『それぞれの修行』
翌朝、夜明達はグレモリー邸の庭の一角に集まっていた。多少、ふらふらしてるが夜明はキチンと己の両脚で立っている。時折、昨夜のことを思い出しては顔を赤くしているが、今後の修行に支障はなさそうだ。集まったジャージ姿の一行を見渡し、同じくジャージ姿のアザゼルは口を開く。
「先に言っておく。今回、俺が用意したトレーニングはお前等の将来を見据えたものだ。すぐに効果が出る者のいるだろうが、逆に長期的に見なければならない者もいる。何、心配するな。お前等は将来有望な若手だ。方向性さえ間違わなければ、良い方向に成長するだろう」
そう前置き、アザゼルはまずリアスを見た。
「リアス。お前は最初から才能、身体能力、魔力の全てが高スペックの悪魔だ。このまま何のトレーニングをしなくてもそれらは高まっていくだろう。大人になる頃には最上級悪魔の候補にもなってるだろうな」
だが、リアスは今すぐ強くなりたいのだ。そんな悠長なことは言ってられない。アザゼルがリアスに用意したのは基本的なトレーニング、それとレーティングゲームに関しての猛勉強だった。
「『王(キング)』は時によって力よりも頭が求められる。というか、そういう場面の方が多い。『王(キング)』であるお前に必要なのはどんな逆境も跳ね除ける思考と機転、判断力。そして勝とうとする意思だ……ライザー・フェニックス戦での終盤みたいなことはもうしたくないだろ?」
「……えぇ、二度とあんな無様は晒したくないもの」
微かに渋面を作り、リアスは奥歯を噛み締める。思い出すのはライザー戦の時、英雄と謳われた龍(ブレイヴ・ドラゴン)に言われた言葉。
『貴様のような己の眷属を信じられぬ愚物が我が奏者の主を語るなぁ!!!!』
『良いか愚物、覚えておけ。「眷族を信じる」、「誰よりも気高くある」。これが『王(キング)』の勤めだ……次は失望させてくれるなよ』
「……同じ過ちは繰り返さないわ」
強い意思の籠った瞳に炎を宿らせながらリアスは静かに、力強く言い切った。やる気満々の様子のリアスに満足そうに頷き、アザゼルは次に朱乃の名を呼ぶ。対して朱乃は少し不機嫌そうに返事をした。父親であるバラキエル絡みだろうか、朱乃はアザゼルのことをあまり快く思っていなかった。朱乃の心境は一切意に介さず、アザゼルは真正面から言う。
「お前は自分の中の血を受け入れろ」
「っ!」
朱乃の中の血。即ち堕天使の血。朱乃自身が最大限に忌諱してるものを、アザゼルは受け入れろと言ったのだ。
「ライザーとの一戦は記録映像で見せてもらった。何だ、お前のあの戦いは? お前の本来の力なら、敵の『女王(クイーン)』を苦もなく打ち倒せたはずだ……お前の力は雷だけじゃない。雷に光を乗せ、『雷光』として撃てばお前の本来の力を発揮できるはずだ」
光は悪魔にとって天敵。確かに雷に光が加われば相当な威力になるだろう。悪魔のみならず、他の種族の敵にも効果はあるはずだ。
「私は、あんな力に」
「その否定がお前の弱さだ。自分を認めないでどうする? 雷だけで勝てていけるほど、お前が飛び込もうとしてる世界は優しくない。余り、甘ったれたことを言うな。『雷の巫女』から『雷光の巫女』になってみせろ」
アザゼルの言葉に朱乃は複雑な表情を浮べているが、自分が何をなすべきかは理解しているようだ。次にアザゼルは祐斗に身体を向ける。まずは禁手(バランス・ブレイカー)の解放を一日保てること、更に少しでも長く禁手(バランス・ブレイカー)を維持できるようにすること。剣術に関しては祐斗の師匠に一から学ぶとのこと。
「次、ゼノヴィア。お前はデュランダルを今以上に使いこなせるようになれ……『絶世の名剣』と謳われた聖剣。その力はあんまものじゃないはずだ」
ゼノヴィアは悔しそうな表情を作りながらもしっかりと頷く。デュランダルの力を上手く使いこなせてないことは、彼女自身が一番理解している。
「それと、もう一本の聖剣になれてもらうことだな」
「もう一本の聖剣?」
「あぁ、ちょいと特別な奴をな」
何故かアザゼルは夜明を見てニヤリと笑った。夜明とゼノヴィアが首を傾げている内にアザゼルは真面目な表情に戻り、軽くプルプルしてるギャスパーと視線を合わせた。
「ギャスパー」
「は、はいぃぃぃぃぃ!!!!!」
びびり過ぎである。腰にしがみ付いてきたので、夜明はポフポフとギャスパーの頭を撫でた。
「そうびびるな。別にとって喰う訳じゃねぇんだから。お前の最大の壁はその恐怖心だ。その何に対しても恐怖する心身を一から鍛え直さなきゃ話にならん。俺考案の『脱、引き篭もり! これで君も真っ暗な部屋からおさらばさ!!』なるプログラムを組んだから、それでまずは真っ当な心構えを作ってこい。それと、リアスと夜明から聞いたんだが、お前、駒王協定の『禍の団(カオス・ブリゲード)』に襲撃を受けた際に十年後の自分と入れ替わったそうだな」
「は、はい。僕は余りよく覚えてないんですけど」
自信なさげに頷くギャスパー。その話は夜明とリアスから聞かされていたが、彼女自身今一実感が涌いていなかった。
「ある程度、引き篭もりを脱することが出来たら、その力を自分の意思で扱えるようになれ。二人から聞いた分だと、十年後のお前は相当強いらしいからな」
平常はともかく、緊急時にその力を引き出せるようになれば、間違いなく大きな助けとなるはずだ。涙目になりながらギャスパーはコクコクと何度も頷く。次にアーシアのトレーニング。彼女のはリアスや祐斗同様に基本的なもの、それに神器(セイグリッド・ギア)の強化だった。何でも、回復のオーラを離れたところにいる仲間に届けられるようになるとか。
「へぇ〜、もしそんなことが出来るようになったら凄いじゃんアーシア」
「が、頑張ります!」
夜明の言葉にアーシアは異様なやる気を見せ、両手を握って小さくガッツポーズを取った。
「次に小猫」
「……はい」
相当気合の入った様子で小猫は一歩前に出る。ここ最近、調子が悪そうに見えたのは気のせいだったか? と夜明は少しばかり小首を傾げる。
「お前は申し分ないほどオフェンス、ディフェンス、『戦車(ルーク)』の才を持ってる。身体能力も申し分ない。だが、リアスの眷属にはお前以上のオフェンスが多い」
「……分かってます」
オブラートに包まず、ズバズバと言い切るアザゼル。小猫は僅かに歯を食い縛った。
「リアスの眷属のトップオフェンスは太陽だ。こいつ程の化け物になれとは言わないが、祐斗やゼノヴィア、それに夜明を超えるくらいの気概を見せてみろ」
太陽に次いでオフェンスの能力が高いのは聖魔剣の禁手(バランス・ブレイカー)を有する祐斗、『絶世の名剣(デュランダル)』の使い手であるゼノヴィア。そしてどんな武器でも創り上げる夜明だ。この三人を超えるとすれば、相当な努力が必要なはずだ。
「小猫。お前も他の連中と同じ様に基礎の向上をしとけ。その上で、封印しているものを曝け出せ。朱乃同様、お前も自分自身を受け入れられなければ今後の邪魔になるぞ」
アザゼルの言葉に小猫は何も言わなかった。曝け出せの一言で、さっきまで見せていたやる気を完全に喪失させている。
(小猫も小猫で何か抱えてるのか?)
ならば、自分が口を出すべき事ではないと、夜明は何も言わなかった。
「次に太陽……はっきり言わせてもらうが、お前のトレーニング方法は思いつかなかった……というか、お前がこれ以上強くなる絵を俺は想像できなかった。お前、これ以上強くなりたいのか?」
「あぁ、勿論だ。本気のオーフィスと単独で戦り合えるくらいには強くなりたいな」
早い話、彼女は世界最強になりたいと言っているのだ。引き攣った笑みを浮かべ、アザゼルは太陽の好きなようにさせる旨を告げる。
「無責任なようで悪いが、お前に関して俺は何も言わない。お前の思うとおりにやっていけ……んで、最後に夜明だが」
そろそろ来るはずなんだが、とアザゼルは時計、それから空を見上げる。釣られて夜明達も視線を上に動かす。何の変哲も無い(冥界にとっては)、紫色の空。何か無いかと目を凝らしている夜明の視界に黒い点が映りこんだ。あ? と疑問の声を上げるうちに点は巨大化し、どでかい影と化す。
「おい、あの影。どんどんこっちに近づいてきてないか?」
ゼノヴィアの呟きが終わった瞬間、
ドオオオオォォォォォォンッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!
地響きと共にそれが夜明達の目の前に舞い降りた。派手に揺れる地面。夜明は慌てて、倒れそうになるアーシアとギャスパーを支える。リアス達も驚きに目を見開いていた。一人だけ、太陽はポケットに両手を突っ込んでヒュ〜、と口笛を吹く。彼女の肝っ玉の太さには驚かされるばかりだ。
「何なんだよ!」
悪態をつく夜明の眼前で砂煙が晴れていく。そして現れたのは強固な鱗と甲殻に覆われた巨体。攻撃的な角にずらりと生え揃った牙。樹木の幹のように太い腕と足。広がる一対の翼がただでさえ大きい身体を更に巨大なものにしている。
「ど、ドラゴン?」
「あぁ、そうだ夜明。こいつはドラゴンだ」
夜明の呟きにアザゼルが頷いてみせる。
「アザゼル、敵の領地でその堂々とした態度。呆れを通り越して尊敬の念を覚えるぞ」
「はっ、ちゃんと魔王様の許可は取ってるっての。それも直々にな。文句あっかこら」
口角を持ち上げるドラゴンにアザゼルは鼻で笑ってみせる。まぁいい、とドラゴン。
「サーゼクスの頼みで俺が来たということを忘れるなよ、堕天使総督」
「へいへい……夜明。この馬鹿でかいのがお前の先生だ」
アザゼルがドラゴンを親指で示す。まだ、驚き冷めやらぬ夜明は思考回路が麻痺したようなぎこちない動作でドラゴンを見上げた。
「は、はぁ……」
「久しいな、ブレイズハート。相変わらず人間の姿をとっているのか?」
ドラゴンは愉快そうに笑いながら夜明、その内側にいる彼女へと呼びかけた。すると、夜明の背中から三翼が展開され、微かな燐光を放ち始める。ブレイズハートは夜明だけじゃなく、周りのものにも聞こえるようにドラゴンの声に応じた。
『久しいではないか、タンニーン』
「知り合いなのか?」
夜明の問いにうむ、とブレイズハートは頷いた。
『かつて、龍王が六体いたことは話したな? こやつは悪魔に転生して龍王の一角から外れた一体だ。聖書に記された龍はこやつ、タンニーンを指す』
ちなみにタンニーンは転生悪魔の中でも最強クラスの強さを持っており、現代の最上級悪魔なのだそうだ。というか、悪魔になる以前のスペックが馬鹿みたいに高いのだからそれくらい当然だろう。
「『魔龍聖(ブレイズ・ミーティア・ドラゴン)』タンニーン。吐き出す息の威力は隕石の衝突に匹敵すると言われている。いまだに活躍している数少ない伝説のドラゴンだ。タンニーン、この英雄龍を鍛えてやってくれ。こいつは人間だが、並みの転生悪魔の数億倍将来が有望だ」
アザゼルの頼みにタンニーンは面白そうに夜明を見下ろした。巨大な瞳にまじまじと見つめられ、夜明は僅かな居心地の悪さを感じる。
「ほぉ、こいつが噂の人間眷属か。あのフェニックスのボンボンをぶちのめした……ドラゴンの修行といえば元来から実戦形式。俺にこの少年を虐め抜けということだな」
はい!? と表情を固まらせる夜明の余所にアザゼルは良い笑顔で頷いた。何、安心しろとタンニーンは愉快そうに笑う。
「死にはせんさ、死には」
微塵も安心できなかった。いやいや、死ぬだろこれ、と慄く夜明だったが、元龍王の修行なんてそうそう受けられるものではない、寧ろ、受けれてラッキーなんじゃ、という思考が脳内に目覚める。それに元とはいえ龍王の強さにも興味があった。一つ頷き、夜明はタンニーンに深々と頭を下げた。
「これからよろしくお願いします!!!!」
大気が震えるような、腹の底から出る大声だった。タンニーンは頭を下げられるとは思ってなかったのか、やや面食らった様子を見せる。しかし、またすぐに面白そうに笑った。
「威勢の良い少年だ。俺との修行でその威勢がもつか見ものだな……リアス嬢、あの山を貸してもらうぞ。こいつとの修行場にはピッタリだ」
タンニーンは遥か彼方に見える巨大な山々を示す。えぇ、鍛えてあげてちょうだい、とリアスもノリノリだった。
「では行くか。おい、少年。お前のことは何と呼べばいい?」
「月光夜明。好きなように呼んでくれ」
「そうか。ならば月光夜明、これから飛んであの山まで行くぞ」
夜明とタンニーンは同時に羽ばたき、空へと舞い上がった。笑顔で手を振るリアス達に手を振り返し、夜明はタンニーンと共に山へと向かって飛んでいく。高二の夏、青春の一ページ。その大切な一枚にドラゴンと過ごすという灰色の思い出が描かれようとは……夜明本人が気にしてないのでよしとしよう。
皆がそれぞれの修行に向かい、庭にはアザゼルとリアス、太陽の三人だけだった。
「ところでアザゼル。この間お願いした件ってどうなったのかしら?」
「あ? あぁ、あれか。神器(セイグリッド・ギア)の方は『神々の子を見張る者(グリゴリ)』の研究施設で総力を挙げて作らせてるが……なぁ、本気なのかリアス? 神器(セイグリッド・ギア)の方はともかく、もう一つの方は相当に危険だぞ」
何せ、向こうは世界各地で暴れていながら、いまだ封印されず、誰にも従えられていない龍王なのだから。しかし、アザゼルの心配を余所にリアスは挑戦的な笑みを浮かべるだけ。
「えぇ、彼女は私が目指す最強の一つの形ですもの。絶対に妥協はしないわ」
「何の話してんだ、ってのは聞くだけ野暮だな。リア、頑張れよ」
太陽は親友の肩を叩き、くるりと踵を返す。
「太陽、あなたはこれからどうするの?」
リアスの質問に太陽はん〜、と首を捻った。
「とりあえず、一回ヘルシング領地に行ってみようと思う。本体の封印に関してクソ親父が何か知ってるかもしれないし。その後は……」
ニッ、といたずらっ子のように笑む太陽。そして彼女はとんでもない事を言う。
「ちょっくらクトゥルフに殴りこんでくるわ」