『ゲームの終了』
『ソーナ・シトリー様の『女王(クイーン)』一名、リタイヤ!』
「太陽の方も片がついたみたいね」
流れてきたアナウンスにリアスは軽く頷く。これで残すはソーナ一人だ。対してグレモリー眷属は全員、残っている。だと言うのにリアスの表情は晴れやかではなかった。
「皆、残っているけど……完全勝利とは言い難いわね」
眷属の内、二人が戦闘不能寸前。その内の一人はニンニクトラップなんてギャグとしか言い様の無い代物でダメージを受けた。太陽も太陽で平然としているが、普通、片腕が吹き飛んだ状態でまともに戦える訳が無い。本当ならリアスは眷属が三人欠けた状態でここに立っているはずだった。自身が底抜けに優秀な眷属を有している事を感謝しつつ、リアスは天を仰ぐ。
(眷属だけの主、なんて言われないようにしなくてはね)
気を取り直し、リアスは視線を下ろした。朱乃が『僧侶(ビショップ)』二人を撃破したためか、結界は無くなり、それに伴いソーナの姿も消えていた。
「……立体映像ですかね?」
夜明の呟きに応えるように一匹の蝙蝠がふらふらと弱々しく羽ばたきながらリアスへと飛んできた。蝙蝠はリアスの肩にとまると、耳元で何か言い始める。リアスは頷き、コウモリの頭を撫でる。それから皆に視線を向けた。
「ギャスパーから報告よ。さっきまで私達の前にいたソーナは囮の立体映像で、本体は屋上にいるみたい」
全員の目が自然と上へと向けられる。決着は目前だ。リアスは太陽が戻るのを待ち、それから屋上へと赴いた。
「御機嫌よう、ソーナ」
「御機嫌よう、リアス」
屋上で相対する二人。リアスの後ろには眷属全員が控え、対してソーナ側には誰もいない。ソーナはリアス、それから『騎士(ナイト)』二人に支えられている夜明の順に視線を移す。半ば二人に引きずられるような形で立っており、目の焦点は定まらず虚ろだ。
「夜明君も限界のようね。もう、半分以上の血液が抜き取られているはずよ」
「馬鹿みたいに負けず嫌いなのよ。私の『翼』は」
愛おしそうに微笑みながらリアスは夜明を振り返る。そう、とソーナは軽く嘆息した。
「リアス、一つ聞かせてちょうだい。何故、夜明君にラインを切り離すよう指示しなかったの? 夜明君なら出来たでしょうし、貴方の指示なら従ったはずだわ」
「信じていたからよ」
ソーナの問いにリアスは微塵の疑いもなく言い切った。
「匙君との勝負で夜明が勝つと信じていた。それだけよ」
「……そう。夢を懸けた、命を懸けた。それでも尚、私の牙は貴方の喉元に届かなかった。精進が足りなかったということかしら?」
それとも、とソーナは眼鏡のフレームを光らせる。
「『兵士(ポーン)』への信頼の差かしら? 貴方は心の底から夜明君が勝つと信じて疑わなかった。私もサジを信じていたけど……どこかで英雄龍には勝てないと思ってたのかもしれないわ。主失格ね」
「……そ、んなこと、ありま、せん……」
弱々しい囁きがソーナの言葉を否定する。夜明は蒼白になった顔を上げ、光を失いつつある双眸でソーナを見据えた。
「あいつ、は、匙、の奴、は、貴方のため、に戦いました。貴方、の夢の、ために。何度、俺に殴られようが、ぶっ飛ば、されようが、立ち上がって、俺に向かって、来ました」
全て、貴方のためです、と息も絶え絶えになりながら夜明は言葉を続ける。
「その貴方、が、主失格、なんて、言わないで、ください。あいつが、報われ、ません」
だそうよ、とリアスは表情を和ませた。
「己を悲観するのは止めなさいな、ソーナ。貴方達の覚悟と夢はしっかりと私達、そして冥界の皆に伝わったはずだわ。もっと胸を張りなさい……さて、そろそろ始めましょうか。夜明の限界も近いみたいだし」
何も、夜明に良い格好を見せたいのは朱乃や小猫だけではない。彼女もまた、夜明に自分の戦う姿を見て欲しい一人なのだ。
「えぇ、悔やんでいる場合ではないわね」
今は覚悟を示す時。ソーナの周囲に水のオーラが集まりながら何かを形作っていく。その量は尋常ではなかった。
「デパート中の水源から水を集めているのか……」
ゼノヴィアが感心したように呟く。その間もソーナの周囲に水が集まり続けた。水は鷹、野牛、獅子、虎などに姿を変える。その様はさながら水の動物園だ。目の前に現れ続ける水の猛獣達に驚嘆しながらリアスはゆっくりと右腕を頭上に掲げた。
「凄いわね、ソーナ。貴方も相当な修行を積んだのね……でも、それは私も同じ。見せてあげるわ、私の最強の形の一つを」
リアスの右手首の腕輪(バングル)が滅びのオーラを纏い、黒と紅の光を放ち始める。ソーナが指示を出すと、水獣は一斉にリアスへと殺到した。
「部長!?」
迫る水獣達に反応を示さないリアスに祐斗達は慌てて主を守ろうと身構えるが、太陽が片手を上げてそれを止めた。眷属達の眼前でリアスが水獣の群れに飲み込まれる。
バシュン!!!!!
次の瞬間、水獣達は鋭い音と共に跡形も無く消え去った。そこに立っているのは無傷の姿のリアス。その手には一本の大鎌が握られている。紅の柄には禍々しさを感じさせる漆黒の紋様が幾つも走っている。刃は無く、代わりに滅びの魔力が鎌状に放出されていた。
「人工神器(セイクリッド・ギア)、『紅滅鎌(ルイン・スカーレット)』。どう、美しいでしょう?」
流麗な動作でリアスはその大鎌、紅滅鎌を構える。
「それは……貴方の滅びの魔力を一点に集束させるための神器(セイクリッド・ギア)ね」
「えぇ。私の滅びの魔力は出力に長けているけどコントロールに難がある。修行を積めば兄様のようにコントロール出来るのでしょうけど、その域に達するまでどれだけ時間を要するか分からない」
そこで彼女は考えた。苦手なコントロールを練習するよりも、出力を増大させて威力を底上げればいいじゃない。そうすると、制御出来ない力が暴走して大惨事になる可能性が出てくるが、その為のこの神器(セイクリッド・ギア)だ。
「この紅滅鎌はコントロールしきれていない私の滅びの魔力を極限まで集束し、制御する。威力は折り紙つきよ」
ちなみにMADE IN GRIGORである。くるくると紅滅鎌を回すリアスにソーナは苦笑を浮かべていた。
「パワー型の貴方を象徴したような神器(セイクリッド・ギア)ね。何で鎌なのかしら?」
ソーナの問いにリアスは無言で後ろを振り返る。彼女の視線を追うと、そこには炎髪灼眼の彼女の親友が立っていた。
「え? 私?」
不思議そうな顔で自分を指差す太陽。彼女の二つ名は『深紅の死神(スカーレット・デスサイズ)』。そして死神の象徴と言えば鎌。
「私の憧れる最強の一つだからよ……それじゃ、今度はこっちの番」
リアスは紅滅鎌から滅びの魔力を迸らせ、ソーナへと仕掛ける。対してソーナは厚い水の防御壁を作ってそれを迎え撃った。二人の勝負の行方は……。
『投了(リザイン)を確認。リアス・グレモリー様の勝利です』
「ほっほっほ、良い一戦じゃったな」
VIPルーム。グレモリーとシトリーの一戦を見ていた北欧の主神、オーディンは朗らかに笑いながらこのゲームをそう評した。
「サーゼクス」
オーディンに呼ばれ、はい、とサーゼクスは応える。
「あのドラゴン神器(セイクリッド・ギア)を持つ小僧だが」
「月光夜明君のことですか?」
「いや、シトリー家のヴリトラの方じゃ。大切にするが良いぞ。ああいうのは強くなる。倒せこそしなかったが、英雄龍をあそこまで追い詰めたのは上出来じゃ。弱者が僅かな間に化ける。これこそが真の戦いというものじゃ」
オーディンが匙に対して最大級の賛辞を送っていたその時だ。
「大した茶番だな」
その場では聞こえぬはずの、聞こえてはならないはずの声がVIPルーム内に響いた。声に聞き覚えの無いものは不審そうに、声が記憶にある者は総毛を立たせて声の方向を見る。そこに座していたのは、
「アーカード=ヘルシング……」
夕暮太陽ことトワイライト=ヘルシングの父、冥界最強最悪の悪魔、アーカード=ヘルシングその人だった。長い脚を組み、詰まらなさそうに頬杖を突きながらアーカードはもう一度言う。
「茶番だ」
「警備の者達はどうした?」
今回のゲーム観戦に招待されていた、三大勢力の重鎮の一人が訊ねる。
「あぁ、この部屋の外にいた奴等か。奴等なら床とキスしているさ。余りの熱烈さに当分は起きぬだろうが」
淡々と口を動かすアーカード。三大勢力の重鎮が集まるのだから、VIPルームの警備を任されていた者達はそれ相応の実力を有した精鋭だ。その者達を全員、それも中にいる者達すら気付かせずに無力化させたアーカードにVIPルームにいた者達は戦慄を覚える。
「ほっほっほ、相変わらず無茶苦茶な男よな、アーカード」
朗らかに顎鬚を撫でるオーディン。だが、さっきまで杖を握っていたその手には一本の槍が握られている。にぃ、とアーカードの口元に引き裂いたような笑みが浮かべられた。
「久しいな、北欧の戦神よ。この茶番に顔を出していると聞いたときは老いた上に腑抜けになったかと思っていたが、そうでも無さそうだな」
いち早く戦闘態勢に入ったオーディンにアーカードは満足げに頷く。
「よぉ、アーカードさんよぉ。いきなりこんな所に出向くとはどういう心境の変化だ? あんたが手前の領地から出てくるなんて珍しいじゃねぇか」
光の槍を握りながらアザゼルはアーカードを睨む。アザゼルの言うとおり、ここ数百年、アーカードは自分の領地であるヘルシング領から一歩たりとも出ていない。そのアーカードが領地から出て、三代勢力の有力者が集まっているここに来たのだ。皆、表情に緊張を浮べてアーカードの返事を待っていた。しかし、アーカードの答えは想像とは違うものだった。
「別に何も無いさ、グリゴリの小僧。最近、身体が妙に鈍ってきたのでな。少し身体を動かそうとそこいらを歩いていただけだそしたら茶番の会場に辿り着いてな。」
暇潰しに見ていただけさ、とアーカードは席を立つ。その背に声を投げかける者がいた。
「もう! 茶番だなんて何でそんな酷いことを言うの? リアスちゃんもソーナちゃんも自分の夢と覚悟を懸けて戦っていたのに!!」
アーカードは首だけを回し、声の主であるセラフォルーを見据える。当の本人はアーカードの眼光にビビり、サーゼクスの背後に隠れていた。
「ふん、詰まらぬことを聞くな、現レヴィアタン。どれほど高潔で、心に響くような戦いでも、そこに命の安全の保証という枠組みがある時点で、それは戦いとは呼ばん。茶番以外の何物でもない」
ついでにもう一つだけ言うとだ、とアーカードは全員の顔を睥睨した。
「戦いに夢や覚悟を懸けることがそんなに特別なことか? サーゼクス、あの小娘共に伝えろ。茶番としては悪くない戦いだったとな……あぁ、それとあの銀髪の小僧、確か月光夜明といったか?」
「夜明君がどうかしましたか?」
警戒した様子でサーゼクスが問う。アーカードはサーゼクスの問いには答えず、ただ三日月のような笑みを浮かべるだけだった。
「やはり、人間は良いな。奴なら、神々すら封印する事しか出来なかった俺を……」
小さな呟きを残し、アーカードはVIPルームを出て行った。