小説『ハイスクールD×D 不屈の翼と英雄龍』
作者:サザンクロス()

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

          『抱えた境遇、それぞれの悩み』




「相変わらず殺風景というか、精神に悪影響を与えそうな地だな。オマケに臭いも酷い。よくこんなところで生きていけるな、あいつは」

太陽は歩を進めながら周囲の光景を見て、美しい面貌を曇らせていた。彼女は生命の色が何も無い、渇ききった、所々が罅割れた灰色の大地を無造作に横切っていた。およそ、命あるもの気配は感じられない。ここは冥界の一角に存在するヘルシング領地。即ち、太陽の生まれ故郷だ。しかし、彼女に郷愁なんて感情は絶無で、里帰りした訳ではない。彼女はあるものを目指し、この荒れ果てた灰色の大地を歩いていた。

「見えてきた……」

彼女の視線の先に何かが見えてくる。それは巨大な屋敷だった。グレモリー邸ほどで無いにしろ、相当な大きさ。かつては美しかったであろう外観は見る影もなく、ただただ朽ちていた。およそ十数分をかけて玄関前に立つ。

「……酷ぇ臭いだ」

屋敷内から漂ってくる、屍臭としか形容の仕様の無い臭いに太陽は眉を顰める。目の前には屋敷内へと続く扉。太陽は一切の躊躇を見せずに脚を持ち上げ、扉を蹴り破った。派手な音と共に扉の蝶番が壊れ、残骸と化した扉が屋敷内へと吹き飛んでいく。

「……」

屋敷に足を踏み入れた太陽は無言で視線を走らせた。床には埃が厚く積もり、天井から吊るされているシャンデリアには蜘蛛の巣が張ってある。窓ガラスは全てが割れていて、風が吹き込み不気味な獣の唸り声のような音を出していた。

「……相変わらずそうで何よりだ」

誰に言うでもなく一人呟き、太陽は屋敷の奥へと進んでいった。廊下を歩いていると、時折コウモリが飛んだり、足下をネズミが走っていったが、そんなの意に介さず太陽はずんずんと奥に入っていく。目の前に階段が現れたが、それを無視して鉄拵えの扉の前に辿り着いた。ガン! と蹴りを入れて鉄の扉を開く。そこに部屋はなく、地下へと続く階段があった。太陽は無言で螺旋状になっている階段を下りていく。

『……久しいな、娘よ』

灯り一つ無い、真っ暗闇の螺旋階段を下りていく途中、妙に耳にこびり付く声が聞こえた。声のした方を見ると、一匹のコウモリが天井からぶら下がっている。目が赤く、不気味に輝いていた。

「……あぁ、あんたと最後にあったのがリアの眷属になる前だったからな。もう、五、六年は顔を合わせてなかったな」

『自宅の玄関を蹴り破る。非常識さに変わりは無いようだな』

「手前の種から生まれた娘が帰ってきたってのにこんな地下室に籠ってるクソ親父に言われたかねぇよ」

悪態をつき、太陽は階段を下っていく。それっきり、声は聞こえなかった。数十秒後、太陽の眼前に再び鉄拵えの扉が現れる。

「……」

太陽はゆっくりと手を持ち上げ、鉄の扉に押し付けた。金属の冷たさが掌を通して伝わってくる。太陽は意を決し、扉をゆっくりと押し開けた。中は開けた空間で、かなりの奥行きがあった。例えるなら城にある玉座の間だろうか。その部屋の奥にそれはいた。

「室内でもその格好か? どうでもいいけど、家の中にいる時に帽子を被るとはげるらしいぜ? ……いや、がせだったかあれ」

椅子に腰かけ、手と脚を組んだ男に向けて太陽は視線を向ける。固まった血糊のようにどす黒い赤色のコートと帽子。薄暗い部屋にいるにも関わらず、サングラスをかけた長身の男性悪魔。見てくれは……まぁ悪魔の中で言えばまともな部類に入るだろう。しかし、放たれる雰囲気が尋常ではなかった。

「……はっ、相変わらず吐き気がするようなオーラだな。クトゥルフの邪神のほうがもう少しマシなんじゃねぇのか?」

太陽の軽口に男は口元を三日月のように歪ませる。

「そのような下らぬことを言いにきた訳ではあるまい、我が娘よ? 俺を蛇蝎の如く嫌っている貴様がここに来たのは相応の理由があるのだろう?」

「……あぁ。単刀直入に聞くぞ、お前の本体は近い内に復活しそうなのか、アーカード=ヘルシング?」

男、アーカード=ヘルシングは相変わらず歪んだ笑みを口元に貼り付けながら太陽を見下ろす。

「実の父をお前呼ばわりか。相変わらずの鼻っ柱だな、我が娘よ」

「お前と話すつもりは無い、さっさと答えろ」

冷徹な口調と視線の太陽。アーカードは特に気を悪くした風でもなく、組んでいた両手を解いて頬杖を突いた。

「さてな。この分体の身体は本体が封印される前に作られたものだからな。今現在、本体がどうなっているかなんて分からんさ」

封印その物が解け、本体が解放されれば話は別だがな、とアーカードは笑う。そうかよ、と太陽は頭を掻く。目の前の男が嘘を吐いてるとは思えない。そんなことをする必要がこの男には無い故。聞くべきこともないので、さっさと帰ろうと踵を返した太陽の背にアーカードの声がかけられた。

「冥界は神の狗共、堕ちた狂犬達と和平を結んだそうだな?」

ウォルターか、と太陽は苦々しげに囁き、振り返ってアーカードを睨んだ。

「あぁ、そうさ。悪魔は天使、堕天使と共に平和を切り開こうとする未来を選んだ……この際だから言っておくがアーカード=ヘルシング、ここから先の未来という舞台にお前の出る幕はない。三者が演じる劇にお前という惨劇(ワルプルギス)は必要ない」

「くくく……俺の娘であるお前が言えた台詞か?」

心底おかしそうにアーカードは問うた。自覚はあるのか、太陽は大きく舌打ちする。腹を抱え、身体を震わせていたアーカードの目がすっと細くなった。

「本来、討滅すべき相手である天使や堕天使と和平を結ぶなど……」

「言うと思ったよ、その台詞。お前らしいと言えばお前らしいが……もし、お前の本体が復活してこの平和を壊そうとするのなら、私は一切の容赦無しにお前を殺す」

異空間からゴッドイーターを引き抜き、紅の銃口をアーカードに向ける。ふん、とアーカードは鼻で嘲笑うだけだった。

「グレモリーの狗になったお前が俺を殺す? 少し見ない間に随分と面白い冗談を言うようになったな、娘よ」

「親友を支えることが狗になるというのなら、私は喜んで畜生になるさ」

無言の沈黙が両者の間に流れる。先に静寂を破ったのはアーカードだった。さっきまでの尊大で嘲笑するような口調ではなく、諭すように太陽に語りかける。

「娘よ、いい加減認めろ。ヘルシングに友はいない、仲間もいない。あるのはただ絶対的な個、君臨者である己だけだ」

「なら滅べ。他者を殺すことでしか生き永らえないような種なんてあって百害だ……それに私はヘルシングを捨てた。今の私はアーカード=ヘルシングの娘、トワイライト=ヘルシングじゃない。リアス・グレモリーが眷属、『死神(デスサイズ)』夕暮太陽だ」

「……我が娘とは思えない愚かさだ」

「私も常々そう思うよ。お前と本当に血が繋がってるのかと疑いたくなるよ」

だが、アーカードと太陽は血の繋がった親子だ。それは変えようの無い事実。だからこそ、やりきれない、と吐き捨てて今度こそ太陽は部屋から出て行く。歩き去っていく娘の後ろ姿に何も言わず、沈黙を貫いていたアーカードはポツリと呟いた。

「……トワイライト。例えお前が狗であろうとなかろうと、俺を殺す事は出来ない。

そう、何故なら、

「俺達のような化け物を殺すのは何時だって人間だ……」














「おーい、夜明、タンニーン、どこだ〜」

早いもので、既に修行開始から数日が経過している。アザゼルは先生として夜明の成長を見るべく、タンニーンが修行場として使っている山へとやって来ていた。来たのだが、二人の姿が見当たらない。

「修行場所を変えたのか?」

しかし、そんな報告は聞いていない。おかしいな、と周囲を見回していると、ばさばさと慌てて翼を羽ばたかせるような音が、微かだが確かに耳に届いた。音のした方を向くと、そこには血相を変えたタンニーン、そして目を血走らせた夜明がいた。傍から見ると、タンニーンが夜明から逃げているように見える。

「……いや、まさかな。あいつは元龍王『魔龍聖(ブレイズ・ミーティア・ドラゴン)』タンニーンだぞ? それが悪魔にすらなってない、目覚めてから数ヶ月しか経ってない小僧に追い掛け回されるなんて」

首を振っているアザゼル。タンニーンが気付いたようで、凄い勢いで向かってくる。

「アザゼルぅぅぅぅぅ、助けてくれぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!!!」

そのまさかだったようだ。タンニーンは恥も外聞もなく、夜明から逃げ回っていた。唖然とするアザゼルだったが、すぐに状況を理解する。アンリミテッド・ブレイドを羽ばたかせ、タンニーンを追いかける夜明の周囲には『彼方にこそ栄え在り(ト・フィロティモ)』で創られた無数の武具が浮かんでいた。その全てが濃密な龍殺し(ドラゴン・スレイヤー)のオーラを纏っている。

「あれだけの龍殺し(ドラゴン・スレイヤー)をあの量喰らったら、タンニーンでも死ぬな」

「納得してないでこいつを止めろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!」

タンニーンの絶叫に混じり、夜明の狂ったような笑いが山々の間を木霊する。

「ひゃっひゃっひゃっひゃっ!!!!! 逃げる奴はドラゴンだ、逃げない奴はよく訓練されたドラゴンだ!! ホント、修行は地獄だぜぇぇぇ!!! ヒャーヒャッヒャッヒャッ!!!!!!!!!」

その後、狂ったように暴れる夜明をアザゼルとタンニーンが止めるのに数時間を要した。




「すみません。ご迷惑かけたようで」

「本当に生きた心地がしなかったぞ」

アザゼルが持ってきた、リアス&朱乃お手製のお弁当を食べながら頭を下げる夜明にタンニーンは大きなため息を吐く。

「一体、何があったらあんな状況になるんだ?」

「いや、それが俺もよく覚えてなくて……三日、四日くらいぶっ通しでタンニーンの旦那と戦ってたのは覚えてるんですけど、そっから先は」

三日四日ぶっ通しぃ!? とアザゼルは目を見開きながらタンニーンを見上げる。俺も驚いてる、と彼の眼は語っていた。

「まさか、悪魔でもない人間が手加減してるとはいえ、俺のしごきにここまで耐え抜くなんてな。アザゼル、リアス嬢はとんでもない逸材を見つけたようだぞ」

「五分おきに身体の一部分が消し飛ぶような攻撃してきて手加減してるのか。やっぱ最上級悪魔って凄いんだな」

「いや、お前の腕を焼いてしまった時は流石に俺も焦ったぞ。しかし、すぐに再生するのだから驚きだ」

「よく言うぜ。俺のこと何時間も追い掛け回して、身体を創造する時間もくれなかったくせによ」

がっはっはっ!! と二人は豪快に笑う。どうやら数日間の修行を通して二人の間には妙な友情が生まれたそうだ。二人の話を黙って聞いていたアザゼルは何をいう訳でもなく、眉根を寄せて夜明を見ている。

「夜明、仮にお前の目の前にお前よりも遥かに強い敵がいると仮定するぞ」

唐突にアザゼルから夜明に問いが飛んだ。首を傾げる夜明。

「何ですかいきなり?」

「いいから答えろ。お前は自分よりも遥かに強い相手とどう戦って勝つ?」

少し強い口調でアザゼルは訊ねる。夜明はそうですね、と考え込む。

「まず、相手の弱点を的確に突ける武器を創造しますね。もしそれが無理だとすれば、今自分が創造できる最強の装備で敵の隙に全力を叩き込みます」

「それじゃ腕一本を犠牲にしてそいつを倒せるのだとしたら、お前はどうする?」

「腕一本くれてやりますね。それで自分よりも強い敵を倒せるなら安いもんです」

何の迷いも無く夜明は断言する。その返答を予想していたのか、アザゼルは深々とため息を吐いた。

「やっぱりな……夜明、お前は少し自分のことを軽く見すぎてる」

腕を一本差し出せば敵を倒せる。もし仮にそうだとしても、己の腕を犠牲に出来るものは少ないだろう。だが、目の前にいるこの銀髪銀眼の少年はそれを平然とやる、やってのけるのだ。眉一つ動かさず、一切の躊躇いも無しに。本来、一度失えば二度と戻らない自分の一部を躊躇せずに。


「ヴァーリの戦いを見た時から思ってたんだが夜明、お前は自分の身体を粗末にしすぎだ。『停止結界の邪眼(フォービトゥン・バロール・ビュー)』を創造し、一瞬発動させるだけでお前は代償に自分の右目を失った……普通、こんなことは出来ない」

しかし、月光夜明は顔色一つにそれをやってのける。どうせ失っても『英雄龍の翼(アンリミテッド・ブレイド)』で創造すればいいのだから。そう思い込んでいるからだ。そしてその思い込みは確実に夜明の弱点となるとアザゼルは踏んでいた。

「夜明。この世界にはな、相手に一傷入れただけで殺せるような奴が大勢いる。傷つけた部分が永遠に治らないような呪いを有した魔具も存在する。自分の身体を犠牲にするような戦いを繰り返していたら、いつか魂ごと消し飛ばされるぞ」

はぁ、と一応頷いて見せるが、今一ピンときてないのか夜明の表情は芳しくない。それならと、アザゼルは最も分かりやすい例を出した。

「お前が傷つくとリアス達が泣くぞ」

「っ! ……それは、嫌ですね」

「嫌なら、今後はその明日を捨てるような戦い方は止めろ」

そんなのは『覇龍(ジャガーノート・ドライヴ)』だけで十分だ、とアザゼルは呟く。『覇龍(ジャガーノート・ドライヴ)』? 夜明は聞きなれない言葉に小首を捻る。

「あぁ、そう言えば話していなかったか? 駒王協定の時の戦いでヴァーリが最後に発動させようとしていただろ? あれが『覇龍(ジャガーノート・ドライヴ)』だ」

魔物を封じた類の神器(セイグリッド・ギア)には幾重にも特殊な制御が施されている。それを強制的に解除し、一時的に魔王や神に匹敵する力を得る。それが『覇龍(ジャガーノート・ドライヴ)』だ。

「そんなのがあるんですか? じゃあ、アンリミテッド・ブレイドにも」

「いや、アンリミテッド・ブレイドには『覇龍(ジャガーノート・ドライヴ)』と別の何かがあるって話だ。今度、ブレイズハート本人に聞いてみろ。それに碌な力じゃないのは確かだ」

『覇龍(ジャガーノート・ドライヴ)』は絶対的な力を得る対価として寿命を大きく削り、その上理性を失う。周囲を破壊し尽し、己を滅ぼしかけてやっと止まる。力の亡者と化した者のみが使う、まさしく呪われた戦い方だ。ヴァーリはともかく、お前には似合わねぇよ、とアザゼルは笑いながら夜明を撫でる。

「ところで英雄龍、夜明の状態はどうだ? 禁手(バランス・ブレイカー)には至れそうか?」

話を変え、アザゼルはブレイズハートに呼びかける。数秒後、夜明の背から生えた三対の翼が明滅を繰り返し、二人の人影を出現させた。ブレイズハートとイスカンダルだ。

「うむ、それなのだがな……実を言うと、奏者はいつ禁手(バランス・ブレイカー)になってもおかしくない状態にあるのだ」

ヴァーリと戦った時点で、既に禁手(バランス・ブレイカー)になるための土台は九割方完成してたそうだ。ただ、禁手(バランス・ブレイカー)になる切っ掛けが無い、とブレイズハートは困ったような表情で言った。ボリボリと顎を撫でながらイスカンダルは夜明の頭をコンと小突く。

「神器(セイグリッド・ギア)は宿主の想いに応じて進化する。こいつは仲間を守るときに爆発的な力を発揮してきた。これは余の考えだが、修行ではなく本当の実戦で仲間が危機的状況にならなければ禁手(バランス・ブレイカー)にならぬのではないか?」

いくら実戦形式とはいえ、修行では限界がある、とイスカンダルは肩を竦める。そんな状況が都合よく出来る訳もないので、夜明は困ったような表情を作った。

「そんな顔を浮べるな、月光夜明。修行は後十数日も残っている。かつて龍王と恐れられた俺が修行をつけてやっているのだ。切っ掛けなんていくらでも作ってやるさ」

喉から岩でも吐くように豪快な笑い声を上げるタンニーン。頼りにしてるよ、と苦笑いを浮べながらも、夜明は自分に修行をつけてくれるタンニーン、そして修行の場を用意してくれたアザゼルやサーゼクスに感謝する。

「あぁ、そう言えば奏者よ。エジソンから伝言だ。もう数日で奏者専用の神器(セイグリッド・ギア)が出来上がるとのことだ」

そうか、と頷く夜明。かつての英雄龍、『悪魔の発明』と恐れられたアトラス・I(イリス)・エジソンが創りだす神器(セイグリッド・ギア)。一体、どんなバグアイテムが出てくるのか、夜明は一抹の不安を感じずにはいられなかった。

「どんな神器(セイグリッド・ギア)なんだろうな……おい、夜明。出来上がったら俺にも見せろ」

そして目の前には目を爛々と輝かせる神器(セイグリッド・ギア)キチガイ。ははは、と夜明は引き攣った笑みを浮かべて誤魔化す。

「話は変わるが夜明。お前、朱乃をどう思う?」

「は? 朱乃さんですか……素敵な女性だと思いますよ。どSな一面がちょっとおっかないけど……些細な問題ですね」

そうなのか? と夜明の目を通して朱乃のどSっぷりを目の当たりにしてきたブレイズハートとイスカンダルは揃って首を傾げる。夜明の返事にアザゼルは満足そうに頷いた。

「そうか。ともかく、俺は朱乃をお前に任せてもいいと思ってる。ダチ、バラキエルの代わりにあいつを見てる俺が言っていい言葉じゃないかもしれねぇが、それでもお前なら大丈夫だと俺は信じてる」

はぁ、と夜明。

「お前はその飄々とした面の裏にとんでもねぇもんを隠してるが、基本的に人畜無害の超絶お人好し野朗だ。お前みたいな信用から手に入れてくタイプは血を見ないからな」

アザゼルの言いたいことが分からず、夜明は脳内を疑問符で埋め尽くす。疑問の絶えない夜明を無視し、問題は小猫だな、とアザゼルは独りごちる。

「小猫がどうかしたんですか?」

「どうにも焦ってるみたいでな。俺の与えたトレーニングメニューに過剰に取り組んでぶっ倒れた」


「……大丈夫なんですか?」

心配すんな、とアザゼルは軽く手を振る。傷はアーシアが治してくれているので大丈夫だそうだ。問題は体力。そればっかりは『聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)』でも癒す事はできない。

「『戦車(ルーク)』である自分よりもオフェンス、ディフェンスに秀でた奴がいるから焦る気持ちも分かるんだがな。オーバーワークは逆効果だ。確実に筋力を痛めて逆効果だ」

「ちなみに聞きますが俺は?」

「死に掛けるほどやっても足りないくらいだ」

ですよね〜、と夜明は目頭が熱くなる。さめざめと涙を流す夜明を無視し、よっこいしょとアザゼルは立ち上がった。

「それじゃ、一旦戻るぞ夜明。タンニーン、一度こいつを返してもらうぞ。明日の朝には戻す」

「なら、俺は一旦領地に帰るぞ」

「俺、山から下りるんですか?」

夜明の問いにアザゼルは頷いて見せた。

「リアスの母上殿の命令だ」














「はい、そこでターン」

「は、はい……」

グレモリー邸から少し離れた場所にある別館。そこにやって来た夜明を迎えたのはリアスの母、ヴェネラナだった。何をやるのかと身構えていた夜明は何故かヴェネラナとダンスの練習をする事に。何ゆえこんなことに? と疑問の絶えない夜明の意思はどこへやら、ヴェネラナのダンスレッスンは続く。

「あの、何で俺だけ? 祐斗は?」

祐斗は既にこの手の技術を見につけてるらしい。しかし、夜明は民間の出。この手のことに関しては赤子並み。だからこそ、こういう技術を覚えなければいけないそうだ。

「いずれはリアスと共に社交界に顔を出さねばならないこともあるでしょうし?」

「え、部長と自分がですか?」

夜明の疑問には答えず、ヴェネラナは咎めるような視線で夜明を見る。

「夜明さん。ここは学び舎ではないのですから、その『部長』というのはいただけませんわ。主の名前はちゃんと呼びませんと」

「は、はぁ……マスターって呼べばいいのでしょうか?」

「今はそれでいいでしょう。しかし、プライベートの時までそんな固くなくても」

「そういう、ものですか……?」

戸惑う夜明にヴェネラナはそういうものです、と微笑んだ。頭を捻って考えてみるも、答えは出ない。そこで夜明は一旦思考を放棄し、気になっていたことを訊ねる。

「あの、小猫は大丈夫なんですか?」

「えぇ。ただのオーバーワークですので、一日二日ゆっくりと休めば大丈夫ですわ」

「……あの、こんなことをグレモリー夫人に聞くのも筋違いなんでしょうけど、小猫って朱乃さんやギャスパーと似たような境遇をもっているんですか?」

夜明の問いに、ヴェネラナはある話を始める。それは二匹の姉妹猫の話だった。














本邸へと移動した夜明。ある部屋の前まで行き、コンコン、とノックする。中から出てきたのは朱乃だった。夜明の顔を見た朱乃は驚いたような表情を作る。

「夜明くん……」

「小猫のこと、先生から聞きました……入ってもいいですか?」

僅かに逡巡した後、朱乃は夜明を部屋の中に招き入れる。部屋のベットでは小猫が横になっている。ここは小猫の部屋なので当たり前なのだが。夜明は小猫の頭部に生えたものに注視する。一対の猫耳。

「夜明くん、これは」

「大体は聞きました」

小猫が猫又のもっとも強い種であること。姉と一緒に転生悪魔になったこと、その姉が主を殺してはぐれになったこと。その咎で処分されかけたところをサーゼクスに救われ、リアスの眷属になったこと。全てヴェネラナから聞いた。

「よ、話は聞いたぜ」

きさくに声をかけながら夜明はベットの脇にある椅子に腰かける。怪我はアーシアが治したので見当たらない。体力的な疲弊だろう。

「……自分の修行はしなくていいんですか?」

半眼で小猫は夜明を睨む。相当、不機嫌な声音だった。ん〜、と頭を掻きながら夜明は真っ直ぐ小猫を見つめる。

「ぶっ倒れた後輩が心配で修行に専念できない、って言えばオーバーワークを止めてくれるのか?」

ぶすっとしたまま小猫は何も言わない。夜明は小さくため息を吐き、椅子から立ち上がる。

「小猫よぉ。自分を痛めつけることと、自分の限界に挑む事は似てるようで割りと違うぜ……先生の用意したトレーニング、信用しろよ。結構、効果あるぜ」

程ほどに頑張れや、と部屋から出て行こうとする夜明の耳に小猫の小さな声が届く。強くなりたい、と。

「……祐斗先輩や夜明先輩、皆さんのように強くなりたいんです。ギャーちゃんも強くなってる。アーシア先輩みたいに回復能力も無い……私が、一番役立たずなんです。部長の『戦車(ルーク)』なのに、私が一番弱いから」

「……だからって、自分を痛めつけるのは筋違いだろ」

もっと自分のことを大切にしろよ、と言ってから、夜明は自分が言えた台詞ではないと苦笑する。

「夜明くん、後は私に任せてください」

「えぇ、そうします。これ以上いたら、俺は小猫に酷いこと言っちまいそうなんで」

小猫と向き合ってた時は微塵も出してなかったが、夜明は小猫に対してかなりイラついていた。驚いたような表情を浮べる朱乃に小猫を頼みます、と頭を下げ、夜明は廊下を歩いていく。

(かつての主を殺した姉と同じ力が自分に流れてる。その力を怖がるのは結構。だけどな、その力を拒んで強くなろうとするお前の根性が気に入らねぇよ、小猫)

もし小猫の我侭がまかり通ったら、あの時のギャスパーは、今の朱乃は何のために頑張っているのか? 彼女たちも自分の中に秘めている、嫌悪する力と必死で向き合っているのだ。はっきり言って、今の小猫の思いは夜明の目に単なる我侭としか映らなかった。

(乗り越えろよ、小猫。そうじゃなきゃリアス・グレモリーの眷属は名乗れないぞ……)

-57-
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える




ハイスクールD×D 15 限定版 陽だまりのダークナイト
新品 \4725
中古 \
(参考価格:\4725)