま男湯の方へと振り返る。
「こんのクソ堕天使!! 今からぶち殺すからそこ動くんじゃねぇぞ!!!!」
叫んでから夜明は己の現状を思い出す。恐る恐る振り返ってみれば、
「おぉ〜おぉ〜。空中ダイブでこっちに飛び込んでくるなんて、そんなに女湯に入りたかったのか、お前?」
この助平、とニヤニヤ笑う太陽とばっちり視線が合った。全員、己の身体を隠す素振りさえ見せない。そうすると、当然彼女達の瑞々しい裸体が視界に飛び込んでくる訳で、
「ごふぅっ!!」
リバーブローをモロに喰らったように夜明は膝を突く。それ程、彼女達の裸体はインパクトがあった。
「大丈夫、夜明? アザゼルも無茶するわね」
「いらっしゃい。今日は大胆ね、夜明くん」
リアスはぶつぶつと呟きながら、朱乃はニコニコ微笑みながら近づいてくる。たゆんたゆんと揺れる二人の双山が見え、夜明は鼻の奥に鉄臭さを感じた。
「すいません、すぐ出るんで……」
すぐに出ようとするも、それよりも早く朱乃の腕に捕えられる。
「つ〜かまえた♪ うふふ」
真正面から抱きつかれる。そのまま夜明の身体を全身で味わうように脚や腕を絡める。鼻血がウォーターカッター並みの勢いで噴出しそうになるが、どうにか堪える。しかし、むにゅむにゅと押し付けられる朱乃の身体の感触に夜明の意識はシャットダウン寸前だった。
「あ。朱乃さん、放してくだ」
「や〜ですわ」
当然のように拒まれる。臨界点突破寸前の夜明に追い打ちをかけるように背後から弾力が押し付けられた。振り返ればリアスの怒ったような顔が見える。
「朱乃、私の夜明から離れなさい!!」
「や〜です。こうやって夜明くんとお互いを温め合うって決めたんですの」
更に身体をスリスリする。朱乃に対抗するようにリアスも抱きつく力を強めた。
「駄目よ! この子は私のなんだから!!」
二人の美少女に挟まれ、夜明の頭はパンク状態。前門のお姉様、後門のご主人様といった感じだろうか。女性に対する免疫が皆無の男がこの状況に耐えられる訳もなく、
「……こふぅ」
儚い吐息と共に意識を失った。暗くなっていく視界、耳に届く己の名前を呼ぶ声。
「ゆ、遺言は「何じゃこりゃぁあ!!」で、頼みます……」
それだけ伝え、今度こそ夜明は完全に意識を失う。
「……どこのジーパンですか」
ぼそりと放たれた小猫の突っ込みは元気が無かった。